第162話 魔女の大鍋

162 魔女の大鍋


 大きな鍋でポーションを作るとだいたい一度に50本くらい作れる。

 ゆっくりとかき混ぜながら魔力を注ぐと質の良いポーションになる。


 とりあえず100本分作った。それでもまだ薬草は余っていた。残りは明日時間があったら作ろう。


 こんなにたくさんギルドに持って行ったら怒られるかな。でも怪我人が減るならいいことだよね。


 後片付けをして布団に入る。フェルは先に休んでいた。

 明日は早起きしなきゃ。

 目覚ましをかけて目を閉じた。


 次の日、朝ごはんはおにぎりを握って、フェルと2人でギルドに指定された狩りの場所まで走る。


 着いたら味噌汁を作って朝ごはんを食べた。こんな感じも久しぶりかも。

 ついこないだまでテントで暮らしていたのに。


 簡易の柵を設置してホーンラビットを狩る。20匹狩ったところで急いでギルドに戻った。


 解体を済ませて受付に行く。

 報告の後持ってきた中級ポーションの話をすると、ギルドマスターに取り継ぐので待って欲しいと言われた。

 売店でポーションの瓶などを補充しながら待った。


「今から急いで薬師ギルドに行け」


 ギルマスが僕の作ったポーションを一目見てそう言った。


「お前登録証持ってねえだろ。仲間内で使ってる分にはいいが、この品質とこの量だ、登録証がねえと捕まっちまうぜ」


 え、捕まっちゃうの?

 そうなんだ。ポーション作るだけでも資格がいるんだ。


 幸い紹介状はギルマスが書いてくれるらしい。


 場所を教えてもらって薬師ギルドに向かう。場所は中央の東寄りのあたりだった。なかなか古い、しっかりとした建物だ。


 中は少し薄暗く、古い時代の設計だと感じられた。でも思ったより綺麗で埃っぽさはない。


 受付で事情を話してギルマスからの紹介状を見せる。


「お母様が薬師で、薬の作り方は多少知っているけれど、田舎から出てくるまで薬師の登録のことを知らなかった。なるほど」


 受付の女性が職員さんを呼んでくれて眼鏡をかけた年配の男性が僕の対応をしてくれた。


「あの、何か罰金とか支払わなくてはいけませんか?」

 

「いえ、ご心配にならなくても何か罰則があるわけではありません。冒険者ギルドのライアン様からのお手紙には、今まで王都の外れの田舎の村で育ったこと、世間の常識に疎いのでこちらで指導してほしいことが書かれてありました。そして今まで出来上がったポーションを販売していないということがしっかり書いております」


 年配の職員さんは笑顔で僕に答えてくれた。


「ですが、これからは薬師ギルドに登録をお勧めいたします。このような品質の良いポーションを無免許で作られてしまいますと私共も困ってしまいます。中級ポーションを作れるのでしたら銅級のギルド員として登録されるのはいかがでしょうか?」

 

「登録にかかる費用はどれくらいですか?年会費のようなものはありますか?」


「登録費用は銀貨1枚となっております。ですがこれは試験に使う素材の費用も含んでおります。そして希望するのであれば簡単な薬の作成方法をまとめた冊子もおつけしております。お母様から習ったもの以外にも様々な薬の作成方法が書いてあると思います。いわゆる薬師の入門書と思っていただければわかりやすいかと思います。年会費というのは特別設定しておりません。ただ年に何本かポーションの納品をお願いしております。中級であれば50本ですね。代金は売値の7割程度になってしまいますが王都での安定した薬の供給のために協力をお願いしております」


 職員さんの対応になんだか誠実そうな印象を受けた。

 特に何か面倒なことにはならなさそうだし、ギルドの売店もこれで利用できる。

 この際勧められた通り登録してしまおう。


 試験は実際にポーションを作るところを見せるだけで良いらしく、すぐに受けることができるそうだ。

 僕たちは2階に通されて広めの会議室のようなところに案内される。


 別の職員さんが薬草などが入った箱を持ってきてくれた。


「普段はどういう道具で作業しておられますか?必要な道具をこちらで用意致しますが」

 

「普段通りに作るだけでいいのですか?それなら今持っているので大丈夫です。でも皆さんと作り方が違うかもしれませんよ。前はきちんと調合セットを使ってましたが、最近は鍋で作っちゃってますから」


 そう言って昨日中級ポーションを作った大鍋を取り出す。


「大鍋……まさか、その鍋で中級ポーションを作れるのですか?」


「はい。基本はスープを作るのと一緒ですし、洗い物が楽なので」


 そう言って笑ったけど、職員さんは真剣な顔をしている。


「素材も、今持っているものを使っていいですか?早めに作らないと悪くなってしまうものもあるので、実は早めに使ってしまいたいんです。もちろん登録料はそのままで大丈夫ですので。50本の中級ポーションなら一気につくれてしまうので、それをよかったら納品の分にしたいんですが……」


「50……。いや、そういうことでしたらそれで結構です。ただ少しお待ちいただけますか?私ではその作り方が正しいものか判断ができません。上のものに声をかけて参ります」


