第186話 祈らずにはいられない

 186 祈らずにはいられない


 冒険者たちと待機している場所は森の入り口とオークの砦のちょうど中間に当たる場所だった。

 

 シドとケイがその場所を離れて30分ほど経っていた。


 草むらが少し動いたかと思うと、すっと人影が現れる。いつも通りシドが帰ってきたのだ。

 

 ん?違うな。シド?なんでシドなんだ?

 

 ケイはどうした。まさかなんかあったのか?そう思った瞬間、フェルがシドに飛びかかった。

 やばい。慌ててフェルに飛びついて引き離す。

 痛いってフェル、俺の指を齧らないでくれ。とにかく落ち着けって。


「シド、報告だ。ケイはどうした」


 置いてきた。とシドは言った。

 そこでまたフェルが暴れ出す。


 待て待て待て、とあわててシドがフェルに向かって話し出す。


「ケイは無事だ、怪我一つしてない。まず報告が1つ、オレはケイの実力を測り間違えていた。あいつは想像以上だ」


「シド。どう言うことだ?」


 フェルー。指噛まないでー。痛いから、痛いからそれ。

 

「ちょっと教えるつもりで連れてったのに、あっという間に気配察知をマスターしてしまうわ、神の目レベルの長距離射撃を決めてしまうわ、あいつは一体何者なんだ?とにかくオレの目であいつの実力をしっかりと見極めた結果、今回の作戦はケイにやってもらうことにした」


 神の目レベル?神の目ってあの領都の英雄のことか?

 

 フェルの目に涙が滲んでいる。

 

「フェル、泣くなって、そんでそんな目で俺をみるな。ケイは大丈夫だから、心配なんていらねーよあいつの場合」


 それを見たシドが慌ててフェルをなだめた。

 

 ようやくおとなしくなったフェルが涙を拭く。俺もフェルを押さえつけるのをやめた。だがシドを見るその目には激しい怒りがまだ宿っている。

 

 シドが偵察任務の報告を続ける。


「まずはこれを見てくれ。ケイが気配察知をマスターした後書いたものだ」


 森の地図らしい。シドが地図に書かれている四角を指差す。なんだ?やけに詳しいな。いつもシドが持ってくる地図とは大違いだ。


「ここから普通に歩いて3、40分行ったところにオークの砦がある。きちんと目で見て確認もしてきたから間違いねぇ。砦はおそらく戦争してた時に帝国が秘密裏に作ったものだと思う。古い砦で少し崩れかけてたな。そんでそこにオークが住み着いて、オークキングが発生、と言う話なんだが、ちょっと流れとしては出来過ぎな感じもする。だが周りに帝国兵士の気配は無いし、中にいるのはオークの集団で間違いないだろう。とりあえずどうしてこうなったのかは後で調べればいい。少なくとも砦の中には罠らしいものは感知できなかった」


 砦か、ちょっと厄介だな。


「砦の正面。ここだな、あ、裏面が砦の拡大図になってる。これもケイが、狙撃場所から気配察知を使って描いた。オレが上から見たのと全く同じだったぜ。アイツほんとにすげーぞ。砦の中を見ないでこれを描いたんだからな」


 紙を裏返すと建物などが細かく書かれて砦の見取り図になっていた。


 気配察知ってそこまで詳細にわかるものだったか?それってもはや、なんか別のスキルが生えたんじゃねーの?


「で、続きな。もちろん帰りに正面も見てきた。砦の扉は朽ちていて、門自体はずっと開いた状態になってる。突入には時間はかからんだろう。そんで5体のオークが砦の外で見張りをしていたぜ。砦の防壁の上からは弓で狙えるようになってる。そして厄介なことにアーチャーがいやがった。少なくとも4体はいるな。それぞれ四つ角で見張ってやがる。中央の建物に大きな魔力の反応が1つ、そこそこ大きめの反応が8つ、もしかしたらもう少し多いかもしれねぇ。重なりすぎてよくわからなかった。こっち側の長い建物は多分元兵舎だろうな」


 そう言ってシドが真面目な顔をする。

 

 やばいなあ。シドがこんな顔をする時はろくな事がない。

 

