第174話 誤魔化した

 174 誤魔化した


「ウサギー、生姜焼きまだ残ってるか?あと適当にツマミをくれ。あ、ビール2つな」


「ツマミって簡単に言わないでよ。今日は休みなの?珍しいじゃん。銅貨3枚でいい?合間で適当に作るから」


「おー。良いぜー。なるべく早く出せるようなものにしてくれ」


 ぼったくってしまえ。このクソ忙しいのにツマミだと?


 塩揉みしたそら豆をオーブンに放り込む。

 焦げ目がつくくらい焼いたら取り出して塩を振って出来上がり。

 これで正直銅貨3枚は高いと思う。


 だけど師匠はそれでいいって悪い顔で言ってた。昼間っから酒飲んでる冒険者なんかロクでもないやつばかりだって言っていた。


 そのロクでもないやつは熱々のそのそら豆を美味しそうに食べてビールを飲んでいる。

 よしよし。

 最初にビールを2杯頼んだのは1杯目を一気に飲みたかったからなんだそうだ。

 割とどうでもいい。


 暑さもようやくおさまってやっと秋が来た。

 美味しい野菜がいっぱい市場に並んで、料理するのがすごく楽しい。

 ゴードンさんの八百屋から仕入れのついでに野菜をいっぱい買ってくる。

 最近はナスを使った料理がフェルのお気に入りだ。

 確かにロバートさんのベーコンと一緒に炒めるととんでもなく美味しい料理になる。

 それは実際小熊亭のアラカルトメニューの最近の定番になりつつある。


 強火で炒めて、コンソメスープを入れるのがポイントだ。

 家で作る時は試作品のコンソメの素を使ってる。コンソメがしっかり味付けされてるからほんの少し最後に醤油を垂らせばいい。


 なかなか原価率が良いから師匠も何も言わない。

 ナスが美味しいからあんまりベーコン入れなくても実際充分美味しいんだよね。


 生姜焼きをメニューに乗せることになってからもう3ヶ月だ。忙しくてあっという間だった。そういえばフェルと出会ってもうそろそろ1年になる。


 じいちゃんからの手紙の返事が最近届いた。手紙を出してから返事が来るまでずいぶん時間がかかっていた。

 

 理由を冒険者たちに聞いたら、僕たちが乗った乗り合い馬車がもう運行をやめたのだそうだ。

 

 あの嫌な街の役人が今はぼったくりのような値段で王都行きの乗り合い馬車を運行しているらしい。

 郵便をまとめて送らないと赤字になっちゃうからある程度たまらないと発送できなくなっちゃったのだそうだ。

 じいちゃんからの手紙は2通、たぶん出した時期は違うけどその2通が一緒に届いていた。

 

 手紙の最後には必ず、体に気をつけろ、そしてフェルのことを大切にしろって書かれてた。


 いつかじいちゃんを呼びたいけど、こんな感じなら時間がかかっちゃうかな。

 道中けして安全とは言えなさそうなその乗り合い馬車でじいちゃんに来てもらうのはなんだか不安だ。

 迎えに行ければ良いんだけど、今の僕にはその余裕がない。


 そんな風に忙しく働く僕たちに突然意外なところから横槍が入った。


「ウサギ。ちょっといいか?話があるんだが」


 それは炊き出しの日のことだった。

 いつものようにホーンラビットを解体して納品したらギルマスが作業場にきて僕に話があると言う。


 なんだろうって思いながら手を洗って2階に上がる。

 面倒ごとじゃないと良いんだけど。


「悪いな。このあと炊き出しもあるのに」


「話ってなんですか?ホーンラビット狩りすぎちゃいました?」


「んなことでわざわざ呼ばねーよ、いや、狩りすぎたのは事実か。話と関係ねーが、お前、今日からDランクな」


「え?試験とかあるんじゃないの?」


「試験しなくてもな、ある一定の数魔物の素材を納品すればDランクになれるんだ。ちゃんと冒険者の栞読んだか?ちゃんと書いてあるぜ」


 読んでない。それどころかそれ、どこに行ったかよくわからない。


「ホーンラビットだけでその資格を満たす奴ってのは初めてだけどな。実力もまあ充分だろう。赤い風の奴らがたまに報告してくるからな」


 セシル姉さんたちはたまに日曜日の僕の狩りに付き合ってくれる。目当ては僕の作るツマミなんだけど。


 なんだか最近ツマミばっか作ってるな。


「それでな。本題なんだが……。これが少々言いにくい話でな。あのな。お前とフェル、しばらく王都を離れてみないか?」


 話が急すぎる。僕はポカンとギルマスの顔を見た。


「いや、そんな顔になるのは良くわかる。俺自身もどういう説明の仕方をしたら良いのかよくわからんのだ。王都に東支部があるのは知ってるな?こっちとは違っていいとこのお坊ちゃんが集まってる上品な支部だ。お前行ったことあるか?」


