第182話 同じなんだ

 182 同じなんだ


「シドさん、なんか変です」


「何がだ、坊主」


 僕は前を歩くシドさんに声をかけた。


「普通いるはずの動物の気配がありません。本来、森ってもっと生き物の気配がするはずです」


 森に入って15分ほど歩いた。普通の森とは違う気配がずっとしている。

 やっぱり変だ。森がおかしい。


「お前らがホーンラビットを退治したからじゃねーのか?」


「だからってこんなに動物の気配がしないなんておかしいです」


 本来森の中にはたくさんの生き物が住んでいる。まだ森に入ったばかりだけど、こんなに森が静かなことに違和感を感じた。


「ゴブリンが集落を作ってた時にも、僕たちはホーンラビット狩りをしてました。でもその時だって森の中にはちゃんと動物の気配がしてましたよ」


 南の森が立ち入り禁止だった時だってキラーウルフに遭遇したり、小動物の気配くらいは感じられた。

 こんなに静かな森に入ったのは初めてだ。嫌な感じがする。


 シドさんは立ち止まり真剣な顔をして考え込む。フェルだけはその場で立ち止まりみんなは先に進んでいく。


「ホーンラビットは大量発生したんじゃなくて、森の強い魔物の気配に押し出されて草原に逃げて来たんじゃないでしょうか?」


 普段姿を表さない村の近くで、強い魔物から逃げてきたと思われるシカを仕留めたことがある。その日は森の気配がおかしかったので奥には行かず、すぐに帰った。

 

「それで、その強い敵は平気で熊とかオオカミとか狩れるだけの実力がある……何か……です」


「確かにな、そうなるとオークかもな。集落でも出来てるのかもしれん。他に感じたことはあるか?」


 シドさんはそんなに興味がなさそうに言う。オークの集落って普通にあるものなの?これ、けっこう大きな、できれば近づきたくないくらいの嫌な気配がしてるんだけど。


「あっちの方にゴブリンの集落がありますよね。でもこっちの南の方の奥に何か大きな気配がしてます。ゴブリンよりもっとずっと巨大な。これって、何ですか?」


「坊主それがわかるのか?」


 シドさんが急に表情を変えて食い気味に僕にそう言ってきた。

 いきなりそんな真剣な感じになるから少しびっくりした。


「なんとなくですけど、わかります。森で狩りをするときは嫌な気配には近づがないのが鉄則です。ゴブリンか熊かの違いは僕にだって大体わかります。でももっと強いこの気配。これはなんですか?」


「坊主にもそれがわかるのか……試すようなマネをして悪かった。じゃあオレの思っていることをちゃんと話すぜ」


 シドさんが静かに僕のそばに近寄る。


「坊主が感じてる気配ってのはおそらくオークの群れだ。群れを作る魔物で強えぇのはこの辺じゃオークかオーガしかいない。オーガはもっと山奥の方に居る。普段はこんなとこにはまず出てこない。だからこの気配はオークってことになる。そんでたぶん上位種、オークキングがいるな。もしそうならだいぶヤバいぞ。坊主が感じるもっと強い気配ってのはおそらくそれだ」


 シドさんは周りに聞こえないように声を落とし僕にそう言う。


「実は俺も森の様子がなんとなくおかしいとは思ってたんだ。だが、まだ確証がねえ。とりあえず今からみんなにこのことを伝えるが、お前は聞かれたことだけ答えとけ。これからみんなで方針を決める」


 普段のヘラヘラした感じと違い、そう話すシドの顔は真剣だった。


「みんな、ちょっと止まってくれ」

  

 シドが前方の集団に声をかける。皆が立ち止まり、前の方からリーダーのジンさんがやってくる。


「どうしたシド、なんか感じたか?」


「どうも森の中が怪しい。いるはずの動物の気配すらねぇ。普通1、2匹は何かしら遭遇してるはずだ」


「それはゴブリンのせいじゃないのか」


 先頭にいた冒険者が発言する。確か黄昏の道化のジークさん。


「今進んでる方向にゴブリンの気配があるのは間違いねぇ。だがこっち、南側の奥の方にもっと大きな気配がする。たぶんオークだ」


「気のせいじゃねーのか?慎重すぎるんだよ」

 