 そう言って10分ほど待つと職員さんが3人の別の職員さんを連れてきた。

 1人は結構年配の人だ。


 一応素材を選ぶところから試験になっているらしいので、中級ポーションの素材を選び、ギルドの職員さんが用意した箱の中にいつも入れている薬草が足りないと言うとまた驚かれる。

 どうやら入れなくてもいいものだったらしい。

 入れると飲みやすくなると母は言っていた。


「入れた方が飲みやすくなるらしいんです。入れなくても作れるのは初めて知りました」


「それは古いやり方のひとつじゃな。薬効に関係がないことがわかってから中級ポーションにその薬草を使う者がいなくなってしまったのだ。材料が減ると原価も安くなるしな」


 年配の職員さんが教えてくれた。


 ポーションの作り方は料理とよく似てる。

 丁寧に素材を洗い、使う部分を適度な大きさに切り鍋で煮る。

 全体的に薬効が出るものはそのまま切らずに入れていく。

 おひたしの作り方に似ていると思う。

 まずは根の方を沸騰した鍋に入れて、それから葉の部分まで鍋に入れる。

 葉っぱの部分だけ使うものはその部分だけを鍋に入れて沸騰しないギリギリの温度でゆっくり煮込んで薬効を抽出する。


 入れると飲みやすくなるという薬草は根と茎を丁寧にすりつぶして後から入れる。

 入れると少し甘味が出るのだ。


 薬効を抽出した薬草は一度ザルに取り、優しく絞る。

 ここにすり潰した薬草を入れて弱火でじっくり温めて、優しくかき混ぜながら魔力を流していくのだ。

 細かい葉っぱは後から布で越すので特に気にしない。

 それよりも焦げないように優しく火を入れることのほうが大事だ。


 20分ほど煮込むと鍋の中の色が変わってくる。魔力がきちんと満遍なく行き渡った証拠だ。その色を覚えるように母に教えられた。


 初めは母のような綺麗な色にはならなかったけど、何度か作るうちにコツのようなものがわかってきた。


 僕は難しい薬は作れないけど、ポーションを作るのだけは得意だ。

 素材があれば魔力回復のポーションだって作れる。今度久しぶりに作ってみようかな?作っても一度も飲んだことはないけど。

 そう言えば行商人に作ったポーション売ってたな。魔力回復のポーションはけっこう高く買ってもらってた。とりあえず内緒にしておこう。


 出来上がった大鍋のポーションを丁寧に布で漉して瓶に移し替える。


 全部で53本できた。

 それを用意してもらった箱に入れて提出する。


 職員さんが静かだ。

 みんなあっけに取られたような顔になっている。


「あの……できました。中級ポーションです」


 とりあえず出来上がったものをテーブルに置いていった。


 鑑定の魔道具だろうか、出来上がったポーションをそれで調べて全て問題ないと言われる。品質は高品質らしい。

 普通のものより効き目が良いそうだ。


「その作り方ははるか昔にその製法が失われてしまった魔女の大鍋ポーションじゃな。今では古い文献にその記述が残っているだけだが、大昔、人里離れた場所で暮らすことを好んだ魔女がその方法で薬を作り、生活の足しにしていたそうだ。君のお母様は魔女の家系だったのかね?」


「さあ……。そんなことはないと思いますけど。薬の作り方は村のおばあさんに教えてもらったとか言っていた気がします。その人が魔女だったかは知りませんが」


「ぜひ話を聞いてみたかったが、残念だ。実際ポーションの作り方には何種類かやり方がある。それぞれの国でも作り方は異なる。薬師ギルドではその作り方をまとめると同時に、その製造方法の起源を研究している。作り方が他と違うからと言ってそれを理由に不合格などにはせん。出来上がったものにしっかり効果があれば問題はない。今日は良いものが見れた。薬師ギルドは君のことを歓迎するよ。良かったらまた納品に来てくれ」


 今回の大鍋ポーションの作り方はギルドで記録に残すらしい。普通の人には魔力をゆっくり持続して流すのはけっこう難しいのだそうだ。

 小さな鍋などで作るのが普通らしい。


 僕の場合は大きな魔法が使えない代わりに少ない魔力を持続して流すのは得意だからあまり気にしていなかった。


 大鍋ポーションを作れる人が増えればポーションの安定供給に繋がるらしい。値段ももっと安く販売できるようになるみたいだ。喜んでそれに協力させてもらった。


 帰りに受付でギルド証と、初心者用の薬剤レシピの冊子を受け取る。

 ざっと中身を見たけど、僕の作り方はやっぱり少し変わってるみたいだった。

 はじめに応対してくれた年配の職員さんも、まるで料理を作ってるみたいだったと笑っていたし。


 機会があればまた納品にこよう。


 受付で売店の場所を聞いてさっそく見に行った。売店は一階の奥の方にあった。


 サンドラ姉さんの言った通り、料理に使えそうな香草もいくつかあった。

 丁寧に乾燥されていて、値段もそこまで高いわけではなかった。話を聞いたら税金の補助があるからこの値段で安定して販売できるのだそうだ。

 値段をメモしてギルドを出た。


 思わぬことで時間を使ってしまった。

 中央にあった時計を見ると11時半。急いで市場に向かった。


 

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