第185話 命を張る仲間
185 命を張る仲間
時間は少し遡る。
拠点に急ぎ森の中を移動するシドは、つい先ほど木の上に置いてきたあの若者のことを考えていた。
正直あんなにできる奴とは思わなかった。
最初に声をかけたのはその若者に将来性を感じたからだ。
今は無理でもこの経験を活かして数年後には俺たちのパーティを超えていくような、そんな冒険者になるだろう。
そんな気がしたからだ。
こう見えて人を見る目はある方だと思う。だが今回は逆の方にその期待は裏切られた。
ケイが想像以上にできる奴だったからだ。
相方のフェルが強いのは見た瞬間わかった。
たぶんどこかの騎士崩れだ。隣国の騎士団は腐り切ってるという。
たぶん問題を起こしてそこから逃げてきたんじゃないかと思っている。
あいつらにも事情もあるだろうし、そのことを誰かに言いふらすつもりもない。
対してケイはフェルに追いつこうともがいてる、思春期を抜けたばかりの若造だと思っていた。
ちょっと暇つぶしにからかってやろうとあえて名前を呼ばずに坊主、坊主と、子供扱いしてみた。
これでムキになってきたら面白い、立ち向かってきたら軽くいなしてみよう、そう思って反応を探っていたが、ケイは全くそう言う挑発に逆らうことなく。
「あ、僕のことですよね、はい、なんですか?シドさん」
そんな顔をしてオレの話を聞いている。俺の挑発など全く気にする素振りもない。
見た目よりずいぶん落ち着いている。と言うか、落ち着きすぎじゃねーか?確か16歳かそこらだったよな。
森に入ってケイの雰囲気が変わった。
どうした坊主。と声をかける。そしたら坊主は真剣な顔でオレにこう言って来た。
「シドさん、なんか変です」
その目は、何かを確信しているようで、また何かに迷っているようだった。
異常なことは確信しているが、それをうまく言葉で説明できない。そんな感じだ。
こいつはもしかしたら見た目より頭がいいのかもしれない。
確かに森に入ってからおかしな感じがずっとしていた。
ゴブリンの集落があるのは間違いない、だがそれ以上に森の奥から危険な気配がしてくる。そしてやけに森が静かだ。
まずは集落を偵察してみて、確信が持てたら皆に話すつもりだった。
うちのパーティメンバーはともかく、他のパーティの奴らや騎士のマルスは簡単にオレの言うことなど信じないだろう。
それまではこっそり気配察知を全開にして少しでも多く情報を得ようと思っていた矢先だった。
もしかしてこいつもオレと同じ気配を感じてるのか?
こいつウサギ狩りしかしてこなかったんじゃなかったっけ。
「何がだ?坊主」
そう言うと、森の雰囲気がおかしいとケイが言った。
カマをかけるように、お前らがウサギを狩り尽くしたからじゃないのかと言ってみる。
だがあいつはできるだけ丁寧に、決して決めつけるわけでもなく、自分の言葉でこの状況を説明し始めた。
最後に当たり前のようにゴブリンの集落の位置、そして森の奥を指差し大きな魔物の気配がすると言う。
思わず食い気味に、「坊主それがわかるのか?」と強く尋ねてしまう。
それは一人前のスカウトや狩人にしかわからない気配だ。
それをこの若者はあたり前のように指差して言うのだ。
みなさんわかって行動してるんですよね?僕にもにも詳しく教えて欲しいんですが……そんな顔で俺に聞いてくる。
こいつは斥候の才能がある。そうオレは確信した。
皆を止めて、状況を説明する。
皆が参加の決意を表明した後、案の定ケイとフェルはジンに参加の意思を改めて問われた。
当然だ。まだガキだしな。無理に命をかける必要はない。
