第184話 ぽつりとこぼれ落ちた
184 ぽつりとこぼれ落ちた
不思議と狙いを外す気はしなかった。
問題はしっかり矢が急所に刺さるかってことだ。
前に解体したオークの皮はけっこう硬かった。防具に使われるくらいだものな。でもしっかり矢が刺されば、僕にもオークだって仕留めることができるはず。
矢筒をしっかり装備して、他の装備も確認する。よし。ちゃんとポーションも持ってる。
右側の逃げる先を少し確認してから、弓を構える。
少し身体強化を使って弓を引き絞り、集中していく。
決して当てようと思わないこと。
ただそこに矢が当たると思うこと。
弓を引き絞ってどのくらい構えていたか わからない。
あ、今、当たる、そう思った瞬間にはもう矢を放っていた。
弾かれた弦の音が意外と大きかったけど大丈夫かな?
放たれた矢は吸い込まれるようにオークの首に突き刺さった。
ゆっくりとオークの体が向こう側に倒れる。
やったか?
うっかりそう思ってしまった。
どうかフラグになりませんように。
無言でシドさんを見つめる。
いつのまにかシドさんも弓を構えていた。
きっと外れた場合二の矢を放つつもりだったんだろう。さすが先輩。フォローはしっかりやってくださるんですね。
「いくぞ」
シドさんが静かに動き出す。
僕も黙ってシドさんについていく。
10メートルくらいまで近づいて、シドさんが倒れたオークに向かって矢を放つ。
その矢はきれいにオークの腹に刺さった。
息を殺してオークが動き出さないか確かめる。
僕の矢でもどうやら倒せたみたいだ。
「やるじゃねぇか、ケイ。あの距離で一撃はすげぇぜ。大したもんだ」
「ありがとうございます。シドさん」
「よし、死体を片付けるぞ。そんでなぁ。ケイ。こっからオレに敬語はいらねぇ。お互い一人前の斥候で、冒険者だ。冒険者同士は敬語なんて使わねぇんだ」
「はい。じゃなくて。わかった、シド」
シドは笑って僕の頭を撫でた。
一人前の冒険者って言ったばかりなのにいきなり子供扱いはやめてほしい。
「確かケイのマジックバッグは容量があまりなかったんだよな?こういう時、死体を放置するのは良くねぇ。できればオーク2、3体は入るマジックバッグを持っておいた方がいい。今回はオレの袋に入れておくぞ」
そう言いながらシドは手早く死体の処理をした。
僕は冒険者じゃなくて料理人なんだけどな。オークなんて倒したのこれが初めてだよ。
僕のマジックバッグには食材と料理道具がいっぱい入っている。
刺さってた矢は返してもらった。
「お前の言ってた木はあれか、たしかにここいらじゃ一番高えな」
「登れるか?ケイ」
木登りはできるけど、あの高さは無理かもしれない。素直にそう言うと、シドが頷いた。
「わかった。オレが先に登ってロープを垂らすからおまえはそれを使って後から登ってこい。行くぞ」
そしてシドは木に向かって進んで行った。
その木の真下に着いたと思ったらそのままササっと素早く登っていく。
あっという間に見えなくなった。
少ししてロープがすっと降りてくる。
2、3回引っ張って落ちないか確かめる。するとロープが一度引っ張られる。たぶん登って来いっていうことなんだと思う。
ロープを使って静かに登っていく。
自分が言い出したことなんだけど、登ってみたら思ったより高かった。
でも不思議と怖いとは思わなかった。さらに上の方にシドを見つけたのでそばにいく。
「こいつは昔の砦の跡だな。おそらく十年前の戦争の時、帝国が作ったやつだ。今まで気づかれずに残っていたところにオークが住み着いたか、または別の理由があるのか。まあこの際理由なんてどうでもいい。ケイ、こっからなんかわかるか?」
木の上から古い砦の防壁が見える。見張りのオークが防壁の上に何体かいるのが見えた。
シドに言われて気配察知をしてみる。
