第146話 筑前煮

 146 筑前煮


 次の日、少し早めに店に行った。

 フェルはギルドで、ゴブリン調査の依頼を受けるらしい。

 朝は2人一緒にいつもより早い時間に家を出た。


 ロイと分担して仕込みを淡々とこなして、昼用のスープを仕上げる。


 店のレシピ通りに作っておけば原価は抑えられるけど、でも……それだけでいいのかな?

 

 仕込みを進めながら考えたけど答えは出なかった。


 サラダを作る時も、つい原価のことを考えて、調味料などを選んでしまう。

 料理を作るのがこんなに難しいと思ったのは初めてだ。


 今日も師匠は問題ないとしか言わなかった。

 最近は料理を作るのが少し息苦しい。


 師匠が昼の営業の終わりに、今日から米を使って賄いを作れと言ってきた。


「俺たちは米を使った料理に慣れていない。それは醤油と味噌も同じだ。東の国の料理というものを賄いで作って出せ。原価などは気にしなくて構わん。だがあくまで賄いだからな。店の余った食材を生かして作れ」


 正直もっと早めに言って欲しかったけど仕方ない。

 でも考えてみれば、今あるもので作るのは、これまでフェルにご飯を作ってきたのとそんなに変わらない。


 食べさせる相手が大先輩、というか雇用主なだけで。


 時間はあまりかけないほうがいいだろうな。

 ロイが練習で炊いたお米を一口食べる。

 少しだけ芯が硬いかも。


 昼の残りのサラダを使って、レタスチャーハンにしてみよう。

 具材はさっきコンソメにしようと取り分けておいたスープの出汁がらを使う。

 味付けして煮込んで、チャーシューみたいになればいいな。


 出汁がらを少しお酒で伸ばして、砂糖を少し、そして醤油とみりんで味付けする。

 

 そぼろ?いや、これはチャーシューなのだ。そう自分に言い聞かせて、少しだけ唐辛子を足した。


 タマネギのみじん切りを先に炒めておいて、フライパンを一度さっと洗ったらチャーハンを作る。


 大きめのフライパンに溶いた卵を流し込み、取り分けた4人分のお米を入れる。

 少しフライパンに押し付けるように米を焼いたあと、フライパンを動かしながらお米を炒めていく。


 お酒を少し、塩と胡椒を入れて満遍なく味が行き渡るようにお米を炒める。

 さっきのタマネギと、出汁がらのチャーシューを入れて、フライパンを振り混ぜ合わせるようにしたらレタスを投入。

 香り付け程度にごま油を足したら醤油を大体大さじ1杯分、さっとかけまわしてフライパンを振る。


 おたまを使って皿に盛って、4人前のチャーハンが完成した。

 お昼の残りのスープをよそってみんなが待っているテーブルに持って行く。

 ロイが昼に出していた麦茶を4人分用意して待っていてくれた。


「ケイくん、これこの前僕が作ったのより、かなり美味しいじゃないっすか」


 ロイが一口食べてそう言った。


「レタスが良いわね。炒め具合がちょうどいいわ」


「賄いなので、できるだけ余ったものを使いました。炒飯ってけっこういろんな具材が使えるんです。保冷庫の残り物でよく作ったりします。今日はあまり仕込みの時間がなかったので、ちょっと強引だけどこうしてみました」


「炊く時に味をつけたスープで炊くことも出来るんじゃねーか?」


「東の国の料理ではないですが、どこかの国では魚介のスープでお米を炊く料理もあるみたいです」


 炒飯もたぶん東の国の料理ではないのだが。


「魚介のスープか、昔食べたが確かにあれは美味かった」


 師匠がそう言うとサンドラ姉さんが少し微笑んだ。


 来週はいろいろなお米に合う料理を賄いで作ることになった。

 そのために多少必要な食材を仕買って来てもいいそうだ。師匠から銀貨1枚もらった。


 夜の営業には黒狼の牙が来ていた。オイゲンが麻袋で薬草をどっさり置いて帰った。北の森では相当な範囲を調査しているみたい。来週もそれにかかりきりになるらしい。

 また持ってくるそうだ。


 仕事を終えて賄いを食べているとフェルがなんだか暗い顔をしている。

 フェルは今日少し仕事に遅れてきた。


「……実は今度の日曜日依頼を受けなくてはならなくなったのだ……。詳しいことはあとで話すが、その日は炊き出しを手伝えそうにない」


「気にしないで、カインとセラもいるからなんとかなるよ。最近あの子たちもしっかりして来たからね。大丈夫」


 それでもフェルは悔しそうな顔で賄いを食べていた。

 