 ジークさんがシドさんに向かってそう言った。


「いや、オレが感じるのとおんなじ違和感がするとこの坊主も言ってる。こいつはオークをよく知らないからそれがオークだとはわからないらしいが、ゴブリンより大きな強い魔物の気配がすると言ってる。この坊主は小さい頃から森に入ってたそうだ。その坊主が、今日の森はなんだかおかしいと言っている」


「そうなのかケイ?」


 ジンさんが聞いてくる。


「はい。僕はオークを狩ったことはないのですが、できれば近づきたくない、何か大きな嫌な気配がします」


「確かにこんなに生き物の気配がしない森はおかしいなと俺も思っていた。ゴブリンの集落のせいかと思っていたが……マリスはどう思う?もしオーク、それも集落があったとしたら、今の戦力では足りない。最低でも盾持ちがあと3人は欲しい。その場合、騎士団から人は出せそうか?」


 ジンさんが騎士のマリスさんに質問する。マリスさんは少し考え込み、そして静かに話し出した。


「言われてみれば森の奥の方に何か潜んでいる感じはするな。だが確証がない。城に走って辺境伯様に言えば5人くらいならすぐ出してくれるはずだ。だがそのためには確かな証拠が必要になる」


 ジンさんは少し考えて提案する。


「まずはこのままゴブリンの集落を偵察してみよう。森の奥にオークの大きな集落があるとしたら、ゴブリンたちはオークに使役されてる可能性が高い。きっとここだけじゃなく使役されてるゴブリンの集落は周りにいくつかあるはずだ。少なくとも前にオークの討伐に参加したときはそうだった。こういう時ゴブリンの集落を個別に叩くとかえって危ない。報復にオークが大軍で押し寄せるんだ。統率された軍隊と森で戦うよりも、そんな時は先手を打ってオークの集落に攻め込んで奇襲をかけた方がいい。そっちの方がケガ人が少なくて済む。集団で統率の取れたオークと森の中でぶつかるなら、敵の同数、いや、倍の人数が必要だろう。その場合でも、何人かは犠牲は出るだろうな」


 オークの群れに遭遇した経験のある冒険者たちは頷きながら聞いている。

 

 経験のない者も話を聞く姿は真剣だ。

 自分たちの命がかかっているのだ。


 僕はこの人たちが、少なくとも王都にいたようなおちゃらけた冒険者たちとは違うことを確信した。みんなBランクだったっけ。

 もちろん王都にいる冒険者みんながそういう人たちばかりではないけれど。

 

 この人たちには自分の命をかけて何かを成そうとする意思がある。

 それで釣り合わない場合は依頼を降りればいいのだけれど、少なくともみんな依頼をすぐに投げ出すような表情はしていない。

 自分がどう動けばこの問題が解決するかをそれぞれが真剣に考えている。


 もしも、今日ゴブリンだけ駆除して帰ったとしたら、あとでオークの報復攻撃がどうなるかわからない。


 森の外側で軍勢を集めて立ち向かう準備が必要になるだろう。

 そしてその戦闘に参加した人たちの中に犠牲が出る可能性は高い。

 

 だからと言って放置するわけにもいかない。

 

 動物たちが逃げ出した森で、食料がなくなったゴブリンたちは人里に食料を求めにくるだろう。もうそれは時間の問題な気がする。

 

 そしてその時にはオークの軍勢もそれに加わってやってくるかもしれない。

 

 そうなったら付近の集落に決して小さくない被害が出るのは間違いない。

 

 同じなんだ。

 

 自分じゃ無い誰かが犠牲になって、自分たちは助かれば良い、そういう問題じゃ無い。

 

