第134話 サウナ

 134 サウナ


 にヘラっと子供のように笑ったフェルは家に帰ってからも上機嫌で、着替えてすぐに眠ってしまった。

 少し照れながらフェルに近づいて僕も目を閉じた。フェルは隙だらけだけど、何かする度胸はない。抱きしめたい、というか、ほんとはもっと踏み越えていやらしいことをしたい。

 

 それは度胸があるか以前の話だと思う。

 そっとフェルに近づいてフェルと手をつないで寝た。


 そして目が覚めると抑え込みが決まっていた。


 どうしてこうなったのだろう。



「今日はお弁当は必要ないぞ。朝の時間はゆっくり過ごそう」


 フェルは今日はエリママの所だ。

 

 素振りを終えたフェルが僕のそばに来る。オムレツを作るところを見せて欲しいと言う。


「その、昨日……気付いたのだがな。朝ごはんをゆっくり食べるのも悪くないと思うのだ。今日は食後のお茶は私が淹れよう。お茶をゆっくり飲んでからケイは仕事に行くと良いのだ」

 

 少し照れた様子でフェルはそう言って来た。


 朝に市場でパンを買ってきていたので、オムレツとベーコン、サラダを手早く作る。ダッチオーブンで、パンを焼いてみた。燃料の無駄だと思っていた前世の記憶の割に、その作業は楽しかった。


「やはり手際が良いな。さすがだ」


 フェルはオムレツを作る様子をじっくり僕の横で見ていた。


 オムレツにはケチャップをかけて、パンと一緒に食べた。スープは今日は無い。フェルが淹れてくれた紅茶を飲む。


 お茶をおかわりして、フェルとおしゃべりして、いつもよりほんの少し幸せな朝だった。


 フェルと別れて店に行き、出勤してきたロイと黙々と仕込みの作業を進めていく。


 サンドラ姉さんが来てコーヒーを飲んでいたら師匠が来た。


 スープの味を見てもらい、問題ないと言われる。


「明日俺は休むからな。何かあったら今日中に言え」


 そう言って師匠は2階に上がって行った。

 少しの間、沈黙があって、ロイと僕はサンドラ姉さんの方を見る。


「クライブも本当に言葉が足りないわよね。まぁそういうこと、これから土曜日はクライブは休み。とにかくそう言うことになったから」


 そうなのか。でもいきなりなんでだろ。


 その疑問は昼の賄いを食べている時にサンドラ姉さんが答えてくれた。


「問題は昼よね。ケイ、フェルって土曜日だけずっと出勤できないのかしら。メアリーは土日は働けないのよ」


 ロイが作ったハンバーガーを食べながらサンドラ姉さんが言う。確かに先週の昼の営業はかなり大変だった。


「聞いてみますけど、急にどうしたんですか?師匠が休みを取るって」


「クライブを休ませるにはこれまではホランドを呼ばないと無理だったの。でもホランドのところがすごく忙しくなっちゃって。最近、唐揚げと一緒に米を出したらすごく評判になったのよ。もう気軽に手伝いに呼べなくなっちゃったのよね」


 サンドラ姉さんのコーヒー好きは筋金入りだ。スープは要らないと言って、コーヒーをずっと飲んでいる。

 ホランドさんのところそんなに上手く行ってるんだ。今度食べに行こうかな。


「それで昨日、どうするかって夜に話したのよ。ケイも戦力になってきたから、月曜日は全員出勤して、あとは順番に休みをとっていけばいいんじゃないかってアタシが言ったら、ならそうするってクライブが言って」

 

 火曜日はロイが。水曜日はサンドラ姉さん。木曜日は僕が。金曜日と土曜日はメアリーさんが休みになっている。


 もし土曜日フェルが働けたらきれいに1週間ローテーションが組めるような気がした。


 夜の営業が始まる30分くらい前にフェルが出勤して来た。

 土曜日の仕事の話をしたらフェルは快諾してくれた。


「朝はギルドで少し訓練してから行けば良いのだな。炊き出しの材料も私がとって来ようか、休憩時間は私は何もすることがないからな。ケイの役に立てるなら私も嬉しい」


「ありがとう。フェル、すごく助かるよ。休憩中に買いに行くとけっこう時間ギリギリになっちゃうから困ってたんだ」


 こうして土曜日はフェルがホールと、炊き出しの買い物をしてくれることになった。細かい調味料や米などは朝に市場まで走りに行った時に買えばいい。

 