ところがケイは、自分が参加する場合どんな利点があるかをしっかりと考え、自分が参加することでこのパーティの生存率が上げられると言い出した。
確かに弓が使える奴が多い方がいいに越したことはない。オレ一人では手が回らないことは多いだろう。火力は多い方がいいに決まってる。
狙撃部隊として別行動して、その連絡を取り合うのにも人手がいる。
フリーで動ける優秀な冒険者は正直喉から手が出るほど欲しい。それくらい危険な仕事になるだろう。
気がつくとオレはケイの頭を撫でていた。よし。お前にオレの持っている技術を教えてやろう。
少しでも生きて帰れる確率を上げてやる。
この未来ある若者が、これからさらに羽ばたけるよう手を貸してやろうじゃねーか。
そう思っていたんだ、アイツを連れ出すまでの、この時までは。
追いつけそうなギリギリの速度で森を進む。正直一人ならこの倍のスピードで移動できる。ケイが全力で追いつけるギリギリのスピードを見切って、無理やりついて来させた。
5分も進むとケイの進む速度が速くなってきていた。
ひたすらオレの足元を見て、どうやら動きを必死にマネしているようだ。
生意気な。
少しスピードを上げる。
また5分ほど進めばケイはなんなくついて来れるようになっている。
こいつと同じ年のころ、オレはこれだけできただろうか?いや、あの頃のオレはただのクソ生意気な小僧だった。
才能か。それともこれまでの蓄積なのか。いずれにしてもこいつは出来る奴じゃないかと思った。
一旦移動するのをやめて、また別のことを教えることにする。
レッスンその2、気配察知だ。
ちょうど離れたとこにゴブリンがいる。数は3体だ。
さっきの会話から魔物の気配がある程度感じられるのは知ってる。
だが、相手がどんな魔物で、それが何体いるか、それがわからないと優秀なスカウトとは言えない。
わざわざその都度偵察に行って実際に見てから報告するなんて誰でもできる。
ケイは2体と答えた。
「3体だ、もっとよく感じろ。できるはずだ」
そう言うとケイは集中して気配を探り、嬉しそうに「動いているのがわかったよ」と年相応の顔をする。なんだ可愛いとこもあるんじゃねーか。
よし、こいつは出来る奴だ。
そのまま円を描くように周辺の気配を読み取らせる。
おぉ、あのヘビの気配もわかるのか。いいぞ。なかなか優秀だ。
ならば最後の教えだ。
その円に沿わせるように魔力を薄く流せと言ってみる。
生きてるものには魔力がある。森に生えてる木にも魔力がある。
それを感じ、頭の中で映像にしていくのだ。
まあ、これは今日中には無理だろな、オレだってすぐできるようになったわけじゃない。何ヶ月も練習してようやく出来たことだ。慣れないと頭に入ってくる情報量の多さに気を失いそうになってしまう。
少しずつその負荷に慣らしていくものだ。オレもがそれを教わった時に先輩の冒険者もそう言っていた。
焦らなくていい。いつか出来るようになればいいからな。そう言うつもりだった。
ところがケイは目を瞑り、そこから動かなくなった。
5分経っても10分経っても微動だにしない。こいつ寝てんのか?と顔を近づけるといきなりケイが目を開いた。
叫びそうになるのを必死にこらえてケイが素早く後ずさる。
なんだよ、こっちは心配してたんだぞ。
その後興奮気味に自分が感じたことを早口で説明し始める。
砦?そこまでわかんのか?
岩とか壁とか魔力がないものはオレにもぼんやりとしかわかんねーぞ?
もどかしくなったのか自分のマジックバッグから紙とペンを取り出して目を輝かせながら夢中で図を描いている。どうやらこの辺りの地図らしい。
わかりやすく書かれているな。これがあればもう偵察任務終了じゃねーか?
