第138話 いってらっしゃい
138 いってらっしゃい
2人で家を出てスラムに向かう。
テントやテーブルなどを回収して顔役のところに向かった。
顔役のおじいさんに住む場所が決まったことを話すととても喜んでくれた。
炊き出しは変わらず続けるつもりだと話すと、おじいさんは笑顔で頷いた。
市場で買い物をして、ゼランド商会を覗く。いろいろと買わなくてはいけないものもあるけど、何から買えばいいかよくわからなかった。
とりあえず家具だろうか?食器棚は必要だよね。流し台のところには収納が取り付けてあったけど、鍋とかを入れたらすぐにいっぱいになりそうだ。
「ライツが家具が欲しいならなんでも相談しろと言っていたぞ。ゼランド氏のところで買ってしまっては角が立つかもしれん」
「いいのかな……今ってライツのところも忙しいんじゃない?南門のあたり、今建物ができ始めてるよね。あれやってるのってライツたちでしょう?」
「納期に関しては私もわからないが、ライツはガンツが羨ましいとずっとこぼしていた。ガンツの魔道具は確かにケイには便利で必要なものが多いからな」
「それじゃライツのところにお願いするしかないね。お金もあるし、いろいろお願いしてみよう」
「フェル。来客用の食器を多めに買ってもいいかな?新居のお披露目会を開いてお世話になった人たちを呼ぼう。庭って言っていいのかわからないけど、小屋の周りの敷地を使って立食パーティーなんてどうかな?」
「良いではないか。前から言っていた皆へのお返し、という奴だろう。黒狼と赤い風は必ず呼んで欲しい。このところずいぶん世話になってしまった」
招待状を書こう。ゼランドさんの商会で便箋と封筒を多めに買う。
こないだ買った分はじいちゃんに手紙を書いたらだいぶ使ってしまっていた。
食器は食器棚に目処がついたら買いにこようと思う。
フェルがテーブルクロスを作りたいと言って布も大量に買った。シンプルな柄だったので何かに使えるだろうと、フェルは少し遠慮していたが多めに買う。
机とか椅子はどうしようか。立食にしてもテーブルはあった方がいい。まとめてライツに相談かな。もうこうなったらとことん甘えさせてもらおう。簡単な物でいいから用意して貰えばいい。僕も作業を手伝っても良いと思っているし。
帰りにお風呂に寄って、フェルと2人で新しい家に帰る。
まだ慣れない見知らぬ道を2人で楽しく歩いた。
フェルは食事会で出す料理のことをとにかく知りたがった。僕は知識にある料理のことをできるだけ美味しそうにフェルに伝える。
その料理のことを口にするたび、フェルは嬉しそうな顔をする。
僕も楽しい。こんな幸せで良いのかなってくらい。帰り道は楽しかった。
パジャマに着替えてベッドに入って、これから新居に必要な物をフェルと話し合いながら書いていく。
フェルはこの際だから店にあるような魔道オーブンを買えという。予想に反して安く家を借りられたのだからその分設備にお金をかければ良いと言ってくれた。
魔道オーブン、食器棚、寝室に置ける棚。シャワーの魔道具。
洗濯機はこれまで通り公衆浴場の物を使うことにした。
大きな物はこれくらいかな。
残りは明日また話すことにする。
あかりを消してベッドに入る。
なんだか変に緊張してしまう。
フェルが僕の右手を握る。
「贅沢はしなくて良い。私はケイと一緒ならばそれで良いのだ」
そう言うフェルは石鹸のいい匂いがした。
次の日。着替えを持って別の部屋に行こうとしたらフェルに止められる。
「洋服箪笥があるのだからここで着替えれば良い」
そうフェルが言う。
何故だろう。洗い場とかで着替えたらいいんじゃないだろうか。結局押し切られてしまった。ただフェルと一緒に着替えるのは恥ずかしいので、着替えたら早々に部屋から逃げ出した。
お茶を入れてお米を炊く用意をする。
この辺りを少し見て回ろうと、今日は中央あたりまで走り込みに出かける。
中央の乗合馬車の乗り場のあたりはロータリーになっていて、規模は大きくないけど朝市が開かれている。どんなものが売っているかと物色していると声をかけられた。
「なんだ?ケイじゃないか?今日はどうしたんだい。こっちに来るなんて珍しいじゃないか」
顔をあげたらマルセルさんだった。マルセルさんはゴードンさんの隣に住んでいる農家だ。ゴードンさんはマルセルさんと共同で野菜の販売をしている。
