第149話 おみやげ
149 おみやげ
鰹節だ。
「え?3男、これ領都で普通に売ってるの?魚の……燻製だよね?」
慎重に言葉を選んで3男に話しかける。
「知ってるの?ケイくん。領都の港では冬になるとカツオって魚がよく獲れるんだよ。でもあまり日持ちがしないから獲れ過ぎて無駄になっていたんだけど、最近、東の国の人が鰹の加工のやり方を教えてくれたらしいんだ。こういう風に燻製にして乾かせば日持ちもするし、獲れた魚を無駄にしないで済むから、向こうではけっこう安く手に入るんだよ」
手に取って匂いを嗅いでみる。
懐かしい香りだ。昆布はまだ見つかっていないけどこれでしっかりとした出汁がとれるはず。
「領都でも売り出したばかりでさー、でも腕のいい料理人じゃないとうまく使いこなせないみたいなんだー。向こうでもいろんな料理に使う研究が始まったばかりなんだよね」
「スープに使うとかって話になってた?」
「うん。その作り方を伝えた人がそう言ってたからね。他にも薄く削ってサラダだったかな?ふりかけて使うとか言ってたよ」
やっぱり。これは鰹節で間違いない。
「3男!これすごく嬉しいよ。さっそく料理に使って見るね。じいちゃんの話に聞いてはいたんだ。お味噌汁の出汁をとるのに使ったりするんだよ」
「喜んでくれて僕も嬉しいよ。ケイくんの作った料理の話でだいぶ商談がうまくいったんだー。うちにもけっこう利益が出たんだよ。これ箱ごとあげるから遠慮しないで好きに使って。おみやげだからさ」
「良いの?安いって言ってもこれけっこういっぱい入ってるよ。そうだ、3男、油紙って扱ってる?屋台の料理を包むやつ。この燻製って確か空気に触れてるとだんだん香りが飛んじゃうらしいんだよね。何かに包みたいんだけど」
3男は大量の油紙を銅貨10枚で売ってくれた。地味に助かる。
ライツに削り器を作ってもらわねば。
エリママのところからフェルが戻って来た。けっこう大荷物だな。
聞いたらキッチンマットとエプロンが仕上がったみたい。それから細かいものを少し買い足したみたいだ。
あとは布が何枚か。
テーブルクロスを作るらしい。
3男に見送られて商会を出る。
全部で銀貨20枚って安すぎだよ3男。
困ったな。新居のお披露目パーティにはゼランドさんの一家全員に来てもらおう。
途中でギルドに寄ってポーション瓶を大量に買う。そろそろ貰った薬草を使ってしまわないと。
ギルドを出たら急いでガンツのところに向かう。フェルと2人で走って向かったらけっこう早く着いた。僕もだいぶ体力がついて来たのだろうか?毎朝の走り込みはずっと続けている。
「だいぶ走れるようになったな。身体つきもしっかりして来たと思うぞ」
「なんかあまり実感はないんだけどね。あ、そうだ、この前的を作るためにラウルさんのところで藁をいっぱいもらってきたからまた的を作ってくれない?そろそろ弓の練習を始めなきゃ」
「構わないぞ、どうせガンツはまたケイに刃物の仕上げをさせるだろう。その間に作ってやる」
ガンツの工房に入ると、案の定仕上げ研ぎの刃物が溜まっていた。
お弟子さんがいい笑顔で喜んでいる。
ガンツの手が空いたころ、包丁を研ぎながら欲しい物を説明する。
茹でたじゃがいもをつぶす大きめのマッシャー、卵焼き用の四角いフライパン。外で使えるバーベキューのコンロのような物。これは折りたたみ出来るようにしてもらった。
そしてパスタマシン。
パスタが簡単に作れる機械が欲しいのだけど、どんな仕組みかはよくわからない。
大体の形を書いて、生地を入れればそれを一定の厚さで伸ばしてくれるような機械だと説明した。
生地の厚さもある程度調節したいことも伝えたら、切れるようにはしなくていいのかと聞かれる。
確かに最後に細切りにできたらかなり楽だ。その太さも調節できるようにしてもらう。
ガンツは考えるからしばらく時間をくれと言っていた。
麦茶を保温出来る魔道具が作れないか聞いてみたらそれはもうすでに師匠から注文を受けているそうだ。
「前に頼まれていた物がいろいろできておるぞ。炊飯器と言ったか?あれの試作品が出来ておる。使ってみて意見をくれ。あとお使いを頼めんかの。ケイが働いていた定食屋のミナミにもその炊飯器を持って行って欲しいのだ。向こうには2つ用意しておる。それとスープが冷めない魔道具が欲しいと言っておったからそれも頼む」
