第133話 子供っぽい
133 子供っぽい
鰹節の詳しい作り方は知らない。削り方とか使い方とかは知っているのだけど。
同じ理由でカレーもよく作り方を知らない。
本格的なカレーの作り方は知らなかった。カレーのルーを少し改造して作るカレーのレシピしか僕の記憶にはなかった。
茹でた鰹節を燻製にして乾かしたものが鰹節だったと思う。
天日には干すのだっけ?魔法で乾燥させたら美味しくなくなっちゃうのかな?
熟成ってどうやればいいんだろ。
とにかくやってみよう。
刺繍に集中しているフェルの側で燻製の用意をする。
一斗缶のような形の箱を裏返して、茹でた鰹を吊るし、フライパンの上に廃材を細かくしたチップを入れてその上には網を敷く。
これで箱を乗せて火をつければ多分燻製ができると思うけど……、工房に煙が充満してしちゃうか。
外で作業をすることにした。
工房にある木製のテーブルの上に用意した道具を置いて、魔道コンロに火をつける。しばらく待てば箱の天面に開けた穴から煙が立ち上る。箱もけっこう熱くなって来た。
しばらく様子を見ていたら、フェルも外に来て僕の横で刺繍を始める。
なんか側にいたいらしい。少し嬉しい。
燻製してる間、お茶を淹れて2人で飲んだ。
テーブルに向かいあって、フェルは刺繍。僕はレシピ帳を整理して、燻製が出来上がるのを待った。でもどのくらいやればいいんだろ。とりあえず1時間やってみて様子を見ることにした。
大体1時間が経過したのは、フライパンに入れたチップが全部炭になった頃だった。フェルが不思議そうに僕が鰹を取り出すのを見ていた。
燻製された鰹はまだ少し湿り気があった。これ以上は家に帰ってやろうかな。
工房で作業しているガンツに声をかけたら、ガンツが奥から僕が頼んだダッチオーブンとちょうど良い大きさのフライパンをくれた。
「今日の研ぎの代金じゃな。また頼むぞ」
そう言ってガンツがニヤリと笑った。
家に帰って、ガンツの工房に転がっていた木材の中で比較的香りが良いものをもらってきたのでそれを使って燻製の続きをやる。木材をチップにするのはフェルがやってくれた。
僕の解体ナイフでスパスパと木材を細かくして行く。そんなに切れるナイフだったかな?
ある程度量が溜まったので燻製を再開する。一気に乾燥させたら割れちゃうだろうか?
とりあえず30分くらいやってみて様子を見つつ何度かやってみよう。
燻製をやりながら今日の夕飯を作る。
フェルは素振りを始めた。
師匠のやっていた作業を思い出して、その姿を真似するようにハンバーグを焼く。
でもやっぱりちょっと鉄板とは違うよね。
火加減の調節が難しい。
一応、一気に表面を焼いてから中火で焼き込んだつもりだ。中火といっても弱火と中火の間くらい。
出来上がったハンバーグをご飯と一緒に食べる。ソースはまたオニオンソースだ。
最初に焼いた方は少し焦げてしまっていたけど、ふんわりと仕上がっていた。
2番目に焼いたものは焦げつきは少なかったがふっくらした感じが足りない気がした。
「難しいね。師匠のようにはいかないよ」
「美味しいとは思うが、確かにあの親方の味では無いな」
「やっぱりそうだよね。やっぱり火加減かな」
「少し考えすぎでは無いか?王都に来た最初の頃作ってくれたてりやきハンバーグは食べて本当に美味しいと思ったぞ。少し真似することに力が入ってしまってるのでは無いか?あの親方の真似をするのでは無い。出来上がった料理を真似るのだ」
それはそうだ。仕草を真似ても仕方ない。お肉をどう仕上げるかを真似してみないと。
「フェルまだ食べられる?もう一個だけ作ってもいいかな」
「問題ないぞ。まだ食べられる」
中火でフライパンが充分温まったらハンバーグを焼き、軽く上から抑える。
ひっくり返して少しだけ火を強めた。たぶん鉄板で焼くより温度が下がりやすいと思ったからだ。両面がしっかり焼けたらもう一度裏返して火を弱める。弱火より少しだけ火を強くしてじっくり焼いた。
最後に作ったハンバーグは完璧というわけではなかったけどイメージに近い形に焼き上がったと思う。
そのハンバーグをフェルと2人で半分こして食べた。
「これは美味いと思う。もうほぼ出来ているのでは無いか?」
「ありがとう。でももうちょっとだね。たぶん火から降ろすタイミングが違うんじゃないかなって思うんだ。焦げすぎないギリギリのところを師匠は見極めているんだと思う」
2人で後片付けをしたらフェルが完成したハンカチを見せてくれた。
まだ2枚しか出来ていないけどハンカチの隅に可愛いウサギの刺繍が入れられていた。
「すごいよフェル。よく出来てる。エリママが教えてくれたの?」
「いやほとんどマリーさんだな。私が絵を描いたらそれ通りに端切れに刺繍してくれたのだ。あっという間に仕上げて、見本にするといいと渡してくれた」
「良かったね。フェル。とっても上手に出来てるよ」
「半日かけて2枚しか作れていないからな。私もまだまだだ」
フェルが出来上がったハンカチをたたむ。
「私もマリーさんにどうやったらそう手早く縫えるようになれるか聞いたのだ。そうしたらマリーさんはそんなことよりも、贈る相手のことを想ってひと刺しひと刺し丁寧に縫っていく方が良いと言うのだ。時間がかかってもその方が良いものができると。それは料理をすることにも少し似ているのかもしれないと思ったのだ。だからケイの作る料理はいつも美味しいのかもしれない」
フェルがそう言ってくれたことで何かつかめたような気がした。少し視野が狭くなっていたのかも。
お風呂に入りに行って、フェルの髪を丁寧に乾かしてあげた。
「ケイ。今日は楽しかったな。またこういう日が過ごせたら良いと思う」
そう言ってフェルが笑う。少し子供っぽい笑顔で。
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