第137話 脅迫
137 脅迫
木曜日。店が休みの今日、ゼランドさんの商会に行く。
今日の朝はフェルと些細なことで喧嘩になった。卵焼きの焼き方で意見の相違があったのだ。
「卵焼きはふわトロが良いのだ。こんなにしっかり焼いてしまえば卵焼きの良さがなくなるではないか」
「これはオムレツじゃなくてだし巻き卵だよ。しっかり焼かないと崩れて来ちゃうじゃん。オムレツとは別のものなんだよ」
「だからと言ってふわトロを諦める必要はなかろう。要はふわトロのだしまきたまごを作れば良いだけの話だ」
2人の主張は平行線のまま。
結局、次に作る時にもっと工夫することを約束させられた。
ゼランドさんは僕たちが店に行くと馬車に僕たちを乗せて物件の場所に連れて行ってくれた。
フェルはまだ機嫌が悪かった。
怒っているフェルのことも好きだ。嫌われたくはないけれど。少し僕はおかしいのかな。
むくれてツンとしてるフェルもかわいいと思う。
案内された物件。と言うよりも、もはや倉庫なんだけど、その倉庫の一角に小屋が建っている。
中央から西門まで歩けば1時間弱。
連れてこられた倉庫はそのちょうど真ん中くらいの位置になる。
路地を少し北側に入ったところにその物件はあった。
ゼランドさんが小屋の鍵を開けて、僕たちは中に案内される。
広めの土間で靴を脱いで中に入った。
ツンとした木材の匂いがする。小屋はできたばかりの新築の匂いがした。
入ってすぐのスペースは広くて、壁際に流し台と魔道コンロが置いてある。魔道コンロは3口の最新式のものだ。
商会の魔道具コーナーに展示してあったものと同じだった。すごい。ピカピカだ。
換気扇もついてある。
テーブルを置けばここで食事ができそうだ。それでも余裕があるくらい。10畳?もう少し広いかな?面積の単位はよくわからない。
左側に廊下があって、部屋は3つ。奥がトイレと小さな洗い場になっている。
6畳くらいの部屋が2つ、もうひとつの部屋は少し広めだった。
予想してたよりも豪華な部屋に、僕は少し、いや、けっこう驚いている。
「家賃は倉庫の夜間の警備もお願いしたいから、ひと月銀貨3枚でどうだろうか?夜間の警備、と言っても、この辺りは治安がしっかりしているからそこまで気にすることもないと思うんだが、それも含めてこの金額で住んでもらえれば、こちらとしても警備の人数を減らせるので助かるんだ」
ゼランドさんが僕にそう言ってきた。
家賃の相場って大体銀貨7、8枚じゃなかったっけ?破格すぎない?
「夜間の警備のためにひと月銀貨30枚払っているからね。ここはもともと警備の人のために休憩所として作った小屋なんだ。ちょっと住みやすくするために増築したけどね。ここに住んでくれるなら夜間の警備の人間を雇う必要がなくなるんだ。だから家賃はこの値段でいい」
「そんな。せめて銀貨で5枚、毎月払います」
「いいや。ケイくん。ここの家賃は銀貨で3枚だ。どうする?君が納得いかないならどんどん安くしていくよ?それでもいいのかい?」
脅迫だ。まずい。すぐに決断しないとどんどん家賃が安くなってしまう。
「私たちが家に帰れない、またはどこか外泊する場合はどうなのだ?」
「そういった場合でも問題ない。ガンツの魔道具があるからね。何かあったらすぐ警備の係の者が駆けつけるようになっている」
え?そこまでちゃんとしているなら夜間の警備とか要らなくない?
「さて、ケイくん。どうする?迷っているなら銀貨2枚にしようか?」
ゼランドさんが楽しそうに僕を脅迫してくる。
結局銀貨3枚でこの部屋を借りることにした。
契約書にサインをして、ゼランドさんが外に出て行った。残された僕たちは家の中を見て回る。
なんだかフェルの様子が変だな。
買わなければならない家具を2人で相談しているのに、なんだかうわの空だ。
玄関の方がなんだか騒がしい。
ライツの声かな?なんだろう。
玄関に行くとライツとそのお弟子さん。え?ガンツもいる。
「ケイ。住む場所が決まってよかったな。これは俺からの引っ越し祝いってやつだ。フェル?言ってた通りそこの広い部屋に置けばいいんだろ?」
「そうだ。こちらの壁にくっつけて置いて欲しい」
フェル?前もって相談してたの?
「ワシからはこれじゃの。ケイ、どこに置けば良いかの?」
保冷庫だ。お弟子さんが2人で家の中に運んでいる。
「ガンツ!そんなに大きい保冷庫もらえないよ」
「そう言われてもの。もう作ってしまったから仕方ないのだ。さてどこに置く?ライツが場所を開けておるからこの角で良いか?」
保冷庫は測ったようにぴたりと台所の隙間に収まった。
なんだこれ。みんなしてグルになってるのか?
「ケイくん!引っ越しおめでとう!ベッドのマットレスを持ってきたわ。それとお洋服の収納も。これは私と主人からのお祝いよ!」
エリママもか。いや、それは当然と言えば当然なのだけれども。
8畳くらいの広めの部屋にどんどん家具が運び込まれていく。
フェルが場所を指示して、ライツが組み立てたベットの上にマットレスが置かれる。
部屋の奥にはシンプルな洋服箪笥。
リビングに戻ると測ったようにちょうど良い大きさのテーブルがあり、ライツがそこに座っている。椅子は6脚。
「ケイ。お茶を淹れてくれ」
ライツが椅子の座り心地を確かめるようにくつろいで座っている。
真新しい魔道コンロで麦茶を淹れる。
お茶菓子でもあればいいのだが、あいにく作り置きが無い。
みんなで椅子に座ってお茶を飲む。
お弟子さんや商会の人たちは先に帰った。
「みんないつから計画してたの?」
「いつからと言われてもよくわからねーな。ゼランドにこの小屋を見せられて、図面を書いて。ガンツに渡したら魔道具の寸法が返ってきたからまた図面を修正して」
「保冷庫は先に作ってしまっていたんじゃ。そのうち必要になると思っての。寸法に合わせて図面を書き直してもらった」
「ガンツがあまり豪華な部屋にはするなと言うからね。申し訳ないがお風呂は作らなかったんだ。増築したのはこちら側で、洗い場とトイレは小屋に元からあったものをそのまま生かしてあるんだよ。フェルさんもそれでいいと言っていたからね」
「風呂は公衆浴場に通えば良いのだ。これ以上の贅沢は必要ない」
「いいわねー2人でお風呂。待ち合わせとか、楽しいものねー。でもお家にお風呂があれば2人で入ったりもできるのよ。増築したくなったら言いなさい」
ダメだ。完全に僕だけが出遅れている。
みんながお茶を飲んで帰ったあと、部屋を見て回る。広めの部屋に大きなダブルベッドか置いてある。布団もちょうど良い大きさのものが敷かれていた。
ここからフェルとの新しい生活が始まる。
必要なものはこれから少しづつ揃えればいい。敷地も広いし家庭菜園とか出来そうだな。ゴードンさんにそのうち野菜の苗をもらおう。ミニトマトとか良いかもしれない。
フェルはもらった洋服箪笥に服をしまっている。僕の分もかけてくれていた。
フェルと目があってニッコリと微笑む。
「ねえ、ベッドはもう1個あった方がいいんじゃない?僕は奥の部屋で寝るからさ」
フェルは何も答えず。僕の発言は無視された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます