第141話 絨毯

 141 絨毯


 風呂あがり、フェルの髪を乾かしながら欲しいものなど2人で話し合っていく。


「靴を入れる棚なども必要ではないか?」


 部屋の中は土足禁止にしようと思っていた。


「フェルの装備を置く棚とかもだね。良いのかなライツにそこまで頼んじゃって」


「急ぎではないと言っておけば大丈夫であろう。逆にライツに頼まねば拗ねると思うぞ。寝室に引く絨毯もあると良いな。高いのだろうか」


「この際金貨1枚使っちゃうつもりでいろいろ揃えよう。使い道も特に無いからね。そのうちフェルの鎧に魔法付与するくらいかな」


「ケイの革鎧はどうするのだ?」


「なんか最近少し背が伸びた気がするんだ。王都に来て栄養のあるものを食べられるようになったせいかな?まだ少しのびると思うんだよね。もう少し様子を見てから新調するよ」


 僕の身長は村を出る時、フェルの頭ひとつ分低かったけど、今は頭半分くらいまで追いついていた。


「確かに少しケイは背が伸びたな。肩幅も広くなったのではないか?」


「自分じゃよくわからないんだよ。あー鏡も買おうか。姿見とか欲しいでしょう?」


「そこまで値段の張るものはいらないぞ。そんなに大きくなくて良い」


 明日は炊き出しの日だ。

 午前中にゼランドさんの店で買い物をすることにした。

 

 次の日の朝、目が覚めて、フェルのことを起こさないようにそーっと……。


 無理だった。

 

 がっしり掴まれてビックリするくらいすごい力で引き寄せられた。


 まぁ良いか。今日は休みの日だし。

 フェルの頭の下に腕を入れて、もうすこし眠ることにした。


 目覚まし時計を買おう。

 

 何かのせいにしないと、この誘惑を断ち切って起きられそうにない。


 フェルが起きたので着替えて朝食を作る。作りながら炊き出し用の鍋の出汁をとった。

 家を借りることができるようになったのだから前の日に作りおいても良いのか。

 できることがまた少し増えて来た。


 フェルが少しおしゃれをしていたのでゼランド商会には乗り合い馬車で行くことにした。マジックバッグに必要なものを入れて家を出る。


 外は肌寒かったけれど、天気が良くて気持ちがいい。

 

 停留所で馬車を待つ。

 

 不意に風が吹き、馬車を待っているフェルの髪を揺らした。その髪を手で押さえて、フェルが僕を見て微笑む。フェルの細い髪が金色にキラキラと輝く。


「なんだか楽しいな。ケイ」


 うん。楽しい。


 ゼランド商会には3男はいなかった。魔道具を選んで欲しかったのだけど、まだ領都の仕入れから戻って来てないらしい。

 来週には戻ってくるみたいだ。


 カゴを持って店内をゆっくり見ていく。


 大皿を10枚、小さめの皿を30枚、スープを入れられるようなお椀やお茶碗など、出来るだけ値段が安いものを選んで行く。すぐにカゴがいっぱいになって、店員さんに預けた。

 

 カトラリーは一番安いものにした。なにしろどれだけの人数が来るのかわからない。とにかくあるだけ買い占めた。足りない食器は店で貸してもらおうかな。


 魔道具は3男がいる時に買うことにしていたけど、とにかく目覚まし時計だけは先に欲しかった。遅刻したら大変だ。

 

 店員さんに聞いて、ベルがついた懐かしいデザインのものを買った。


 コップは炊き出しでいつも使ってるものがあるので買わなくても大丈夫じゃないかと思っている。


 魔道オーブンなども見たけど、機能的なところがいまいちよくわからない。やっぱり3男がいる時にしよう。


 フェルと2人で鏡を選ぶ。いろいろ悩んだけど顔と肩が少し映るくらいの大きさで、縁の模様がかわいいデザインのものにした。

 大きな姿見は売っていなかった。選んだ鏡の値段から考えると全身映るような鏡はきっととんでもない値段がするんだろう。


 他に家具のコーナーでかわいい小さなテーブルを買った。

 フェルが寝室に置きたいのだそうだ。

 丸椅子が1脚、セットで着いていた。

 

 落ち着いた味のある色合いのテーブルだった。フェルが実家にいた時にあった物に似ているらしい。

 これも買うことにする。


 会計をして貰おうとしたら、普段店には出てこないはずのドナルドさんが会計をしてくれる。


「今日は父も3男もいなくてね。申し訳ない。父から言われてるからね。値段は勉強させていただくよ」


「あの、僕たちゼランドさんの商会にはお世話になりすぎているから、今日はきちんとお金を使うつもりで来たんです。金貨1枚までは使えますから普段通りの値段で構いません」


 ダニエルさんがそれを聞いて苦笑する。


「そこまで高くは無いよ。だけど父からよろしく頼むと言われてしまっているからね。まぁ任せてごらんなさい。悪いようにはしないから」


 ドナルドさんはそう言って会計を進めていく。計算機があるんだ。それ欲しいかも、いくらかな。


「食器はたくさん買ってくれているからね。普段より1割引いてあげよう。冒険者割引と合わせて4割引でいいよ。鏡はちょっと難しいかな。これは通常の値段で構わないかな?その代わりこの食器を入れる箱があった方がいいだろう?仕入れに使ってる箱をいくつかあげるよ」


 僕はドナルドさんに言われるまま、ただただ頷く。


「テーブルは……。これ確か展示品だね。けっこう日に焼けちゃっているんだけど、これで構わない?在庫はあるから綺麗なものを出してあげれるんだけど」


 フェルは少し古ぼけたこの感じが良いと言っていた。そのまま展示品で良いことを伝えた。


「じゃあこれは少し割り引いてあげるね。これ確かライツの工房の製品だよ。気に入ったって言ってあげれば喜ぶんじゃないかな」


 テーブルは半額になってしまった。


 ん?今って全体でどのくらい値引きされてる?

