第204話 なんか幸せ
204 なんか幸せ
まだ酒を飲むというガンツを残して僕たちは部屋に戻る。
部屋で飲みたいと言って宿の人に果実水を作ってもらった。
フェルはベッドで髪をとかしてる。
椅子に座って果実水をちびちびと飲む。
ガンツの仕事が終わるまで、まだ2週間以上かかるみたい。
流石にまるまる2週間も観光するわけにはいかないだろう。
特にこの街には観光資源もないし。
市場を見て回るのも楽しいけど、宿に帰ればご飯もあるしな。わざわざ自炊をする意味はあまりない。
買ったところで料理を作る機会があるわけではないのだ。
料理かー。昨日は楽しかったなー。
みんな美味しそうに食べてくれて嬉しかった。
師匠のところでの修行にある程度目処が付いたら、領都に来て屋台からはじめるのもいいかもな。物価は安いし何よりみんないい人ばかりだ。
街に住む人みんなに会ったわけじゃないけど、この街はなんだか暖かい雰囲気がする。できればこんな街に住んでみたいと僕は思いはじめていた。
今泊まっている宿は北区の真ん中寄りにある。東区は住宅街で、西区の北の方の大部分は貴族街と呼ばれ、平民は許可証がないと入れないらしい。中は高級なお店がならんでるんだそうだ。
高級店には縁がないので興味はないけど。
中央区には大きな商会が多く、北区にはいろいろなお店が並んでいる。
ギルマスが昼に言ってたとおり、ここはなかなか立地条件の良い高級な宿なんだろう。
冒険者ギルドは北門の近く、北区のいちばん端っこにある。門を出て北に1時間ほど歩くと魔の森と呼ばれる森が広がっていて、冒険者の主な狩り場となっている。
今日の帰り道でジークとザックがいろいろ教えてくれた。
エッチなお店も教えようか?と聞かれたけど、フェルが隣にいたから聞けなかった。
いや、行きませんよフェルさん。
なんかこっち睨んでない?行かないからね。
興味は……まあ全くないわけじゃないんだけど、仕方ないじゃないか。
そろそろ寝よう。
明かりを消して布団に入る。
フェルの首の下に腕を入れて腕枕をする。フェルが僕に唇を重ねてくる。
さっきはガンツに邪魔されちゃったからな。
受け止めるようにフェルを感じて、お互い満足するまで、甘い2人の時間を楽しんだ。
フェルが僕の胸に頭を寄せる。フェルの匂いはなんだか落ち着く。
「ケイ。何かやりたいことがあるのではないか?」
え?さっきのエッチなお店のこと?顔に出てた?
「何か考え事をしていたではないか、いつも私のことを優先しないでケイはケイでやりたいことができたらなんでも言っていいんだぞ。」
んー。どうしようかな?言ったら嫌われちゃうかなぁ。
「王都に来た時もケイは言ったではないか。お互いやりたいことができたらなんでも相談しようと、協力しあってできることなら2人でやればいいし、もし協力できそうになくても2人で考えればきっといい方法が見つかるはずだと。ケイはもう少しワガママを言っても良いと思うぞ。私に」
そういえばそんなこと言ったなぁ。
あの時はフェルとずっと一緒にいたいから、って下心もあったんだけど。
そうだね、フェル。なんでも相談だね。
嫌われたくはないけれど、思ってるだけじゃ何も変わらない。
深呼吸してフェルに今考えてることを伝える。
「まだぼんやりとしか考えられてないんだけど。将来この街でお店を開きたいなってちょっと思ってる。師匠のお店での修行に目処がついたら、お金がたまってなくても、この街で屋台から始めてもいいかなって……。辺境伯さまの借金はあと2年もすれば返せるんでしょ?そしたらそのあとはこの街ももっと発展していくと思うよ。今まで借金を返してたお金が、街のために使えるようになるんだから、きっとこの街はもっと大きくなる。人が集まればお店を開いてもお客さんはいっぱい入ってくると思うんだ。それに……なんかこの街、好きなんだ」
話を聞くフェルの顔を見る。フェルが嫌だと言ったなら僕は諦めるつもりでいる。
フェルにだって王都に知り合いもできただろうし、エリママだっている。
綺麗だな。思わずフェルの髪の毛に触ってしまう。抱きしめたいのを我慢して話を続けた。
「みんないい人ばかりだし、街の雰囲気が柔らかい。きっと冒険者もお客さんで来るよ。僕の料理を昨日あんなに美味しそうに食べてたし。そりゃ、初めはたいへんだし、フェルに苦労をかけちゃうかもしれないけど。フェルと2人で、小さくてもいいから、あったかい人たちが集まるおしゃれな食堂をやってみたいな。……僕が領都に移住したいって言ったらフェルはついて来てくれる?」
最後のセリフは少し緊張した。
フェルが僕の腕枕をしてない方の手を握ろうとする。
もそもそ僕の手を探すのが少しかわいい。
探すその手を迎えにいってあげた。
二人の指が絡まる。
「ケイ。私は大賛成だ。領都だろうがどこだろうがケイの行きたい場所に私はついて行くぞ、ケイがいる場所が私の居場所だからな。私も今朝同じようなことを考えていたのだ。2人でおにぎりを握っていた時、いつかケイがお店を持ったとしたら、こんな風にケイを手伝って2人で暮らしていきたいと、手伝えなくても仕事をしている姿を眺めて、休憩時間に2人でお茶を飲んで」
「いいの?はじめは屋台かもしれないよ?また質素な生活に戻るかもしれない」
「良いのだ。2人で毎朝、屋台を引いていけばいい。ケイは力ががないからな。屋台を引くのは私の役目だ。よし、私にできることがひとつ増えたぞ。そして店を開けて、ケイが料理を作って、私は客の呼び込みをするのだ。売り切れたらその日は終わりにして、2人で銭湯に行こう。風呂上がりには果実水を屋台で買って2人で飲む。飲み終わったら自分たちの屋台を引いてまた家に帰るのだ」
フェルの声が徐々に鼻声気味になってくる。
「家に帰ったら、たまには私も料理を作ろう。2人で作るのもいいな。テーブルで向かいあって一緒に……」
フェルが泣いている。
フェルの右手が僕の首にまわってきて、ぎゅっと抱きしめられる。
「ケイ、どうしよう。私、なんか幸せだ」
時折り鼻を小さくすするフェルの体を僕は優しく抱きしめた。
フェル。僕もなんか幸せだよ。
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