第208話 昆布とワカメ
208 昆布とワカメ
お昼過ぎの市場はけっこう静かだった。
まずは醤油と味噌を買いに行く。
もうあんなことにはならないだろうと、あの炊き出しみたいな焼肉パーティを思い出しながら考えるけど、心配性な僕はつい多めに買ってしまう。
オークの肉がとても安い。もう売りに出されたんだ。
ホーンラビットとほとんど変わらない値段になってる。普段の半額以下かな。
お米を売ってる店は2軒あった。
最初にのぞいたお店の方が質が良かったので戻ってその店で米と大麦を大量に買う。
いっぱい買ったのでけっこう割引してくれた。
角に大きめな魚屋さん。
市場の中では一番大きいかも。
いかにも魚屋って感じのおっちゃんがエプロンをして店番してる。
「こんにちはーいろいろ見せてもらってもいいですかー?」
「お?いらっしゃい、兄さん今から買い物か?悪いが、生の魚はもう終わっちまったぜ。あるのは塩漬けか、あと貝も少し残ってるな。干した魚や海苔とかは向こうだ」
おっちゃんは店の角の方を指差す。
「なんか欲しいものがあるなら相談にも乗るぜ、なにせうちはこの市場で一番でかい魚屋だからな。まあ、いろいろ見てってくれ。気になることがあったらなんでも声かけてくれよな」
お言葉に甘えさせてもらい。商品を見ていく。
フェルは向かい側の八百屋の商品を見ている。
人の良さそうなおばあさんが座って店番をしてる。
たぶん果実水屋のおじさんが話してた店だろう。あとでフェルと合流しよう。
まだ氷の残っている店先には、商品は並んでない。鮮魚は午前中に売れてしまったようだ。
その隣に魚の切り身が皿に小分けで並んでいる。塩鮭っぽいのや、白身の魚、他にも見たことない魚が塩漬けにされている。
鮭の塩焼き食べたいな。油が乗って美味しそう。でも自炊じゃないからなぁ。
どれくらい日持ちするのかな。お皿の下に氷が引いてあるから冷やせば1週間くらいいけるかな?そしたら王都のお土産にできるかも。
その隣にはアジのような魚の日干し、内臓は抜かれてるけど、頭がついたそのままの、ひらいてないアジの干物だ。多分王都の店で言ってたやつだ。そしてその他名前のよくわからない魚がならぶ。
小魚の干物が樽に入れられて置いてある。
煮干しだ。これ欲しい。
おぉ、海苔がいっぱい。王都では貴重品だったのに。
「おじさん!この海苔っていくら?」
「海苔はふた束で銅貨1枚だ。10束買ってくれたら銅貨8枚にするぜ」
「こっちの煮干しは?」
「煮干し?ああ、この小魚な。これくらいの袋にぎっしり入れて銅貨3枚。これもいっぱい買ってくれればもちろんおまけするぜ」
そう言っておじさんは紙袋を見せる。
「その袋5個くらいだといくらにしてくれる?」
「お、にいちゃん買ってくれんのかい?今日はけっこう残ってるからな。銅貨10枚でどうだ?日持ちはかなりするぜ。持って帰ってさらに乾かせば1年くらいは大丈夫だ。食べる時水で戻さないといけないけどな」
「あっちの赤身の塩漬けはどう?どれくらい持つかな」
「うーん。鮮度のいいやつなら冷やしとけば10日くらいかな。変な匂いがしなければたぶん大丈夫だ」
「僕、王都から来てるんだけど、帰る時にお土産にしたいんだ。その時また相談しに来てもいい?」
「おう。構わねえぜ、買いにくる日を教えてくれたら、その日に鮮度のいいやつ残しておくぞ。ただ、冷やして持っていけるのかい?」
「氷の魔法が使えるから大丈夫」
「それなら大丈夫だ。にいちゃん若いのにすげえんだな」
「ぜんぜんたいしたことないよ、ちょこっと氷を作れるだけなんだ。こんな感じにおじさんの店全部に広げられるくらいの氷なんて無理無理」
まあ時間をかけたら出来なくもないとは思うけど。
「うちの氷は知り合いの元魔法使いに頼んでるからな。幼馴染なんだ。あいつ王都の学校で氷の魔法の研究をしてたって言ってたぞ。難しいんだろ?その魔法」
「へー。すごい人なんだね。僕なんて大したことないよ。魔法の才能なんて全くないんだ」
「そいつは戦争の時、城で魔法士をやっててな、特効作戦のときかなり活躍したんだが、戦争が終わって魔法士をやめたんだ。もう戦うのが嫌になっちまったみたいで、今は北の通りで屋台をやってるよ」
「もしかして果実水屋のおじさんのこと?」
「おっ?エドの屋台、知ってんのかにいちゃん。商業ギルドの向かいのとこの店だ」
