第218話 上機嫌

 218 上機嫌


 エドさんの屋台に行って、使ってるコップをどこで買ったか聞いてみる。

 フェルはさっき果実水を飲んだばかりだから我慢するそうだ。


 エドさんの果実水の果物、魔法で凍るくらいまで冷やしたらきっと美味しくなると思うんだけどな。

 作り方教えてみようかな?

 そしたらフェルももっと喜ぶかも。

 

 でも僕がこっそり作った方が、フェルの喜んだ顔を独り占めできるのかな?

 いやいや、お世話になった人には何かしら還元していかないと。

 

 養鶏してるチェスターさんにプリンの作り方を教えるのもいいな。チェスターさんなら僕以上に美味しいプリンを作ってくれそうな気がする。

 試食させてもらったチーズはとても美味しかった。


「エドさん。ありがとう。さっそく行ってみるよ。ごめんね、僕たち注文もしないで」


「気にするな、困ったことがあればなんでも言えって言っただろ。みんなで助け合ってやっていくのが、この街の流儀だぜ」


 エドさんがカッコいいことを言う。


 エドさんが教えてくれたのは、中央区のちょっと西側。貴族街よりの場所にある商会だった。


「こっから中央に出て右に行くとすぐ銭湯がある。その向かいにある商会だ、青い旗が立ってるから多分すぐわかるだろう。そこに行ってエドから聞いてきた、って言ってデイビットに会いたいっていうんだ。食器ならそこで大抵のものは手に入るぞ。デイビットのやつに欲しいものをいえばだいたいのものは買えるはずだ。いいか?遠慮はいらんからちゃんとオレの名前出してデイビットを呼び出すんだぞ?あいつの店は最近貴族向けの商品も扱ってるから、店員も調子に乗って態度が悪いんだ。金持ってなさそうなやつは冷たくされる」


 エドさんは僕にしっかり念を押して、見送ってくれた。


 ほんとにいい街だなぁ。王都に比べるととても暖かくて涙が出そうになっちゃう。

 王都の人たちもいい人ばかりだけど、小さい街だからかな、みんなが助け合って暮らしているのがすごく感じられる。


 フェルもおんなじ気持ちなのか、繋いだ手を離して僕の腕にしがみつくような感じで一緒に歩く。腕から伝わるフェルの体温がなんか心地いい。


 中央区を右。西側に少し歩くと銭湯がある。

 道を挟んだその向かい側を見ると、大きめの建物の前に青い旗が並んでいた。隅っこに何か紋章が描かれてるけど、ここがおそらくエドさんの言っていた商会なんだろう。


 店内には高級そうな食器が、色別に分けられて綺麗に並んでいる。

 ちょっと気軽には手を触れられない感じで、フェルと僕は美術品でも見るかのように、置いてある食器をただ眺めた。


 すぐに女性の店員が来て用件を聞かれる。

 エドさんの紹介で来たことを伝え、デイビットさんに会いたい旨を伝えた。

 

 ところがその女性の店員が、デイビットとはどのようなご関係でしょうか?紹介状はお持ちですか?と、詰め寄ってくる。他にもいろいろ失礼なことを言われ、意地の悪そうな女性店員は僕たちにに、お前たちはこの店に相応しくないからもう帰れみたいな空気を発してくる。


 僕たちがその店員の対応にオロオロとしていると、年配の男性が来てその女性と変わって話を聞いてくれた。


「あぁ、エドワードさんの紹介でいらしたのですか。それは失礼いたしました。エドワードさんとは古い付き合いでして、商会を立ち上げた時にはずいぶんお世話になりました」


 40代後半くらいの上品そうなその男性は僕らに優しい口調で話しかけた。


「私は当商会の代表のデイビットと申します。もともとは王都の貴族街で店を開いていたのですが、もっと庶民的な商売をしたいと思いこの領都に移って来たのです。最初は街に馴染めず商売もなかなか上手くいかなかったのですが、当時、エドワードさんにいろいろ助言をいただいてそれでなんとか商いを軌道に乗せることができたのです」