 ゴードンさんやラウルさんのところに売れ残りの野菜やタマゴ、牛乳を取りに行くのは午後が良かった。

 言えば朝にでも受け取れるようにしてくれると思ったけど、それでは売れ残りということにはならないだろう。

 ゴードンさんたちにあまり甘えたくなかった。


 夜の営業は順調に終わり、フェルと賄いを食べて帰った。


 お風呂上がりにフェルと冷たい麦茶を飲む。果実水もいいけど、サウナの後の麦茶は美味しい。仕事の疲れも取れていい気持ちだ。フェルもサウナが気に入ったらしい。お風呂の時間は次から20分伸ばすことにした。


 次の日、お弁当は今日は要らないので、朝に市場で少し買い物をする余裕がある。キノコや調味料を買い足す。お米もまた大量に仕入れた。昼休みに精米しよう。


 今日もフェルとゆっくり朝ごはんを食べて出勤する。けっこうのんびりしてたけど、8時半には店についていた。

 

 スープのレシピを写したら、その調理の仕方を頭の中で考えながら掃除をする。

 出汁を取り始めて、野菜を下ごしらえしているとだいたいロイが出勤してくる時間になる。


 ハンバーグのタネが出来上がる頃にサンドラ姉さんが出勤してくる。

 サンドラ姉さんの淹れてくれたコーヒーを飲みながらビーフシチューとロールキャベツの仕込みをする。ロールキャベツも前日に出汁をとることになった。昨日の夜、師匠が仕込んでいった。


 少しやることは増えたものの、そこまで大変ではない。ロイは僕が休みの日が大変なんだというけど、ロイだってそんなに作業が遅いわけじゃない。1人だって大丈夫だろう。


 フェルが出勤して来た。エプロンがよく似合う。忙しい時はそのエプロンがふわりと揺れる。そんなフェルの働く姿を見るのが好きだ。


 師匠には「ボーッとしてるんじゃねー」と怒られるが、今日はいないから見放題だ。


 昼の営業が終わりロイが作ったハンバーガーの試作品を賄いで食べて、サンドラ姉さんとフェルは店の片付けを始めた。

 夕方テーブルと椅子が届くらしい。どうやら本気で席を増やすみたいだ。


 休憩時間にお米を精米する。フェルは買い物に行ってくれた。マジックバッグを持たせたので、今、店には大量にお米の袋が置かれている。

 サンドラ姉さんとロイは店のレイアウトを変え始めた。テーブルを2つ増やして8席増やすらしい。今日は忙しくなりそうだ。

 入り口には麦茶のポットを置ける台も用意された。

 少し店の中が狭く感じるが仕方ない。だってお客さんがどんどんくるのだもの。


 僕がここで働き出してから冒険者のお客さんが増えた。だいたいみんな土曜日と日曜日は休みにするらしくて土曜日は冒険者の人たちがよく店に来る。

 僕に炊き出しで使える差し入れを持って。


「かなり買い込んだのね。これ全部精米するの?」


「炊き出しでこの半分は使っちゃいますからね。あんまりお金をかけたくないからパンは出してないんです」


「ケイくんのためだったらうちの両親も協力してくれると思うっすよ」


「そんなに甘えられないよ。お米を売ってるお店も協力してくれてるからね。お米なんて3割引きで売ってもらえるんだよ」


 お米の値段の話をしたらサンドラ姉さんの目の色が変わる。


「ケイ、ちょっとお米ってやつ炊いてごらんなさい。美味しければクライブと相談するから」


 そう言われてご飯を炊き始める。おにぎりでいいかな?梅干し入れて。


 フェルが帰って来たので精米したお米の袋をしまってもらう。


 おにぎりはとても好評だった。

 サンドラ姉さんは2個も食べて「これはクライブに相談ね。月曜日の昼にまたこれ出しなさい」そう言って仕込みに戻った。


 夜はオイゲンさんが食べに来ていた。


「ウサギ、中級用の薬草があったからお前にやるぜ」


 最近オイゲンさんも僕のことをウサギと呼ぶようになった。

 ありがたく受け取る。これで帰ったら中級ポーションが作れるな。作ったらみんなに配ろう。けっこうたくさん作れそうだし。


 夜の営業は忙しかったけど、フェルがいてくれるからなんとか仕事がこなせた。

 今日は少し疲れたな。

 サウナで汗をかきながら今日の反省をして、待ち合わせ場所に向かう。


 フェルの髪を乾かしてあげて麦茶を飲んだ。


「こういう時間も良いな」


 フェルが僕の隣に座ってそう言った。

 

 








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