第139話 お酌

 139 お酌


 金曜日はメアリーさんがいない。

 僕がホールを担当する。


 何故か金曜日と土曜日は冒険者の姿が多い。そしていつもより少し忙しい。


 店が忙しいのは嫌いじゃない。むしろ今は楽しくて仕方がない。


 村にいた頃、食堂には活気がなかった。みんなくたびれた様子で出されたスープとパンを食べ、また農作業に戻っていく。


 美味しい料理を作って元気になってもらおうと頑張った時期もあった。

 

 山で採れた素材を工夫して、時間をかけて美味しいスープを作った。

 みんなが少し笑顔になって、食堂の雰囲気が明るくなってきたと思ったら、村長の息子に妨害されてしまう。

 

 珍しく食堂に食べにきた村長の息子は、僕とじいちゃんの目を盗んでスープの鍋に毒を入れた。

 

 摂取すると吐き気を催す薬で、分量をしっかり管理すれば病気の治療にも使えるその薬を、行商人から手に入れて鍋に入れたのだ。


 スープの香りが何か変だなと思った時にはもう遅かった。

 お客さんが次々と嘔吐する。

 スープを舐めてみてすぐに気がついた。やられた。あいつがきた時に変だと思うべきだった。


 調子を崩した村人に下級ポーションを飲ませてなんとか落ち着かせて、店の片付けをする。


「あいつの作ったスープを飲んだらみんなが、吐き気がするって言い出したんだ。あいつの料理のせいだ」


 村長の息子は大声でそうずっと繰り返していた。


 ひとりひとりの家に行って謝罪してまわり、なんとかこの件は落ち着いたのだけど、その日から僕は店で料理を出すのをやめた。もうお客さんに迷惑をかけたくなかった。


 後日、村に来た行商人に、スープに混ぜられたその薬を村長の息子に売ったことを聞いて、村長にその話を証言してもらったけど、全く取り合ってもらえなかった。


 この一件で、僕は成人したら村を出ることに決め、今まで料理を作っていた時間を、山での薬草採取や売り物になる木の実などを採取する時間に費やした。

 とにかく村を出る資金を貯めるために頑張った。


 皮肉だけど、こんなことがあったからフェルのことを森で見つけられたとも言えるのかもしれない。

 

 だけど料理に毒を入れるなんて。

 そんなの許せないよ。


 王都に来て小熊亭で働けて本当に良かったと思う。忙しいけど活気があって、みんな笑顔で料理を食べてくれる。


「ウサギ。ハンバーグ3つだ。オレのはオニオンソースにしてくれ」


「俺はオークステーキにする。パンは追加できるんだっけ?」


 黒狼のメンバーが今日は食べに来てくれている。リーダーのルドルフ、盾職のブルーノ、剣士のドミニク、スカウトのオイゲンだ。

 こないだオイゲンが来た時、さん付けはもうやめろと言われてしまった。4人とも大先輩なのだけど、対等に僕を扱ってくれる。


「パンは銅貨2枚で追加できるよ。どうする?」


 オイゲン以外はみんなパンを追加した。


「帰りに渡すものがあるんだ。帰る時には声をかけてくれる?」


 そう言って、厨房にオーダーを通し、出来上がった料理をテーブルに運ぶ。


「ケイ、外はまだ並んでるか?今何人だ」


「ちょっと数えてきます」


 お茶の入ったヤカンを持って外に並んでる人のところに行く。

 暖かいお茶を渡しながら人数を数えていくと15人。まだまだいっぱい並んでいる。


 師匠に人数を伝えると、5人分だけ注文を取ってこいと言われる。


 料理を運びながら外に並ぶ人から注文を取った。


 店の回転がさらに良くなり、今日も大忙しだ。


 帰ろうとする黒狼の牙に中級ポーションを渡す。1人2本、合計で8本、遠慮する4人に無理やり受け取らせた。


「この数、店で買うとまあまあの金額するぜ。お前のポーションってけっこう質がいいからな」


「遠慮しないで怪我したらすぐ使ってね。なくなったらまた作ればいいんだから。その代わりフェルのことよろしく。また一緒に依頼を受けてあげて」


 黒狼のみんなはそんなことなら任せろと、そう言って帰って行った。今、黒狼の人たちは北の森のオークの生態調査に出ているらしい。かなり広い範囲を調査しているらしくて、薬草なら山ほど生えてるからまた持ってくると言われた。お手柔らかにお願いしますと伝えておいた。


