第150話 シャワー
150 シャワー
「先ほどのアルフレートと言ったか、あれはおそらくエルフだぞ。私も実際に会ったのは初めてだ。ケイが弓を引いていた時に少し見えた。エルフの耳には特徴があってな少し人より長いのだ」
夕飯を作っていたらフェルがさっきライツの工房にいたアルフレートさんの話をした。
そうなんだ。エルフって僕も初めて会ったよ。
「たぶんあの人だよ、フェルの鎧に魔法付与してくれる凄腕の魔法使いって」
「なるほど確かに不思議な雰囲気をまとった御仁であった。おそらく相当な腕なのだろう」
フェルが真剣な表情でそう言った。
炊飯器のスイッチを入れて炊き上がりを待つ。初めて使うから水の量が不安だけどとりあえずいつもの分量でやってみた。
フェルは買って来た魔道オーブンの中を掃除してくれている。オーブンを置く台は王都に来て初めて買った作業台にしていたテーブルを使った。測ったみたいにピッタリだったのでこのまま使うことにした。
最近髪が伸びて掃除をする時とかは後ろでひとつ結びにすることが多くなった。
なんだかかわいい。
鰹節を削って出汁を取る。使う分量はなんとなく覚えていた。
まずは一番出汁を取りザルで濾す。
また鍋に水を入れて二番出汁を取る。
お味噌汁には二番出汁を使う。
一番出汁は明日の料理で使おう。
水筒に入れて保冷庫にしまった。
保冷庫から作り置きのおかずを出す。
魔道オーブンに入れてあたためのスイッチを押す。
あとは肉でも焼こうかな。
久しぶりにケチャップ合えでも作ろうか。簡単だし。
二番出汁が出来たのでまたザルで濾してお味噌汁を作る。千切りにしたキャベツを入れて少し煮込んだら卵を一個、ザルで濾しながら丁寧に鍋に入れる。
お味噌を溶いたら火を止めてこれでお味噌汁は完成。
オーク肉の薄切りを弱火で焼いて砂糖を振りかける。お酒とケチャップを入れて少しだけお醤油を入れたら完成だ。
すごいぞ魔道オーブン。あたための機能があるなんて。電子レンジみたいにはいかないけど、これがあるだけでだいぶ手間が省けそう。ありがとう3男。
サラダを大皿に盛り付けて、隣にケチャップ合えも盛り付けた。
食卓に持って行き、いただきますと言って食べ始めた。
まずは味噌汁からだ。
懐かしい味がする。その懐かしさに目がうるうるして来てしまう。
子供の頃に作ってもらった味噌汁の味。
そういう感じがする。
誰に作ってもらったかは思い出せないのだけど。
「今日の味噌汁は一段と美味いな」
「そうなんだよ。3男が領都でおみやげを買って来てくれてね。スープに入れると美味しいっていうからやってみたんだ」
「どうした?ケイ。目がうるんでいるようだが」
「何でもないよ。大丈夫。ちょっとお味噌汁の湯気が目に入ってね」
いつかフェルに僕のことをきちんと話したい。驚くだろうけど、フェルは僕のことを気味悪がったりしないだろう。
いつかそんな日が来ればいいと心から思った。
このあとお風呂にも行かなくちゃだけど今日はなんだか疲れたな。いろいろ王都を走り回ったし、シャワーだけでも良いかな?
フェルに聞くとフェルもそうしたいと言う。
やっぱり家にお風呂があったほうが便利かな。でも一応西区にも公衆浴場はあるみたいなんだよね。今度行ってみようかな?場所は知らないけど家の近くなら便利かも。
夜ご飯を食べてフェルと一緒にシャワーの魔道具を取り付ける。
水を引くのが少し大変だったけど、3男が言った通りそこまで難しくはなかった。
これで我が家にシャワールームが出来あがった。
まずは僕が試しで入ってみる。
目盛がないから温度調節が難しいな。
何度かやってみて、ちょうど良いところを探す。あとで印をつけておこう。
脱衣所にあたるこの場所にカーテンが欲しいな。フェルに頼んだら作ってくれるかな?