 そう聞かれて行ったことも、そもそも場所も知らないと答える。


「そうか。場所すら知らんか。お前らたまには王都をぶらつくとかしねーのか?デートって奴だ。高台でお前らが来るのを楽しみに待ってるご老人もいるんだぜ。たまには外に出ろ」


 そんなこと言われても。

 

 そんな危ないところに気軽に行けるわけがないだろう。何を言ってるんだ。ギルマス。

 休日の2人のデートは南の森での素材採取って決めてるんだ。ウルフもたまに出るからスリル満点なんだぞ。


「冗談はさておき、だ。いいか。俺の立場で話せることは少ない。東支部は貴族の冒険者が多いんだ。うちとはあまりそりが合わねーから交流もあまりない。どういう感じかっていうと、お前のところのサンドラな。昔、東支部で登録したが、他の冒険者をぶん殴って南支部に流れてきた。それだけでなんとなくわかるだろ?俺が東支部のことを実際どう思っているかは話せないんだが」


 サンドラ姉さん……。なんでかな、ブレないよね、イメージが。


「とにかく空気を読めない奴が多いんだ。高額な依頼や自慢できるような活躍に目がない。おっと、あまりいうと悪口になるな。とにかく東支部には近づくな。そしてできるならひと月くらい王都を離れた方がいい。お前らの事情をなんとなく察している奴らは意外に多い」


 ギルマスは今まで見たこともない困った顔で懸命に言葉を選んで僕に話をする。

 大事なことだとはなんとなくわかるんだけど、一体何の話?


「とにかくこの支部の奴らはみんなお前の味方だ。それだけは断言する。そして高台のご老人も心配している。何かあったら全力でお前たちの力になると仰っている。どう転んでも決して悪いようにはならないと断言しよう。頭のいいお前なら俺の言ってることが後できっとわかると思う。悪いな。これ以上情報を公開するのはギルドの規約に反する。俺もこれ以上話せないんだ」


 なんかよくわからない。

 王様が心配してるってどういうこと?

 

 そしてギルマスはそう言ってから優しい顔になる。


「いいか?俺たちはお前らのことが好きだ。お前らがうちの支部に与えた影響は大きい。この半年で南支部で死んだ奴や大怪我した奴がいないって知ってたか?東支部だと何人かいるんだがな」


 そう言ってギルマスは声を落として僕に言う。


「依頼の掲示板、右下だ。ボロボロになってもう読めないかもしれんが、それを見てみろ。今言った俺の話がわかるはずだ。それを見てどうしたらいいかわからなくなったらもう一度俺のところに来い。クライブに相談するのでもいいぞ。とにかく。いいか?俺たちを信じろ。今、詳しいことを調べてる。その調査に最低ひと月はかかるんだ」


 そう言われてギルマスの部屋を出て、よくわからないまま掲示板の前に立つ。


 とにかくその依頼票を見ろってことだよね。


 掲示板の右下。見づらい高さにその依頼票は貼ってあった。

 靴の跡がついていて、文字もきちんと読むのが難しい。

 しゃがみ込んでその依頼票をじっくりと読む。


 読み終わった僕は静かに立ち上がって、何事もなかったようにギルドを出た。


 歩きながらポロポロと涙が溢れる。


 嬉しくて、この気持ちをどうしていいかよくわからなくて、気持ちを抑えることができずに歩きながら泣いてしまった。


 市場の入り口のところで果実水を買って、ベンチに座ってそれを飲む。


 炊き出しに早く行かなくちゃいけないのに。


 とにかく気持ちを少し切り替える必要があった。


 王様も心配してるって言ってた。

 でもまだわからない。どういう経緯であの依頼がギルドに出されたのか。


 あの靴跡、誰がつけたんだろ。

 涙が溢れるくらい、その優しさが嬉しくて。


 空を見上げる。いい天気だ。雲ひとつない青空。

 なのにまた涙が出てしまいそう。


 瞬きをして一生懸命誤魔化した。


 


 


 

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