第205話 依頼主

 205 依頼主

 

 どうやら抱きしめ合ってそのまま眠ってしまったらしい。

 目が覚めると目の前にフェルの顔があった。


 外はもう明るくなっていた。

 今日はゆっくりしようって言ったから、もう少しこのままでいよう。


 腕の中のフェルがモゾモゾと動く。

フェルの肩に布団をかけ直してフェルをそっと抱きしめる。

 少し石鹸のような匂いがする。僕の好きなそのフェルの香りに包まれて、ゆっくり目を閉じる。


 次に目を覚ますとフェルがいなかった。


 起きて水を飲み、顔を洗いに行く。

 顔を洗っているとドアの開く音がしてフェルが戻って来る。

 タオルで顔をふきながら洗面所から出るとフェルが僕に向かって微笑んだ。


「洗濯物を出しておいたぞ、宿の人に洗濯をする場所を聞いたら、袋に入れて渡してもらえばやっておくと言われてな。ケイの洗濯物はそこに置いてあったし、私のと一緒に宿の人に渡してきた」


「へー。いくらだった?」


「それがタダでいいそうだ。洗濯の料金もその依頼主が払ってくれるらしい。むしろ渡してくれた方がお金がはいるからそうして欲しいと言われて、ケイの分も出してしまった」


「んー。これは本気で何かお土産を渡さないとね。ガンツの依頼主って多分辺境伯さまだよ。昔馴染みって言ってたし。多分そう。いいのかなー。借金返してる時にこんなにお金使わせて」


「本当か?ケイ。なんでわかったのだ?」


「なんかガンツも、依頼主、とか普段言わないような言い方をするし、ちょいちょい漏れてくる話からなんとなくね。なんか前に辺境伯は昔の知り合いみたいなもんじゃとかなんとか、聞いたことあったような。それに今回のガンツの仕事ってボイラー関係でしょ。銭湯作るって、それって多分公共事業でしょ」


「公共事業?なんだそれは」


「国とか領地を治めている人がお金出して何か建物を建てたり、道を作ったりすることだよ。簡単に言えば、みんなのためになるものをみんなの税金を使って作ることかな」


「なるほどな。ケイは歳の割にいろいろなことを知ってるんだな」


 フェルにはまだ僕の前世の記憶の話はしていない。

 いつか言おうと思うけどなんかいいタイミングがないんだ。


 前世の記憶があってもなくても、たぶんフェルは僕のこと好きでいてくれると思うけど。いきなり僕には前世の記憶があります。とかって告白されてもね。なんて言っていいかきっとわからないよ。


「だから銭湯を作りに行くって聞いた時から依頼主は辺境伯さまかなぁってなんとなく思ってたんだ。ガンツが言いたくなさそうだからとりあえず知らないふりしてるけど」


「すごいな、ケイ。最初からわかっていたのか」


「でも、たぶんね、ガンツも意地悪で僕らに教えなかったわけじゃないと思うんだ。僕らが誰かに領都に来た理由を聞かれて、辺境伯さまの依頼で来ています、とか言ったらどうなると思う?みんな、ははーとか言ってひざまづいちゃうよ。この街の人みんな辺境伯さま大好きだもの、膝までつかなかったとしてもたぶん自由に買い物とかできなくなっちゃう。値段交渉とか、なんか……買い物の楽しみなんて無くなっちゃうんじゃない?ガンツは僕たちをそんな目に合わせないようにあえて依頼主の名前を伏せているんだと思う。僕らが自由に街の人と話して、買い物とか、観光とか楽しめるように」


「なるほどな。だからか、昨日ギルマスに、知り合いの職人の仕事に便乗した。とケイが言ってたのもそういうことなのだな。ガンツの名前を出さずにおかしな言い方をするとは思っていたのだが、あれにはそういう意味があったのだな」


「そうなんだよ。さすがフェル、理解が早い。だってさ、ガンツって多分10年前この街の戦争の時の英雄の1人だよ。本人は自分のことあんまり話したがらないけど、昔の知り合い、とか昔馴染みとか、辺境伯さまと仲良いなら、戦争にも参加してるはずじゃん。昨日シドのことハナタレとか言ってたけどたぶん10年前に会ってるからじゃないかなぁ。ああ見えてシドってまだ二十二歳だよ。10年前は十二歳。ハナタレって呼ばれるちょうどいい歳なんじゃない?」


「シドはそんなに若いのか?てっきりもう30近いと思っていたが、そうなのか」


「うん。なんか可哀想だよね、シド。そう、それでね。そんなガンツのことをギルマスが知らないわけがないじゃない。この街を救った英雄なんだから。僕たちがガンツの知り合いでとか言ったらあの人大騒ぎしそうだよ。そしたら冒険者の人たちにもすぐ噂が伝わって、なんか距離置かれちゃいそうじゃない?とりあえず昨日のみんなは大丈夫だとは思うけど」


「なるほどな。ケイは変なところで頭がいいな。納得したぞ。これからも辺境伯さまの依頼で来たことは秘密にしよう。いつかはバレるかもしれないが、ケイの言う通り、気にせず、私たちはこの街を楽しめば良いのだ」


「うん。なんか興奮していっぱい喋っちゃったけど、そういうことだと思うんだ」


 ふと見るとフェルが笑いをこらえてる。


「どしたの?なんか僕おかしなこと言った?」


「いや、ギルマスの話で思い出してしまってな。ケイの二つ名が王都のウサギ狩り、だって。そのウサギ狩りがここまで鋭い洞察力を持っていると思うと可笑しくて」


 フェルが必死で笑いをこらえてる。


「いいじゃん。どうせウサギ狩りしかやってなかったし。オーク殺し、とか、守護神とか呼ばれるよりよっぽどマシだよ。そしたらフェルの二つ名は女神だよ。恥ずかしいじゃない、そんな二つ名」


「確かに女神と言われるとさすがに私も恥ずかしいな。いやでも、王都のウサギ狩り。語呂も良いし、広めたのは誰だろうな?」


「たぶん王都のギルマスだと思う。なんかあの人面白がってそういうの広めてそう」


「確かにな。あの者ならやりそうだ」


「もう僕は受け入れることにしたよ。王都のウサギ狩り。なんかうまいこと言ってそうだけど、これってそのまんまだよね。もうただの事実だもん」


 そんな感じで2人でおしゃべりしてたらお腹が空いてきたので、僕たちは街に出ることにした。











 

 

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