第181話 親戚

 181 親戚


 焼き鮭とオムレツは昨日の夜に部屋でこっそり作った。

 食べるのはお昼だからさすがに半熟というわけにはいかない。

 挽肉を多めにして冷めても美味しいしっかりと味付けしたものを作った。

 これも気に入ってくれたら良いのだけど。


 なんだか王都に初めて来た頃に作ったお弁当みたいだな。

 おかずだけ詰めてあとはおにぎりだけ。

 なんだか懐かしい。


 炊飯器を持って来ていて良かった。

 これでお米を炊くのには困らない。

 おかげで僕のマジックバッグの半分以上が食材と料理道具でいっぱいだ。


 だってガンツたちもいっぱいお米を食べると思ったんだもん。

 それに鍋とか足りなくなったら困るでしょ。

 家にあった主な調理道具はほとんどマジックバッグに入れて来た。


 今回の依頼ではマジックバッグはギルドから貸し出されると言うから問題ないだろう。


「よく眠れたか?体調は問題ないな」


「昨日のお風呂が良かったんだよ。よく眠れた」


 実は昨日銭湯に行った。

 ガンツと夜ご飯を食べていて、明後日くらいから工事だから入るなら今のうちだと言われて夕食後にフェルと2人で入りに行った。


 値段は銅貨1枚。領都の人間じゃなくても一律この値段なんだそうだ。

 そしてもう銅貨1枚出せば小さなタオルと石鹸がついてくる。


 男湯と書かれた暖簾をくぐり服を脱いで風呂に入りに行く。

 壁には大きな山が書いてあった。山頂には雪も積もっている。


 あーもうこれってやっぱり……。


 そこから先は何も考えないことにした。


 脱衣所では冷えた牛乳を売っていた。

 今すぐ飲みたい衝動に駆られたけれど、着替えてからフェルと一緒に飲むことにした。


「果実水も良いが風呂上がりに冷えた牛乳というのもいいな」


 フェルが満足気に微笑む。

 いつものように髪を乾かして銭湯を出た。


 王都の公衆浴場みたいにサウナとかはついてないみたいだったけど、落ち着いてくつろげる情緒のあるお風呂だった。

 入り口の壁にはこの銭湯について書かれていた。


 この銭湯という場所は戦後ボロボロになったの街を復興する時に仮設の風呂として作られたのが始まりらしい。

 

「誰でも一日、一度はお風呂に入る権利があります」

 

 そう聖女様が宣言して、しばらくはみんなが無料でそのお風呂に入れたのだそうだ。

 そのあと建物がきちんと作られて今の形になり、さすがに無料で運営はできないからみんなから銅貨1枚の料金を取ることにして、そうしてこれまでずっと営業を続けて来たのだそうだ。


 銭湯は大幅に工事されて王都のような公衆浴場に生まれ変わるらしい。

 ガンツの今回の仕事はずいぶん大規模なものになるんだな。


 体も温まって疲れも取れた。

 おかげで翌朝、目覚ましが鳴るまでぐっすりと眠ることができた。


 お茶とお弁当をマジックバッグに入れてギルドに向かう。

 ギルドに着いたのは待ち合わせの時間よりもだいぶ早かった。

 

 ジンさんたち希望の風のメンバーはもうそろっていて、昨日いなかったロザリーさんに挨拶をする。

 

 濃いめの茶色の髪をした、なんだかキリッとした魔導士の女性だった。


 やがてメンバーも揃って、お互い簡単に自己紹介をしたあと、モリーさんに見送られて出発する。

 モリーさんが見送る姿を見て誰に似てるかわかった。

 ゴードンさんの奥さんのヘレンさんにそっくりだ。

 街で仕事をしてるとは聞いてたけど、どの街かは聞いてなかった。

 確かゴードンさんは前に領都に親戚がいるって言ってたな。

 おばあちゃんと言ってたのがきっとゴードンさんの親戚なんだろう。


 だからというわけではないけれど、街のみんなに被害が出ないように今日の依頼はしっかりやろう。

 まあ多分僕は後ろからペチペチ矢を放っているだけだと思うけど。


 昨日の狩り場までは歩いて行く。

 道中シドさんにいろいろ話しかけられる。


「坊主もちゃんと革鎧をつけたらそれなりに見えるじゃねーか。昨日はどこかのガキが紛れ込んできたかと思ったぜ」


「解体するのに革鎧は邪魔でしたからね。冒険者っぽくないのは自分でも自覚してます。それにまだDランクですから。いろいろ今日は勉強させてください」


 僕がそう言うとシドが不思議そうな顔をする。


「弓の他には何ができるんだ?剣は使えんのか?」


「殴りつけるくらいはできますが、ちゃんとした前衛とかとなると厳しいですね。あまり体力がないんです。あ、でも山を歩き回るくらいなら問題ありませんよ。子供の頃から家の近くな山で食料を採取してましたから。弓はその時から練習してました。でも狩りが下手くそだったからあまり獲物が狩れなくて」