この図だけでもジンに見せれば斥候の仕事としては充分だろう。
さらにケイは砦西側の奥に背の高い木があると言う。
オレとしてはもう少し正面側から良さそうな木を選んで狙うつもりだった。
そちらの方が近くて狙いやすいだろう。
ちょうどいい高さの木があればの話だが。
ところが、この青年は少し遠いが、この距離なら狙えると、はっきり自信を持ってオレに言ってきた。
そのためにどうしたらいいかもしっかり考えられている。
問題ははぐれのオークを1体倒さないといけないことだが、まあ、それくらいなんとかなるだろ。
こういう顔もできるんだなと感心して、ひとつこの提案に乗ってみることにした。
ケイを先に歩かせ考えてみる。
アーチャーがいた場合、正面方向からの矢はかわされてしまう可能性が高い。
そのアーチャーが正面に気を取られているところを狙って後方から狙えば、アーチャーの処理はかなり楽になる。
たしかにケイの提案する狙撃位置はなかなか悪くない場所だと思った。
問題はオレがその距離で狙えるかってことなんだが。
ポイントについてみて距離が遠すぎたらなんで言おう。
その場所に着いてから、いまさらオレにはできないとか、言えないな。
お、オークだ、とその姿を見つけた瞬間はケイも同じだったようだ。やるねえ。
いい目をしてる。
だがちょっと遠いな。もう少し近づいた方が仕留められる確率は高くなる。
さてケイはどうするかな?
「ここから、狙えるか?」
接近して狙う、そういう判断も含めて、ちょっと試したつもりだった。
「はい。いけると思います」
ケイは静かに、そしてはっきりとこたえた。
よし、それならやってみろ。確かオークを狩るのは初めてだったな。
まあ1体くらいなら外してもどうにでもなるだろう。
外した次の行動とオークの狙う位置を指示するとケイはマジックバッグから弓を取り出した。
オレも弓を取り出して、外れた場合に備え二の矢を放つことにする。よくは知らんが狩人がよくやってるやつだ。
たとえ外れたとしても全力で接近すれば声を上げられる前に首くらいは刈れるだろ。
やってみるといい。
もしこれが当てられるなら、弓の腕前はオレ以上だ、それこそ神の目レベルだぜ。
剣がどれだけ使えるかわからないが、気配察知ができて達人級の弓の腕前なら冒険者としてはもう一人前だ。
一人前なら一人の仲間として扱う。
そうだな、そしたらもう坊主とは呼べねーな。
弓をかまえて引き絞る。
ただそれだけなのにゾクっとした気配を感じる。気配は殺せているから、空気か。
異様とも思えるその空気を纏い、ケイが動きを止める。かなり集中してるようだ。身体強化も使っているのか。
俺も静かに弓を引き、撃つ準備をしようとした時だった。シュッとオークに向かって放った矢が走り、その後を追って弦の音がキンと鳴り響く。
綺麗な音だ、こういう音をさせる奴はたいてい弓の腕がいい。当たるだろ。この矢は。
子供の頃、神の目が、弓の練習をしてるのを覗き見したことがある。
あの時の弦の音も綺麗な音だった。
その矢は吸い込まれるようにオークの首に刺さり、オークが静かに倒れこむ。
これはやったな。一撃で急所に刺さった。
コイツ、ほんとにDランクか?王都の奴らは何見てんだよ。
いや、先輩としてこれに驚くようじゃだめだ。出来るだけ冷静に素早く次の行動に移る。
ケイに向かって「行くぞ」と静かに言った。
10メートルほど近づいて、適当にオークに向かって矢を放つ。
もう死んでるのはわかってる。
あれは完璧な一射だった。
オークはぴくりとも動かない。よし間違いなくこれは死んでるな。
よし、後輩、これからは見て覚えろ。技術を盗んで上を目指せ。
オレなんかあっという間に追い抜かされる。て言うか、もう抜かれてるかもな。
ちょっと手ほどきした奴があっという間に自分を超えていく。悔しいはずなのに何故か気分は良かった。
こいつと出会えて、この瞬間に立ち会えたこと、それだけで何故か嬉しかった。
少し前までおどおどしてたはずのこの若者に向かってオレは言った。
「やるじゃねえか、ケイ、大したもんだ」
「ありがとうございます。シドさん」
そう言って若者は笑う。
違うぜ、ケイ、お前はもう一人前だ。
冒険者同士は敬語なんて使わねーんだ。
みんな命を張る仲間なんだぜ。
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