「少なくとも100体以上のオークがいると思われる。動きがないってことは多分休憩してるか、なんかだろう。俺が上から見た感じだと砦に登る階段は4つ。この角とここ、反対側もおんなじような場所にあった。ケイはこの辺りの背の高い木に登って狙撃の用意をしている。ケイの位置からは正面から見て右側、方角だと西側だな。こっちは充分に狙える。だが反対側は難しいと言ってた。何回か打ってようやく当たるって感じらしい。それでもすげーことなんだけどな。オレにはとうてい無理だ」


 ケイの位置がわかったからだろうか。フェルの目から殺気が消えた。


「とにかくケイの方がオレより弓の腕前が上なこと、オレが実際いろいろ動き回った方がより精度の高い情報が手に入りそうなこと。ケイの支援ににフェルを行かせればケイたちのパーティは自由に動ける強力な砲台として活用できそうなこと、この3つの理由から狙撃役をケイに任せてきた。ここまでの話を理解できてないやつはいるか?なんかあったら言ってくれ」


「ケイはちゃんと安全なところで待機しているのか?」


「フェル。誓って言うが、ケイの場所は安全だ。万が一アーチャーに気づかれたとしてもとてもじゃないが向こうから命中させられる距離じゃない。だが逆にケイは当てられるんだ、その安全圏からな。だからこそケイを1人だけで置いてこれたっていうのもある」


 シドは話しながら紙を裏返す。森の全体の地図の一部分を指差した。

 

「ケイの狙撃位置はここ。この辺りで一番背の高い木の上だ。砦の壁よりやや高い位置で打てる。このポイントについてもケイの提案だ。そしてオレはそれに乗った。確かに良い場所だったが、ちょっとオレには正直遠い。10回やっても当たるのは2、3本ってところだな」


 俺はフェルをなだめるためにシドの後を引き継いで言う。


「フェル、いいか。砦の壁より高い位置ってことはより安全だってことだ。だから心配しなくていい。今から作戦を聞いたらお前はケイのところに行け、きっと寂しがってる」


 それを聞いてやっとフェルが落ち着く。

 ちょっと拗ねた顔をしてじゃあ早く作戦を話せとごねた。


 さて作戦か、まずはアーチャーの排除。その後いかに迅速にメイジを処理するかだな。


「シド。ケイにはなんて言ってきたんだ?簡単な指示くらいはしてきたんだろ?」


「ケイにはまず魔法で右翼側のアーチャーを排除するはずだと伝えてある。それを合図に左翼の防壁の上のオークをできるだけ早く排除しろって言ってある。そのあとは正面に回ってジンの指示に従えと」


 うーん。俺の考えと大体、いやほとんど一緒だな。もうシドが作戦の指揮をとった方がいいんじゃないか?必要なのかな俺。

 いや、ここは当然だな、みたいな顔をしておこう。その方がなんかカッコいい。


「大まかにはシドの指示した通りにしよう。うちのロザリーがケイが狙いにくいと言ったこの位置のアーチャーに向かって魔法をぶっ放す。それを合図にまずは見張りのオークを倒す。それから突入して、このくらい。入り口から距離を作ってオークと戦ってくれ。そしたらケイの次の射撃ポイントまでの道ができるはずだ。あとは編成と段取りだが、多分もう少ししたらマリスが戻ってくると思う。それまでもう少しシドと話させてくれ、みんなも聞いていて構わない。マリスの到着後、騎士たちと作戦をすり合わせ、行動開始とする」


 そう言ってシドからもっと詳しい話を聞き出すことにする。


 どういうことなんだ?ケイはDランクのウサギ狩りだろ?

 

 詳しく聞かせろ。


 シドの話を聞けば聞くほどよくわからないことばかりだ。

 シドが狙えないくらいの長距離射撃?目視で米粒ほどのオークを一撃で倒した?

 わからん。そんな不安定な戦力を作戦に組み込んでいいものなのだろうか。

 だがシドは真剣だ。


 こいつはこういう時決して嘘は言わない。

 こいつが背中を預けられるというのだからそれを信じて作戦を実行するだけだ。

 

 シドが帰ってきてから、15分くらい経ったころだろうか、茂みが揺れる音がして騎士団が到着した。

 

「マリス以下5名、応援に駆けつけた」

 

 そうマリスが言い、形式通りの挨拶を済ませる。

 