ガンツが炊飯器の使い方を教えてくれた。お米をしっかり水に浸してからスイッチを入れる必要があるみたい。
「時間差で魔道具が起動するようにできないの?」
「そのあたりはまだ研究中なのじゃ。うまくするとその技術で自動で時間になるとあかりがつく魔道具も作れるかもしれん」
「もしかして街灯に使えるってこと?」
大量の包丁が終わったら次はナイフの箱が運ばれてきた。
「そうじゃ。よくわかったの。そうすれば王都のいろいろな場所に街灯を設置できるようになるかもしれんの」
王都の大通りには街灯があるのだけど細い路地には設置していない。
あかりの魔道具は係の人が暗くなったら一個ずつ起動しなければならないのだ。
なので主要な道と貴族街にしか街灯は設置されていない。善意でたまに路地を照らす街灯を設置している家もあるのだけれど、そこまで数は多くはなかった。
「それから精糖の魔道具じゃの。まずはオヌシのために小型の物を作った。小熊亭とサンドラにはもう少し大きめの物が良いじゃろう。完成したら持っていくと伝えておけ」
「わかったよ。師匠に伝えておくね」
それにしてもナイフ多いな。そしてあの箱は多分中身は剣だな。でもガンツの工房の人たちの研ぎの精度が上がっているから一本一本にかかる時間はそこまでじゃない。前みたいに修正したりすることもないし。
仕上がったナイフは刃物の箱を持って来るお弟子さんが鞘に入れてしまってくれる。
「ケイくん、早いですね。普通2、3日かかりますよ」
「多分僕、刃物研ぎのスキルが生えてると思うんですよね。5歳の頃からやってるので」
そこまで役にたつスキルではないのだが。こういう場合はちょっとした自慢だ。
だからと言って、2、3日分の分量の刃物を平気な顔で持ってくるのはどうかと思うが。
「それでの、この砂糖を精糖するこの魔道具の扱いはワシに任せてくれんかの。悪いようにはせん。この魔道具はこのまま普通に売り出すことはできんのじゃよ」
そうだよね。砂糖を作るって多分国家でやってる事業だと思う。勝手に売ったら混乱するだろう。
「ガンツに任せるよ。それで上質な砂糖をみんなが安く買えるようになったらいいな」
「そうじゃの。じゃからこの件はワシに預からせてくれ」
そう言ってガンツは優しく笑った。
ナイフが終わって片手剣を研ぎ始めた。
こんな大量の剣なんて買う人いるの?って聞いたら最近冒険者に人気なんだそうだ。ゼランドさんの商会で飛ぶように売れているみたい。
割引きもあるしな。でもこれでみんなが安全に依頼をこなせるといいな。
「ガンツ大事なことを忘れてたよ。フェルの革鎧に魔法付与って出来る?フェルが怪我をしないようにもっと防御力を上げて欲しいんだ。お金はいくらかかっても構わないから、って言っても金貨4枚くらいしか今は無いんだけど」
ガンツはあご髭を撫でながら少し考えている。
「そうじゃの。魔法耐性と防刃、衝撃吸収ではどうかの?それに俊敏と浄化もかけてやろう。ちょうどいい機会じゃな。前に話しておった、良い腕をした魔法の使い手が王都に来ておる。そいつに頼んでおこう。ケイも会ってみるか?魔法について教えてくれるかもしれんぞ」
「今はもう必要ないかな。氷も自分で作れるようになったし、習っても僕には強い魔法は使えないから」
「ワシはそうは思わんがな。まあいい。それでここまでの魔法付与となると少々特殊な合金を使うからな。金貨2枚じゃな」
「大丈夫だよ。あとで持って来るね。フェルの鎧は今日置いていけばいいの?フェルの予定も聞いてみなくちゃ」
「そうじゃの。まあ来週の半ばには出来ておるじゃろうからそこまで不自由はさせんじゃろ。オヌシもそうだが、フェルも働き過ぎじゃ。よい機会だと思って少し休め」
「そうだね。僕もそう思うよ」
藁でできた的を持ってフェルが戻って来た。フェルに魔法付与の話をしたら「問題ないぞ」と言ってマジックバッグから鎧と手甲を出した。
手甲に使っている金属は、魔法付与をする前提でガンツが言う特殊な合金を既に使っていたらしい。
フェルの戦い方だと手元の防御は大事だものな。心の中でガンツに感謝した。
