第140話 原価の計算

140 原価の計算


 一夜明けて、今日は朝市に寄ったらロイの実家のパン屋に行く。


 僕もフェルも楽しみにしていた。

 お米に飽きたというわけではない。

 この前ロイにもらったパンがとても美味しかったからだ。


 店に近づくにつれてパンの焼けるいい匂いがする。

 時間は7時半にもなっていない。

 たぶん開店して間もないのだろうけど店にはすでに大勢のお客さんがいた。

 近所の主婦に冒険者、朝市で多く見かけるようなお屋敷の勤め人もいる。


 一番人気だというロイが作ったと思われる惣菜パンと、バゲットを1本。フェルがアップルパイを買った。


 忙しそうだから目があったロイに手を振って家に帰った。

 

 あとでロイには「家族に紹介したかったのになんですぐ帰っちゃうんすか」と怒られてしまった。なので次の木曜日の休みの日にはゆっくりロイのパン屋に買い物に行く約束をした。


 だいぶ完成に近づいて来たコンソメの素を使って手早くスープを作ったら、王宮のオムレツを作る。

 スープには野菜をたくさん入れたから朝ごはんはこれだけだ。


 朝から美味しいパンが食べられて大満足だ。アップルパイを少しフェルにもらったけど今まで食べたどんなアップルパイより美味しかった。


 ギルドに向かうフェルと途中で別れて店に向かう。今日は師匠がいないので少し早めに来た。

 まただいぶ仕込みの量が増えていた。僕が仕事を始めた時よりだいたい1.5倍になってるんじゃないだろうか。夜帰る時もまだけっこうお客さんは居て、師匠もサンドラさんも少し疲れ気味だ。


 昨日は店内の掃除をきちんとやって帰れなかったから、スープの出汁の準備をしたらいつもより念入りに掃除する。


 ロイが来て今朝のことを怒られた。

 忙しそうだから話かけられなかったと謝る。


 そして黙々と仕込みを終わらせる。

 この時間も実はけっこう気に入っている。不思議と懐かしい気がするんだ。

 前世の僕もこの時間が好きだったのではないだろうか。


 スープは久しぶりの中華風の鶏がらスープを作る。鶏ガラはサンドラ姉さんがやっていたように、少しお酒と塩で揉み込んだら湯引きして汚れを落としておく。


 コーヒーを飲みながらサンドラ姉さんに調味料の原価の計算のやり方を聞く。

 

 王都お店にはだいたい大、中、小の樽があって、大きさが不揃いの瓶があり、普段買う調味料などはそういった容器に入って売られている。

 保存瓶の大きさは同じ店で購入すれば揃えられるけど、樽や瓶のそれぞれの容量がよくわからない。


 大さじと小さじの大体の量はわかるけど、樽や瓶に入った物の容量を測る方法がわからなかった。

 店によって基準がまちまちなのだ。


「そんなにきっちりやる必要はないのよ。だいたいわかっていればいいわ。たとえば商人は仕入れの時に、はかりを使って重さで取引したりするけれど、あたしたちはそこまではしないわ。それも含めて目を養うってことが必要なの。たとえばケイがいつも使ってる保存瓶があるでしょう?それを基準で考えて、保存瓶何個にこの調味料は分けられるか、自分の中に基準を作るのよ」


 サンドラ姉さんはそこまで言ってコーヒーを一口飲む。


「そうしたら、その保存瓶の中身が普段使ってる匙で何杯分なのか分かれば大体の値段は出せるでしょう。基準は人それぞれね。大まかに分かれば細かいことはどうでもいいわ」


 そしてサンドラ姉さんは一呼吸おいて真面目な表情になる。


「王都ではもうあまり見ないけど、場所によっては混ぜ物を入れて売る商人もいるの。それに騙されないことも大事だけれど、もしそれを使わないと料理が作れないとしたらどうする?その場合混ぜ物を除いた本当の原価を出す必要があるわ。料理を単純に作れたらいいってわけではないの。それを商売にするにはきちんと利益を出さなくてはいけないわ」


 原価の計算は重要だとはわかっていたつもりだけど、改めてきちんとやるとその作業は難しいと思った。師匠が僕に言わんとしていることが少しわかって来た。

 

