第142話 買い物でーと
142 買い物でーと
フェルと一緒に南地区の市場に向かう。
「いろいろ買い込んでもいいかな?お金使い過ぎだって思ったら、フェル僕のこと止めてね」
初めてこんなにお金を使って、僕の金銭感覚はおかしなことになっていると思う。少し浮かれすぎだ。
ちゃんと歯止めを効かせなければ全財産使ってしまいそう。
「しかし、必要なことなのだろう?皆をもてなす料理を作りたいならば、たまには散財するのも悪くないと思うが」
「それでもやり過ぎは良くないよ。ちゃんと自分の身の丈にあったものにしなくちゃ」
フェルは少し考えてから僕に話す。
「ケイ。……私は……貴族の生まれだ。ケイと全く違う人生を歩いて来たのかもしれない。その……庶民的な感覚がケイとずれているのはわかっている」
フェルが真剣に何かを話そうとしているので足を止めてちゃんと話を聞く。
「受けた恩にどう報いるか、この場合どう恩返しするかだな。それは言葉にするより難しい……。そう難しいのだ……だがその恩を返したい気持ちはわかるのだ。ありがとうという言葉だけでは足りなくて、でもそれ以上どうしたら良いのかわからない。その時受けたその感謝の気持ちはどうやって相手に伝えれば良いのかわからないのだ」
フェルの目が少し潤んでいる。
どう返していいかよくわからない。黙って静かにフェルの次の言葉を待った。
「金なんてどうだっていい。むしろ大事なのはどうもてなすかということであろう?私の家は借金までして感謝祭など街の者たちに還元していた。所詮、金は金だ。だがその金を使ってその感謝の気持ちを表せるとしたなら多少贅沢に使っても私は構わないと思う」
フェルは俯いたまま話を続ける。悩みながらもたどたどしくフェルは言葉を繋ぐ。
「……私を信じて……欲しいのだ。ケイは2人のお金だから気をつかっているのだろう?私は富を蓄えることだけが幸せだとは思わない。だが清貧にこそ見つけられる幸せがある、そうも思わないのだ。金は使うべき時に使うべきだ。悪いことに使うのだとしたらそれは良くないが、違うであろう?皆が幸せになるためにケイは金を使うのだ。私はそれを止めるつもりはない。むしろ応援したい気持ちでいる……。2人のお金だからと気をつかっているが、私はそんなの気にしないぞ、金はその時必要なだけあればいいのだ」
そう言うフェルの目には涙が浮かんでいた。どうしよう。涙を拭いてあげたいけれど、どうしたらいいかわからない。
かける言葉が見つからないんだ。
フェルの気持ちにどう答えていいかがわからない。
しばらく無言で、市場に向かって歩き出す。
フェルの言いたいことはなんとなくわかった。どんなにお金を使ったとしても、貧しい暮らしをさせたとしても、それでも変わらずそばにいてくれるってことだ。それを信じて欲しいとフェルは言っている。
それに……僕が貴族とあまり関わり合いになりたくないことを気にしているんだろうか。さっきのフェルの話を聞いていたら、なんとなくそう思えた。
フェルの手を握って、少し小さめな声になってしまったけど。
「フェル。ありがとう」
そう言って、前を向く。その言葉で精一杯だった。
僕がそう言ったらフェルは繋いだ手にほんの少し力を込めた。
市場の入り口の辺りに「光風館」という看板が目に入る。
それは前にサンドラ姐さんから教えてもらったコーヒーの店だ。
「フェル。あそこのお店に寄ってもいいかな?サンドラ姉さんがいつもコーヒーを買ってる店なんだ」
カランとドアに仕込んだベルが鳴る。
あまり音を立てないようにそっとドアを閉めると優しくカランカランとまた音が鳴った。
その様子を店主が温かい笑顔で見つめている。
「あの。アレクサンドラさんからこの店のことを聞いて、コーヒーを少し買って帰りたいのですが……」
メガネをかけた少し渋みのある店主が笑う。
「アレクの紹介かい?珍しいね。あぁ、こないだアレクが話してた新人のかわいい子って君のことだろう。いろいろ教えて欲しいって言ってたよ。よく来てくれたね。私はエリヒコだ。コーヒー以外にもいろいろ扱っているんだ。良かったら買っていってくれ」