 よくわからなくなって来た。


 「全部で銀貨20枚と銅貨30枚だね。父から言われてるから端数はおまけしてあげるよ。銀貨20枚」


「ドナルドさんが使ってる計算機ってありませんか?便利そうだから使ってみたいんですけど」


 そう言うとドナルドさんが少し考え始める。


「これは売り物では無いんだよ。注文を受けてガンツに発注するんだが……。ちょっと待っててくれないか?すぐ戻るから」


 そう言ってドナルドさんが店の奥に向かう。しばらくしてドナルドさんが同じ計算機を持って来た。


「これは私が昔使っていたものでね。この間、新しいものに換えたから良かったらこれをあげるよ。中古で悪いんだが、これは私からの引っ越し祝いということで。受け取ってくれないか?」


 そう言ってドナルドさんは電卓を渡してくるけれど、中古品には見えなかった。

 きっと受け取りやすいように気を使ってくれているんだろう。

 ありがたく受け取ることにした。


「向かいの店にも寄ってくれないか?まだ母がいるはずなんだ。2人のためにいろいろ選んであげたいってずっと言っているからね。私の顔を立てると思って寄ってみてほしい。そっちでは、母の言う値段で納得してくれたら助かるよ。ほら、わかるだろ?」


 そう言ってドナルドさんがバツが悪そうに微笑む。


 ドナルドさんにお礼を言って商品をマジックバッグにしまい店を出た。


 結果、銀貨20枚も使ってしまったけど、実はかなり値引きしてもらってしまったんじゃ無いだろうか?一流の商人って怖い。

 いつの間にか誘導されていた。


 店でエリママを呼び出してもらう。満面の笑みを浮かべてエリママはやって来た。


「いらっしゃい。来てくれて嬉しいわ。今日は何が必要かしら?生活用品?なら2階からみていこうかしら」


 いつものエリママのペースで買い物は進む。

 エリママに欲しいものを伝えてフェルとスリッパを選ぶ。来客用はいくつくらいあればいいんだろう。テーブルが6人掛けだから6つあればいいかな。


「あら?スリッパ?使わなくても良いから多めに買っておきなさい。そこの下にあるのが良いと思うわよ」


 比較的安いそのスリッパを多めに買う。さすがに20人も家に入りきらないだろう。15足にしておいた。


 ずっと静かにスリッパを吟味していたフェルが2足のおそろいのスリッパを持ってくる。


「これ……なんだがどうだろうか?」


 おずおずとした表情でフェルが差し出したスリッパは淡いブルーと少し鈍い薄い色のグリーンで、とても素敵な色合いの物だった。


 エリママがタオル地のような生地の敷物をいくつか持ってきてくれた。


「お台所に敷けるようなものだとこう言うものになるのだけれど……あなたたちもしかして家では靴を履かないつもり?」


「じいちゃんの故郷ではそうだったみたいで、村に住んでた時は、生活する場所では靴を脱いで過ごしていたんです。その方が慣れているって言うか……」


「やっぱりそういう文化ってあるのね……。そういうことであればちょっとこれは私に預からせてくれない?ちょっとあまりかわいいものがないの。必ず満足のいくものを用意するから待ってて」


 エリママはそう言って持って来た敷物を元の場所に戻しに行った。


「あとは絨毯だったわよね。絨毯は専門の職人が時間をかけて1枚1枚作るからけっこう高いわよ。でもそんなに大きくなくて良いのよね。それなら少しみてもらいたいのがあるの」

 

 エリママに釣られて4階の倉庫に行く。

 お店の在庫だろうか。麻袋の埃よけをかけた洋服がずらっと掛けられている。


 その中の一角にお店の人が絨毯を何枚か出してくれていた。大きさは3畳くらいだろうか。


「本来はこの大きさの絨毯はお茶会とかでテーブルの下に轢いて少し華やかにしたりする時に使うの。でも持って来たのは貴族向けじゃなくて一般の平民向けのものよ」

 

 そう言って見せてくれたのは柄のないシンプルな淡い色の物ばかりだった。


「家の中は靴を履いてても寝室では靴を脱いで過ごす人たちもいるようなのよ。これはまだ試作品だけど気にいるのがあれば安くしてあげるわ。その代わりあなたたちの家を絵に描かせて欲しいの。お客様に勧める時にお店のサンプルとして使いたいのよ」


 悪くないと思った。エリママの役に立てるなら構わない。フェルと顔を見合わせて頷き合った。


 そのあとフェルが色を選び、寝室に敷くのは3畳ぐらいの大きさの淡いピンクの絨毯。リビングのテーブルの下に敷くものは少し大きめのベージュっぽい色にした。

 フェルが楽しそうにしていて、僕も嬉しくなった。


 会計は銀貨3枚だった。配達までしてくれて、その時に実際の部屋の様子を絵に描いて帰るそうだ。エリママも遊びに行くと行っていた。お茶くらいいいのを用意しておこうかな。


 次は市場に行く。保冷庫もあるし、いろいろ買い込むつもりだ。


  


 

 







 








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