「なあ、ケイだったよな。お前どっかで会ったことがないか?」


 急に会話に割り込んでそう言い出したのは黄昏の道化の剣士のザックさん。

 黄昏の道化ってすごい名前だな。由来はなんなんだろう。


「いえ、領都に来たのはこれが初めてですから……もしかして王都で会いました?覚えてなくてすみません」


「いや、オレは王都にはしばらく行ってないからな……気のせいか。オレも領都には最近引っ越して来たんだ。そんで今のパーティに入れてもらって今はここで冒険者をやってる。よろしくなケイ。あまり緊張しなくて良いぜ、このおっさんみたいにネチネチお前に絡むような奴は領都には滅多にいねーから。このシドさんが特別めんどくせーだけだからな」


「うるせーよザック。オレは坊主が緊張しねーように話しかけてやってるだけだ」


「なんか新人をいびってるようにしか見えないですけどね」


「てめーオレがいつ新人いびりをしたって言うんだ。坊主にちょっと冒険者の仕事を教えてやろうってだけだろうが」


「ありがとうございます。シドさん。おかげで緊張しないで依頼ができます。普段王都ではホーンラビットしか狩ってませんから。今回はご指導よろしくお願いします」


「お、おう。任せとけ。最近はホーンラビットしか狩らなくてもDランクになれんのか?そんなんでよく試験に通ったな」


「僕も知らなかったけど、試験を受けなくても魔物の素材の納品数が一定の量になればDランクになれるみたいなんですよね。だから僕、試験受けてないんです」


「素材の納品だけでDランク?あまり聞かねぇ話だが、確かそんな規約があったな。そんな奴見たことねえからよく覚えてないが、確かギルドへの貢献度も高くないとダメだったはずだぜ。一体坊主何やったんだ?」

 

「特に何も。毎週末ホーンラビットを狩って、自分たちで食べる分以外を納品してただけですね。あ、フェルは違いますよ。僕よりもっと先にちゃんと試験を受けて認められてDランクになりましたから。ギルドに登録して2ヶ月経たないうちにもうDランクになれたんですよ」


「そりゃすげーな。登録してからランクが上がるのが早いやつもたまにいるが、もともと何かの武術ができるやつとかじゃねーとそんなに早くDランクにはなれないはずだぜ。お前の相方は相当の腕前なんだな」


「そう。フェルはすごいんです。僕はいつもフェルに助けてもらってばかりですけど」


「そういうお前は登録してどれくらいでDランクになったんだ?」


 シドが少し意地の悪い馬鹿にしたような顔で聞いてくる。


「登録したのは一緒だったから、一年は経ってませんね。でも半年以上は経ってるかもしれません」


「おい……、それでも早い方だぜ?なんか2人ともおかしいな」


「僕なんかは大してすごくありません。普段は街中で普通の仕事してますから、冒険者の仕事をちゃんとやってたのは最初のひと月くらいです」


「大丈夫なのか?そう言う割には坊主、やたらと落ち着いてるじゃねーか。さすがにゴブリンくらいは倒したことがあるんだろうな」


「前に何度か弓で倒しました。ほとんどフェルが倒しちゃいましたけどね」


「なんだか余裕だな。いいか?そういう油断してる奴から死んでいくんだぜ。ちゃんと気を引き締めてろよ」


「わかりました。でもそんな危険な役割が回ってくることもなさそうですよね。みなさんすごく強そうだから安心です」


「それでも油断するんじゃねぇぞ。お、坊主この辺りじゃねーか?お前らが昨日狩りをした場所ってのは。結局昨日は何匹位狩れたんだ?」


「王都の冒険者ギルドが教えてくれた効率のいい狩りの方法があるんですよ。おかげで昨日はいっぱい狩れました」


 そんな話をしていたら、ジンさんが昨日の騎士団の詰め所に入って行った。程なくしてマリスさんと一緒に出て来る。


「おや、昨日の冒険者くんじゃないか。昨日の煮込みは素晴らしく美味しかったよ。今、鍋を持って来させるから待っててくれ。おい、ベン!昨日の鍋もってこい」


 詰め所から金属鎧を着た体の大きな騎士が僕の鍋を持って来てくれた。鍋はちゃんと洗ってある。

 金属鎧を着た騎士は僕たちに一礼して詰め所に戻っていった。


 マリスさんて意外と偉い人なのかな?昨日は何か失礼なことをしていなかっただろうか?


