第143話 目覚まし時計が
143 目覚まし時計が
目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
時計を見ると6時5分。
目覚ましは6時15分に設定していた。
まだ寝ているフェルに少しくっついて、10分だけ目を閉じる。
昨日、買ってきた食器などを全部洗って、鏡を取り付けたり、買ってきた食材を保冷庫に入れたりしていたらけっこう寝るのが遅くなってしまった。
目覚ましが鳴り、少し重たい体を起こす。フェルも起きたみたいだ。
暖房の魔道具のスイッチを入れて、部屋が温まる前に、急いで着替えて部屋を出る。
用意していたお米を炊き始めて、麦茶を作る。
今日フェルはゴブリンの調査で王都近郊の村に行くらしい。初めて単独で依頼を受けるそうだ。何事もなく帰ってきて欲しいな。
暖かいままの麦茶を水筒に詰めて、残りはそのまま置いておく。
フライパンで塩鮭を焼き、別の魔道コンロで野菜のおひたしを作った。
炊き上がったご飯を大きめの弁当箱のような容器に詰めて保温箱に入れる。
炊けたお米をどうやったら暖かいままで保存するかはまだいろいろ模索中だ。
この方法だとどうしても箱の中で汗をかいてしまって時間が経ちすぎるとお米が少しべちゃべちゃになってしまう。
ホランドさんはお米の鍋をお湯につけておいて保温しているらしい。
「おひつ」みたいなものがあればいいのかな。樽や桶とはまた違う木製の容器は王都でも見たことがなかった。
前世の記憶で知ってはいるけれど、詳しい形状や作り方は記憶に残っていない。
ガンツやライツに頼もうとしても詳しく説明する自信はなかった。
朝7時、フェルと朝市まで走り込みに行く。タマゴと牛乳を買って、また家に走って戻る。
弓の練習もしたいけど、まだ的が作れていない。ギルドで相談したら訓練場の的を売ってくれたりするかな?でもあれって矢が少し痛むんだよね。
ギルドの訓練場では有料だが矢を貸し出してもらえる。傷んでもそこまで気にすることなく訓練ができる。
どこかで雑草をいっぱい抜いてきたいな。
次の日曜日は狩りに行こう。
7時半。手早く作った朝食をフェルと2人で食べる。
お味噌汁に、ご飯。塩鮭と、簡単なサラダ。茹で上がったばかりのおひたしを少しマヨネーズで和えて出した。
食べ終わったらフェルは装備に着替えて、僕はお弁当を仕上げる。
オムレツと腸詰、ナッツを砕いて和えたおひたし、作り置きの茹でたブロッコリー、にんじんのサラダ。
ケチャップで、オムレツに、「がんばって」と書いた。なかなか細くケチャップを絞るのは難しくて、少しよれよれした文字になった。まあ、気持ちが伝わればいいか。
後片付けをしていたらフェルが準備を終えて台所にやってくる。
洗った食器を拭いてもらって、台所の隅に重ねておいておく。
8時10分。
戸締りをして家を出る。
ゆっくりとしたペースで店まで走る。
店までの一番近い道ももう覚えた。
店の前でフェルと別れて、鍵をあけて店に入る。
いつものように窓を開けたら、今日のスープの仕込みを始める。
オーク肉がけっこう余ってるな。ちょっと使わせてもらおう。
店のレシピ帳からオーク肉を使ったスープのレシピを探して、良さそうなものを選んで書き写す。スープのレシピはかなりの数がある。ひと月違うものを作ったとしてもまだ残ってるくらいだ。たぶん50種類くらいあるのじゃないだろうか。
あまり新しい物には挑戦せずに今はできるだけ繰り返してそのレシピをものにすることを心がけている。
オーク肉を使ったスープは今までのスープの応用のようなものにした。出汁も鶏の骨を使う。
掃除しながらレシピのことを考えて、野菜の皮を剥いていたらロイが出勤してくる。
2人でそこから分担して仕込みを終わらせていく。
「ケイくんまた早くなったんじゃないっすか?」
ハンバーグを器用に整形する僕を見てロイがそう言ってきた。
スキルでも生えたのかな?確かに日に日に仕込みをする作業のスピードは速くなっている。
「ロイだってロールキャベツの仕込みが上達してるじゃない。だいぶ僕も慣れてきたんだよ。そこまで驚くことじゃないから」
今日はサンドラ姉さんが来る前に、ロールキャベツも煮込むことができた。
コーヒーを飲んだらビーフシチューの仕込みをやってスープを仕上げれば朝の仕込みは終わる。
レシピに、肉が脂身が多い場合はお湯をかけ油を少し落としたほうが良いと書いてあったので、薄切りにしたオーク肉に、丁寧に熱湯をかけた。
スープに肉を入れて、少し煮込んで味を整えたら完成だ。
味見してみると意外にスッキリとした味わいだ。いいと思うけど、もう少し濃いめの味付けの方がいいのだろうか?