さっきの地図を書いた紙の裏に気配察知で感じた砦の地形を簡単に書いていく。
入り口と反対側に建物が3つ。
真ん中の建物が一番大きくて、倉庫のような建物が正面から見て左にある。右側には兵舎のような建物。
そこに大勢のオークの気配。
真ん中の建物からは強い気配が7つ?8つ?ちょっと重なりすぎて数が正確じゃない。
正面を守るように5体の見張り。動いてるからサボってる奴はいない。
砦の防壁に見張りのオークが4体、ちょうど角に一体ずつ。
そのうちこちら側、西側の防壁にいるオーク2体はここから見えている。
反対側は、気配で感じるだけで、きちんと見えてはいない。
急いで書いた見取り図をシドに渡すと、シドはそれをさっと確認したかと思うと、音も立てずにさらに上に登って行った。
5分ほどしてシドが降りてきた。
降りてすぐシドがささやく。
「まずいな。アーチャーがいやがる。壁の上の4体は弓を持ってるな。あれで狙われたら正面の突破は時間がかかるぜ。オークアーチャーの矢の威力はけっこう強いんだ。あいつら力だけはあるからな。普通のオークが弓を持ってるなら当たらなければ怖くねぇが、普通のオークより強い気配がする。おそらく上位種、アーチャーだな。それより強い個体が真ん中の建物に8体か?気配が強すぎてオレも正確にはわからないな。見てきた限りケイの書いた図面通りだったぜ。全く、大したもんだ」
静かにため息をつくシド。
一呼吸おいてからシドが聞いてくる。
「ケイ、さっきみたいにここから狙えるか?」
「できるけど、反対側は難しいと思う。何度か打っても一本当たるかどうか、それも致命傷にはならないと思う。逆にこっち側なら大丈夫。いけるよ」
「そうか。じゃあ、ケイ。おまえが残ってここから狙撃しろ。ジンが言ってた大体の作戦は聞いてたな?戦闘が始まってアーチャーの注意が正面に向いたら砦の正面側、手前の防壁のあいつを撃て。できるだけアーチャーに矢を打たせるな」
そしてシドは僕が描いた図面の端っこを指差す。
「そうすれば次に奥のこいつが動くはずだ、そいつが狙いをつける前にそれも撃て。それが出来たら防壁の上に増援が来ないのを確認して、すぐに砦の正面側に回れ。その頃にはたぶんあいつらも中に入ってるはずだ。ジンがおそらく部隊の後ろで指揮をしてる。そのジンの指示に従ってあの防壁の上に出ろ。そう、今あのアーチャーがいるところだな。そのルートは確保するように言っておく。万が一オークに出くわしたとしても、おまえにはフェルをつけてやる。フェルならオークにそうそう遅れをとることはないだろう。オレが戻って説明をしたらこっちにフェルをよこす。フェルならお前の気配を森でも見失わないだろ、お前らほんとくっついてばかりだからな」
そう言われて顔が赤くなってしまう。
「でも……いいんですか?シドさん」
「シド、だ、ケイ。いいか、この作戦はおまえが鍵だ。アーチャーを素早く仕留め、突入の支援をする。突入組はお前の新しい狙撃場所のルートを作る。移動したあとお前はまず反対側の防壁の上のアーチャーを一掃しろ。それが出来たらオレたちはみんな無事に帰れる」
そうか。僕にもちゃんとできることがあるんだ。
「正面左側、お前の書いた図だとこの位置な、その角のアーチャーの始末はこっちでやる。ただ反対側、こっち側の防壁の上にいるアーチャー全ては相手に出来ねぇ。お前がやるんだ」
そう言ってシドは真剣な表情になる。
「自信を持て。正直お前の弓の腕はオレより上だ。さっきのオークにしても、あの距離で俺には確実に仕留める自信はねぇ。お前ができますって言ってオレを真っ直ぐ見るから、まあ、やらせてみようって感じだったんだ。オレは二の矢を打ったあとすぐ飛び込んで始末するつもりでいた。あんときまでオレはお前の実力を信じてなかったんだな。でもお前は当てた。あれができる奴はそうはいない。伝説の神の目かと思ったぜ、オレは」