「昨日の報告の件だね。あれからあの場所を巡回するようにさせていたけど、ゴブリンは出て来なかったと報告を受けている。だが、少し私も気になっててね。今日は詰め所にある程度人数もいるから私も調査に同行しようと思うんだ。団長にバレたら服務規定違反になるからみんな黙っておいてくれよ」


 マリスさんは万が一大規模な集落だった場合、領主館に走って連絡係をしてくれるそうだ。

 その方が話は早いし、連携もとりやすいだろうと言っていた。

 

 命令違反はいいのかな?一応任務はこの周辺の警備だからいいのか。なんだかグレーな感じだな。


 僕とフェルはジンさんのところに向かい昨日のゴブリンの痕跡を見つけた場所に案内する。

 ついでに草をむしっておこう。

 みんなが通りやすい方がいいよね。


 僕が草むしりをする様子を不思議そうにジンさんとシドさんが見ている。

 そんな2人をフェルが昨日の場所まで案内した。


 僕はみんなが入って来やすいようにこの辺りを整地して待っていた。


 やがてみんなが集まって来て僕が整地した場所に固まる。

 みんな少し不思議そうな顔をしていた。


 別にいいじゃん。藪の中で作戦会議なんてしたくないでしょ。


「ゴブリンの集落は間違いなくあるな。これからシドと森の中を見てくる。それぞれのパーティから1人ずつ出してくれ。あ、ケイたちはいいぞ。ここで待機だ。主に探索はシドがする。パーティから1人出してもらうのは話が伝わりやすくするために一緒に見に来てもらうだけだから」


 そう言ってそれぞれのパーティから1名ずつ、そしてジンさんとシドさんが森に入って行く。

 待ってる間、麦茶を沸かしてみんなに配った。


「お前……?1年くらい前に南の方の街で門番に通行税をぼったくられたことがなかったか?」

  

 そう言われてザックさんの顔をよく見る。あの時は髭もじゃだったけど、よく見たらあの嫌な街で僕たちを助けてくれた冒険者の人だ。


「もしかして門番に言ってお金を取り返してくれたあの時の冒険者さん?」


「おー!やっぱりか。あの時もお前俺たちにお茶を振る舞ってくれたよな?元気だったか?確か王都に行くって言ってたが、こっちにはなんで来たんだ?王都に居づらくなるようなことでもあったか?」


 楽しそうにそう言うのは何でだろう。でもあの時は本当にお世話になった。こんなこともあるんだな。


「違いますよ。こっちには旅行で来たんです。王都で仲良くなった鍛治師がこっちでしばらく仕事をするっていうのでついて来たんです」


「あの時はお互い名前なんて名乗らなかったからな。改めて俺はザックだ。肩っ苦しい敬語もいらないぜ。ザックでいい。よろしくケイ、それからフェル」


 ザックさんとそのあと王都での出来事をかいつまんで話をしていたらジンさんたちが戻って来た。


「とりあえずシドがゴブリンの気配を探知した。とりあえずその近辺まで向かう。だいたい1時間くらいだそうだ。みんな装備を確認してくれ。ポーションが足りない奴は言ってくれ。ギルドから何本かもらって来てる」


 みんな自分たちの装備を確認する。

 僕はマジックバッグから剣鉈を出して腰に下げた。

 弓は、森の中だと取り回しが悪いから必要になった時でいいだろう。

 フェルとお互いに装備を点検してポーションの数も確認した。


 準備が出来たので森の中に入る。

 できる限り気配を殺すように言われる。

 みんな慣れているから落ち着いて森の中を歩いて行く。

 久しぶりだな、森の中に入るのも。


 だけどはじめに感じた違和感はまだ消えない。

 どこかにゴブリンの集落があるのだろう。

 

 しっかりと周囲に気を配りながら慎重に森の中を進んだ。


  













 

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