第132話 お家デート
132 お家デート
休みの日の楽しみのひとつは朝寝坊だと思う。
いつもの時間に目を覚ましたけれど、フェルにくっついてもう一度甘えたように眠る。
目覚めるとフェルに頭を撫でられていた。
「おはようフェル」
少し照れくさい。
しっかりと柔軟して、市場までフェルと走る。吐く息が白い。王都で一番寒いのは2月なのだそうだ。そしてそのあとだんだん暖かくなっていく。
故郷の村は王都より南側にあったので比較的暖かかった。冬でもあまり雪は降らず、温暖な気候だった。故郷の村から東南の方向にさらに行けば海に面した年中暖かい領地がある。そこで王国の砂糖は作られているのだそうだ。
砂糖の生産には王国から補助金が出されていて、高価と言っても庶民が買えない額にはなってない。塩と比べると割高だってくらいだ。
故郷の村では輸送費がかかるからと王都の倍以上の値段がしていたが。
多分行商人にカモにされてたんだと思う。
「ケイが良ければだが……今日は2人でお弁当を作って家でお昼に食べないか?」
タマゴを買い、キノコを買うために乾物屋の方に歩いていたらフェルがそう提案して来る。フェルはオムレツを作ってみたいらしい。
「なんかそれも楽しそうだね。食べたいものはある?あとでお肉屋さんとゴードンさんのところにも行こう」
できるだけ可愛いお弁当にしよう。今日はいつもより時間をかけられるのだから。
オムレツなら少し洋風かな?
パンが良いかとフェルに聞くとおにぎりが良いと言う。
ごめんね、ロイ。今日も君の家に行けないよ。
ロイのパン屋は中央寄りにあるので少しスラムからは遠い。なかなか機会がなくてまだ行けずにいる。
乾物屋でドライトマトを買い込んで、キノコもいっぱい買う。
日持ちがしそうなものは多めに買った方が楽だということに最近気づいた。
炊き出しで使う食材もついでに買い込んだ。
お肉屋さんで切れ端の肉を安く譲ってもらう。足りない分は普通に買った。比較的安い部分だけど。
夜はまたハンバーグにさせてもらおう。焼き方の練習がしたい。
ゴードンさんの野菜売り場には市場の混雑が少しなくなってきた頃に着いた。
オススメの野菜を教えてもらい、少しずつ全種類買った。
「たぶん来月くらいからトマトが出せると思うよ」
理由を聞いたら少し前から新しい畑の作り方を導入したのだそうだ。今試験的にマルセルさんの家と共同でトマトを育てているところだとゴードンさんが言っていた。
ホーンラビットの被害が減って、収穫量が増えたことで、新しいことにも挑戦できるようになったのだそうだ。
「こんなことができるのもケイのおかげだよ。ありがとう」
ゴードンさんのところを出て家に戻る。時計を見たら9時近かった。
残り物で朝ごはんを作る。
鯖の味噌煮と漬物。買ってきたばかりの野菜でサラダと味噌汁を作った。
お米が炊けたら朝ごはんにする。
外は少し寒いけど、今日は天気がいいので日の当たる場所でご飯を食べた。
お砂糖入りの麦茶を2人で飲んで、お弁当を作り始めた。
最近フェルは出来ることがすごく増えた。エリママのおかげもあるのだと思うけど、料理も覚えてきたし、小熊亭の仕事も順調だ。夜はフェルのおかげで繁昌してるのじゃないかと思う。
フェルが休みの日はメアリーさんが出ているらしい。つまり僕が休みの今日の夜ということなんだけど。
日曜日は営業のやり方が変わる。ランチはやらずに、割とお酒が中心の営業になるそうだ。サンドラ姉さんと師匠だけで回している。そんなに急がずにのんびりやるそうだ。ガンツは日曜日によく行ってるらしい。その日のお客さんはほとんど常連さんで、そんなに慌ただしくもなくのんびりと営業してるみたいだ。
師匠が全然休みがない。
昼前に出勤してくるとは言っても、夜も遅くまで営業してるからな。大丈夫なのかな?
