第207話 屋台の出店
207 屋台の出店
商業ギルドの中に入るとL字の長いカウンターにギルドの職員ががずらっと並んで仕事をしていた。
王都の商業ギルドより大きいかな?
あ、あそこは南地区の出張所だったっけ。
商業ギルドの本部には行ったことがない。確か貴族街の近くにあったと思う。
ピークの時間はもう過ぎたのか、ギルドの中はあまり混んではいなかった。
近くの受付の人に、屋台の出店について詳しく知りたくて来たというと奥から二つ目に並んで欲しいと言われる。
言われるままにそこに行くと先に相談してた人がちょうど帰るところで、待たされることもなくすぐに係の人に呼ばれて話をした。
マリアさんというその受付の人によれば、屋台の賃料はひと月銀貨2枚。2万円だ。
屋台のスペースは使える面積が決まっていて、その後範囲ならば机を置いたり、荷物を置いたりしてもいいらしい。
屋台そのものの大きさは決まっていて、その大きさにおさまるならば、鉄板にしても、コンロにしても自由だそうだ。
屋台の貸し出しもやっていて、1日辺り銅貨5枚。ひと月分先払いなら銅貨150枚を100枚に割引。
つまりレンタルの屋台を借りてもひと月銀貨3枚で屋台を開店できるということだ。
「屋台の出店期間はどれくらいでお考えでしょうか」
そう聞かれて2週間くらいと答える。
とたんにマリアさんの表情が変わった。
「でしたら、お客様!ちょうどいい物件がございますわっ!」
声を張り上げマリアさんが早口で説明し始める。
さっきの中央公園で一軒だけ空いてるスペースがあるらしい。
そこの店主が怪我をして、ひと月休業することになったので、ちょうど僕の言った期間ならそこにピッタリハマるとのこと。
今日を入れて、休業期間はあと3週間あるそうだ。
立地的にも良い場所で、聞いたらあのたこ焼き屋さんの2軒となりだ。思い返せば
確かに変な隙間があった。あそこか。
必要な経費を聞くと、この条件で入ってくれるなら、賃料は半額、銀貨1枚でいいとのこと。
屋台のレンタル料は日割りで、2週間で銅貨70枚、3週間という期限内であれば延長しても構わないとのこと。
そのほか商業ギルドに加入するのに銀貨5枚。ランクはFだというが、屋台を出す分にはほとんど関係がないらしい。
店舗の大きさ、従業員の数によってランクが上がり、ランクが上の方の店になればいろいろ商業ギルドで優遇されるのだけど、毎年ギルドに納める料金が変わってくる。優遇されるのは各種証明書類の発行の手数料が無料になるとか、屋台の商売とはあまり関係のないものなので、屋台を営業している人たちはみなFランクのカードを持っているそうだ。
それから税金だけど、屋台のその日の売り上げの3%を商業ギルドに収めればそれだけで大丈夫とのこと。
なんか条件がピッタリすぎるな。でも今すぐここで返事をするのはやめとこう。ちょっと冷静になって考えたい。ガンツにも相談したいしね。
マリアさんに、即答できないことを謝罪して、明日の午前中まで返事を待ってもらえるかお願いしてみる。
こんなにこの条件に合う方はなかなかいないと、マリアさんは言って、明日の昼までこの物件を押さえておきますと言ってくれた。
「ちなみに、出店するとしたらどのような
料理をお考えでしょうか?」
そう聞かれて、ハンバーグと答えると、マリアさんはハンバーグを知っていた。
王都で食べたことがあるそうで、おいしい料理だから領都でも充分に流行る可能性があると言ってくれた。
ただ、この領都ではハンバーグを出す店はなく、領民に馴染みのない料理であるのは事実なので、リピーターがつかないと、2週間という短い期間ではあまり売れないかも知れない、とも言っていた。
いろいろと有益な情報も得られたし、市場を周りながら何ができるかもう少し考えてみよう。
フェルと手をつないで商業ギルドを後にした。
喉が渇いたのでギルドの向かいの果実水の屋台に寄る。
「おじさん、いくら?」
「いらっしゃい、どれでも一杯、銅貨3枚だ。入れ物持参なら銅貨2枚でいいぜ。入れ物持ってなくてもコップをもどしてくれれば銅貨1枚返すぜ」
果実水の屋台はだいたいどこでも店先に果物がずらっと並べられている。
注文すればその場で絞って水に入れて渡してくれる。
だけどこの店は見本になる果物が2、3個並んでいるだけで、果物はどこかにしまってあるようだ。
「うちの果実水はうまいぜ。騙されたと思って飲んでみなよ」
「おじさんオススメはある?」
「んー。そうだな。オレンジとか桃とか、定番もいいが、今日はブドウがいいぜ。仕入れに行ったらいいのがあったから買い占めてきたんだ」
ふとフェルに目をやると、フェルは果物を睨みつけ真剣に悩んでいる。
ちょっと今は声がかけづらい。
「桃が飲みたいが、店主のオススメのブドウも気になる。やはり飲んだことないものにするべきか、うーむ」
どうやら2つまで候補が絞られたようだ。
「じゃあ桃と、ブドウを頼んで2人で分けない?」
「いいな。そうするのだ。ケイ」