 誰かが命をかけて、この事態を解決しなければならない。そしてそれはできるだけ早急に。


 沈黙の中マリスさんが口を開く。


「俺はジンの言うことに賛成だ。集落にオークの気配があった場合、このまままだ体制の整っていないであろうそのオークの集落に一気に攻め込んだ方が確実に犠牲は減る。しっかりとした盾装備のやつがもう何人かいれば、少なくとも死人が出ることはないだろう。だが、問題はメイジがいた場合だな。メイジの強さにもよるが、大きな魔法を撃たれたら俺たちの中に重症者が出るかもしれん。むろん騎士団がその盾になるのは約束しよう。だがそれでも危険な戦闘になることは変わりない」


 マリスさんは周りの冒険者を見回して続けた。


「ここで降りるものがいても俺はいいと思う。もし降りる者がいるなら頭数が足りない分は騎士団から人数を集めよう。だがその場合は、精鋭だけ、と言うわけにはいかないだろうな。10人以上の派遣には団長の許可が必要だからな」


 マリスさんは苦笑いする。


「そしたらあいつらもやって来るだろう。威張り散らして、逆に皆が危険になるかもしれない。むしろ自滅して死んでくれたらこっちも助かるんだが、そうも簡単にいかないだろう。危険なことは俺たちに任せて手柄を横取り、俺は待機中に勝手なことをしたとして、3ヶ月の減俸かな」


 冒険者たちの緊張が少し和らいだ。

 

 マリスさんは冒険者のこともよくわかっているし、ここにいる全員が信頼できる冒険者たちであることを知っている。

 もともとマリスさんは何かあった場合に備えて、待機中だったのにわざわざ僕たちの調査に付き合ってくれたんだ。問題が起こった時に騎士団と連携がうまく取れたほうがいいだろって言って。


 あぁ、なんかいいなこういうの。

 

 死ぬのは嫌だけど、ここで逃げたりして他の誰かが死ぬのはもっと嫌だ。

 どうせなら誰も犠牲ににならず、事態が解決するためにどうしたらいいか考えたい。


「オレたちは残るぜ」


 最初に慎重すぎると口を挟んだジークさんがそう言って、パーティの人たちがうなずく。


「ジン。俺たちも逃げねぇ、俺たちはこの街の出身だ。ここで命をはれねぇなんて、街に帰ったらどやされちまう」


「うちもだ、ここで逃げて帰ったら嫁に殺されちまう。知ってるか?うちの嫁は怒ると恐えーんだ。そんでうちのメンバーのジャックの娘は8歳だ。今ちょうど反抗期らしくてな。これ以上パパが嫌われちまったらどうする。ただでさえパパくさい、キライ、来ないでとか言われて、ジャックは毎日銭湯に寄って3回も体を洗ってから帰ってるんだぞ」


 たしか大地の咆哮だっけ。ジャックさん大変だな。


 皆が静かに笑う。

 少し悲壮感が漂っていたみんなの顔が明るくなった。


「ケイはどうする?お前たちはランクも低いし、この街の人間ってわけじゃねえ。もしここで帰ったとしても誰も責めないぞ」


 いつのまにかフェルが僕の隣に来ていた。

 フェルが僕の手をそっと握る。フェルを見ると僕に向かって力強く頷いた。

 

 僕が決めていい。何があっても私が守る。

 フェルがそう言ってる気がした。


 ぎゅっとフェルの手を握り返し、ジンさんの目をしっかりと見つめて言う。


「やります。このなかで弓が使えるのはシドさんか僕しかいません。オークを一撃で倒せるかはわからないけど、援護に回ることでみんなの怪我を減らしたい。遠距離攻撃が増えれば、部隊の損耗率はかなり低くなるはずです」


 シドさんが笑って僕の頭を撫でてくる。


「よく言った坊主。よし、オレがお前に斥候のなんたるかを伝授してやろう。領都で1番のスカウト、このシドさんがな」


「ケイ、その気持ちに感謝する。作戦はゴブリンの集落を見て改めて伝えるが、お前には昨日決めた通り安全圏から援護射撃を頼むつもりだ。今からシド、ケイ、マリスとオレ。この四人で調査に行く。他のみんなはここで待機。今のうちに少し食事をとっておいてくれ。昼はちゃんと食事ができるかわからんからな」


 こうして少人数で、まずはゴブリンの集落の調査に出かけることになった。




 


 









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