第173話 精糖の魔道具

 173 精糖の魔道具


「どう思います?魔法史に載るくらいの大発見だと思いますが」


 私の書いた論文を見て、王都魔法学院の校長が震えながら沈黙する。

 しばらくその論文に集中した後、その教授はいろいろと思案しながらもゆっくりと話し出した。


「……これは、いや確かにこの方法なら上手くいく。それよりもこの土を柔らかくする魔法か?土魔法に長けたものが使えば農地の開墾がとんでもない速度で進むとある。これは確かかね」


「これを思いついた青年は畑の雑草を抜くのに使ってたようですけどね。あの子ちょっと魔法の使い方が不思議なのよ」


 初めてケイの土魔法を見た瞬間、私は飛び上がるくらい驚いた。

 土魔法とは大地に魔法で干渉し、防壁や土の槍を作り出すものだと思っていた。

 実際土を魔法で柔らかくして農作業をするなんて人はいない。


 休みの日にケイがその魔法を教えたという農家に行ってみた。

 畑を耕すのが楽になり、魔法を使って新しい農地を広げてトマトを大量に作ることにしたらしい。知り合いの女性冒険者の大好物なのだそうだ。

 それを聞いて思わず笑ってしまった。


 熟したトマトを一つもらうと、濃厚な味でとても美味しい。トマトソースを作るのに向いている。

 うちの店でも仕入れたいと思った。


 あの子はいろいろとおかしい。

 おかしいのはその考え方だ。時には年相応の子供みたいな悩み方をするけれど、時々私より遥か年上のような達観した考え方をする。

 

 いろいろ不安定なのだ。

 上辺だけ見ていて安心していると、考えられないところでつまずいて悩んだりしている。この前クライブが仕入れに連れてって泣かせて帰ってきていた。

 ガンツもたしかそんなことを言っていたわね。

 気をつけてみてやれと。


 こうして忙しいはずの土曜日に私が店を休んでわざわざ恩師でもある魔法学院の教授に会いに来たのはわけがある。


 ケイが思いついた精糖の魔法。いや、魔道具のことだ。

 

 今まで砂糖に熱を加えず魔法で乾燥させるのは不可能だと思われていた。

 なので混ざり物のない砂糖を作るのは時間がかかり、当然値段も高くなる。

 ケイは座標を指定してそこから水を取り出すことでその乾燥をあっという間にやってしまった。


 そのあと固まった砂糖を砕く作業に飽きてきて魔道具にしろと言ったのは私だけど。


 ガンツがその魔道具を完成させて私に寄越した時、王家にこの魔道具の製法、仕組みも全て献上しようと思っていると言われたわ。


 私はこの乾燥の魔法、それからケイのおかしな土の生活魔法を論文にしてこうして教授に見せに来ている。

 こうでもしないと後で必ず大問題になるのは分かりきっていた。

 

 土の生活魔法とはケイが言っているだけのことで、もはやこれは普通に土魔法だ。


 冒険者の中にはこの魔法と水の魔法を組み合わせて足場を悪くするために使っている子もいるみたい。

 魔力の消費が少なくて、燃費が良いから重宝しているらしい。


 この魔法を実際に私も真似してみた。


 立派な大木が一瞬で倒れてしまった。

 ケイは魔法の出力が弱いから雑草しか抜けないけれど、これは土木工事に革命を起こすのではないかと、初めてこの魔法を見た時に思ったことを改めて痛感した。


 あの子ほんととんでもない魔法使いだわ。なぜあんな子が魔法学院に通わなかったのかしら。田舎にいたとはいえ、見る人が見ればその才能に気づいてもいいと思うのだけど。

 たとえ弱い魔法しか使えないとしても、あの子の魔法は魔法学会に革命を起こしていたはず。

 あの子は自分には才能がないってずっと言っているのだけど。


 氷の魔法だってこれが一般に広まれば流通に革命が起こるだろう。

 

 氷の魔法は難易度が高い。複数の事象を一点に集中させ何もないところに氷を生み出す。

 それを無詠唱でできる人間なんて私か、もう引退してしまった領都の元魔法顧問のあの人くらいだろう。

 私の一年先輩だったその人と研究室で氷魔法の研究をしていたのはもうだいぶ昔のことだ。

 あれからお互いいろいろあって魔道の道から離れてしまった。


 仕方ないのよね。


 広範囲に影響を及ぼす大魔法は、簡単に大量の人間を傷つけることができる。

 一撃で戦局をひっくり返すほどの大魔法の研究にまだ若かった私たちは目を輝かせて取り組んでいた。


 その結果残ったのは、大勢の罪の無い者たちの死体だった。

 