師匠が来たので味を見てもらう。
「ほんの少しだけ塩と胡椒を足せ。昼に来る客にはその方が好まれる」
言われた通り少し味付けを濃くする。
ビーフシチューを仕上げたらけっこう時間が余った。
ビーフシチューの出汁がらとロールキャベツの出しがらをミキサーで細かくして、コンソメスープの素を作る。
セロリと玉ねぎ、じゃがいもとベーコンを入れてさらにミキサーで混ぜる。
緩めのペースト状になったものをフライパンで温めつつ、生活魔法で水分を抜く。
コンソメの素はお店では使えないけど、フェルに暖かい物を飲んでもらいたくて試行錯誤を繰り返しながら研究を繰り返している。
お湯を注げば美味しいスープになる。そんなスープの素のような物を作りたいのだ。
サラサラと顆粒状になったところで、お皿に敷いた紙の上にコンソメの素を広げる。貯蔵庫にそれを置かせてもらって、開店の準備を始めた。
麦茶を作って入り口に置いておく。
これも保温のポットがあれば楽なのにな。今は配る前に魔道コンロで温め直してから出している。
月曜日は昼のお客さんが多い。夜はそうでもないのだけれど、かなり行列が出来る。でも今日は全員揃っているので難なく昼の営業は終わった。
ロイが作ってくれたハンバーガーを食べてお茶を飲んで休憩する。
ロイは最近ハンバーガーに合うパンを研究しているらしい。
今日のパンも、朝、自分で焼いて持ってきている。充分美味しいと思ったけど、これだと売値が銅貨7、8枚になってしまうらしい。銅貨5枚でも採算が取れるようにしたいそうだ。
お茶を飲みながら、明日のお弁当のための仕込みをする。昨日の炊き出しで少しじゃがいもが余ったからポテトサラダを作るつもりだ。
出来上がったポテトサラダを少しよこせと師匠が言う。
試食してもらったら、今夜、店で出せるか聞かれた。出す分量は師匠が決めてくれるそうだ。
慌ててサンドラ姉さんにどれくらい作ればいいか聞いて、ポテトサラダを作り始める。
「店で余った料理とか持って帰ったっていいのよ。毎日大変でしょ。お弁当に使えばいいわ」
サンドラ姉さんがそう言ってくれる。
そうか、そう言う方法もあるのか。
「あなたちょっと働き過ぎよ。もう少し手が抜けるところは抜いて自分の時間を作ったほうがいいわ」
サンドラ姉さんがウスターソースを作りながら僕にそう言ってくれる。
大量のポテトサラダは身体強化をしてがんばって潰した。
大きめのボウル3つ分ポテトサラダが出来る。
ハンバーグの付け合わせと、単品でも出すそうだ。
マヨネーズはサンドラ姉さんが浄化の魔法をかけてくれた。
大きめのポテトマッシャーがあればいいな。今度ガンツに作ってもらうか。
フェルが出勤して来たので、着替えたフェルとメニューの確認をする。
夜の営業は少し予想を超えてお客さんが入ったけれどなんとか対応できたと思う。
あんなに作ったポテトサラダはあっという間に無くなった。
少し嬉しかった。
今日も水割りは大人気で、サンドラ姉さんが悪い顔をしている。
今日の余ったアラカルトメニューで、賄いを食べて、フェルとお風呂に入りに行く。帰りがけにサンドラ姉さんが、チキンのトマト煮を作って持たせてくれた。
ポテトサラダのご褒美だそうだ。
フェルの髪を乾かしながら、今日あったことを聞く。
「村の近くまでは乗り合い馬車で行ったのだ。村の周辺を見回って遭遇したゴブリンは討伐する。今日は15体だった。まだ近くの森の中にはゴブリンがいそうな気がするのだ。ギルドに報告したら近日中に捜査隊が組まれるそうだ。南支部は本当に対応が早い。私がいた隣国はこんなではなかった。王都はしっかりしている」
「たぶんギルマスがしっかりしているんだよ。見た目はそうは見えないんだけどね」
「それについては私も同感だ」
家に帰って明日のおにぎりの具を用意する。明日は鯖を使った炊き込みご飯でも作ろうかな。昨日買って来た鯖の塩漬けにお酒を振りかけて、保冷庫にしまっておく。
お米を炊く用意をして、お米を浸した鍋にこの間作った鰹節もどきを薄く削っていれておいた。
新しい生活が始まったけど、そんなに大きくは変わらない。
だけど少しずつ出来ることが増えていく。
このささやかで小さな積み重ねが続いてることが今は楽しい。
電気を消して布団に入る。
明日は6時に起きようと思っている。
早めに起きたその15分で、フェルとお茶を飲めればいいなと考えてる。
「おやすみ、フェル」
「おやすみ、ケイ」
暗くて顔はわからないけど、フェルの声は優しかった。
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