「マルセルさん。こっちでお店を出していたんですか?」
「ああ、店と言ってもそんなに規模は大きくないが、土日以外はここで朝市を開いているよ。何か買っていくかい?ラウルの所のタマゴと牛乳もあるよ。毎朝分けてもらってこっちでも売ってるんだ」
フェルと顔を見合わせて喜ぶ。ここでもタマゴが買えるんだ。
さっそくタマゴと牛乳そしてサラダに使える野菜を買い足す。フェルが選んだ、りんごも買ってまだ市場の散策を続ける。果物を売る店や食肉を扱う店。近くのお屋敷に勤めている人たちがたくさん買い物に来て、中央の朝市は賑わっていた。
南地区の市場の方が少し割安かもしれない。でも家の近くにこういうところがあってよかった。肉屋で腸詰を買う。
急いで家に帰るとけっこう良い時間だった。ちょっと市場でのんびりし過ぎた。
フェルは今日は家の掃除をするそうだ。
お弁当まで作る時間がなくてフェルに謝ると、店に昼過ぎに食べに来るそうだ。
忙しそうでなければライツを連れてきてくれると言っていた。
買ってきた腸詰と目玉焼き、ご飯とお味噌汁。そして買ってきた野菜で朝ごはんを急いで食べて店に向かう。
後片付けはフェルがやってくれるそうだ。
「いってらっしゃい」
フェルがそう言って手を振る。
すごく嬉しいけど、顔が熱くなる。
フェルの顔も少し赤かった。
大通りを横断して路地に入る。たぶんこっちかなと見当をつけて歩いていくと右手にガンツの工房が見えた。
少し西側にズレていたみたいだ。でもここからなら場所がわかる。明日は別の道から行ってみよう。
店に着いていつものように窓を開けたら、スープの材料を出す。
最近はスープの献立も僕に全部任せられている。その日にある物を見繕って、何か作れと師匠が言った。
キャベツがけっこう残っているな。
ロールキャベツに使う分だけ残して、他はスープに入れてしまおう。
このドライトマトけっこう前からあるな。使っちゃおうかな。久しぶりにトマトベースのスープが飲みたい。
店のレシピ帳から似たようなスープを探し、レシピ帳に書いていく。
鳥の骨で出汁を取りつつレシピについて考える。
店の掃除を終わらせて他の下ごしらえをする野菜を食料庫から持ってきたらロイが来た。
2人でどんどん仕込みを終わらせていく。
「ねえ、ロイ。僕が炊き出しをやっている時に手伝ってくれる子がいるんだ。まだ11歳と10歳の子なんだけど、こういうお手伝いをさせたらお小遣いってどれくらいあげたらいいと思う?」
「スラムの子供っすか?そうなると難しいっすね。自分は住む家も食事もあったから、せいぜい自分でお菓子を買うくらいもらえたら充分で、銅貨で5枚、店の手伝いをしてもらっていたっす。ちょっと自分とは状況が違うから、もう少し多めに払ってあげた方が良いっすね」
「大銅貨はやりすぎだよね。ちょっと金額が多い気がする。僕はお小遣いもらったことがないからよくわからないんだよ。森でとれた収穫物とか、ポーション作って行商人に売ったりしてお金を貯めてたから」
ハンバーグを終わらせて、ロイがやっているロールキャベツを手伝う。
もうスープはほとんど完成してしまった。
大量のロールキャベツを丁寧に鍋に入れて少し中火で煮込む。ビーフシチューも出汁はいい感じだな。丁寧に漉して薄めの味付けで肉と野菜を煮込んでいく。
サンドラ姉さんが来てコーヒーを飲みながら、カインとセラの報酬について相談した。
「今のうちからあんまりあげ過ぎちゃうのもね。子供らしく楽しく育って欲しいわ。でも生活があるのも事実よね」
結局銅貨10枚と、何かお菓子をつけてあげることにした。半分は家に入れて半分は自分のために使いなさいと言うつもり。
師匠が来たのでスープの仕上げをする。
香草を入れて塩胡椒で味を整えたら、少しだけ中火で煮込む。
香草の香りが立ってきたところで火を止めて師匠に味見をお願いする。
「問題ない」
今日も一言だけだったが、今日使った材料費をノートに書いておくように言われた。あとで肉の仕入れ値は教えてくれるそうだ。他の材料費はなんとなくわかる。
毎日つけるように言われて、早速今日の分を書いておく。
コーヒーの残りを飲んでハンカチを結び直す。
外に出て深呼吸。
「いらっしゃいませ!小熊亭にようこそ!」
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