 戦争だったとはいえ、あの出来事は辛辣すぎた。その罪を償うように、私も、その元魔法顧問の先輩も、それぞれ街で別の仕事を始めた。

 人が喜ぶものを作りたいと、お互い進む方向は少し違ったけど似たようなことをやっている。


 そんな私たちが完成させた氷魔法をあの子ったら世間話をしながら片手間で、コンって容器を叩いて作ってしまうのだもの。

 しかも無詠唱で。


「生活魔法でしょ?普通詠唱いらないですよね」


 物体の温度を変えるのは火魔法の応用よ。すごく魔力の調節が難しいの。

 その澱みない魔力循環は何?老練の魔道士くらいよ。そんなことできるのは。しかもそんなに薄く魔力を循環できるの?私でもそんなのできるかどうかわからないわ。


 話を聞けばどんな時でも魔力循環をするように厳しく指導されたらしい。

 それは魔法使いの基本だし、間違ってはいないけど……。


 あの子は毎朝走りながら魔力循環してるみたい。理由を聞いたらフェルと一緒に毎朝走れるからいいんだって。


 バカじゃないの?どれだけそれが難しいかわかってる?普通そんなことやる魔法使いなんていないわよ?


 この修行の方法は別の論文にした。魔道を志すものは全員やるべきよ。

 

 実際私もやってみた。5分も走ればグッタリ疲れてしまう。ケイは30分くらい毎朝走っているそうだ。


 あの子が強い魔力を扱えなくて本当に良かったと思う。そんな力があったとしたら絶対に今みたいに真っ直ぐ育っていなかったはず。


 ケイとフェルの2人と実際に遠征に行ったという冒険者時代の後輩に2人の話を聞いたことがある。


 フェルは息をするみたいに身体強化を使いこなして、ケイはくだらないけど便利な魔法ばかり使う。アイツの魔法は面白い。人を傷つけず、誰かを幸せにする魔法だ。


 その話を聞くのが私は好き。

 

 今度南の森に狩りに連れて行きたいらしいけど、今のケイはすっかり小熊亭の要となる従業員になってしまった。あの子は今忙しい。

 クライブの無茶な指示に文句を言いながらもしっかり答えて、うちのハンバーグより売れそうなメニューを作ってしまった。

 たぶんアレ、限定にしなかったら相当出るわよ。Cランチなんてもう誰も食べなくなるわ。


 それくらいケイが作った「お酢を使ったさっぱり生姜焼き」はおいしかった。

 名前が長いから1週間も経たずにウサギの生姜焼きになっちゃったけどね。


 ウサギ狩りしかしないからすっかりあだ名が定着しちゃったみたい。そのうち二つ名になるんじゃないかしら。王都のウサギとかいう名前で。


 あの子ならきっと、「そのまんまですね」とか普通の顔して言うんだわ。


 教授はまだ論文を読んでいる。

 この人こうなると長いのよね。お茶でももう一杯もらおうかしら。確かこの辺りに秘蔵の茶葉があったはず。


 私が淹れたお茶を一口飲んで教授が恨めしそうに睨んでくる。

 安心して。そのお茶もそのうち王都にたくさん流通するはずよ。

 その論文の土魔法を使えば街道整備なんて一瞬なんだから。


 問題は精糖の魔道具よね。これは国家の機密にする必要があるかも。

 その辺りのすり合わせを丸投げするつもりで論文を持ってきたんだけど……。


 この論文の報酬はどうしましょうかね。

 ケイたちが普通に受け取るとは思えないわ。使い道をみんなで相談しなくちゃ。

 実際ゼランドも困ってるのよね。

 隣国に食料を輸出した後はその道筋を生かしてこの先いろんな商品を売り込むことができるのだけど、その見込まれる莫大な利益をケイたちに還元する方法がないらしいわ。

 

 そうよね。食べるものが満たされたらその人たちは衣類や嗜好品などを求めるはずよ。ゼランドは今やっていることが新しいお客を育ててるってことをよくわかってる。上質な砂糖なんて飛ぶように売れるかも。


 やっぱりいろいろやばいわねあの子達。


 でもあの子が小熊亭に入ってきて良かったわ。

 これなら安心して私も別の店を出せそう。


 恋人たちが集まるかわいい店を開くの。

 クライブみたいな怖い顔の店員なんて御免だわ。そうね。フェルが私の店で働いてくれると良いんだけど。

 

 ケイは許すかしら。


 フェルを最初に口説いてしまえばあの子は文句なんて言わないだろう。


 危ういところもあるけれど、真っ直ぐなあの子たちのことが眩しく見える。


「良いわね。若いって」


 私は目の前で眼鏡を外して真剣に論文を読み続ける教授にわざと聞こえるようにそう言った。








 


 

  

 


 

 


 





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