 そしてデイビットさんは急に少し小声になり、


「先ほどはあの店員が失礼いたしました。実は今私どもの商会は少々厄介な御仁に目をつけられておりまして、あれはその方の娘なのです。得意客の1人でかなりの上客だったのですが、ある時、娘がここで働きたいと言っているから雇ってもらえないかと頼まれまして、仕方なくその娘を雇えば、だんだんと我が物顔でその方もこの店にやってくるようになりました。店のレイアウトも勝手に変更したり、客を見た目で判断して貧しそうな者を追い出したりと、他にもいろいろとやりたい放題になりまして。ですがこの領に多額のお金を貸した例の大貴族と繋がりがある方なので、あまり強くも言えず。困っているのですよ」


 ふと先ほどの女性店員を見ると、こちらをじっと睨んでいる。目が合うと顔を逸らしどこかへ消えていった。


「お客様は本日はどのようなものをお探しでしょうか?エドワードさんの紹介でしたらいろいろと相談に乗らせていただきますよ」


「屋台で使う木製のコップが欲しいのです。なくなったりすることも考えるとそれほど高価でないものが良いのですが……すみません、大したものではなくて」


 貴族が買いにくるような店で、1個、銅貨1枚くらいの値段のコップが欲しいって言うのが少し恥ずかしい。でもデイビッドさんは優しく僕たちに微笑む。


「いえ、全く気にする必要はございませんよ。質の良い量産品こそ、うちの最も得意とする商品です。食堂などで使う食器ならばこちらの奥にございます。エドワードさんが実際使ってるコップもございますよ」


 そう言ってデイビットさんは奥の方に案内してくれる。


「こちらの商品がそうですね。ここには置いてありませんが、在庫は充分にございます。こちらがエドワードさんが果実水を入れているコップですよ。通常より厚めになっていて、冷えたものが手の温度でぬるくなりにくいようになっております」


 見ると、確かにエドさんのところで使っているコップがあった。


 無料で配るサービスの麦茶だから、もっと小さくていいかな?飲みきったらおかわりをすればいいし。そんなに厚く作ってなくてもいいけど、少し丈夫なほうがいいな。


 デイビットさんに麦茶の件も含めてそう伝えると、店の奥に言って小さめのコップいくつかを持ってくる。


「たとえばこちらなんていかがでしょうか?」


 そのうちの1つを僕とフェルに渡してデイビットさんが商品の紹介をする。


「こちらなら100個で銀貨2枚です。飲み口を薄く仕上げておりますので、木製でも飲み物が飲みやすいです。食堂などで水を出すのに良いかと思って作らせたのですが、いかがでしょうか?」


 まさに理想的なものをデイビットさんは持ってきてくれる。形が工夫されていて、重ねて置いてもコップ同士がくっついて取れなくなるようなこともなさそうだ。

 

 フェルの持つコップに実際、重ねてみたりしてその使い心地を確かめる。

 デイビットさんは僕がその工夫に気づいたのが嬉しいのかニコニコして僕たちの様子を見ている。

 デイビットさんにコップをお返しして少し身なりを正して言う。

 なんとなくそうしたかったのだ。

 紹介してもらったから、ではなくて、きちんと取引する人にはできるだけ自分たちのことを 信用してもらいたい。


「このコップがいいです。数は…150…いや、200個欲しいです。在庫はありますか?」


「ありがとうございます。在庫は充分にございます。エドワードさんのお知り合いということですので値段は200個で銀貨3枚でいかがでしょうか?」


 そんな僕を見てデイビッドさんは優しい顔でそう言ってくれた。


「ありがとうございます!それでお願いします」


 デイビットさんは店の従業員に伝えて在庫を用意させる。


 フェルが、色のついた木製のコップを手に取って見ていた。大きさはエドさんのところで使っているサイズで、かわいいピンク色だ。


「そちらは特殊な染料で色付けしたものでございます」


 戻ってきたデイビットさんがフェルに向かってそう言った。


「エドワードさんの果実水を飲んでから、こういったコップであれを飲んだら楽しいだろうなと、半ば趣味のようなもので作らせたものでございます。少々お待ちください。色違いが何個かございますのでお持ちいたします」


