第151話 情けない

 151 情けない


 翌朝、目覚ましの音で目を覚ます。

 

 少し疲れてたのかな。少し体が重い気がする。

 いつの間にかフェルに腕枕をしている。

 僕に寄り添うようにしてフェルが眠っていた。

 目覚ましの音でフェルも起きたみたいだ。おはようとあいさつを交わす。


 土曜日だ。フェルは訓練には行かず、店で招待状の続きを書いてくれるらしい。

 朝の日課をこなして朝食を食べ、のんびり2人でお茶を飲む。今日はフェルがコーヒーを淹れてくれた。


 店に行って仕事に取り掛かる。

 掃除を終えたフェルが厨房で招待状を書いている。


 いつか2人でお店を始めたとしたらこんな感じなんだろうか。

 

 でもフェルは冒険者の仕事を続けているかな?

 今日の獲物だって言ってオーク肉をドンって持ってきたり、任せろって言って店で使う香草を集めてくれたり、たまには2人で狩りをして……。


 そうなれるようにしっかりしなくっちゃ。


 まだモヤモヤした気持ちはあるけれどその気持ちを抑えて準備を進める。


「あれ?フェルさんもう来てるんすか?何書いてるんすか?招待状?良いっすね。僕も行きたいっす」


 お披露目パーティは僕が休みの日にやるから小熊亭の人たちを呼ぶことができない。一番お世話になっているはずなのに誘えないことが少しつらいんだ。


 ロイの家族を招待したら来てくれるかなと聞いてみたのだけれど、ロイが残念そうに言った。


「うちはパン屋っすからねー。平日に休みの日がないんすよ。日曜日だけが休みなんすけど、それ以外は工夫して少しずつみんな休みをとってるって感じっすね」


 ロイが店を休む火曜日はロイのお父さんとお母さんが休みになるらしい。お母さんは手伝いに来ている人たちとうまく日にちを合わせて休みをとっているのだそうだ。

 なかなかパン屋も大変だなって素直に思った。

 ロイには10歳になる妹がいるらしい。

 最近店の手伝いを少しずつはじめるようになったのだそうだ。


 サンドラ姉さんが出勤して来て、フェルが書いた招待状を見て何かアドバイスしている。女の子同士いろいろ相談している姿は見ていて微笑ましい……はずだ、普通だったら。


 仕事してくださいサンドラ姉さん。

 そう思ったけど怖いから言えない。


 忙しい土曜日の営業もなんとか無事こなす。慣れというのはすごいと思う。

 これが普通なんだって思ったら案外冷静に対応出来てしまう。


 ヒラヒラとなびくフェルのエプロン姿を見ていたらいつのまにか営業は終わってしまっていた。


 だいぶ時間が経ってから、この話をサンドラ姉さんにしたら、「まるで目の前にニンジンをぶら下げられて全力で走る馬のようね」そう言われて馬鹿にされた。


 次の日は炊き出しの日だ。

 フェルは僕がちゃんと狩りが出来るかどうか見ていたいらしい。

 フェルは今防具をガンツに預けているので、どうしようもなく困った時以外は手出しをしないように約束させた。


 ゴードンさんの家よりだいぶ北側。

 なんとなくホーンラビットがいそうな場所を見つけて狩りを始める。

 ライツの作った簡易の柵を仕掛けてお店で出た野菜クズをあたりに撒いた。


 この辺りはまだギルドの手が入っていなかったみたいだ。

 あっという間に50匹のホーンラビットが狩れてしまった。

 こういうこともあるんだ。

 今日はなんとか弓だけで対応出来たけどそう出来ない場合もあると思う。

 帰り道フェルにこういう場合の対処の仕方を教えてもらう。やっとフェルが今までやっていた狩りのやり方が少しわかって来た気がする。


 ギルドに直行して加工室で黙々とホーンラビットを捌く。数が多いからギルドの加工室を貸してもらえると作業が早い。

 報酬を受け取って報告を済ませたら市場で買い物をして炊き出しの準備をする。

 今日の狩り場はあとで改めてギルドから冒険者を派遣するそうだ。次は別のところで狩りをして欲しいと言われた。

 