 なんか1人汗だくな奴がいるけど、大丈夫か?そいつだけ金属鎧だが。


 マリスに聞くと気にするな。これはこいつの趣味だからと返される。

 いいのか?それで。


「あいつ最近生意気だからいいんだよあれで」


 そうマリスが言う。


 よし。全員そろった。

 軽く咳払いをして作戦を皆に伝える。


 大まかに説明すると大体こうなる。


 うちの魔導士のロザリーが、まず正面左角のアーチャーを狙い、魔法攻撃。

 混乱に乗じて5体の見張りを始末する。


 その間に、ケイが弓矢で俺たちから見て右側の防壁の上にいるアーチャを始末する。

 見張りのオークを処理できたら順次突入開始だ。


 迅速に突入できてオークの不意をつけるかはケイの狙撃にかかっている。

 アーチャーに矢を撃たせる前に始末出来れば俺たちは損耗も少なく砦に突入出来るだろう。

 下手に損耗させられたら全てが台無しだ。即死なら良いが、怪我人を治療しながらの戦闘の継続はとても難しい。

 

 怪我の状態次第では即時撤退もありうる。


 騎士団は中央から右手側に配置、

 左手は素早い攻撃が得意なパーティで固める。見張りのオークを始末したものから順次砦内へ侵入。

 中央の騎士団は突入したチームに合わせて同じく中に入り、盾役として戦線を支えてもらう。

 その後全員が砦に潜入できたら、右側の防壁に登る階段を確保する。

 

 ケイが砦に入ったら砦の右手側の防壁に登り、そこからまた狙撃を開始する。

 ケイにはまずアーチャーの排除、次にメイジの牽制と排除をやってもらう。


 出てきたソルジャーはその都度正面にいるパーティが受け持つ。

 そのあと出てくるであろうキングに備えて、盾役は中央に3名はキープする。


 この辺りはその都度対応しなければならないので、指示は俺が後方からみんなに伝える。


 こんな感じだ。


 ここでシドから意見が出る。


「ここまではいいとして、キングが出て来る頃には後ろからもゴブリンやオークが援軍に駆けつけてるんじゃねぇかな。かと言って砦の中の人員を減らすのも良くねえ。背後はオレが受け持つことにするぜ。ちょっと一人は厳しいかもしれんから罠を仕掛ける。万が一撤退する時はこの右側の壁の辺りまで回り込んで逃げてくれ、そこには罠は仕掛けないし、西側にはゴブリンの集落がないことは確認済みだ」


「野うさぎはどうする?」


 そう聞いてきたのはジークだ。こいつらのパーティとはよく共同で依頼を受ける事が多い。ジークたちは3人のアタッカーとヒーラーでパーティを組んでいる。

 最近王都の方から来たというザックが加わったが、ザックもけっこう腕のいい冒険者だ。

 

「野うさぎを出してきたってことは領主様もかなり協力的じゃねぇか。危ないとこに配置して万が一怪我でもさせたら怒られるぜ」


 野うさぎは騎士団で伝令役をしている小柄の女性騎士だ。とにかく足が速い。


 俺はマリスの方を見た。


「ならば最初のパーティの突入に合わせて野うさぎにはケイの登る階段の確保をさせよう。アーチャーの矢には全力で警戒だが、野うさぎの体の大きさなら狙いにくいだろう。ケイが配置に着いたら、あとは状況に応じて、敵の殲滅、ただし上位種の相手はしないこと、それでどうだろうか」


 うん。悪くない。シドの負担が大きいのが心配だが仕方ない。

 

「みんな異議がないならこれで行くぞ。フェルはさっき言った通りケイの護衛だ。無理はするな。失敗したらできる範囲で攻撃に参加だ。その場合、自分の命を優先すること。危なくなったら何も考えずに逃げろ、これはケイにも伝えておくように。以上だ。騎士団はもう動けるか?もう少し休んでからの方が良いんじゃないか?」


「大丈夫だ、これくらいで根を上げるやつは騎士団にはいない。そうだろ、ベン」


 そう呼ばれた汗だくの男は黙って頷く。


「とりあえず移動を開始しよう。砦に着いて潜伏する時に少し休憩を入れる。では行こう。フェルも出発してくれ」

 

 そう言った時にはもうすでにフェルはいなかった。


 死ぬなよ2人とも。

 そう祈らずにはいられない。

 2人とも素直ないい若者だ。あれで付き合ってないんだからおかしな奴らだと思うが。


 俺たちもゆっくりと移動を開始した。

 そして作戦が始まる。







 


 

 

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