タマゴを溶き終えたフェルに教えながら王宮のオムレツを作る。ヘラを使わせて、崩れたところはそのヘラで修正させる。
火加減は僕が見てその都度調節してあげた。
出来上がったお弁当を2人で詰めていく。僕がフェルの分を作って、フェルが僕の分を作る。お互い中身は見ないことにした。できるだけ可愛く盛り付ける。
「お弁当を包む袋があると良いな」
そう言ってフェルが少し厚手の2枚の布を縫い合わせて綿を詰めてゆく。なんか最近フェルはいろいろ布とか綿とか裁縫に使う材料を買っているようだ。
その横で僕はケチャップを作りながら、鰹節を作るのに挑戦する。
カツオの塩漬けを水で戻したものを沸騰したお湯で煮る。身が崩れないように弱火でコトコト1時間ほど煮たら、お湯から出しておいておく。
確かこれを燻製するんじゃなかったかな。続きはガンツのところでやろう。
身を崩さないように注意しながら、骨や血合の部分などを取り除き、きれいにした。
ときどきフェルと目があってお互い笑顔になる。
そのあとふりかけや、ウスターソースも作ってどんどん保存瓶に入れていった。
「出来たのだ」
フェルがお弁当の入れ物を作った。
弁当箱がちょうど2つ入って隙間におにぎりが入るようになっている。綿を入れたのは保温性を高めるためだろうか。
可愛い巾着袋が2つ色違いで並んでいる。フェルは黄緑色。僕のは薄い青だ。
派手な色だと森の中とかで食べにくいらしい。思わずなるほどと思った。
一度出来上がったお弁当を全部入れて、そしてまた取り出す。少し頭が悪い子みたいだけど、こんなことがとても楽しい。
「こういうのも良いな。中身がわかってはいるのだが、ワクワクする」
フェルがお弁当のフタを開ける。
僕もフェルが詰めたお弁当を開けてみる。なるほど、フェルがこの瞬間を楽しみにしているのがよくわかった。
真ん中に小さめに作ったハンバーグがあって、それを囲むように色とりどりに具材が並ぶ。なかなか女性らしいかわいい盛り付けだ。なるほど、囲い込むように丸く盛り付けるのね。
僕が作ると、味の似たものとか、主菜と副菜を分けたりだとかなんか機能的な盛り付けについなってしまう。彩りくらいしかいつも考えていなかった。
フェルって意外と美術的なセンスが高いのかも。
「フェル!盛り付けすごく上手だよ。見た目がすごくきれいだ」
そう言うとフェルが嬉しそうに笑う。
テントの中で暖房をつけて、くっつきながら2人でお弁当を食べた。
天気がいいから外で食べようかと思ったけど、フェルがこういうのも良いと言い出し、テントの中で食べた。暖かいテントの中で寄り添って食事をするのも悪くなかった。
そのあと僕は少し横になり、フェルはそんな僕に寄りかかりながらハンカチを縫い始めた。なんか幸せだなーって思ってたらそのまま少し眠ってしまった。起きたら腰に毛布がかけられていた。
お家デートと言って良いのかわからないけど、なんだかこういうのいいな。
お家は約3畳のテントなのだが。
フェルの作業がキリの良いところで、一度片付けてガンツの工房に向かった。
用意されたナイフの仕上げをしながらガンツに作って欲しい魔道具の説明をする。
ガンツは分厚いノートにいろいろ書き込みながら僕の話を聞いている。
フェルは厨房でハンカチに刺繍を入れている。恥ずかしいので出来上がるまであまり見ないで欲しいのだそうだ。
「この水分を抜くというのを魔法でやるのか?ちょっと実際にやってみてもらえんかの?」
ハンカチを濡らしてその上にコップを置く。そのハンカチから水分を集める気持ちで水の魔法を使った。
ハンカチはシワになってしまったが、乾いている。
「なるほどの。座標の指定か。しかし単純な魔法じゃの。これならあまり複雑にもならんじゃろ。魔道具に向いておる」
「単純なことしかできないんだよ。だから工夫してるだけ」
「その発想が人と変わっておるのだ。ワシらはここに水を発生させようと魔力で干渉して事象を起こす。しかしオヌシはその水がどこから来ているのかまで考えて魔法を行使しておるのじゃな。あまりそういう考えを持つものはおらん」
「ハンカチを濡らしてさ、干しておくじゃない。いつのまにか水は乾いているよね。じゃあその水はどこにいったんだと思う?きっと空気に溶けているんだよ。水の生活魔法はそこから水を集めているんだ。魔力って最初から無いものを作り出そうとするとすごく力を必要とするんだ。僕にはもともとそれが無いから」
「すでにそこにあるものを集めて形にするのじゃな。それ論文書けとかサンドラに言われなかったか?」
ガンツは何やら設計図を書きながら僕にそう言ってくる。
「言われたよ。でもそんなの僕には無理だから」
「サンドラは昔、魔法学院を主席で卒業したほどの優秀な奴じゃったからの。まあ、あの通りだから実家から勘当されてしまったが」
魔法学院か。学校もちゃんとあるんだな。もっと平民が通えるようなものを作ればいいのに。
「学院にも行ってない僕にそんな論文書けるわけないじゃん」
「そうかの。詠唱文にこだわる魔法使いが多い中、これを論文にすればひと波乱起きるかもしれんぞ」
「やだよそんなの。怖い」
ナイフの仕上げが終わった。ガンツがそれをチェックする。
「オヌシまた研ぐのが早くなっておらんか?出来も良い。よし今日の分はこれで終わりじゃな」
今日の分という言い方が気になったが、とりあえず流しておく。刃物研ぎのスキルのレベルが上がったのかな?
ガンツに薄い金属の板をもらって簡単に箱を作る。隙間はお弟子さんにくっつけてもらって上に穴をいくつか開けてもらった。
さあ、燻製うまくいくかなぁ。
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