エリヒコさんに勧められるままコーヒーとお茶を買う。
好みの味を伝えたらパパっと豆をブレンドしてコーヒーを出してくれる。調子に乗っていろいろわがままを言ってみた。
それでもエリヒコさんは細かく調整して合わせてくれた。
200グラムだけ、エリヒコさんのコーヒーを買う。紅茶はフェルがいろいろ注文してくれた。オーダーしてる様子を見てても正直よくわからなかった。
エリヒコさんはフェルのオーダーを聞いて店で紅茶の葉をブレンドしてくれた。
コーヒーを淹れる器具と、かわいいヤカンが置いていたのでそれも買った。
そのあとはいつもの店を周り、米や調味料、乾物屋では乾燥したキノコやドライトマトを多めに買った。
塩鮭と海苔も思い切って多めに買う。
肉屋に最後に寄ってオーク肉と炊き出しに使うホーンラビットの肉を仕入れる。
腸詰とベーコンも1週間分買う。
鶏肉も少し買った。
やっぱりここのお肉屋の腸詰とベーコンが一番美味しい気がする。
そのあとは時間の許す限り市場を見て回る。おにぎりを包む油紙や、フェルがナッツが食べたいと言ったのでそれも買った。
高価だからと諦めていた蜂蜜も買った。高いのでそこまで量は買えなかったけど、手のひらサイズの小さな瓶を2つ購入した。
果物屋でフルーツも買う。果実水にするから多少傷ついてても構わないことを店の人に言ったら、奥から運搬中に傷がついてしまったものや、房から身が取れてしまった葡萄などを出して来てくれた。
店の人は喜んで値引きしてくれた。
全部で銀貨6枚くらい使ってしまった。
次の炊き出しではちゃんと自分で狩りに行こう。
炊き出しのことで家計に迷惑をかけないって決めたんだから。
炊き出しの会場に移動して準備を始める。フェルの機嫌も戻ったみたいだ。
コンロを準備していたらカインとセラが来る。使う野菜の皮を剥いてもらって、僕はお米を炊く準備をする。
フェルはスープを濾してくれている。
しばらくしたら冒険者たちとリンさんとリックさんが来た。
今日の炊き出しのメニューは豚汁とおにぎり、そして唐揚げだ。
唐揚げの準備はリンさんたちに任せて、カインとセラの様子を見ながらおにぎりをフェルと握っていく。
手の空いたカインとセラがおにぎりを作ってくれている中、僕はその横でクッキーを作る。買ったばかりの蜂蜜を少しだけ入れた。
クッキーはバターを塗ったダッチオーブンもどきに入れて、冒険者が起こしてくれた焚き火にくべる。ときどき鍋の位置を変えればこれで行ける気がする。
冒険者たちが列を整理してくれて炊き出しが始まる。
風邪をひいて寝込んでいる人がいたらしくて、冒険者の1人がギルドに風邪薬を買いに走った。簡単な薬や解毒薬は冒険者ギルドの売店で買える。医者を呼ぶようなひどい状態ではなかったみたいだ。
麦茶を水筒に入れて準備しておいた。
炊き出しが終わって、カインとセラに銅貨10枚ずつ、そして作ったクッキーを油紙で包んで渡す。
半分は生活のために使って、もう半分は自分のために使うことを優しく伝えた。
2人とも子供らしい笑顔で喜んでくれた。
お風呂に入りに行く前にゼランドさんの商会に行って水筒を買う。風邪をひいたスラムの人に手持ちの水筒全部に麦茶を入れて持っていってもらったからだ。フェルも僕もこだわりが無かったので一番安い物を10個買った。またこんなことがあるかも知れない。
作り置きの麦茶を作って保冷庫に入れておくのもいいかも知れないな。
ゆっくりとお風呂に入って、洗濯をしながらフェルの髪を乾かしてあげる。
「今日は楽しかった。久しぶりにのんびりと買い物をした気がするな」
フェルが気持ちよさそうに髪を乾かされている姿が、なんだか小動物みたいだった。かわいいな。
「これがエリママが言っていた、買い物でーと、と言うやつであろう」
そう言ってフェルが笑う。
また少しフェルのことが好きになった。
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