まだいろいろ工夫しなくちゃいけない部分は多いな。
フェルと交代して寝室で自分の髪を乾かす。新しい暖房の魔道具は快適だ。少し出力も前のより強いみたい。
髪を乾かしていたら、突然洗い場からフェルの悲鳴が聞こえた。
急いで行って声をかける。
「フェル?大丈夫?火傷した?」
「ケイ!温度の調節がよくわからないのだ、触ったら急に冷たい水になってしまった。ちょっと入って来て調節して欲しいのだ」
「え?入って大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だタオルで体は隠している。あまり私の方を見なければ構わない」
「いい?入るよ?」
タオル一枚で前だけ隠したフェルが洗い場の隅っこにいる。
大事なところは隠せているけど、すごい格好だ。ちょっと透けてるし。
慌てて顔を背けてフェルに言う。
「僕はこっちを向いてるからフェルは体にバスタオルを巻いてきて。使い方をちゃんともう一度教えるから」
フェルが急いで脱衣所に向かいバスタオルを巻いて戻ってくる。
フェルにシャワーの使い方をもう一度丁寧に教えて、わかりやすいようにあとで目印をつけておくと伝えた。フェルも何度か試してやっと使い方がわかったみたい。
なんかこれ以上事故が起きないうちにさっさと退散しよう。
そのあと冷たい風で自分の髪を乾かして、なんとか冷静になった。
こんなことってあるのか。
エリママが進めるままにお風呂を作らなくて良かったかもしれない。平常心なんて保てないよ。全く自信がない。
シャワーを浴びたフェルが戻って来て髪を乾かしてあげる。恥ずかしいのか今日は背中を向けている。その方が僕も助かる。
「……その、さっきは助かった。ありがとう、ケイ。私が全て悪いのだから、私の体を見たことは気にするな。むしろ気にされても困ってしまう」
「僕の方こそごめんね。もっと丁寧に教えればよかったよ。宿屋のシャワーとは少し違うから、ちょっと使いにくかったよね。その……ちょっとしか見てないから気にしないで、でもあの、綺麗だったというか、なんて言うか……」
「そ、そうか。その……ありがとう。ケイ」
そして髪が乾いたフェルと一緒に今日買ったものをしまっていく。
農具とかは明日納屋に入れておこう。玄関の前に置いておいた。
キッチンマットはとても可愛いものに仕上がっていた。前に買ったマグカップと同じデザインの黒猫が2匹寄り添って隅っこに佇んでいる。聞いたらマグカップのデザインもこのキッチンマットもエリママが連れて来た絵師の作品らしい。
フェルも一目で気に入ったそうだ。
買って来た布は物置の棚に、食料庫の棚の反対の壁に薬草を干せるように紐を2本張った。さっそくオイゲンからもらった薬草を吊してみたけど洗濯バサミが足りない。棚の空いているところにも並べておいた。
明日の朝ごはんとお弁当の準備をしている間フェルは脱衣所につけるカーテンを作り始めた。レールを買ってくれば取り付けられそうだ。たぶんゼランドさんの商会で買えると思う。
きりの良いところで作業をやめて居間の暖房を消して寝室に向かう。
カーテンは明日続きを縫うらしい。夜の出勤時間までフェルは家にいるそうだ。
あかりを消していつものように寄り添って眠る。なんだか今日は長い一日だった。
次の日。
炊飯器は素晴らしい。ちゃんと保温もしてくれる。炊きたてのご飯は少し柔らかめだったけど朝炊飯器の蓋を開けたらちょうど良い具合になっていた。
時間が経つと少し乾燥しちゃうのかな?
ガンツにあとで言っておこう。
中央の市場まで魔力循環しながらフェルと走り、マルセルさんのところで買い物をして帰る。
手早く味噌汁を作ってお弁当のおかずを作った。
フェルは庭に的を設置してくれている。
素振りの音が聞こえて来たから終わったのかな?