「神の目?」
「そう言う二つ名のエルフが昔いたんだよ。領都が戦下にあった時にな。その話が詳しく聞きてーなら、生き残ってみんなで帰る時にでも話してやるよ。オレはお前ができると思ってる。こう見えて人を見る目はあるんだ。まぁ、さっきは多少読み違えたがな。焦る必要はねぇ。これは戦いなんてもんじゃねぇ。ただの作業だ。お前は任されたことをしっかりやればいい。そしたらたいていの仕事はいつのまにか終わってるもんだ。そうだろ?」
その理屈はよくわかる。伊達に王都で1、2を争う繁盛店で働いているわけじゃないんだ。
僕はシドの目をみてしっかりとうなずいた。
「フェルが来たらおそらくは10分も立たずに作戦が始まる。最初は魔法だな。ロザリーの魔法が反対の壁のアーチャーを潰す。派手な音がするからすぐにわかるはずだ。オレたちはその混乱に乗じて中になだれ込む。きっとジンならそう作戦を立てるはずだ」
そしてシドはニヤリと笑った。
「イチャイチャして出遅れるなよ」
「うるさいよ、シド。そっちも気をつけてね」
それを聞いたシドは軽く僕の肩を叩いてあっという間に見えなくなった。
早いな、おっさん。
さっきまでは僕に合わせてくれてたのか。
改めて一流の斥候の実力の奥深さを思い知った気がした。
シドもBランクなんだよね。王都のオイゲンに雰囲気が似てる。
そういえばオイゲンと森に行く約束をしたままだった。帰ったら休みの日に付き合ってもらおうかな。
シドが去ったあと、木の上で一番狙いやすい位置を探す。
ちょうど体を固定できて視野が一番取れるところに腰を下ろす。
弓を引いても、うん。問題ない。
マジックバッグからおにぎりとお茶を取り出して休憩する。
フェルの気配を探りたいけど、万が一オークにバレちゃったら作戦が危険になるので我慢する。
2個目のおにぎりを食べようかと思ったけど、これはフェルに食べさせよう。
きっと何も食べずに僕を心配し続けてるはずだ。
腹が減っては、とは言うが、フェルは森に入ってから少し神経が張り詰めているように見えた。ご飯を少しでも食べてリラックスしたほうがいい。きっと。
しばらくしてフェルの気配が強くなる。
気配察知をしなくても感じられる距離に来た。
間をおかずロープが引かれる。こちらも軽く引っ張って合図を送る。
フェルが登ってきた。
少し目が赤い。泣いてた?そんなわけないか。
「ケイ、良かった。大丈夫か?怪我とかしてないか?」
登って来たフェルがいきなり抱きついてくる。
フェルのいい香りに包まれてると何故か安心してしまう。
「大丈夫だよ。シドから聞いてない?」
「聞いたが、この目で確認するまで信じられなかった。シドが1人で帰ってきたから、一瞬ケイがやられたかと思った。思わずシドに掴みかかってしまったぞ」
シドは、フェルにはきちんと説明するからって言ってたんだけどな。
そりゃ予定と違ってシドだけ帰ってくれば、僕になんかあったと思うよね。
「ごめんね、フェル。僕は大丈夫。それより作戦は聞いた?」
フェルはこくんと頷く。
「作戦が始まる前におにぎり食べちゃってよ。どうせ何も食べてないんでしょ?ほら。お茶もあるよ。それとも果実水の方がいい?作ろうか?」
まだ不安そうなフェルにできるだけ普段の調子で話しかけた。
フェルの顔が少し笑顔になる。
「こんな時まで食事の話か?全く……ケイは変わらないな。ならば急いで食べないといけないな。もうすぐ始まる。最初は向こう側の角にロザリーが魔法を打ち込むそうだ。あとは大体ケイがシドと打ち合わせた通りだな。大丈夫だ。いつものウサギ狩りと同じだ。落ち着いてやればいつのまにか終わっている」
フェルがおにぎりを頬張りながら作戦の変更がないことを伝えてくる。
