第175話 優しすぎる
175 優しすぎる
「金色の髪、青い瞳。容姿端麗、元騎士、剣術が得意。その者隣国の騎士団を抜け逃亡中。情報料で銀貨10枚。見つけて身柄を拘束した者には金貨10枚。ただし怪我をさせたのなら報酬は減額」
依頼票は踏みつけた跡があって、文書を読み解くのにとても時間がかかった。
逆にいえばパッとみただけでこの依頼表の内容が読めないようになっている。
貼ってる場所も悪い。
こんな汚れた依頼票誰が受けるの?って感じに掲示板に貼ってあった。
これって、フェルの手配書だよね。
いくら空気の読めない僕でもわかる。
フェルの特徴。いなくなった日付、情報料だけでも銀貨10枚。
見つけて捕まえたら金貨10枚……。
初めに気づいたのはギルマスかな。もしかしたらサリーさんかも。
その依頼票を目立たないところに貼って。
そしてその依頼票は不自然なくらい汚されてた。
きっと気づいちゃった人がわざと読めなくなるように汚したんだろう。
誰だかわからないけど、たぶん知ってる人だと思う。
小熊亭でツマミを頼んで飲んだくれてるろくでなし。
さっきまで冒険者なんてそんな扱いだったのに。
みんな僕たちに優しすぎるよ。
王様も心配してるってギルマスが言ってる。
どうしよう。
ガンツかな。
炊き出しが終わったらフェルと一緒にガンツのところに行こう。
王都にいられなくなったらどうしよう。
せっかくフェルも王都に馴染んで楽しそうに過ごしているのに。
炊き出しの場所にはもうみんなが揃っていて、僕が食材を広げるとみんなそれぞれ作業を分担して仕込みを始める。
そんな中でやっぱりフェルだけが僕の様子がおかしいことに気づいて話しかけてくる。
フェルには正直に話した。全部隠さずに。
なるべく憶測で話すことはしないで、とにかくガンツに相談しようってフェルには言った。
そのあとは無理して2人笑顔で炊き出しをする。
フェルの気持ちが痛いほどわかって、その姿を見ていることがただ辛かった。
心が痛いって、辛い。
工房に行ったのはだいぶ遅い時間だったけど、僕たち2人の顔を見てお弟子さんはすぐにガンツを呼びに行った。
最近工房は忙しい。夜遅くまで灯が灯っているのを帰り道で見かける。
家に帰る最後の曲がり角でガンツの工房が一瞬見えるのだ。
それに気づいた時からなんとなくガンツの工房をその角を通るたびに見てしまう。
「それでクライブにはなんと言うた?」
「この話をしたのはガンツが初めてだよ。師匠には明日相談しようと思ってる」
ガンツには全部隠さずに話した。
僕とフェルが出会ったいきさつも、ギルマスから言われた話の内容も。
「そうか。まずは落ち着け。そんなに大したことにはならんじゃろ。万が一問題が起こったとしても王国でお前たちが不当な扱いを受けることはまずない。その理由はケイならなんとなくわかっとるじゃろ」
真剣な顔で僕はガンツに頷く。
あの王様が僕たちのことを悪いようには扱うはずがない。そう思ってはいた。
だけどそれに甘えてはいけないんだ。
それにもしそうなっちゃったら話が大きくなってしまう。そしたらそのあと王都で静かに今のような暮らしはできなくなってしまうと思う。
小熊亭も、辞めなくちゃいけなくなるかもな。
そう考えたら締め付けられるように胸の辺りが苦しくなる。
「安心せい。こんなもの大したことじゃありゃせん。ひと月じゃろ?あのライアンが言うように詳しい情報が入るまで王都にひと月いなければいいだけの話じゃろ?」
鼻くそでもほじり出しそうな気の緩んだ顔でガンツは事も無げに言う。
なんだよガンツ。こっちは真剣なんだぞ。
「そりゃそうだけどさガンツ。仕事を休んでどこかに行くなんて考えられないよ」
「じゃからクライブがその許可を出せばいいだけの話ではないか。ちょうどいい。ワシはしばらく領都に行かなくてはならんのだ。公衆浴場の湯沸かしの魔道具を新しく作り直さなくてはならなくての。面倒じゃから最初は断ったのだ。それ以外にもやることはいっぱいある。だがその話をぶん投げてきたそいつに泣きつかれての。全くいい迷惑じゃ」
そしてガンツが奥から箱を持ってくる。
僕に渡して持って帰れって言う感じの仕草をする。
なんだ?プレゼントか?
箱を開けたら仕上げ研ぎをしなきゃいけない包丁がいっぱい入ってる。
悔しいから全部ここで研いでいくぞ。
あとで誰かが僕の家まで運べばいいんだ。うちの隣の倉庫にね。
「あー、それでの。話の続きじゃが、ケイ。それからフェル。ワシと一緒に領都に行かんか?クライブには話しておく。店も休ませる。見聞も広がると思うぞ。今の領都はいろんな料理があると言う。この先のことを考えるなら一度領都の様子を感じてみるのも悪くないかと思うぞ」
包丁は3本目を研ぎ終わった。まだいっぱい残ってる。
店を休んで領都に旅行?
そりゃ確かにいいタイミングだけれども。
「師匠次第だよ。店を休んでいいならぜひお願いしますって言えるけど……、休めるの僕?」
「まあ、そうじゃな。クライブは普通に困ると思うぞ?さっき店で飲んでおったがアイツはお前の自慢話ばかりしおる。そんなに褒めるなら直接本人に言えと言ったんじゃ。そんなあいつがお前に許可を出さんはずがない」
え?師匠が僕を褒める?
そんなことあるわけがない。話半分で聞いておこう。
そのあとはなんとなく出された包丁を研ぎながら、ガンツと話をする。
領都までは3日。ガンツ特製の馬車ならばもっと早くついちゃうみたい。
道中のごはんは僕が作るよって言って、ならば必要なものはないかとガンツが聞いてくる。
バーベキューコンロをもう少し作ってもらうことにした。
なんかみんなで肉でも焼けば楽しいだろう。
そして次の日。
師匠が「行ってこい」って言って、あっさり僕たちの領都への旅行が決まった。
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