 お風呂からあがって髪を乾かしながらフェルが今日あったことを教えてくれる。


 今日調査に行った地域でゴブリンの集落が発生している兆候が見られたのだそうだ。


 調査に行ったのは以前に遠征の時立ち寄った西の街の少し北側にある集落で、最近ゴブリンの被害が増えていたところだったそうだ。

 そんな遠くまでどうやって行ったか聞けば、乗り合い馬車で西の街の近くまで行って、そこから走って村まで行ったらしい。


 村の周辺を偵察中にボブゴブリンに二度遭遇。ゴブリンが少し統率されていたような感じが気になってギルドに報告したらどこかに集落が発生したのではないかと言われたらしい。その場で調査の案内を依頼されてしまったそうだ。


「赤い風の空いている日が日曜日しかなかったのだ。オイゲンは北の森に出ているし、南ギルドでこういった案件に対応できるスカウトは他にはリンしかいないそうなのだ。私は道案内と、周辺の状況の説明のために行かなくてはならなくなってしまった」


「仕方ないよ。そろそろ僕だって1人でも大丈夫だから、気にしないで依頼に集中して来て」


 日曜日の朝はけっこう早くて、セシル姉さんたちが近くまで馬車で迎えにきてくれるらしい。そのまま西門を出てその地域に向かうそうだ。

 帰りも少し遅くなるかもしれないみたいで、王都の門の時間外通行証、これは通称「黄札」と言うみたいなんだけど、この申請も今日やってきたらしい。

 そのせいで夜の営業に少し遅れたのだそうだ。


 炊き出しの日にフェルがいないのは正直寂しいけど、きっとこれからもこういう日はあるはずだ。フェルに依存し過ぎないためにも次の炊き出しはしっかりやろう。


 家に帰ると珍しくフェルが疲れたと言って先に寝室に行った。

 大丈夫かな?


 簡単に明日の朝ごはんの用意をしたら僕も寝室に行く。


 ベッドに入るとまだフェルは起きていた。フェルが頭を僕の方に寄せて来た。


「日曜日は狩りにもいくのであろう?1人で行かせることになってすまない。危ないことはするのではないぞ。何かあったらすぐポーションを飲むのだ」


「危険なことはしないよ。必要な分だけホーンラビットを狩って来るだけだから。ゴードンさんのところに行こうと思うんだ。西門から出れば近いからね」


 心配するフェルの手を握る。

 ほんとはぎゅっと抱きしめたいんだけど、これで精一杯だった。


 土曜日フェルと一緒に店に行く。

 フェルはいつもはギルドで訓練をしてから店にくるのだけど、今日は一緒に出勤したかったらしい。

 店の掃除を任せて仕込みを始めた。


 フェルの手でいつもより念入りに掃除された店内はいつもより明るい気がした。

 フェルと目があってにっこり笑う。

 少しは気分も晴れただろうか?


