第206話 ベスト3
206 ベスト3
2人で手を繋いで街を歩く。
ギルドがある北門とは逆にむかって歩いていった。
中央広場の真ん中には噴水があってその噴水を取り囲むように屋台が並んでいる。
東西南北と真っ直ぐ伸びる大通りの真ん中はロータリーになっていてその真ん中が中央公園と呼ばれている。
屋台はロータリーの外周にそって数多くの店が出店されていた。
公園のベンチに座って屋台の料理を食べている人が見える。
「フェル。どこから回ろうか」
「まずは下見だ、ケイ、真ん中をぐるっと回ろう」
フェルが楽しそう。
お互いに好きって告白したあの夜から、フェルの表情が柔らかくなった気がする。
今までどこか肩に力が入っているような雰囲気がとれ、女性っぽい柔らかな空気を纏うようになった。
話し方は相変わらずだけど、なんかフェルは変わった。
今のほうがずっといい。
ずっとこの先も一緒にいたいな。フェルと。
フェルに引っ張られて、噴水を一周。
気になる屋台を覗きこみ、しょっちゅう僕に、「あれはなんだ、ケイ」「これはどういう食べ物なのだ?」と嬉しそうに聞いてくる。
よくわからないものもあるけど、大体なんとなくわかった。わからないときは素直に店の人に聞いてみた。
噴水回りの屋台に串焼き屋は3軒。どの店も3種類の串焼きを出していたから合計9本か。
僕が気になった店は飴細工の屋台だ。
熱して柔らかくなった飴をヘラやハサミを使って動物の形にする。どの世界にも似た様なものはあるんだなとか思っていたけど……なんかちょっと変だな。
たこ焼きっぽいのとかホットドッグっぽいのとか、焼きそばもどき。
串焼き屋の一つにはフランクフルトがあった。
なんかいびつに地球の料理が混じってる気がする。縁日のお祭りみたいなんだ。
小熊亭の看板メニューはハンバーグだし、なんとなく転生者の気配を感じる。
まあいいか、気にしてもしょうがない。
「2軒目の串焼き屋の隣にあった屋台のスープ飲んでみたいな。なんか磯の香りがしたんだよね。お肉ばかりじゃ栄養偏ってしまうよ。スープが、野菜多めのものが多かったから、野菜とかはスープにしてこの辺りの人たちは食べるのかな」
ずっと下を向いて悩んでいたフェルが顔を上げた。決まったかな?
「まず串焼きは全種類買う。それからケイが言ってた、たこ焼きというのか?あの丸い食べ物が食べてみたい。あとはスープだが、これはケイが食べたそうにしていた2軒目の串焼き屋の隣りのスープにしよう。あれは確かに美味そうだった」
あごに手を当てながら話すフェルが可愛くて頭を撫でる。
フェルがちょっと恥ずかしそうにする。
「ケイ、あまり人前ではこういうことをするな。恥ずかしいではないか」
少し顔を赤くしてフェルが言う。
串焼き9本を持つのは難しかったが、3軒目に寄った串焼き屋のおじさんが笑いながらお皿を貸してくれた。あとで返せばいいみたい。
どこか座って食べるところがないかと聞くと東側の角にちょっとした飲食スペースがあるらしい。
そのあとフェルと手分けして、僕はスープ、フェルはたこ焼きを買いに行き、その飲食スペースの前で落ち合うことにした。
飲食スペースはそこそこ広かった。
丸いテーブルを囲んで折りたたみのイスが4脚。
前世でよく見た光景だ。
フェルは一口ずつ串焼きを味わって食べていく。
一つ口に入れるたび考え込んだり、頷いたり。
やばい。かわいい、何この子。
僕はスープをいただく。塩ベースの魚のあらのお吸い物だ。あ、ちょっと醤油も使ってるな。
しっかり出汁が取れてていい味だ。おにぎり持って来てこのスープと一緒に食べたいな。
たこ焼きもどきはたこ焼きというより明石焼きだった。魚介ベースの具のないスープがついていて、このスープに浸して食べるのだそうだ。買ってきたフェルが教えてくれる。
中身はちゃんとタコが入っている。スープも美味しい。ちょっと刻んだネギをいれるともっと美味しくなるのにな、そういえばお好み焼きのソースをこの世界でまだ味わっていないことに気づく。
きっとたこ焼きに合うソースを作れなかったんだ。なんか納得した。
領都で材料いっぱい買って、王都に帰ったら師匠と研究してみようかな?
