第148話 やられたらやり返せ

 148 やられたらやり返せ


 炊き出しが終わって、2人でお風呂に入りに行ってから、そのあといろんなことを話した。

 渡したお弁当を大絶賛してくれて、興奮したフェルをなだめるのが大変だった。


 苦心して作ったふわトロのだし巻き玉子はまだ未完成なんだと言ったら「あれがさらに美味しくなるのだな。楽しみだ」そう言ってフェルが微笑んだ。つられて僕も口角が上がってしまう。


 家に戻ってフェルが淹れてくれた紅茶を飲みながら、これから2人で暮らしていく簡単なルールのようなものを決めた。

 

 取るに足らない、人に聞かれたら恥ずかしくなるような内容だったけど、フェルと2人で真剣に話し合って決めていく作業は、なんだか生活が前に進んでいくようで幸せな気分だった。


1. それぞれがやりたいことを探して、それを見つけた場合おたがいにそれを共有して、一方はそれをできる限り応援する。


2. それぞれがそのやりたい事をするにあたって、おたがいに心配をかけるような危険なことをしない。避けられない事情がある時はきちんと相談すること。


3. 2で決めたことをするにあたって、ケイは1人で狩りをする時は必ず柵を立ててやること。フェルはガンツのところで革鎧に魔法付与をしてもらうこと。


4. 休みの日でもそれぞれおたがいやりたいことがあれば無理して一緒に行動しない。


5. 朝と夜の食事は基本2人で一緒に食べること。


 革鎧に魔法付与をする件でフェルは最後まで渋ったけれど、僕もフェルのことが心配なんだと強く主張して納得してもらった。

 まだ残っているギルドからの報奨金を使って、より良い装備にしてもらおうと思う。


 この5つのきまりを紙に書いて、フェルはそれを丁寧に折りたたみ、寝室の小さな棚に置いてある自分の小物入れの中に入れた。

 

 寝室の棚はだいたいフェルのものが飾られていて、一番上には王都に来る前に買ったサンダルが飾られている。

 それを見た時に恥ずかしいから捨ててほしいと言ったけど、フェルはどうしても飾るのだと言って嬉しそうに棚を見つめていた。

 その姿を見たらそれ以上何も言えなかった。

 

 月曜日から3日間、いつも通り働いて、木曜の休みの日は生活に必要なものを揃える日にあてることにした。


 木曜日、まずは午前中ライツが食器棚などを持って来てくれた。


 小さめの2つの部屋のうちひとつは食糧庫兼、調合部屋にさせてもらった。大きめのテーブルと棚を配置する。


 もうひと部屋は使い道がまだ決まっていないのでとりあえず棚を置いてしばらくは物置のように使うことにした。

 ライツが食器棚を魔道コンロに向かい合うように置いて、その横にテーブルを置いた。


「この前来た時、ここに台があれば料理がしやすそうだと思ってよ」


 すごい。これは便利だ。魔道コンロを置いて別の料理も作れそう。しかも簡単に折り畳み出来る。


「ライツ!ありがとう!こういうのあるといいなって思ってたんだよ」


「それからな、フェルがこの前工房に来て注文して行ったんだが、マジックバッグに入れて持ち運び出来る簡単な柵を作ったぜ。外で組み立て方を教えてやるからちょっと来てみろ」


 そう言ってライツに着いて外に出て見ると太さ5センチくらいのしっかりとした杭と、程よい幅の板が数十枚、板は多めだったけどそこまで厚い板では無いからそこまでかさばったものにはなっていなかった。


 作り方は単純で、杭を立てて杭に取り付けられたL字の金具に板を引っ掛けて行くだけだ。

 真ん中から順番に作って行けば幅がだいたい左右20メートルくらいの柵が作れる。


「すごいよライツ!え?フェルが頼んだって、こないだの月曜日?家で刺繍してるって言ってたけど、ライツのところにも行ってきたの?」


「私もほしい家具があってな。そのついでにライツに相談してみたのだ。たぶんケイはそのうちライツのところに廃材をもらいにいくだろうと思ってな。そしたらライツが図面を書いてこういう持ち運べるものにしたら良いと言ったので頼んでおいたのだ」


