第176話 宿屋

 176 宿屋


 ゼランドさんと野菜売りのゴードンさんにはしばらく王都を離れることを伝えた。

 炊き出しはカインとセラが続けてくれるらしい。

 店のみんなには師匠とサンドラ姉さんが上手いこと話してくれた。

 一応表向きには領都で店で使える食材を探してくることになっている。


 ゼランドさんは僕たちの事情を知っていて、何かあったら仕入れのルートを使って手紙で知らせてくれるらしい。


 南市場で食材を仕入れたら出発だ。


 今回の旅にはお弟子さんが2人同行する。そんなに人数が少なくて大丈夫なのかと聞くと、向こうの鍛治師の指導も兼ねていて、その人たちが現地でいろいろ手伝ってくれるのだそうだ。


 領都でもガンツの作った魔道具が知られているけれど、設計図を見てもなかなか同じようには作れないらしい。

 公衆浴場にあるボイラーの魔道具の改修もそういった事情があってガンツに来て欲しいという話になったそうだ。


 旅は順調に進む。

 ガンツの馬車はすごい。揺れがほとんどない。聞けば車輪の受けの部分に工夫が施されてるらしい。

 そして馬車の中にゼランドさんのところで作ってもらったエアーマットを敷けば信じられないくらい車内は快適だった。

 快適すぎて居眠りしてしまう。


 途中ところどころで休憩を挟む。

 領都には3日かけて到着するそうだ。

 もっと早く着くって言ってなかったっけ、そうガンツに言ったら嫌な貴族の作った街道を避けて少し遠回りして領都に向かうのだそうだ。


 いずれはその街道を整備して領都と王都の交易に使いたいらしい。


 順調だった旅だったけど2日目になるとときどき馬車が止まることが多くなった。

 街道がところどころ崩壊していたからだ。

 土砂崩れならまだいい。不自然に壊されているようなところもある。

 何故だろう。誰かが意図的に壊したような感じがする。


 崩れて通れなくなっている部分を僕の魔法で土を柔らかくして、その部分をみんなで慣らした後、魔法で土を固める。


 ついでに狭い道を少し広くしたり次に通る時に通りやすいようにもした。


「普通1日がかりでやる作業だぞ」


 その様子を見ていたガンツが呆れた顔でそう言った。

 なんだよ。いいじゃん。通りやすくなったんだから。


 街道が崩れていたのは2日目に通ったところだけで、領都に近づくとまた快適な馬車の旅に戻った。

 たぶんあの嫌な貴族の領地の近くだったからだ。

 そんなあからさまなことをしてバレたりしないのかな。


 領都には3日目の夕方に着いた。

 ギルド証を出すだけで特にお金を取られることもなくすんなりと街に入ることができた。


 馬車は領都の真ん中あたり、中央と呼ばれてる場所で停まった。

 馬車を降りると白壁の大きめの宿屋の前だった。


「けっこう高級な宿なんじゃない?大丈夫?ガンツ。僕たちそこまでお金があるわけじゃないからね」


「心配いらんぞ。今回の依頼主が宿泊代を全額持つと言っておるからな。心配するな。外観がちょっと立派なだけでこの街の本当に高級な宿はもっと別のところにある。この宿なぞ大したことはない」


 ガンツの後に続いて宿に入り、宿の人に部屋を案内される。

 フェルと僕は同じ部屋で、ガンツは少し離れた角にある部屋だった。

 お弟子さんたちは別の階で、少し狭いみたいだけど2人とも個室らしい。


 僕たちの部屋はツインルームってやつで、リビングもありけっこう広かった。

 いいのかなこんな待遇が良くって。


 交代でさっとシャワーを浴びたら食堂に行く。今日はみんなでそこで夕食を食べることになっていた。


「明日からどうするんじゃ?ケイは市場に行くのか?ここの市場もけっこう広いぞ。迷子にならんようにな」


「フェルはどうしたい?どこか行きたいところはある?」


「うむ。着いたばかりだしとにかく何もわからんからな。だが冒険者ギルドには行って見たいと思っている。どんな依頼があるのか興味があるな」


 ギルドでどんな依頼があるのか見れば、なんとなく領都のことがわかるかもしれない。市場に行く前に行ってみるのもいいかも。手配書のことも気になるし。


「まあ焦らんでも時間はあるからの、ゆっくりいろんなものを見るといい。ワシらは仕事があるからの。時間が合えばこうして夕食を食べよう。ここの食事代も宿代と一緒に依頼主が出すから遠慮せず頼むといい」


 宿泊客のためにある程度決まったメニューがあるみたいだ。

 僕もフェルもその定食を頼む。

 ガンツはその定食と蒸留酒を頼んだ。


 定食はお肉か魚かを選べるようになっていて迷わず僕らは魚の定食にした。


 出てきたのはアジの塩焼き。だけどお米は無くてパンがついてきた。

 新鮮な魚に感動したけど、少し薄味で、なんとなくコレじゃない感がする。

 でもやっぱりお魚は美味しかった。


 フェルの塩焼きもほぐしてあげて、本当は良くないことだけどこっそり持っていたお醤油をかけた。

 やっぱり塩焼きにはお醤油だ。

 これで炊き立てのご飯があればいいのにな。

 流石にそれはやり過ぎだろう。


 そういえば領都にはお醤油と味噌が売ってるんだよな。

 大量に買い込んでもいいけど、まずはその値段を知りたかった。


 旅の疲れもあって、食事が済んだらすぐに解散した。

 まだ飲んでいくと言うガンツを残して部屋に戻る。


「明日は少しだけ市場をのぞいたら冒険者ギルドに行ってみようか。ちょうどいい依頼があったら受けてみてもいいかもね」


「いいのか?ケイと依頼を受けるなど久しぶりだな。何か良い依頼でもあればいいのだが」


 フェルがなんだか嬉しそうだ。フェルって冒険者の仕事が好きなんだな。危ないことはしてほしくないけど、楽しそうにその日受けた依頼のことをいつも話してくれるから、僕としてはそんなフェルのことを応援してる。


「でもお弁当とか作れないよ。あ、外で煮炊きをすればいいのか。食材も少し買っていかないとね」


「領都なら魚か?何かそれで美味しい物でも作ってくれ」


「魚はなー。マジックバッグが時間停止じゃないから鮮度が心配だよ。それは今度時間のあるときに作ってみよう。領都は食材が豊富らしいから市場に行けば何かいろいろあると思うよ」


 明日は早めに起きていろいろ見て回ることにする。


 いつも通りフェルと一緒の布団で寝た。

 

 なんだか王都に来たばかりの頃をあの頃を思い出してしまった。







 

 

 







 


 

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