第217話 初めての大人

 217 初めての大人

 

 朝早く僕たちは起床して、さっとシャワーを浴びて、宿の朝ごはんを食べる。

 

 贅沢だな、なんか。するつもりのない贅沢を今やってしまってる。

 

 王都に帰ってまた風呂なしの生活に戻れるんだろうか?これが当たり前と思わないことにしよう。領都でこんな生活ができるのもガンツと辺境伯さまのおかげだ。

 休みができたら真剣にお土産を考えなくては。


 そんなこと考えつつも、しっかり食後のコーヒーまでいただいて僕たちは市場に向かう。


 冒険者ギルドに寄って、出発の準備をしていたナンシーさんに、師匠宛の手紙を渡す。


「あー、ザックが言ってたやつね。大丈夫任せて。何があったとしても小熊亭には必ず寄るつもりだから」


 ナンシーさんは笑顔で手紙を受け取る。

 返事をもらってきて欲しいと伝えて、王都に向かうジーク、斧使いのサイモン、ナンシーさんを見送った。

 戻りは1週間後らしい。


 時間は8時、朝のピークからは少し外れた時間だ。市場の人通りもすこし減って歩きやすい。

 フェルと2人、目星をつけておいた店で品物を購入していく。値段が決まると、ギルド請求の場合、値段の控えを渡される。

 大きな店では当たり前にできたけど、小さな店では現金の取引しかできなかった。

 これもあとでしっかり計算して、口座からお金を下ろすのだぞ、とフェルに釘を刺される。

 お店用のお財布を用意しておかないとね。


 チェスターさんのところでタマゴとチーズを買う。チーズのお金は僕のサイフからだそうとしたが、それもフェルに止められる。2人の食費として、それもしっかりと計算に入れられた。


 八百屋のおばあさんにまた明日朝買いにきますと挨拶したら、リンゴを1個投げてよこした。


「ありがとう、セシル婆さん」

 

 そう言ってフェルがそれをキャッチする。


 いつのまに名前を聞いたのだろう。

 セシル婆さんっていうんだ。


 リンゴはお昼に剥いてくれ、とフェルが僕にそのリンゴを渡す。

 それをマジックバッグに入れて次の店に向かった。


 買い物リストを確認して漏れがないかチェックする。

 パン屋に寄って明日の注文の確認をして、ギルド請求できるかパン屋のおばさんに確認した。問題ないらしい。


 マリーさんの肉屋に行く。

 昨日ガンツのところから買ったミンサーと、僕が渡したミンサーを交換してもらう。

 中古はなんだか申し訳ない気持ちだったし、僕も普段から使い慣れてた物の方がいい。


「そんなにしてもらっていいのかい?」

 

 そうミックさんに聞かれたけど、「身内なんで割引が効くんですよ」と笑って返した。


 明日の注文をしてマリーさんの店を出る。


 お昼には少し早いけど、フェルがお腹が空いたという。

 ギルドも近いし、食堂でおにぎり食べさせてくれないかな?何か注文すれば許してくれるかも。


 ギルドの食堂に行き、マスターにお願いしてみる。今は混んでいないから飲み物を頼めば食べていいぞ、と言ってくれた。


 マスターの顔はちょっと怖い。およそ接客業に見慣れない感じの人相だ。

 だけど話すと意外と優しくて、いろいろ話をしてくれたり、聞いてくれたりする。

 唐揚げのつくり方を教えた時だって、いろいろ質問して来て、こんな若造の話をきちんと聞いてくれる。


 ……こんな怖い顔の人、もう一人知ってるな。まあ深く考えるのはやめよう。

 

 僕はコーヒーを、フェルは果実水を注文した。

 そういえばフェルってあまり紅茶を外で飲まないな?むしろ好きな方だと思ってたけど。

 そう思って飲み物を待ってる時に聞いてみる。


「紅茶は自分で淹れられるからな。外ではなるべく自分の作れないものを飲みたい。コーヒーも悪くはないが、おにぎりには果実水がいい」


 なんか気持ちはわかる気がした。


 飲み物を受けとってテーブルに着く。

 ギルドの食堂はマスター1人でやっているので基本、出された料理や飲み物は自分たちで取りに行く。

 マジックバッグからおにぎりを出して、借りて来たお皿の上に置いた。


「また面白いもの作ってきたな。なんだそれ米か?」


 そう言ってマスターがやってきて皿に持った唐揚げを4つテーブルに置いた。


「試食だ。あとで感想を聞かせろ」


 マスターはそう言ってカウンターの中に戻っていく。


 昨日の今日で仕事が早いな。


 おにぎりのおかずとしては唐揚げは黄金の組み合わせだ。

 揚げたての唐揚げと食べるおにぎりはとてもおいしかった。


 でも冒険者の食べるものとしてはもう少し味が濃い方がいいかも知れない。師匠もたまに人を見て味付けを少し変えてたりする。

 僕はまだそんな領域にはいないから、お客さんのだいたいの好みの味を想像して作るしかないんだけど。


 フェルが美味しい美味しいといいながら食べるので、店内にいた冒険者たちに羨ましそうな目で見られる。

 フェルを静かにさせてこっそり食事をする。僕がそのことを伝えたらフェルもそれに気づいたらしくて、少し顔を赤くさせながら静かに食べだした。


「よう!ケイじゃねーか、どうした?依頼でも探しにきたのか?昨日はありがとな。おかげでいい剣ができそうだぜ」


 ザックが、若い冒険者を引き連れて食堂に入ってきた。


「ザック!今日は依頼を受けてきたの?でも早くない?」


「いや、今日は顔合わせみたいなもんだ。これから面倒見る奴らを集めて面談っていうのか?それぞれの得意な武器とか、普段やってるやり方とか聞いておくんだ。ベテランならその場のノリで合わせられんだけど、こういうことから前もって準備しておくのって意外と大切なんだぜ」