ふわトロのだし巻き玉子と腸詰、さっき買って来た野菜で作ったサラダと煮物を詰めてお弁当は完成。ブドウの果実水を作って水筒に入れて保冷庫に入れておく。
おにぎりは3個。梅と鮭とおかかだ。出汁に使った鰹節を昨日の夜甘辛く煮ておいた。
外に出て僕も弓の練習をする。
久しぶりに10回、ゆっくりと弓を引き、集中して矢を放つ。
うん。的が新しいからなんだか気持ちがいい。
フェルがお茶を淹れてくれている間、朝ごはんを作ってフェルと一緒に食べる。
フェルは今日も美味しそうに食べてくれる。
洗い物はフェルがあとでやっておくと言うので、食後にゆっくりお茶を飲んだ。
炊飯器のおかげだな。朝の時間が前よりゆっくり過ごせる。
「行ってらっしゃい」
フェルにそう声をかけられて店に行く。
だんだんと生活のスタイルが作られていく。なんだかすごく幸せだ。
昼の営業中、冒険者の1人が僕に薬草をくれた。なんでも護衛依頼をしていた時に盗賊に腕を切られてしまったみたい。
けっこう深く切れていたらしいんだけど、僕のポーションを仲間の分と合わせて3本使って傷を治したらしい。
早めに対処したから後遺症もなくて腕は元通りになったそうだ。
お礼を言って薬草を受け取り、代わりに中級ポーションを3本渡した。
「無くなったらまた遠慮なく言ってね。また作ればいいだけなんだから」
その冒険者さんはポーションを喜んで受け取ってくれた。
昼休みにミナミに行ってガンツの作った炊飯器と保温の魔道具を渡した。
ホランドさんはとうとうスープとご飯をお客さんによそってもらうことにしたらしい。そうしないと忙しすぎて追いつかないのだそうだ。
ご飯のお代わりは自由らしい。なかなかいいサービスだと思う。
代金は、と聞かれてそういえば聞いてこなかったことに気づく。
炊飯器はまだ試作品だからあとでたぶんガンツが使い勝手を聞きにくると思うと伝えておいた。
帰りにゼランドさんの商会でカーテンレールと洗濯バサミを買って帰った。
店に戻って仕込みの作業をする。
原価の悩みはまだ僕の中で解決していない。なんだか最近このことでずっとモヤモヤしている。
夜の賄いは僕が作った。ご飯を炊いて仕事の合間でとってた出汁を使って味噌汁を作る。
一番出汁でナスの揚げ浸しとだし巻き玉子を作った。
ハンバーグのタネを捏ね直して肉団子を作り、しっかり茹でたあと甘辛く味付けした。
先にフェルとそれを食べてお店の片付けをしているとサンドラ姉さんが味噌汁を褒めてくれる。
店で出せるくらいだと言われたけど、原価のこともあってうまく表情を作れなかった。褒められたのはとても嬉しかったのだけど。
鰹節は師匠も気になったらしくて、東の国の味の基本になるものですと説明した。
師匠も3男のところで仕入れてみるそうだ。
仕事を終わらせてフェルと公衆浴場に行く。やっぱり湯船は良いな。夏場でも入りたい。
家に帰って僕は中級ポーションを作る。
明日のお弁当は今日の肉団子を使わせてもらうつもりだ。
ポーションを作りながら思ったのだけど、調合室で作業をわざわざしなくても台所で作れば良い気がして来た。
だってわざわざ部屋を変えて魔道コンロを置く必要なんてないんだもの。
ちょっと反省した。
まあ作ってもらっちゃったテーブルは無駄にはならないだろう。精米する時に役立っているし。
2回目のポーションを作るのは台所に場所を移した。
「なんだ?こっちで作業するのか?」
そうフェルに言われて照れ笑いをした。
「フェルのそばで作りたくって」
そう冗談のつもりで言ったらみるみるフェルの顔が赤くなる。
フェルにはお披露目パーティの招待状を書いてもらっていた。
お披露目パーティは月末、給料日の次の休みにやることにしている。
王国には明確に月という概念はないのだけれど、小熊亭では給料は5週間ごとに配られる。35日経ったら給料日だ。お披露目パーティは再来週の木曜日。今週末にはお世話になった人たちに配りたい。
招待状は100通書くつもり。
いい時間になったのでポーションを瓶詰めする作業は明日やることにしてフェルと2人でベッドに入る。
フェルが僕の手を握ってくる。
なんだか機嫌がいいみたい。
明日の朝はどうするのとフェルに聞いたつもりだったけど、そのあとの記憶がない。
話しかけながらそのまま寝てしまったみたいだ。
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