お好み焼きのソース。
また材料費が、原価が、とか怒られちゃうかな。
師匠も10年前の領都の戦争に参加してたんだろうなと、僕は思っている。
領都の冒険者も知ってる、鉄壁という二つ名。
哲学にも思えるくらいうるさく言われる、安くて腹一杯になる料理。
戦後の領都で炊き出しとかしてたんじゃないかな?だとしたら師匠の考え方にも納得できる。
師匠の年を考えると、当時、全盛期の二つ名持ちの冒険者が、戦争に全く関わっていなかったとは考えにくい。
ガンツと仲がいいこと、ハンバーグという料理。ハンバーグってそもそも安い肉でも柔らかく食べられるように考え出された食べ物じゃなかったっけ。
高級なものより、お金がなくてもお腹いっぱいになれる料理をとにかく師匠は好む。
原価はいくらだとかうるさくいうのは、安くて美味しくてお腹がいっぱいになる料理を提供する。こういうコンセプトでお店をやっているからだ。
どういった経緯で王都に店を出すことになったかまではよくわからないけど、きっといろいろあったんだろうな。
戦争に参加したっぽい人たちは誰もが昔のことを話したがらない。それはやっぱりそういうことだよね……。
「ケイ!聞いてるのか?」
ちょっと思考の海に深く潜りすぎてしまった。
「ごめん。フェル。ちょっと考え事してた」
「聞いてなかったのか?私が一口ずつ食べたから今度はケイの番だ。その丸い食べ物と交換しよう。そのスープも飲んでみたが、結構美味しいな、でもケイの作る味噌汁の方が何倍も美味しいぞ。今度似たような具で作ってくれ」
フェルとお皿を交換して、串焼きを食べる。
王都ではフェルとこんな時間を過ごしたことなかったな。
帰ったら休みの日はフェルと出かけよう。
休みの日は外食でもいいかもな。
でもオムライスも作ってあげないと。
これからのフェルとの生活を考えると楽しいことばかりだ。
フェルと出会えてよかった。
幸せだよ。
「美味しかった串焼きを3本、もう一度買うのだ」
フェルが楽しそうにそう言い出す。
僕はもうお腹いっぱいだけど、フェルはまだまだ食べられるみたい。
そのベスト3を買うついでに食器を返す。
1位と2位はあの食器を貸してくれたおじさんの屋台の串焼きだ。
フェルが興奮気味に、この周りの串焼き屋の中で一番ここの串焼きが美味しかったと説明すると1本銅貨3枚を、2本で銅貨5枚にまけてくれた。
「また来てくれよ、にいちゃんたち!」
屋台を離れる僕らにおじさんが声をかける。
フェルが大声で力説したから、僕らのあとでその串焼き屋に行列ができた。
公園の中のベンチが空いていたので2人で座ってフェルはあっという間に串焼き3本を食べてしまった。
まだ食べられそうだとフェルが言うので、デザート、ということにして飴細工の屋台に並んだ。
どうやら中央公園の名物屋台みたい。大人気で行列ができていた。
僕はホーンラビット、フェルはオークの形で注文しておじさんが手早く飴の形を整えていく。
僕のはかわいいウサギにツノが生えたもの。フェルのオークはテディベアみたいなものになった。
オークの飴はかわいいかどうかは僕には謎だったけど。
お互いの注文した飴細工を、ここはどうだとか、ここは似てるとか、さんざん鑑賞しあってから食べた。
飴を舐めながら北門の方へ歩く。
市場によって買い物をして帰ろうと言う話になったからだ。
途中大きな建物の前を通る。
3階建ての大きな建物の看板には、商業ギルドと書かれていた。
足を止めて建物を見上げる。
「ケイ、せっかくだから屋台の出店の説明だけでも聞いてみたらどうだ?」
フェルが勧める。
確かに。聞いてみるだけでもいいかもしれない。
出店料とか、ルールとか。
2人して急いで飴を食べて、口をキレイに拭いたあと商業ギルドの中に入った。
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