おじさんに水筒を2つ渡して注文をしようとするとおじさんが水筒ではダメだと言う。
「兄さん、ダメダメ、なんかコップはないかい?このくらいの大きさの」
おじさんは置いてあるコップを手に取る。
そこまで大きいコップは持ってないというと、じゃあ銅貨3枚でこのコップを使えと言ってくる。
「コップ返してくれりゃ銅貨1枚返すから別に損はしねえぜ。いいからそうしなよ」
おじさんの言うことに従って、店のコップに入れてもらうことにした。
おじさんは屋台の下から桃とブドウを取り出し、小さなナイフで皮を手早く剥いた。
桃は1/4にしてさらに食べやすい大きさに小さく切る。
ブドウは皮を剥いたのが10粒ほど。
慣れた手つきでコップを用意して、切った果物をそれぞれのコップに入れる。
屋台の中にあるケースから金属製の水差しを取り出してそれぞれ違う水差しを使って水を注ぎいれた。
最後に串を一本コップに刺して
「ほい。出来上がりだ、銅貨6枚」
お金を払って果実水を受け取る。
フェルに桃のコップを渡して僕はブドウだ。
飲んでみると冷たい。よく冷えていてさわやかなブドウの甘さを薄く感じる。
「「美味しい!」」
2人同時に声が出る。
「ありがとよ!中に入ってる果物はその串で刺して食べてくれ」
おじさんがニコニコして言う。
ブドウに竹串を刺して食べてみる。冷たくて美味しい。
フェルもニコニコだ。
「おじさん、すごく美味しいよ。おじさんもしかして氷魔法使えるの?冷えてるからとっても美味しい」
「お、兄ちゃんよく分かってんな。ちゃんと両方冷やしてるから美味しいだろ?凍っちまうくらい冷やしてるからな」
フェルが桃のコップを差し出すのでブドウと交換してあげる。
ブドウを一口食べてフェルがフルフル震えている。
かわいいなぁ。
「店主、これはもしかして、ブドウに桃の果実水を入れても美味しいのではないか?」
「お、お嬢さん、それは常連の食べ方だ。いわゆる通、ってやつだぜ。いろんな組み合わせを試してみて、自分の好きな味を探すのも楽しいぜ」
「絶対また来るぞ!今度は違う味で試すのだ。こんなに美味しい果実水は初めて飲んだ。桃もいいが、このブドウは甘くて身がぎゅっと詰まってる。さすが店主が買い占めるだけあるな」
興奮するフェルを優しくおじさんがなだめるように言う。
「ありがとよ、お嬢さん。市場の魚屋の向かいに、農家のばあさんが自分のとこの野菜と果物を売りに来てるんだ。毎年この時期になると畑で取れたブドウを持ってくるんだが、これがすげえ美味えんだ。朝早く行ってさっと買い占めるんだぜ。ばあさんのとこの他の野菜もうまいから一度行ってみるといい」
興味あるな。この後行ってみよう。
ブドウの果実水を飲んでしまったフェルが、少し残念そうな顔をしているので、桃のコップを渡してしてあげる。
うれしそうに受け取って、今度はちびちび大事そうに飲んでる。
「おじさん、領都で冷たい飲み物を出すお店って多いの?」
「いや、うち以外は、あと一軒くらいかな。うちは中央公園にも店を出しててそっちはうちの奥さんがやってるんだ。もう一軒は中央西角の店かな、大きな商会の店先にあって、そこは保冷庫を使ってるな」
「へー。じゃあ屋台で冷たいものを出したら儲かるかな?」
「お?にいちゃんなんだ商売敵か?」
おじさんが不思議と嬉しそうに言う。
「違う違う、まだ決めてないんだけど中央で食べ物を売ろうと思うんだ。そこに冷たいお茶のサービスをつければお客さん来てくれるかなって」
おじさんは少し考えて、僕の思いつきに賛成してくれた。
「悪くねえ考えだと思うぜ。中央は競争激しいからな、冷たいお茶が無料でつくってことにすりゃあ話題になるかも知れないな。無料は大変かも知れないが、お茶くらいならちゃんと原価を考えられていればうまくやれるだろ」
確かに。原価の計算は嫌というほどやらされているし。やれそうだな。
「最後の一口だ」
そう言ってフェルが果実水をくれて、それを飲み干してコップを返す。
「おう。銅貨2枚のお返しな。中央に空きってなると……あぁあの串焼き屋のじいさんのところか、商業ギルドがせっかくの一等地を開けておくなんて勿体無いって嘆いてたな。怪我で休んでる屋台も昔からやってる人気店だからな、場所もとっておかなきゃいけないし……。にいちゃんやるとしたらそこに入るのかい?たぶんひと月くらいしか店やれねえぜ」
「僕たちこっちには旅行で来てるんです。連れてきてくれた知り合いがの用事があと2週間くらいしないと終わらないから、その間ヒマになっちゃって、さっきギルドに話だけでもって屋台の出店のやり方を聞きに行ったら、その物件のことを教えられて、どうしようかなって今考えてるんです」
「場所的にはあそこはいいぜ、公園の入り口に近いし、水場も近い。うちの奥さんはその東側に三軒隣だな。もしやることになったら仲良くしてやってくれ」
おじさんにお礼を言って、今度は市場に向かった。
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