 改めてライツとフェルにお礼を言う。

 お金は全部で銀貨10枚で良いとライツが言ったのでその分支払ったけど、食器棚の完成度を見ると、とてもそんな金額では買えない気がした。


 ライツに今度新居のお披露目パーティーをやるからぜひ来てと言ったら、弟子たちは人数が多いから何人まで大丈夫かあとで教えてくれと言われた。


 お弟子さんは全部で40人くらいいるみたいで、流石に全員は入れない。

 今度ライツのところに押しかけて何か料理を振る舞おう。


 部屋を整理して、マジックバッグから食器や鍋を取り出して棚に入れていく。

 なかなか使いやすそうな良い食器棚だった。しかもけっこう高級感がある。


 入れてる食器がちょっと安物すぎて少し恥ずかしい。


 お米や味噌の樽を食糧庫の棚にしまう。

 紐を張れば薬草を吊るしておけるかも。買い物に行った時に買っておこう。


「この辺りに物干し竿が欲しいのだ。それをガンツに頼んでおいた。届いたら取り付けを手伝ってくれ」


 フェルが窓の外を指差して教えてくれた。布団とかを干したいらしい。

 その他にフェルは外套をかけられるハンガーラックのような物を注文してきたそうだ。


 昼食を食べたらゼランドさんの商会に行く。


 3男を呼び出して魔道具を見せてもらった。3男はあいかわらずヘラヘラとした笑顔で僕たちの相手をしてくれた。


「ケイくん。新しい家で使う魔道具が欲しいんだって?ある程度は母から聞いてるよ。まずは何かな?暖房の魔道具から見ていこうか?」


 どうやらある程度僕の欲しい物はエリママから聞いているみたいだ。

 3男に暖房の魔道具と、魔道オーブン、そして洗い場にシャワーをつけたいと伝える。


「じゃあまずは暖房の魔道具だねー。ある程度は大きめの物になっても良いのかな?また少し古い型の良いのがあるからそれにしたら良いよ。今、ケイくんが持ってるやつは暖房しか使えないんだけど、これは冷房も使えるから夏にも役に立つよー」


 そう言って3男が魔道具コーナーの隅に置いてある白い暖房の魔道具を僕に見せる。大きさはだいたい今持っている暖房の魔道具の1.5倍くらいの大きさだ。

 持ってみると意外と軽い。持ち運びも出来そうだ。


「それ売れ残りの処分品みたいな値段だからねー。どう?2つ買ってくれたら、さらに値引きしてあげるよ。寝室と台所がある部屋だっけ。そこに置いとくと良いと思うよ。最近は小型の物が流行っててね。でも軽いでしょ?取っ手も付いてるし。機能はほとんど同じだから良いと思うよ」


「3男、これ2個お願い。予算はね、だいたい銀貨50枚くらいで全部揃えられたら良いと思っているんだ。その範囲で他のを見繕ってもらえたら助かるよ」


 3男は僕に笑いながら答える。


「父からキツーく言われてるからねー。たぶんその予算通りにはならないと思うよー。魔道オーブンだったよね。これは何か希望はある?せっかくだから妥協しない良い物にしようよ」


 ゼランドさんは3男やドナルドさんに一体何を言ったのだろう。ちょっと会計が怖くなってきた。


 僕の希望を伝えたら3男は中型と小型の中間くらいの、家庭用としては程よい大きさのものを紹介してくれた。

 温度調節はもちろん、温めの機能がついていた。専用のトレイに料理を乗せれば、焼けない温度でじんわり温めてくれるらしい。これならフェルのお弁当も温められる。

 大きさもちょうど良くて、マジックバッグにもギリギリ入れられる大きさだった。


 値段を見ると銀貨25枚。

 思わずフェルの顔を見る。

 フェルも値段に少し驚いていたけど、黙って僕に2回頷いた。


「値段のことは気にしなくって良いってば。父がねー、やられっぱなしは良くないからこの機会にどんどん恩を売れって。知ってる?ケイくんのピーラーと泡立て器、王都のほとんどの料理店が買って行ったんだよ。普通の家に住んでる奥様たちもこぞって買いに来てるんだ。ガンツの工房だけじゃ手が回らないから、今は複数の工房で大量に作ってるんだー。行商人たちからも大量に発注が来てる。もうそれだけでもどれだけうちに利益があるか」


 良かった。普通に僕の名義で特許申請しなくって。そんなことで大金を貰ってしまうなんて怖すぎる。僕は普通に生きていきたいんだ。これが原因で誰かに目をつけられたりでもしたら困る。


「ケイくんはなんかおかしなこと言ってると思うかもしれないけど、うちの家訓みたいなものがあるんだよ。物を売るだけではなくって、時には恩を売れって。それが巡り巡っていつか商会を大きくするきっかけに繋がるって。父の口癖みたいなものなんだー。でも利益を出さないと僕にはすごい怒るんだよね。理不尽だよ」


 それは3男が調子良くいろんなところに恩を売りすぎだからなのでは?