「さっき行ってきたよ!すごくおいしかった」
「そうかい、そいつは良かったな。あいつのところの果実水は領都で一番だぜ。にいちゃんがあいつの知り合いならもう少しおまけしてやろうかな。なんか他に欲しいものはあるかい?」
そう聞かれたので昆布がないか聞いてみる。
海藻で、乾燥してて、これくらいの……。身振り手振りをまじえて一生懸命説明すると、「ちょっと待ってろ」とおじさんが店の奥に消える。
「海藻でうちで売れるものとしてはこれとこれだ。あとはそこの海苔だな。この2つは名前がよくわからないんだが、にいちゃんの話だとこれのことなんじゃないかと思うんだが。どうだい?」
昆布とワカメだ。
「おじさん!それだよ、昆布!それからこっちはワカメって言うんだ!どれくらいある?」
おじさんの持ってきた昆布とワカメを指差して思わず叫んでしまった。
「どれくらいっていうと、そうだな、あそこにある箱で3つくらいかな。こっちの海藻は、あの箱で4つくらいあったかもな」
おじさんは興奮する僕に驚きながら聞いてくる。
「にいちゃんこれなんだか知ってんのか?東の村の奴が持ってくるんだが、仕入れてみたのはいいがイマイチ使い方がわかんねーんだ」
ワカメは一度王都で買ったことがある。でもあんまり売れなかったから取り寄せをやめてしまっていた。
「東の村はここから近いんだが、貧しい村でな。塩漬けの魚とこういった海藻を干したものを村人何人かでたまに売りにくるんだ。村には馬車がなくて村人が丸一日歩いて持ってくるんだよ」
「こっちの兄ちゃんがワカメって言ってる海藻は刻んでスープにしてるらしいが、それ以外に使う方法がわかんなくてちょうど困ってたとこなんだ。村人が持ってくるものはできるだけ買い取ってあげたいから、持ってくるたびに買い取ることにしてるんだ。だが肝心の使い方がわからないと、こっちとしても売りようがなくてな。在庫として増えてくばかりなんだ」
おじさんは困った顔で僕にそう教えてくれた。
「兄ちゃんがこれを知ってるなら使い方教えてくれないか?もしこれが売れるようになれば、村の収入も増える。そしたら村の奴らもそのうち馬車くらい買えるようになるかも知れない。そしたらうちでも村の鮮度のいい魚がたくさん仕入れられるんだ」
「ちょっとそこのスペース貸してもらえればやってみせてもいいよ。とりあえず簡単にスープを作って、あとはちょっとしたサラダを作ってみようかな。やってみてもいい?」
「兄ちゃん料理人だったのか、王都のいいとこの坊ちゃんかと思ってたぜ。魔法が使えるとか言ってたからな」
「僕はただの平民ですよ。王都の食堂で働いてます。ケイって言います。よろしくお願いします」
「ジェイクだ。魚屋のおっちゃんでいいぜ」
そう言ってジェイクは僕に握手を求める。
その手を握り返して僕も食堂のにいちゃんでいいですよ、と笑顔で答えた。
フェルに事情を話してから、おばあさんの八百屋でサラダの材料を買う。このトマト美味しそうだな。確かにいい野菜ばかりだ。ネギも買っておこう。どろつきのネギを多めに買う。
魚屋に戻って準備を始める。
小さめの鍋を3つ出して水を入れる。
そのうちのひとつに昆布を入れた。
もうひとつの鍋でワカメを水で戻す。
乾燥していたワカメが水で元の大きさに戻るくらい時間が経ったら、昆布を入れた鍋と何も入れてない鍋を火にかける。
お湯が沸く時間でワカメのサラダと酢の物を作る。ドレッシングは醤油と胡麻油で適当に作った。
お湯が沸きそうになる前に昆布を取り出し、細く切っておく。
お湯が沸いたら味噌を溶いておしまい。
少しネギを散らした。
サラダから説明して、こんなふうにワカメを水で戻せばサラダや、炒め物とかに使えると説明する。
おっちゃんは美味い美味いとサラダを全部食べてしまった。
キュウリとあえた酢の物もなかなかの高評価。
昆布を入れたのと入れてない味噌汁を飲み比べてもらい、昆布が味の基本となる出汁になることを説明する。
煮物や他のスープにも使えると教えた。
「おっちゃん、領都のスープとかは出汁って取らないの?」
そう聞いたら、最近入ってくるそれらしいものがあるそうなので持ってきてもらう。
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