第183話 気配察知

 183 気配察知


 ゴブリンの集落にはオークがいた。

 

 見える範囲で少なくとも3体。

 上位種の存在はわからなかった。

 フェルはどうしても僕から離れるわけにはいかないと言って、偵察について来た。


 静かに集落から遠ざかって、待機しているみんなの元に向かう。

 着いたらジンさんがみんなにこの後の段取りを伝える。


「予想通りオークがいた。ゴブリンの集落はまだできたばかりのようだった。これも予想通りといえば予想通りだ。だが集落の規模を見るに早急に対応したほうがいいと考える。よって我々はこのままオークの集落の討伐に向かうことにする」


 みんなが静かに頷く。


「マリスには騎士団へ援軍要請と、ギルドへの報告をお願いする。ここはゴブリンの集落から少し近いからもう少し場所を移動しよう。そこで改めて騎士団と合流することにして俺たちはそこで待機だ。はぐれないようにマリスはそこから木に目印をつけながらふもとに降りていって欲しい」


 マリスさんが頷く。


「シドは誰か一人連れてオークの集落の調査に行ってくれ。できれば狙撃できるポイントも見つけておいて欲しい。状況によってはシドはそこで待機。こちらの攻撃開始と同時に弓で戦力を減らしていって欲しい」


 シドさんが僕の方をチラリと見た。え?何その目線。


「マルスさんが戻り次第、オークの集落に向かって移動する。よし、行動開始だ」


「なぁ、坊主を連れて行っていいか?」

 

 移動した先でシドさんが突然そんなことを言い出した。


「シド!何を言い出す。危険ではないか」

 

 噛みつくようにフェルが抗議する。

 フェル声が大きいよ。 


「落ち着け、フェル。たしかにケイなら森での歩き方がわかっているから安心だろう。連絡係としては適任かもしれん」


 ジンさんが冷静にフェルをなだめるように言う。それから僕に向かって話し始める。


「ケイ、遠くてもフェルの気配はなんとなくわかるか?たとえ迷ってもフェルの気配を追って合流すればいい。出来そうか?」


 僕は静かに頷いた。

 その後心配そうな顔をするフェルをなんとかなだめて、僕はジンさんにシドさんと行くことを伝えた。


「大丈夫だから。心配しないで、フェル。シドさんも一緒だし、必ず無事に戻ってくるから」


「しかし、ケイに何かあったら、私は……」


「大丈夫。一応マジックバッグは持っていくね。おにぎりとお茶置いてくから、それ食べながらのんびり待ってて。卵焼きもあるよ。装備はちゃんと持ってる?なんか必要なものとかない?大丈夫?」


「なぜケイが逆に私の心配をするのだ。いいか?絶対無理はするんじゃないぞ?なんかあったらシドを殺してやるからな?」


「なんだよ、物騒だな。おい、坊主、準備できたらいくぞ。あー、フェル。そんなに心配すんな、坊主にちょっとスカウトの仕事を教えてやるだけだから、大丈夫だ」


「頼んだぞシド。なんかあったら許さんからな」


「へいへい。畏まりましたよ。いくぞ坊主。気配は殺せるな?なるべく音も立てるな。オレのあとを遅れないようついてこい」


 シドさんのあとを急いでついていく。できるだけ物音を立てずにこのスピードで移動するのはなかなか難しい。


 シドさんの動きをよく見て、真似をするように歩いてみる。

 10分ほどそうやって歩けば、なんとなくコツがつかめてきた。


 シドさんがゆっくり立ち止まった。


「坊主、気配察知はできるか?」


「シドさん、それはさっきやってた大まかな気配を感じるってことですか?」


「いや、もっとハッキリとだ。どのあたりにどんな魔物が何匹いるとか、それより遠くに何がいるとか、そこまで把握できるのが、気配察知ってスキルになる」


 そう言われて悩んだ表情になると、シドさんは声を顰めながら、優しい口調で僕に言う。


「いいか、この方角にゴブリンがいる。何体いるか当ててみろ」


そう言われてその方向に注意して気配を探ってみると、たしかにゴブリンらしい気配が……。


「……2体?」


「3体だ。気配の塊が動いているのを感じるんだ。わかるか?お前にはもうできるはずだ」


 言われてみればその塊の中動いている気配は3つ。

 大きさ的にはゴブリンくらい。


「シドさんなんとなくわかったよ。3体、動いてるのがわかる」


 うれしくてちょっとはしゃいでしまった。


「よし。今度はひとつの方向だけじゃなくて円を広げていくように周りの気配を感じてみろ。何がいる?」


「さっきのゴブリンと……あ、向こうに蛇がいます。1匹。他には……遠くにオークらしき集落があることくらいしかわかりません」


「そうだ。今度はその円にうすーく魔力を流すんだ。いいか薄くだぞ、強い魔力は逆に相手に伝わってしまう。地面に静かにはわせるように、薄く静かに魔力を流すんだ」


 そう言われて、はいそうですか、なんて簡単にできるわけないと思いながら、それでも集中して魔力を薄く伸ばしていく。

 

 毎日の魔力循環のおかげだ。難しいけどなんだか出来そうな気がする。

 

 目を閉じて集中する。10分くらいかな?それくらいの時間がたった頃だろうか?