「あの折りたたみ出来る天幕?あれもさー王家からそんな商品を作れないか打診されてたところだったんだー。だからそのうち騎士団から大量に発注が来るよ。今、大量生産の準備で、いつもはずっと仕入れに出てる2番目の兄まで戻って来て全力でうちは動いてるんだー。あ、これ言っちゃいけなかったんだっけ?ごめん。父には内緒にしてね」

 

 3男はそう言っていたずらっ子のように微笑んだ。

 

 僕は庭師のレオさんが農作業の合間に天幕の下でマリーさんとお茶を飲む姿を想像する。

 とても微笑ましい幸せな光景だけど、実際は王様と王妃様なんだよね……。聞かなかったことにしよう。


「休憩するだけなら大きめの傘を地面に立てて日陰を作るだけでも良いんだよね。夏とか日差しが強いしさ」


 僕がうっかりそう言うと、3男がお腹を抱えて笑う。


「それも父に伝えておくよー。テーブルとかの真ん中に穴を開けて刺すだけでも良いかもね。ケイくん、今日のお会計は覚悟しておいて。この際今欲しいものは片っ端から買っちゃいなよ」


 しまった。3男の察しが良すぎる。ほんの少し言っただけなのにその物の価値を瞬時に見抜かれてしまった。これってスキル?怖いわ。


 シャワーの魔道具はごく普通の物でお願いした。実際に訓練した後の汗を流すくらいしか使い道がない。それくらい僕たちは王都の公衆浴場にハマっている。

 シャワーだけではもう嫌なのだ。


「そうだ。ケイくんにおみやげを買って来たんだよ。最近領都で話題になってるんだけど、スープに入れると美味しくなる魔法みたいな食材があったんだ。ちょっと取って来るから他に欲しい物を探しておいて」

 

 そう言って3男は店の奥に歩いて行った。

 その間に店員さんに聞いたりしながら必要な物を選んでカゴに入れていく。

 フェルはエリママの店に行きたいらしい。後から合流することにして僕は店内を見て回る。


 洗濯バサミがあったので少し多めに買った。薬草を干すのにちょうどいい。それを入れるカゴと……。ちょうどいい大きさの鍋も欲しい。うちにあるのって大鍋ばかりなんだよね。

 まずいな、ちょっとあふれる購買意欲が止まらない。


 いつか家庭菜園をするための農具やバケツも買った。

 3男にプランターみたいな物がないか聞いたら、また爆笑された。


 フェルがいないから歯止めが効かないのかな?いっぱい買いすぎ?ニコニコしながら近づいて来た3男に素直に自分の気持ちを話す。


「もうあんまり考えすぎない方がいいよ。うちの商会はもう全面的にケイくんたちのことを応援するって決めちゃったからねー。ある程度は諦めてくれないと話が進まないんだ」


 諦めるとはどういうことなのか。そこを詳しく知りたいんだけど。


「ケイくんの契約のこと父から聞いて、素直に僕は良くやったって思ったよ。父はずっと苦い顔をしてたけどね。今は父がやられたらやり返せって感じになってるから、僕もそのあたり口を挟めないんだ。あ、醤油と味噌だけど、両方とも銀貨1枚で売ることにしたから。東の国の人たちにケイくんの料理の話をしたんだよ。そしたらみんながよだれを垂らしそうな顔をしてさー。すごく面白かったよ。船主の商人がねー、そんなにうちの国の調味料を美味しい料理にしてくれる人がいるならこれから安く僕に卸してやるって言い出してさー」


 何を話した?3男。あの時の照り焼きの話か?それとも炊き出しで作ってる唐揚げの話?

 

「定期的に仕入れの約束をして来たよ。銀貨1枚でも充分利益になっているから心配しないで。もっと需要が伸びたらもっと安く販売できるかも。あ、心配しないで、この売値はちゃんと父と相談して決めたものだから」


 3男は僕の言いたいことを見透かしたように笑う。


 会計は全部で銀貨15枚だった。さすがに抗議したけど、3男が僕からのお祝いだよって言ってそれ以上受け取ろうとしなかった。


「それでこれおみやげなんだけど、今領都で話題になってる物らしいんだ。これなんだけど使い方わかる?」


 3男が木箱のふたを開けて中身をみせる。

 その中にはびっくりするような物が入っていた。


 


 






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