第209話 お客様
209 お客様
おっちゃんが持ってきたのは鰹節だった。
「おっちゃん!それってもしかして、鰹節?」
「おう。食いつきがいいな、兄ちゃんこれも知ってんのか。カツオの日干しとか、俺たちは呼んでるけど、確か鰹節で合ってるぜ。これは東の国から作り方が伝わってきたものなんだ。毎年冬になると、このカツオがこの辺りで大量に取れるんだ。あんまり大量に取れるもんだから無駄にならないようにこういう風に加工することにしたらしい。細かく削ってスープに入れて使うんだ。領都の屋台で出してるスープ屋は最近たいてい使ってるぜ」
「おっちゃんそれも買いたいんだけどまだいっぱいある?」
「今は秋だからな。ちょうど品薄なんだ。いっぱい入ってくるのは冬だからな。売ってやりたいが、この大きさで3本が限界だな」
「お金先に払えば冬に入荷した時王都に送ってくれたりする?あの箱3箱分とかで」
「構わねえぜ。なんだ、王都には売ってねえのか」
「そうなんだよ。王都にある商会が最近扱ってくれそうなんだけど、直接仕入れられるならすごく助かるよ。領都にきたのはこれを探すためだったんだ」
「そりゃ良かったな、これを入れるのと入れないとじゃスープの味がぜんぜん違うからな。最近少しずつだが、売れ行きは伸びて来てる」
おっちゃんは言いながら昆布の束を手に持ってじっくり眺めた。
「そういう意味じゃさっきの昆布か?こいつもそう言った使い方ができるってことだよな?」
「そうなんだよ。この鰹節と昆布を組み合わせるともっと美味しいスープが作れるんだ」
そう言っておっちゃんに渡された鰹節を少し削って飲んでた味噌汁に入れる。
おっちゃんはその味噌汁を飲んでみる。
「確かに味に深みが出るな。ちょっと取引のある店に宣伝してみるぜ。これが売れるなら村人にもっといい値をつけてられるかもしれねーな」
そう言って考え込むおっちゃん。
ほんとにその村の人のことを考えてるんだ。
「その東の村は近いの?」
「近いって言っても馬車で半日くらいかな。もっと道が良くなれば2、3時間で着けるんだけどな。そうなりゃ生の魚だって持って来れるんだが、今は釣った魚は自分たちで食べて食いつないでいるらしい。兄ちゃんが買ったあの小魚は村の保存食なんだ。あれを齧りながら、売り物を背負って丸一日かけて歩いてくるんだぜ。連中宿に泊まる金もないから、その日はうちに泊めるんだ。いい奴らだからなんとかしてやりたいんだが、なかなかうまくいかなくてな」
「昆布が売れて村にお金が入るといいね。おっちゃん、昆布は2箱、ワカメは1箱ちょうだい。鰹節3本と、あと海苔も。海苔は20束お願い」
おっちゃんは次々と商品を用意してくれる。
おっちゃんに宿はどこかと聞かれた。届けてくれるみたい。
銀の鈴ってところだと伝えるとおっちゃんが魚を卸してる宿らしい。
「銀の鈴にならそのもずくも下ろしてるぜ。サラダに使うって言ってたから頼んでみればいい」
「あの煮込みの魚もおっちゃんとこの魚なの?こないだ食べたよ。すごくおいしかった。あれなんて魚?赤い魚だったんだけど」
「赤い魚って言うと鯛だな。あの魚の煮込みはその日一番いい魚を使って料理長が作るんだ。確か昨日極上のやつを届けたぜ」
「じゃあそれだよ!すごくおいしかったもん。夢中で食べちゃった」
「そう言ってくれるとこっちも嬉しいぜ。ありがとな。にいちゃん、もう市場は全部見て回ったのか?他に探してるものがあれば紹介してやるぜ」
「新鮮なタマゴを扱ってる店を探してるんだけど。どの店も鮮度まではよくわからなくて。おっちゃんどっかいい店知ってる?」
「なんだ、タマゴか、そこの角にあるぜ。チェスターっていう奴がやってる、果実水屋のエドワードと同じく俺の幼馴染だ。あいつのとこなら大丈夫だぜ。あとで行ってみな」
大量に買ったけど全部で銀貨3枚もしなかった。安すぎるとおっちゃんに言ったけど、しっかり儲けは出てるから大丈夫だと言われる。お金を払って、買える時にまた鰹節などの注文をする約束をして、教えてもらったタマゴ屋に行く。
「ケイ。なんか楽しそうだな」
タマゴ屋に向かおうとするとフェルが手を繋ぎながらそう僕に言う。
「ずっと探してたものがあったんだ。領都に来たかったのはこれを探すためでもあったんだよ」
昆布にようやく出会えた。誰にも伝わらないこの感動を噛み締める。
「そうか、ケイが嬉しそうにしているとなんだか私も嬉しくなるぞ。良かったな」
フェルが楽しそうにそう言ってくれるから、もっと頑張って美味しいものを作ろうって気分になる。
フェルがいるから、フェルがいたから僕は今まで頑張ってこれた。
今すぐチュウしたいです。街中でも気にせず。
だけどなんとかその衝動を堪えてタマゴ屋さんのところに出た。