 ザックの意外な真面目な部分をまた見てしまった。


「あー、そうだ。お前この剣なんだよ。新品みてーじゃねえか。整備の分は別だって、ガンツさんに金払おうとしても笑ってばかりで受け取ってくんねーしよ。何やったらこんなことになるんだよ」


 ザックが腰に下げた剣を叩いて早口で僕に言う。


「僕はガンツの打った剣の仕上げもしてるしね。刃物を研ぐのは得意なんだ。お金なんていいよ。僕が好きでしたことだし、なんか別に特別なこともしてないしさ、サビを落として工房で道具借りて研いだだけだよ。けっこういい出来でしょ。素材が良かったみたい、得したね。仕上がってみて僕も驚いちゃった」


「元はソルジャーの剣らしいんだけどな。ああ、こいつはフェルが最後手首切って倒したやつの剣だぜ。でもだいぶ刃こぼれしてただろ?普通鍛冶屋に研ぎを任せれば2、3日はかかるぜ。オレたちが模擬戦してたのってせいぜい1時間くらいだっただろ。


「だから得意なんだって。あのガンツに研ぐのだけは認めてもらってるんだから。王都のガンツの一番弟子より、僕の方が上手いんだよ。研ぐのだけだけど」


 刃物研ぎのスキルはかなり上昇してると思う。包丁を研ぐ時間だけで僕の1日は埋まってしまっているような気になるくらい、やらされてる。


「なんつーか、ほんとお前って便利なやつだな。パーティにいれば、武器のメンテナンスから食事の支度まで。なあ、やっぱりこっちで冒険者やらねーか?お前なら助っ人で来て欲しい奴らいっぱいいるって」


「悪いけどその気はないよ。今は明日から始める屋台のことで精一杯。今日は発注を済ませてお弁当食べにきたんだ」


「弁当?それ持ち込みか?ウォルターがよく許したな」


「飲み物頼めばいいよって、マスターってウォルターさんっていうんだ」


「あー、知らなかったのか?撃殺のウォルター、どんな相手でも一撃必殺の凄腕の大剣使いだったんだぜ。昔の話だからオレもよくしらねーが鉄壁、撃殺、殲滅って二つ名の3人のパーティで戦争でも活躍したらしい。それよか、討伐報酬入ったんだろ?昼飯ぐらい頼めばいいじゃねーか」


 物騒な名前だな、あれ?鉄壁って師匠のことかな、ならばもしかして殲滅って。


「節約だよ。ザックみたいにお金を無駄遣いなんてしてらんないんだよ、僕たち。いつか領都でお店を出すって決めたんだ。だからなるべく節約してお金を貯めなくちゃ」


「お前の場合、冒険者で稼げばあっという間に店を出せる気がするけどな。ならさっさとこっちに引っ越してこいよ、住むところなんてみんなで探せばすぐ見つかると思うぜ」


「だめだよ、今は修行中、もっと実力をつけないと。期間限定で屋台をやるのも、その店をだす練習みたいなものなんだ。練習って言ってもちゃんと儲けが出ないと困るんだけど」


「じゃあ頑張らねーとな。とにかく暇なやつがいたら誘って食いにいくぜ、期待して待ってろよ」


 僕の頭を撫でてザックは注文をしにカウンターに向かう。


「ウォルター、今日はオレを含めて6人だ。会計はオレにつけとけ!」


 奥にいるマスターに向かってザックが言う。


 あれで注文できてるんだ。ザック、新人にごはん奢ってあげるんだね。なんだかんだでザックは面倒見がいい。頼りになるお兄さんって感じで、僕も話しやすい。

 

 あの嫌な街でもお世話になったしな。

 

 あとでホーンラビット狩りのことを言っておこう。エサで釣って討伐するやり方を新人に教えてあげるように言っておかなくちゃ。


 こっそりとおにぎりを食べ終わり、コーヒーを飲んだら、僕たちは席を立つ。そろそろ混んでくる時間だし迷惑にならないうちに出よう。

 ウォルターさんに唐揚げの感想と、僕の意見を伝えて、ザックのテーブルに行き、ホーンラビット狩りのコツを細かく伝える。

 いいのか?とザックはしつこくいうけど、これでホーンラビットの被害が少なくなればみんな喜ぶはずだ。


「僕もこの街のために何かしたいんだよ」


 そうザックにいうと若いくせに生意気なことを言うなと頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。


 ザックに「またね」と言ってギルドを出た。

 手を振りかえすザックの顔を見て、村を出て、王都に行くまでの出来事を思い出した。

 

 あの時は嬉しかったな。ザックがもしかしたら僕たちを助けてくれた初めての大人だったのかも。

 あの時何かお返しをしたいって思ったけど、ザックは笑ってどこかにすぐ居なくなってしまった。


 中央通りを歩きながらノートに書いていた準備する物のリストを見る。


 あと準備するのは……食器かな?麦茶を入れるコップがもっと欲しいな。

 

 エドさんところのコップ、どこで買えるか聞いてみよう。








 







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