第191話 義勇兵
191 義勇兵
10年前、義勇兵として領都の防衛に参加していたあの時。
私は神の目と呼ばれた凄腕の弓使いに命を救われた。
帝国軍約1万の軍勢に囲まれ、もはや逃げることもできない状況。
残る領都の兵士は1000人にも満たなかった。
早々に逃げ出した辺境伯に代わり、代理の領主として立ち上がった、現辺境伯、アラン様。
当時25歳。
王都から冒険者たちを引き連れて果敢にゲリラ戦を仕掛けるも、本隊にはほとんど損傷を与えられずにいた。
帝国軍は途中で制圧した村人たちを魔法で隷属させ、本人の意思とは無関係に前衛として戦わせていた。
いくら相手側に損傷を与えたとしても帝国の正規の兵士たちにはその攻撃が届いていなかったそうだ。
奴隷兵を盾にして不利になると帝国軍は戦場から撤退する。
隷属魔法を解除できるのは聖女様くらいの聖魔法の使い手だという。
冒険者たちで構成された王都からの救援の部隊は仕方なく罪のない普通の人間を斬りつけて無力化するしかなかったそうだ。
領都が制圧されたら私たちも隷属魔法をかけられ、王都に侵攻する先兵として戦わせることになるだろう。
私も含め、街の人間たちは不安でいっぱいだった。
そして領都はついに帝国軍に包囲される。
絶体絶命の状況の中、アラン様は残りの兵士のほとんどを率いて、敵の本陣へ一点突破の特攻を仕掛ける作戦を決める。
その間の領都の守りを固めるため、領都の住民から義勇兵が募集された。
作戦を前にアラン様は皆の前でこう話された。
「敵の群勢は多い。しかし大半は諸君らと変わらない一般の市民や、農民たちなのだ。彼らは無理矢理連れてこられ、命じられるまま戦わされている。敵の中枢を叩き、この戦争を指示する奴らさえ潰せれば、この戦いはきっと終わる。私たちは必ず敵の大将を討ち取ってくる。しかしその攻撃を仕掛けるその間、領都の防衛は一時的な手薄になってしまう」
アラン様は私たちを見回して話を続けた。
「諸君らにおねがいする。この街を、この街に住む人たちを、その力で守って欲しい。もしも我々が帝国に敗れたならば、すべての住人は捕らえられ、隷属され、次は王都に攻め入る際の先兵とさせられるだろう。その先は地獄だ。ここで、この領都を落とされるわけにはいかない」
アラン様はそして少しの間無言になった。
「私はこの街で育った。両親を早くに亡くした私は街の人に育てられた。街の人たちは孤児になってしまった私に、仕事をくれて、自分たちの食べ物を分けてくれた。やがて私は冒険者として独立し、いろいろな土地を見てきたが、この街のように、皆で助け合い、前向きに生きようと努力するそんな場所は他にはなかった」
アラン様は優しい顔で私たちをゆっくりと見回した。
「私はこの街が好きだ。私の愛するこの場所を守るため、諸君の力を少しだけ貸して欲しい。敵の将校は我々で対処する。諸君らは攻めてくる一般の兵士の攻撃を防いでくれればいい。君たちに犠牲は出さない。心配しないで欲しい。我々には神の目がついている」
神の目というものがよくわからなかったが、義勇兵は城壁の崩れてしまった部分に配置され、侵入しようとする帝国軍を押し留める任務についた。
そして戦いは始まった。
声をあげてこちらに攻め込んでくる帝国軍。
押し寄せる軍勢が迫ってくる中、領都の門が開き、アラン様率いる特攻部隊が出陣する。
切り裂くように歩兵部隊を越え、本陣に向けて凄まじい速さで突っ込んで行った。
我々の武器は主に長い棒だった。
かろうじて剣を持たされてる者もいたけれど、ほとんど切れなさそうななまくらな剣だったように思う。大半の義勇兵に渡されたのは、穂先を外した槍の柄だけで、そのかわり全員が金属製の兜を支給されていた。
街に残ったすべての金属を使って、身を守る防具だけを人数分揃えたのだ。
もしかしたら私たちに奴隷兵を殺させないように配慮がされていたのかもしれない。
奴隷兵の一部は今も領都で暮らしている。
私たちは行くあても無くなってしまった彼らを受け入れた。
誰かがその時言ったのだ。もしかしたら自分たちもこうなっていたかもしれない。これは他人事なんかじゃないんだと。
街を守る私たちはとにかく足止め、そして可能であれば拘束し無力化するように指示されていた。
崩れた城壁から侵入しようと押し寄せる帝国の兵士たち。
それを持っている棒で押し込み、突き倒し防ぐ。
帝国兵の顔をよく見れば、ほとんどの人が私たちと変わらないどこかの村人や街の人のようだった。怯えた表情で突撃してくる彼らを痛めつけるのは辛い作業だった。
きちんと装備を整えた兵士はほとんどいなかった、そしてそういう兵士はどこからか飛んできた矢でどんどん射殺されていく。
しかし押し寄せる数には勝てず、私が配置された場所はついに帝国軍の侵入を許してしまった。
侵入されたところから帝国の正規の兵士が続々と入ってくる。略奪するためか、奴隷の兵士を押し除け、防衛する私たちに迫った。
誰もがもうダメだと思った瞬間、上空から矢が降り注ぐ。
その矢は帝国兵士だけを次々と確実に一撃で撃ち抜いていく。
誰かに押され、転んでしまった私に、帝国兵士の剣が襲いかかる。
私は死を覚悟した。
その剣が私に打ち下ろされそうになるその瞬間、帝国兵士が白目をむいて私に倒れ込んだ。
兵士の後頭部には一本の矢が刺さっていた。
周りを素早く見渡すと遠く離れた城壁の上に立つ髪の長い男の姿が見える。
天から見守る神のように、私たちはその誰かにずっと見守られ、そして命を救われた。
やがて帝国軍から退却の合図が出される。
われ先にと逃げ帰る帝国軍。後に残った死体は、すべて帝国の正規の兵士たちだった。
帝国軍約1万の群勢とはいえ、そのうちの5割は攻め落とした先々で捕虜にした、ただの平民たちだった。
この戦いで総大将と約半数の正規兵を失った帝国軍に、もはや戦闘を継続する力は無かった。
アラン様たち特攻部隊は多少の怪我人を出したものの誰一人欠けることなく領都に帰還した。
そうして戦争は終わり、知らせを聞いて駆けつけた聖女様のお力により、領民や帝国の奴隷にされていた兵士たちは、手厚い治療をうけ、その後街の復興作業に従事することになった。
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