 そんなに僕のことを心配しなくても良いのに。


 サンドラ姉さんの指示で今日はハンバーグのタネを一単位多めに作った。一単位というのは大きめのボウル1杯分にあたる。


「たぶん今日はかなり忙しくなると思うわ。スープももう少し作った方がいいかもしれないわね」


 急いでスープも大鍋でもう1つ分作った。


 サンドラ姉さんが言った通り、昼の営業はかなり忙しく、フェル1人だけではホールの仕事が追いつかなかったくらいで、途中から僕も手伝ってとにかくお客さんを必死に捌いた。

 どうやら今日はミナミが臨時休業したらしい。普段はミナミで食事をとっていた人たちもこっちに流れてきたみたいだ。


「昼の売り上げとしてはまあまあね。この調子でいけば給料も少し上がるかもしれないわ」 


 サンドラ姉さんはそう言うが、追加で用意したスープも半分以上がなくなっている。おそらく250食は出たんじゃないだろうか。


 手早くオムライスを作って昼の残りのスープと一緒に出す。

 あの昼の混雑の中で手の込んだ賄いは作れなかった。

 フェルが嬉しそうにそのオムライスを食べている。


「これはすぐにでもお店で出せそうね。それくらい完成度が高いわ」


「ケチャップにけっこう贅沢に香草を使ってますからね。お米が安くなかったら店でなんて出せないかも」


「確かにそうね。卵は2個使っているの?」


「はい、このくらいにしないとふんわり巻けなくて」


「そうよね。店で出すなら銀貨7、8枚ってとこかしら」


 昼の休憩時間にギルドに行ってホーンラビット狩りをすることを伝えに行った。

 大体の狩り場の地域を報告すると、他の地域もそのうち狩ってほしいと言われる。

 そこには前に行ったあまり印象の良くない地域も含まれていた。


 ある程度満遍なく王都全域のホーンラビットを討伐していきたいのだそうだ。大きめの集落から計画が進んでいるので、小さめの集落のホーンラビットの数を減らしてくれたら助かるとギルドの職員さんに言われた。

 特別依頼としてギルドから発注してくれるそうだ。事前の手続きは必要なく、常設依頼と同じく狩ったホーンラビットを持ってくれば良いらしい。

 ただし毎回報告の義務がある。


 炊き出しの材料を買いに行ってくれたフェルと合流して店に戻る。

 

 夜の営業をこなして、帰りにお風呂にゆっくり浸かり疲れをとる。

 明日フェルを送り出したら僕もすぐ出ないと。


 家に帰って明日のお弁当の準備をして、朝ごはん用のおにぎりはもう夜のうちに作ってしまうことにした。


 炊き込みごはんを作って、朝にみんなが食べられるようにおにぎりを作る。


 ご飯が炊ける間に明日のお弁当のおかずの用意をした。

 なんとなく和食が良くって、ご飯が炊けるまでの間で筑前煮を作ってみた。


 こんにゃくとレンコンは王都でも見ないのだけど、タケノコと里芋は存在した。タケノコはこれから春に向けて旬なのだそうだ。この前市場で買ったタケノコは、重曹を少しだけ入れた水で煮ておいた。このやり方はタケノコを買った八百屋さんで教えてもらった。


 乾物屋で買った乾燥キノコをぬるま湯で戻す。ゴボウも水にさらしておいてアクを抜く。時間短縮したいからゴボウは少し薄めに切った。


 鶏モモ肉を一口大に切ってごま油でさっと炒める。

 炒めながらさっと砂糖を足して火を少し弱めた。


 残りの野菜を足して、油が馴染む程度に炒めたら取り分けておいたさっきのキノコの戻し汁で煮込む。

 はじめは砂糖だけで少し煮込んでからお酒と醤油を足す。この方が甘味がよく染みて美味しくなると僕は思っている。

 

 落とし蓋でしばらく煮込んで具材に火が通ったらみりんを入れて汁が3分の1くらいになるまで煮込む。


 炊き込みごはんが炊けたので手早くおにぎりを握って油紙に包んでいく。保温箱が良いのかな?でもなんか悪くなっちゃいそうだよね。


 たぶん冷めても美味しいんじゃないかなと思ってとりあえずそのままにしておいた。


 煮物もいい感じだ。

 

 明日には味が染みて食べごろなんじゃないかな。


 台所を片付けて寝室に行く。


 フェルはもう先に眠っていた。

 

 そっとベッドに入って、布団の中に顔を埋めるフェルの髪を優しく撫でてあげた。


 

 


 






 

 

   




 





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