 そのあとサンドラ姉さんは店で使う調味料の大体の目安の値段を教えてくれた。


「クライブには内緒よ。今度市場に行って自分でも計算してみなさい」


 鶏がらスープを仕上げて、最後に大さじ2杯、醤油を入れる。

 うん。やっぱり醤油を入れると味が引き締まる。


 サンドラ姉さんに味を見てもらう。


「醤油を入れたの?味は良いわ。このまま出して良いけど、ちゃんと原価は計算するのよ。一度醤油と、あなたが使っている味噌の原価をしっかり出すと良いわ」


 醤油と味噌が高いのは知っている。でも普段はざっくりとしか考えていなかった。

 お米の原価がかなり安いので、それと相殺して使っているつもりだったからあまり深く考えてこなかったのだ。

 大さじ2杯で一体いくらなんだろう。

 休みの日に計算してみよう。


 フェルが出勤して来て開店の準備をする。暖かい麦茶を用意して、外に並ぶお客さんを出迎えた。

 もう常連になりつつある見知った冒険者たちがゾロゾロと店に入ってくる。

 テーブルに着いたお客さんたちに暖かい麦茶を出した。

 

 今日も忙しそうだ。


 フェルに頼んで見知った冒険者たちにポーションを1本ずつ渡してもらう。

 不思議なことに一度もらったことがある人たちは2本目を受け取ろうとしなかった。


「俺はもう持ってるからまだもらってない別の奴に渡してくれ」


 そう言って、みんな受け取ったポーションを使ってしまうまでは新しい物は受け取ろうとしなかった。


 土曜日はとにかく忙しい。表に並んでるお客さんも普段より多い。

 師匠が休みだから厨房はますます混乱している。


 表に並んでる客の人数を聞かれて、お茶を配りつつ数を数える。30人お客さんは並んでいた。


「仕方ないわね。昼の営業を30分伸ばすわよ。ケイ。あんたまかない作りなさい。お米を使った料理ね。原価とか気にしなくて良いから手早く食べられるものをお願い」


 お米はもう水につけてあったのでそれを使ってご飯を炊く。


 炊けるまでの時間ひたすら動き回って働く。

 エプロン姿のフェルを鑑賞する余裕さえなかった。


 いつもより30分長くした昼の営業が終わると、みんなぐったりとしていた。フェルも少しくたびれたようだ。

 冷やしておいた麦茶をみんなに配る。


 原価は気にするなと言われたので親子丼を作ることにする。鶏肉を少しもらって、出汁の代わりに今日の鶏がらスープを少し薄めて使う。


 タマネギにしっかり味が染み込んだらひとつずつ丁寧に、できるだけタマゴがふんわり仕上がるように作った。

 お好みでかけれるように唐辛子の粉も用意して、簡単に作った味噌汁と一緒に出す。


「これ……美味しいじゃない。これも東の国の料理なの?」


 驚くサンドラ姉さんの横で、スプーンでロイは親子丼をかき込んでいる。

 フェルは大人しく食べているけど、目が合うと微笑んでくれた。


「親子丼って言います。少し残酷ですけど、親の鶏肉と子供であるタマゴを使った料理です。東の国ではお米の上にこうやって具材を乗せて食べる料理のことをどんぶりって呼ぶんです。これは親子をどんぶりに乗せて食べるから親子丼ですね。他にもいろんなどんぶりがあるんですよ」


「食べやすいし良いじゃない。醤油が高いから原価はその分かかってしまうけど、お米を使う前提で作るならギリギリ許容範囲ね」


「原価の話は今勉強中ですから今後工夫していきますけど、この料理を出すとしたら、マルコさんのピザ屋みたいに安く調味料が手に入るところで店を開くしかないかもしれませんね。味付けがほとんど完成されてしまってるんですよ」


「そうね。あら、ケイ。マルコを知っているの?」


「はい。前に遠征に行った時にピザソースの作り方を教えてもらいました」


「あなたもけっこう顔が広いのね。マルコのトマトソースはこの店のトマトソースの原型よ。そこから原価を抑えるように工夫して作ってあるの。そのうち作り方を教えるわ。焦らず頑張りなさい」


 そう言ってサンドラ姉さんは、男らしくどんぶり飯をかき込み始めた。

 食べる姿がいつもと少し様子が違ったけど、美味しそうに食べているので良いことにする。


 そのあとみんなで仕込みを急いで終わらせて、夜の営業を必死にこなした。


 今日の蒸留酒の売り上げは過去最高のものになったそうだ。

 ビールと比べて蒸留酒の方がかなり原価は安い。

 帳簿をつけるサンドラ姉さんが少し悪い顔になっていた。


 

 

 

 




 











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る