大量の片手剣を仕上げ終わってガンツの工房を引き上げた。お弟子さんには来週も顔を出すと言っておいた。
フェルにライツのところで作ってもらいたい物が出来たと言って、ライツのところに寄って帰ることにする
もう夕暮れだ。急いでライツの工房に向かった。
ライツの工房に着いたら先客がいた。すらっと背の高い男の人だ。髪は長くて綺麗な金髪だった。
「どうした?ケイ。食器棚に何か問題があったか?」
「全然大丈夫だよ。あの食器棚に使った木ってけっこう高いやつなんじゃない?払ったお金と見合ってない気がするんだけど」
そう言うとライツがニヤッと笑った。
「値段のことは気にしなくていい。自信作だぜ。なにせ俺がきちんと仕上げをしたからな。大事に使えば一生持つぜ」
「今度何か差し入れに来るね。大事にするよ。ありがとう」
「それでどうしたんだ?何か欲しい物でも思いついたか?」
「そうなんだ。ライツに作って欲しい物が出来たんだよ」
そう言って鰹節をバッグから出す。
「これを薄く削りたいんだ。カンナを逆さまにしたような感じ?これを押しつけて動かしたらどんどん削れていくような。削った物の厚みも変えられるようにしたくて」
そう言って削り器の絵を書いて説明する。
ライツはちょっと待ってろと言って材料を取りに行った。
フェルは外で的を乗せる台をお弟子さんと一緒に作っている。
「すぐ出来るからちょっと待ってろ。あ、そうだ。いい機会だからお前の弓も調整してやる。さっき的が出来てたからちょうどいい。ちょっと外に出て弓を何度か引いてみろ」
外に出ると的を置く台が完成していた。
スラムの時は適当な枝を使っていたから台がしっかりとするだけで見違えたものになる。
「私も見学させてもらっても良いだろうか?」
工房の奥で静かにお茶を飲んでいた金髪の男の人が話しかけて来た。
別に構わないと伝えてバッグから弓を出して準備をする。
はじめは僕が作った弓で2、3度矢を放つ。ライツに弓を渡すと何か印をつけていた。
そしてライツの弓を引く。
久しぶりに使ったけどやっぱりこの弓は凄くいい。いつも練習でやっているように綺麗な射形を心がけて縦に5本矢を放った。
ライツの弓は矢を放つたび美しい弦の音をたてた。
「こっちは大丈夫だな。ちゃんと手入れしてるみたいじゃねーか。大事にしてくれて嬉しいぜ」
ライツが弓を確認して、それを金髪の男の人に渡した。
その男の人は優しく弓を持ち目を閉じた。
少しの間そうして男の人が僕に弓を返してくれる。
不思議な雰囲気の人だな。年は40代後半ってところかな。その人は優しそうな顔をしていた。
「私はアルフレートと言う。いい弓だね。そして君も素晴らしい使い手だ。これからも真っ直ぐ修練を積みなさい」
そう言って優しく頭を撫でられた。
不思議と嫌な感じはしなかった。
「道に迷ったらその弓の声を聴くといい。その弓はきっと君を助けてくれるはずだ」
そう言ってアルフレートさんは帰って行った。
「そういやお前が俺の弓を実際使ってるところを見るのははじめてだな。なかなかしっかり引けるようになったじゃねーか。さっきのやつは俺とガンツの古い知り合いでアルって言うんだが、あいつの弓の腕も大したもんだぜ。そいつに褒められたんだ自信を持て」
「まだまだ駄目だよ。たくさん撃つとすぐ腕がパンパンになっちゃうんだ。もっと練習するね」
ライツはそのあとお弟子さんと一緒にあっという間に削り器を作ってくれた。
引き出しの完成度に驚く。隙間なくピッタリだ。
ライツは僕の弓を調整してくれた。
弦はもう少し強くてもよかったみたい。程よい強さに張り直してくれてあった。
「まぁ、使ってる材料がな、だから使ってるとどうしても歪んできちまう。ある程度は仕方ねーんだ。だがお前が大事に使ってるのはよくわかるぜ。またしばらくしたら持ってこい」
ライツとお弟子さんたちにお礼を言って家に帰った。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら★評価とフォローをお願いします。
作者の今後の励みになりますのでどうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます