第163話 青唐辛子
163 青唐辛子
すっかり顔馴染みになってしまった調味料の店でタコスミートに使えそうな香草を探す。
店にあった3つの香草の他に辛味の強い物を少しずつ味見させてもらってピッタリの物を探した。
中にはカレーに使えそうなものもあったけど、もっと爽やかな辛味、というか刺激的なものが欲しい。
お店の人にそう言うと、いつもキノコを買っている乾物屋に行ってみろと言われる。この店にある唐辛子の粉末などはその店から仕入れて細かく粉末にしているのだそうだ。他にも唐辛子の種類がいくつか乾物屋にはあったそうなのでそこで探してみると良いと教えてもらった。
乾物屋の主人に相談するといくつか唐辛子を出してくれる。
味見もして良いそうだ。
苦味のある品種や、辛味の少ないもの、酸味が強いものなど、唐辛子ひとつとってもいろんな種類があるのがわかった。
「こいつはそこの辛味の少ないやつのまだ育ちきっていないものなんだが、こいつは辛いぜ。たぶん君が探しているのはこれなんじゃないかな」
青唐辛子かな?唐辛子というよりも形は少しピーマンに近い。成熟すると辛味が減って、まろやかな味になるのだそうだ。
細かく刻んで少し舐めてみる。
辛い!ていうか痛い。何これハバネロ?こんな辛いの初めて食べたかも。
僕と一緒に味見したフェルが顔を真っ赤にさせて水筒のお茶を飲んでいる。
「おじさん。これいいかも。あとは安定して手に入るかなんだけど……」
「問題ないと思うけどな。だいたい年中入ってくるぞ。この辛さだが、一定の人気があってな。うちではだいたいいつも在庫があるよ」
「試作してみてだけど、師匠が許可してくれたら定期的に仕入れるよ。量はそんなに仕入れられないんだけど……」
「小熊亭だろ?クライブの。問題ないぞ。決まったら教えてくれ」
その辛い青唐辛子を小さな袋に入れてもらって、いつものキノコと一緒に買って帰った。フェルはずっと大丈夫なのか心配していたけど。
スラムに行って炊き出しの準備をする。カインとセラに小熊亭で働かないかと聞くと2人ともとても驚いていた。
とりあえず師匠とサンドラ姉さんに会ってみて決めていいことを伝えると2人とも緊張した顔で頷いた。
あとでセラのお兄さんにも話しておこう。
仕込みを進めながらカインに今はどんな感じで働いているか改めて聞いてみた。
カインは市場で仲買人の手伝いをしている。
朝の9時に市場に行って、仲買人から仕入れのリストをもらい市場でそれらを集める。荷車に積んでだいたい3件くらいだそうだ、王都の飲食店に持っていくまでが仕事だ。
1日半銅貨1枚。それとは別に月末に銀貨2枚をもらってひと月でだいたい銀貨12枚から13枚もらっているそうだ。
だいたい午後3時くらいに仕事は終わるらしい。
昼食は出るので、その余った食材をもらって夕飯を自分で作って食べているんだそうだ。小熊亭で働くならもうちょっと出してあげたいな。師匠に話しておこう。
いつもよりお肉が多めのスープと、おにぎり。今日はリンゴをデザートにつけた。
お花を集めてくれたスラムのみんなへのお礼のつもりで心を込めて料理を作った。
冒険者のためにツマミを作るのに追い立てられながら、セラのお兄さんと小熊亭での仕事の話をした。
お兄さんはやっぱりまだ10歳だから体力的なことが心配らしい。
それに仕事が終わってからスラムで1人にするのも心配なんだそうだ。
そうだよね。その気持ちよくわかる。
王都に託児所のようなものはない。
共働きの家庭ではお手伝いさんを雇って子供の面倒を見てもらうのが普通だ。
当然スラムの住人にはそんなことはできない。だけど教会に預けるとどうなるかわからないから小さい子供がいる人たちはみんな苦労している。
給金に関しては僕に任せるということだった。そしてそのお金はいつかセラが独立する時のために貯めておきたいと言っていた。
「エリママに明日私が相談してみよう。孤児院の子供に裁縫を教えたりしているのだ。私もたまにそれに混じって教えてもらっている」
おにぎりを頬張りながら話を聞いていたフェルがそう言い出した。
「教会のやり方が気に入らんとエリママがいつも言っている。裁縫が好きな子供は孤児院を出たあとエリママのところで働くこともできるそうだぞ。セラも仕事が終わったらそこで預かって貰えば良いのだ」
「エリママそんなこともしてたんだ。忙しそうだけど大丈夫かな?」
「問題ないと思うぞ。私がいる時はエリママがいつもいるが、いつもは店の人間が誰かしら面倒を見ているそうだ。騒がしいがみんな楽しそうに裁縫の修練をしている。セラくらいの歳ならばみんながやっていることだ。そんなに難しく考えなくても良い」
学校や義務教育のないこの国では子供は家の手伝いをするか、どこかの店に奉公に出るのは普通のことだ。
10歳になればみんな何かしらの職業に就くための訓練を始める。
いきなり小熊亭で働くのは無理かもしれないけれど、そういう風に誰かの目が届くところに子供がいて日中過ごせるならとても良いと思う。
「迷惑じゃないかな?エリママにはちゃんとそのことを聞いておいてね」
「任せてくれ。なに、あのエリママのことだ。きっと良い方法を考えてくれるはずだ」
フェルの話を聞きながら、胸が締め付けられるような気持ちになる。
悲しいのとはちょっと違う。
嬉しくて少し心が締め付けられる。
僕の周りの大人たちはいつでも僕にに優しくて。
それだけじゃない。全ての子供達にもその優しさは広がっていて。
言葉がうまくまとめられない。
悪い人っていうのは確かに一定の数がいて、今まではそれに引っかからないように気をつけてやってきた。
でもそれだけじゃないってことが、王都に住み始めて半年たってようやくわかってきた。
良い人っていうのも、世の中には必ず一定の数存在するんだ。
炊き出しに協力してくれる店は今では10件を超える。
師匠と仕入れに行った時に僕の顔を覚えてくれていて、そんなに買って何に使うのかと聞かれて、炊き出しに使うと言えば店の人はかなり値引きして売ってくれたりする。
今日のリンゴなんかは小熊亭の仕入れ先の八百屋のジェフさんがわざわざ声をかけてくれて持っていけとよこしたものだ。
スープが師匠に認められたってお祝いなんだって。
来週の火曜日に店に食べにいくから楽しみにしてるって言ってた。
みんながみんな誰かを支え合っている。
そうしなきゃいけないからじゃない。
そうしたいからやっているんだ。
都会ってちょっと怖かった。
何せとんでもないど田舎から来たからね。
でも想像してたより王都に住む人たちは暖かかった。
はじめはその輪の中にどうやって入っていけば良いかよくわからなかったけど。
いつのまにか声をかけてくれる人も増えた。
フェルは焚き火のそばで酒を飲んでいる冒険者と依頼の話をしているみたいだ。
さっき急いで作った餃子をフライパンの上に並べて焼き始める。
「ケイー、つまみが足りないぞー。なんか作ってくれよ」
その声に手を振りながら答える。
王都での暮らしはまだ始まったばかりだ。
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