 そう言ってデイビットさんは奥に引っ込む。


 木製の食器でも、こんなカラフルにできるなら売れると思うのにな。高級な食器は綺麗だけど、食堂では使えないし。

 普段家で使ってるお皿もこういうのがいいな。

 なんか楽しそうだし。


 デイビットさんは色とりどりのコップを持って戻って来た。

 それを全部並べて説明してくれる。


 こちらの染料は特殊な色落ちしにくいものを使っております。普通に塗料を塗れば使っているうちにその塗料が剥がれてきてきてしまいますが、こちらは口に入れても問題のない染料で木を染めておりますので剥がれ落ちることはございません。

 どうしても使っているうちに色は少しずつ抜けてきてはしまうのですが、同時に木の風合いも出てきますので、徐々に味わい深い感じになっていきますよ。


 僕とフェルはいろんな色のコップを手に取り、色や木の風合いを確かめる。


 長くお使いになられるのでしたら淡い色がおすすめですよ。木の木目が透けるように見えてきてとても美しい味わいになります。そちらの桃色か、あとは水色ですね。そこの薄い緑色も良いかもしれません。


「ケイ!このコップでエドの果実水を飲んだら楽しそうだな。私はこの桃色のコップがいいと思うのだ。入れた果物がさらに美味しそうに見えそうだ」


 フェルが少し興奮気味にいう。


 値段は1つ銅貨10枚。木のコップとしては少し割高ではある。


「こういう木を染めたものでお皿とかはありますか?」

 

 そう聞いたら、少し離れたところの棚に案内される。


「こちらが同じ方法で染めたものになります。染料は同じく毒性のない、口に入っても問題ないものを使っておりますので、ご安心ください。本当はもっと目立つところに置いていたのですが、今はこちらの棚に移されてしまいました。本当はこういう商品を売りたくて引っ越してきたのですがね。まったく厄介な方に目をつけられました」


 デイビットさんは悲しそうにいう。


 選んだコップと同じ色で普段使ってるくらいの大きめの深皿を購入することにした。


 陶器製だけど、かわいいお茶碗がいくつかもあったので、少し高かったけど、フェルと相談しながらお揃いのものを買った。


 全部で銀貨5枚と少し、デイビットさんは端数をおまけして銀貨5枚にしてくれた。

 

「屋台の商売がうまくいくと良いですね」


 デイビットさんはそう言って笑顔で商品を包んでくれた。


 デイビットさんに屋台の場所を伝えて、近くなのでぜひ来て欲しいこと、そして今度は僕らがサービスしますと言って、固辞したにも関わらず、店の外まで見送ってくれるデイビットさんと別れた。


 果実水のためのコップは包んでもらわずにそのまま持ち帰った。フェルが両手にそのコップを持ち、上機嫌だ。


「なあ、ケイ。エドの店に寄って帰ろう。このコップに果実水を入れてもらって部屋で飲むのだ。きっと楽しいぞ」


 そう可愛く言ったあとにフェルが急に立ち止まる。

 

「あ、ケイ、通り過ぎてしまったが、さっきの銭湯に寄って風呂に入ってからエドの店に行くのはどうだ?風呂上がりにエドの冷たい果実水は格別だと思うのだ」


 銭湯はまだ営業を続けてるみたいだった。ガンツの言ってた改装はいつやるんだろ。


 いいね。まだ日が落ちるまで時間もあるし、行ってみようか?

 















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