昆布が見つかって本当に嬉しい。今までずっと試行錯誤しながらやってきたからな。
おばあさんの八百屋の隣に目立たないけど確かにタマゴ屋があった。
「すみません、少し相談があるんですが」
「いらっしゃい、お兄さん。どんな相談?」
タマゴ屋の店主は物腰が柔らかい、優しそうなおじさんだった。
「こちらでその日に生まれたタマゴだけ購入することってできますか?」
「あーお兄さん、マヨネーズだね?あれ美味しいもんね。マヨネーズならこっちのタマゴだよ。そっち側は産んでから2、3日経っちゃってるからね。焼いて食べるのには全く問題ないから大丈夫だけど。生で食べられるのはこっちだ。ちょっと値段を上げてるけど、美味しいよ。産みたてだからね」
2種類のタマゴの違いはようわからなかったけど、生まれた日がわかるよう小さく印をつけて管理しているらしい。おじさんにタマゴを1個渡されてよく見ると、そのタマゴのお尻の方に小さく赤い印が付いていた。
赤の印は今日生まれたやつだよ。
青い印は昨日。その前は緑、こんなふうに1週間違う色の印をつけているんだ。
なるほど。しっかりしてる。
タマゴを仕入れるならこの店がいいな。
相談してみよう。
「僕たち今度屋台をはじめるんですが、その仕入れ先を今探してるところなんです。営業は2週間くらいしか出来ないんですけど、マヨネーズも出したいから新鮮なタマゴと、それ以外にも料理に使う分、まとまった数仕入れたいんです」
「ふーん。ちなみに何個くらい?」
「ちょっとまだ計算ができてなくて、50個から60個、今後増えるとしたら、だいたい100個くらいになると思うんですが」
「それくらいなら問題ないよ。そのうちマヨネーズに使う分はどれくらい?」
「だいたい10個から20個くらいですね」
「じゃあ20個くらい産みたてを入れておけばいいんだね。仕入れはいつから?」
「3日後からはじめるので、明後日の朝には買いにきます」
「じゃあ明後日は多めに持ってくるとしよう。けっこううちは大きな規模で養鶏をやっているんだ。戦後辺境伯さまの指示でとにかくニワトリを増やしたからね。タマゴの値段も王都とかに比べるとだいぶ安いはずだ。でも産みたてはちょっと値段を高くしてあるんだけど大丈夫かい?」
「おい、チェスター!その兄ちゃんたちはうちの大事なお客様だ。こまけえこと言ってねえで負けてやれ」
魚屋のおっちゃんが店を抜け出して様子を見に来てくれた。
「なんだお兄さん、ジェイクの知り合いか?そんなら早く言ってよ。お客様って、あはは。お兄さんたちずいぶんジェイクに気に入られたんだね。そういうことなら産みたてのタマゴでもおんなじ値段でいいよ。いっぱい買ってくれるなら、さらにそこから少し値引きしてあげる」
「ありがとうございます!ぜひよろしくお願いします」
「いいよ。これからよろしくね。僕はチェスターだ。ニワトリ農家をやってる。いつも肉屋に肉を卸してからここでタマゴやチーズを売ってるんだ。だいたい8時には店を開いているよ。お兄さん、屋台の料理にうちのチーズなんてどう?ちょっと食べてみなよ」
渡されたチーズをいただく。
とても濃厚な味でおいしかった。
フェルも気に入ったみたい。
「チェスターさんすごく美味しいです」
「うちの自慢の商品なんだ、けっこういい店の料理人もうちに買いに来るんだよ」
「個人的にいっぱい買って帰りたいんですが、明日持ってきてもらうってできますか?」
「どのくらい欲しい?この塊で3個までなら売ってあげるよ?」
「ぜひ3個お願いします!」
「じゃあ特別に1個銀貨2枚が売値だけど、3個で銀貨5枚にしてあげよう。代金は明日でいいよ。とっておくからまた明日きた時持っていきな」
「ありがとうございます。チェスターさん。それからチェスターさんのお肉を卸してる店を教えてほしいんですが」
「ああ、それなら冒険者ギルドの斜め向かいだよ。肉屋はその辺に1軒しかないからすぐわかると思うよ」
チェスターさんにお礼を言って店を離れる。
フェルがおばあさんのところで果物を買いたいと言う。僕が魚屋にいた時、八百屋で美味しそうなやつを吟味していたらしい。
おばあさんは笑いながら取り置きしていたフェルの果物を渡してきた。
「かわいい彼女じゃないか、大切にしなよ」
おばあさんが言ってリンゴを2個おまけでくれた。
いつのまにか屋台をはじめる方向で話が進んでしまっている。
勝手に決めちゃってごめんとフェルに謝る。
フェルは僕が言い出さなくても、屋台をやろうと言うつもりだったという。
「いい機会ではないか。ケイならきっとうまくやれる」
そう励ましてくれた。
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