いつも通り僕の作ったご飯を美味しそうに食べてくれてる。
うん。そうだね。いつも通りな感じがしてきた。
砦の上にはオークが見える。シドが言っていたオークアーチャーだ。
見えてる景色は日常とはかけ離れているけれど、普段と一緒な、まるで森での採取をしているようなそんな気分でいた。
「フェル……僕はね」
独り言みたいに、砦を見ながら小声でおにぎりを食べているフェルに話しかける。
「このチームは凄くいいと思ってるんだ。身分や、実力の違いとかそういうのは置いといて、みんながそれぞれできることを最大限に発揮する。騎士団の人たちってこんなに協力的なんだって初めて知ったよ。この領都だけなのかもしれないけど」
マルスさんはただの善意でこの調査についてくれた。その方が何かあった時に便利だろうとか言って。
実際に異変を感じてからの対応も早かった。
「領都って昔、激しい戦火に見舞われたんだって。そしていっぱいケガ人が出たんだ。今の辺境伯が王都から援軍に来て、帝国軍を撃退して、そのあとみんなでいまの領都を頑張って作ったんだって。フェル知ってる?領都に孤児はいても、スラムはないんだ。みんなで助け合って、仕事をして、住む家を建てて。この街の人たちはみんな自分たちの街を愛してる。僕も……街のためっていうか、街の人々のために何かしたいんだ。みんなの力になりたいんだよ。……大丈夫。きっとこのチームならうまくいく。終わったらみんなで美味しいご飯を食べるんだ。なんか……不思議と失敗する気がしないんだよね」
静かに聞いているフェルを見つめる。フェルの目から涙が一粒、ぽつりとこぼれ落ちた。
薄く気配察知をしているからだろうか。
その涙の軌跡が頭の中に情報として入ってくる。
その涙は真っ直ぐに落ちて、大樹の根元に生えていた草の葉を小さく揺らした。
優しく、できるだけ優しくフェルの頭を撫でる。
そしてフェルがいつもの調子で言う。
「そろそろだ、ケイ。お互いがんばろう」
そうだ。いつも通りがんばろう。大丈夫。
きっとうまくいく。
そう気合を入れた瞬間、砦の正面から魔力の高まる気配を感じた。
始まるんだ。
弓を構え、静かに引き絞った。
ドカンと、想像以上の爆炎が上がる。
ちょっとびっくりして、集中がそれてしまった。
気持ちを立て直してオークアーチャーにもう一度狙いをつける。
集中する。身体強化を最大にして弓をグッと引き絞る。
まずい、アーチャーに矢を先に撃たれた。みんなは大丈夫だろうか?
まだだ、集中しろ。
アーチャーが次の矢をつがえて引き絞ろうとする。
アーチャーがまさに狙いをつけようと構えたその瞬間、僕は矢を放った。
真っ直ぐアーチャーの頭に向かって飛んでいったその矢は、アーチャーの後頭部に深く刺さった。
その場に崩れ落ちるアーチャー。
すぐに2射めを構える。狙いはさっきまでアーチャーのいた位置。
駆けつけたもう一体のオークが僕の狙いの中に飛び込んでくる。
弓を構えさせずに今度もヘッドショット。
駆けつけたオークは砦の下に落ちていく。
援軍は?気配察知を強める。
もう1匹、あの奥の角からか。たぶんあそこが階段の場所だ。
そこが登り口と予想する場所に狙いをつけ待つ。
気配察知ってなんかすごいな。気をつけないとなんか酔いそうだけど。
オークが見えた瞬間にはもう矢を放っていた。首か胸に刺さったと思う。
動く気配がなく、他に上がってくるオークもいない。増援なし。
気配察知をやめると少し眩暈がした。
「フェル!」
そう言うと彼女はさっとロープを伝って下に降りた。
「ケイ、いいぞ、降りてこい!」
僕も素早く木から降りた。
さあ、中に入って制圧だ。
無事にみんなで帰るんだ。
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