 突然自分の中で何かが噛み合った感じがした。

 突然頭の中にこの周辺の地形と、そこにいる魔物の様子が感じられる。

 3Dの設計図のように色のない周辺の画像が頭の中に入って来た。

 その情報量に圧倒されそうになるけれど、懸命に堪えて必要な情報だけを探していく。


 後ろの方には、フェルがいる。おにぎり食べてないな。

 心配かけてごめんね。

 もっと後ろこの気配は……マリスさんかな、もうすぐ森の出口に着きそうだ。

 オークはここか。なんだろう。これは砦?建物の中かな。建物はボロボロで、防壁も崩れているところがある。


 パッと目を開くと目の前にシドさんの顔があった。叫びそうなのをこらえて一歩下がる。


「坊主、大丈夫か?いきなり動かなくなったから心配したぜ。そんでわかったか?気配察知ってのが」


「はい。たぶんスキルが手に入ったんだと思います。ここから歩いて20分ちょっとの距離にオークの集落があります。なんか古い砦みたいですね、中はオークの気配でいっぱいすぎて数までは正確にわかりませんが、たぶん100体以上いますよね。その砦を囲むように5、いや6体かな?見張りでしょうか。砦の外にいます」


「ん?砦?そこまでわかんのか?」


「はい。なんとなく地形もわかります。これって人工物ですよね。小さな要塞のようになってます。少なくとも村とかではないような形だと思うんですが違いますか?」


「お、おう。じゃあもっと近づくぜ。その前に次のレッスンだ。もし坊主が狙撃するとしたらどこを選ぶ?」


 マジックバッグから紙を取り出し、手早く簡易の地図を書く。


 ここが現在地として、フェルたちの待機ポイント、砦の位置、森の端っこ、オークの位置に丸印。

 それをシドさんに見せて指差しながら。


「砦は四角い形をしています。正面の入り口はここ、入り口の面を囲むように5体」


 そして砦に対して右手の方向。少し砦から離れた位置を指差す。


「もう1体はちょっと外れてここにいます。理由はよくわからないですが。この近くに砦までちょっと遠いけどかなり背の高い木があります。ここからなら砦の防壁の上にいるオークを撃てます。ただし、このはぐれてるオークを処理する必要が出てくるのですが……」


 顔をあげると口をアングリ開けて驚いてるシドさんの顔があった。ちょっと興奮しすぎたかな。けっこう早口でいっぱい喋ってしまった。説明がわかりにくかったかな。


「驚いたぜ、坊主、想像以上じゃねえか。オレのと少し違うが……いいぜ、乗ってやる。まずはここのはぐれのオークを処理するぞ。今度はお前の弓の腕を見てやるからそのつもりでな」


 シドさんは僕の書いた地図を指さしてそう言った。


「いいんですか?そんなに簡単に信じて。気配察知のスキルもさっき手に入ったばかりなんですよ?」


「この地図のオークの印とオレの感じてるオークの位置はほとんど一緒だ。たしかにお前が言うように砦がある可能性は高いと思う。オレには木の高さまではわからねーが、そこは坊主を信じて乗っかってやる。いくぞ。今度はお前が前を歩け。いいか?今度は応用だ。気配察知で足元の情報をある程度感じて、最小限に体を動かせ。オレの動きをマネ出来てたんだからこれももうできるはずだ」


 マネしてたのバレてた。必死だったしな。


 そこから15分ほど、西側に少し迂回しつつはぐれのオークに静かに近づいていく。

 そのオークを肉眼で発見したのはシドさんとほとんど同時だった。

 

 オークは木にもたれかかって寝ていた。

 サボりだな。こいつ。


 二人とも静かに立ち止まる。


 何故かシドさんが少し嬉しそうだ。

 何?こっちは真剣なんだけど。


「坊主、見えたか?」


「はい、シドさん」


「ここから当てられるか?」


「はい。いけると思います」


「無理しなくていいんだぜ」


「一撃で倒せるかはやってみないとわからないのですが、おそらく命中すると思います。やってみたいです」


「よし、ここは坊主にまかせる。外したり、トドメが刺せなかった場合、オレが左側、おまえは逆。右側に回り込んで、狙えそうだと思ったらすぐ撃て。精度はこの際どうでもいい。撃ったらすぐ位置を変えてさらにもう一度撃て。お前の矢に気を取られてる間にオレが近づいてオークにトドメを刺す。間違ってもオレに当てるなよ。とにかく坊主まずは当ててみろ。狙うのは首だ。ここから狙うならそこが一番いい。オークの頭の骨は硬い。これだけ遠いと弾かれるかもしれん。タイミングはお前に任せる。もし一撃でやれたら坊主は卒業だな。もう一人前のスカウトだ」


 ニヤニヤしながらシドさんが言う。


 そんなシドさんを横目で見つつ、静かにマジックバッグから矢筒と、ライツの弓を取り出す。


 大丈夫。普段通りやれば当たるはず。


 
















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