 そのあと顔見知りの冒険者たちにも、1本ずつポーションを渡す。これで半分以上は無くなったかな。みんな喜んで受け取って帰った。


 フェルとライツが来たので、注文を取りに行くと、師匠がせっかくだから賄いを食べていけと言う。2人くらい増えても手間は変わらんと、師匠がランチメニューをロイが炊いたご飯と一緒に出してくれた。

 今、店では米を炊く練習が始まっている。賄いには最近炊いたお米が出るようになっていた。


「ロイ。うまく炊けてるよ。これならお店で出しても大丈夫」


「なんか複雑っすね。お米は美味しいけど、これじゃパンが出なくなってしまうっす」


「そこまでお米が出るわけじゃないから大丈夫だよ。ロイの家のパンは美味しいから。確か早朝からもやってるんだよね。朝市の場所から近いから今度買いに行くね」


「母ちゃん喜ぶっす。ぜひ買いに来て欲しいっす」


「ライツ。この箸だが、量産して店に卸してくれねーか?慣れればこれを使いたいと言うやつも出てくるだろう」


 丸い形に削るのはけっこう楽なんだそうだ。ライツが今度持ってくると言っていた。


 賄いを食べてライツと家具の相談をする。食器棚の大体の大きさと、どこに置きたいか伝える。

 狭い6畳くらいの部屋は1つは食糧庫のように使いたいから棚を作ってもらう。

 市場が遠くなったから炊き出しに使う材料はある程度買いだめしておきたいのだ。


 フェルは寝室に置ける棚を作って欲しいと言っていた。


 それから折りたたみできる長机を4つ注文した。畳んで納屋にしまっておける大きさでお願いした。パーティではこれを使おう。


 食器棚は少し時間がかかるそうだが、簡単な棚はすぐできるらしい。

 出来たら持っていくと言ってくれた。

 ライツの工房は歩いて5、6分のところにある。木曜日に持って来るついでに、お弟子さんたちとご飯を食べに来てもらうことにした。


 夜の営業にはフェルがいるのでそこまで大変ではない。アレクサンドラ姉さんが目を光らせてるからなのが、それともセシル姉さんがキツくみんなを躾けているからなのか、理由はよくわからないけど、小熊亭でフェルが荒くれ者の冒険者に絡まれたりすることはない。

 むしろ行儀良くフェルの給仕を受けている。

 

 最近水割りのおかわりが人気だ。

 

 サンドラ姉さんが先週、悪ノリして思いついたのだ。

 

 おかわりの注文が入ると蒸留酒と氷を入れたコップと水差しを持ってフェルがテーブルに行き、そしてその場で好みの量の水を伝えてフェルに入れてもらうのだ。

 

 擬似的にフェルにお酌をしてもらっているよう感じられるこのサービスは、お客さんの水割りの濃さの注文が細か過ぎることから生み出された。

 

 手の空いた僕がやると少し嫌な顔をされる。

 

 師匠も少し嫌な顔をしていたけど、その日の水割りの売り上げを見て黙認することにしたみたいだ。

 

 そしてフェルの時給アップが決定した。


 夜の営業も無事終わり、ロイが作った炒飯を食べる。作り方は簡単なのでロイはすぐに覚えて作ってくれた。

 なかなかうまく出来ている。


 賄いを食べて、フェルは厨房の片付け。僕は在庫の確認と、今日作ったレシピに原価を書いていく。今まで作ったものは次の休みの日にでもまとめて書こうと思っている。


 お風呂に入って家に帰ったら部屋の中が明るい。フェルがカーテンをつけてくれたのだ。柄は入っていないけど、上品な色で、リビングと寝室は一緒の布を使っていたけど、小さめの2つの部屋は青系の色のカーテンがかかっていた。


 フェルにすごいよと伝えると、照れながら、普通に縫うのは得意なのだと言う。

 裁断はやってもらったけど、縫ったのは全部フェルがやったのだそうだ。


 フェルの入れてくれた紅茶を飲みながらノートの整理をする。

 こうしておかないと、今日失敗したこととかをすぐ忘れてしまう。

 そんなにうまくはいかないけど、できるだけ同じような失敗はしたくはない。


 明日は土曜日だからフェルも昼の営業に参加する。店に来る前にギルドに寄って、ゼランドさんの商会で買い物もしてくるそうだ。

 ギルドから金貨1枚分お金をおろして来てもらうことにした。


「暖房の魔道具ももう一つ買わねばいけないな」


 寝室に暖房の魔道具を運びながらフェルがそう言った。






 

 

 





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