 市場で買ったものは大体がフェルのお弁当のための食材なのだけれど、フェルはそのお店で何を買いたいのかひとつひとつメモに取って、次からは買い出しも私に任せろと言う。なんだか頼もしいな。僕はいつもフェルに甘えてばかりだ。


 主に僕が欲しいのは領都のものを扱うお店の魚や海苔などだから、お使いを頼むにしてもそこまで難しいことにはならないと思う。

 お店の人にフェルを紹介して、これから僕が買いに来れない時はフェルが買いに来ると伝えておいた。


 炊き出しの準備を始める。

 フェルが刺繍を完成させて、これでみんなのエプロンと頭に巻くハンカチが揃った。

 エプロンにはかわいいウサギの刺繍が入れられている。

 お揃いの制服でみんなで準備を始めた。


 そろそろ炊き出しの時間になるころ、手伝いに来てくれていた冒険者が、僕のところに走って来た。


「ウサギ、悪い。お前のポーション使っちまった。足が悪いって寝込んでいる奴がいるんだ。ポーション足りねーからもう2、3本くれ」


 僕も行こうかと聞いたけど大丈夫らしい。

 足を魔物に噛まれて動けなくなった人がいたみたい。とりあえず持っているポーションをたくさん渡した。


 炊き出しが終わって、ポーションを持って行ったその冒険者の人から状況を聞く。


「魔物に噛まれた傷が治らなくて動けなくなってたみたいだぜ。そのまま教会に運んだらどうなっちまったかわかんねー。ウサギのポーションはとにかく効くな。これ余った分な、忘れないうちに返しておくぜ」


 律儀にその冒険者は余ったポーションを僕に返して来た。自分の分はきちんと持っていると言っていたので、その余ったポーションを受け取った。


 教会で治癒魔法の治療を受けるとかなり法外な値段を取られてしまうらしい。

 ギルドの治療室ならローザさんがいたりするからそんなことにはならないのだけど、酷い怪我をして教会のお世話になってしまったらお金を払えない人は借金奴隷になってしまうのだそうだ。


 おかしくない?素直にその冒険者に疑問を伝えると、それがどこでも現実なのだと言われてしまう。


 落ち込む僕に別の冒険者が声をかける。


「ウサギのポーションで今日1人の人間が助かった。命が助かったってことじゃねえ。人間としてこれからも生きられるってことだ。それってすげえことだと思うぜ。ただ命を繋ぐためだけなのにその後、法外な金を要求される。俺たちはそれが当たり前だと思ってた。払えないなら奴隷になって死ぬしかない。だから死なないように行動するんだってな。ウサギのポーションがあるからだぜ。みんな安心して依頼をこなせてる。怪我をしないように依頼をこなすのは当たり前のことだ。だが全てがうまくいくわけじゃねえ。みんなお守りのようにお前のポーションを持って依頼に出ているんだ。ポーション使ったやつはみんなお前に何かしら持って行ってるだろ?みんなお前に感謝してるんだぜ」


 冒険者たちはみんな不思議とひとつだけしかポーションを受け取らない。


 もう持っているから他のやつに渡してくれとみんなが言う。

 

 そしてポーションを使った人はみんなポーションの材料を僕に持って来てくれる。

 

 矜持。わかるものだけがその価値を知っている。

 

 南区の冒険者たちはみんな誇り高く生きている。


 思わず僕は泣いちゃって話していた冒険者がオロオロしていた。他の冒険者たちが僕を心配して寄って来てくれる。

 

 フェルに抱きしめられても涙は止まらなかった。

 

 嬉しかった。


 心から本当に。ただ単純に、無事で帰って来て欲しいって思ったから始めたことだったのに。


 泣き止んだら後片付けをして解散する。


 帰り道フェルが手を繋いでくれた。

 また涙がこぼれる。


 そんな情けない僕に歩調を合わせて、フェルは何も言わずに一緒に歩いてくれた。

 

 

 














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