第131話 マドレーヌ
131 マドレーヌ
夜の営業は順調に終わり、賄いをフェルと食べる。ロールキャベツが残っていたのでサンドラ姉さんが出してくれた。
ロールキャベツは仕込みの量を今週から増やしている。
「ケイ。この料理も美味いな」
「キャベツがいいんだよ。冬のキャベツって甘いから。ねえフェル。今度の休みってどこか行きたいところとかある?」
「特には無いな。ケイはどうだ?何かやりたいことは無いのか?」
「僕も特に無いんだよね。どうしようかな」
娯楽が無いと思いつつも、フェルとスポーツをやる気は無かった。
きっと殺されちゃう。身体能力が違うんだもの。
「市場で今日、魚を買ったからそれを少し加工したいかな。結局休みの日も料理してることになっちゃうんだけど」
「ならば私は隣でハンカチを縫おう。エリママに刺繍を今教わっているのだ。やってみたら意外に楽しいものだな」
僕はデートがしたかったのだが。
これはお家デートってことで良いのだろうか?お家デートって一緒に暮らしてても成立するのかな。
彼氏の住んでる部屋におしゃれして行くやつじゃなかったっけ。
お風呂に入って家に帰り、明日のお菓子作りの準備をする。
製薬に使う薬研をしっかり洗って煮沸消毒する。
アーモンドをそこに入れて細かい粉にする。薄皮をふるいできれいに取ってその粉を瓶に入れておいた。
次に大量の砂糖をお湯に溶かし入れて不純物を布で濾す。
魔法を使って乾燥させて、溶かした砂糖を氷砂糖のように固めていく。
それを薬研ですり潰せば、お菓子に使えそうな粒子の細かい砂糖ができた。
舐めてみると雑味が減って甘さがより感じられる。
街で売ってる砂糖の素朴な味も良いんだけどね。でもお菓子に使うならこっちの方がいいと思う。
準備を終えて、フェルと布団に入った。今日は寝るタイミングが一緒だ。
ちょっと嬉しい。今日も2人でくっついて眠った。
次の日の朝はちょっと忙しかった。市場でタマゴと牛乳を買い。戻って弁当の支度。水につけて塩を抜いた鯖を小さく切り、それを味噌焼きにする。
お弁当には塩鮭の切り身と卵焼き、お浸しとわかめの酢の物を入れた。
おにぎりの具は鯖の味噌焼きと梅、それから肉味噌だ。少し味が濃いかと思って、玉子焼きは少し甘くした。
残りの鯖は塩焼きにして朝ごはんにする。レモンを少し絞った。
卵焼きの残りと昨日作ったじゃがいもの煮転がしと一緒に食べる。
ああ、魚だ。
鯖なんて王都で食べられないと思っていた。
お店の人の話だと気温が下がったから塩漬けや干物とかなら仕入れられるようになったのだそうだ。保存の魔道具を使うとどうしても値段が高くなってしまう。輸送費がかかるからだ。そうなると市場では売れなくなるので、冬しか仕入れられないのだそうだ。
フェルも鯖を初めて食べたらしい。隣国にも海はあるが、隣国の王都からは遠い。
フェルの実家も海に近く無かったので海の魚を食べたことは無かったらしい。そういえば王都に来て塩鮭を食べて驚いてたな。
今日の朝ご飯はなんか充実していた。
材料費は少しかかっちゃったけどたまには良いよね。
残った鯖は湯通しして生姜と一緒に味噌で煮込む。きっと明日の朝には食べ頃だろう。
ギルドの前でフェルと別れて店に行く。
少しいつもより早めに着いた。
いつものように淡々と仕込みをこなし、そろそろ休憩しようかと思ったころサンドラ姉さんが来た。
サンドラ姉さんにオーブンを使って良いか聞いて、用意していたマドレーヌを焼く。
「あら、良い匂いね。お菓子かしら」
「サンドラ姉さん、実は相談があるのですが……」
サンドラ姉さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながらマドレーヌが焼けるのを待つ。
「フェルがエリママ、いや、あの、ゼランドさんの奥さんのエリーさんのところで明日お茶会をするんだそうなんですが。……なんかエリーさんの義理のお姉さんがそこに来るらしいんです」
サンドラ姉さんが口からコーヒーを吹き出した。
「あなた……それって?……ケイ……。あなた知ってるの?」
僕は小さく頷いた。
「そのお茶会用のお菓子を作っているんですが……そのお菓子を味見して欲しくて。あんまり……変なもの出せないですよね」
「そりゃ……まあ、そこまでうるさくは無いと思うけど、ちゃんとしたものを作った方が良いわね。マリーもいろいろ美味しいものを普段から食べているだろうし」
サンドラ姉さんはやっぱりマリーさんと面識があるようだった。エリママをエリザベスとか呼んでたしな。そりゃそうだ。
マドレーヌが出来たのでサンドラ姉さんと試食する。サンドラ姉さんはコーヒーをもう一杯淹れてくれた。
「あら、美味しい。良いじゃないこのままでも大丈夫そうよ。これアーモンドの粉かしら?もう少し入れてもいいかもね。香ばしくなると思うわ。反対にバニラはもう少し香りを抑えた方が良いかも。その方がお茶に合うわ」
サンドラ姉さんの指摘は的確だった。
「ずいぶんいいお砂糖使ったのね。高かったんじゃない?」
「昨日一度お湯に溶かして不純物を取り除いたんです。乾燥させてすり潰して」
そう言って昨日作った砂糖を見せる。
「ケイ。これもっと作りなさい。アタシも手伝うから」
サンドラ姉さんが目の色を変えて真剣な顔で言う。
このくらい綺麗な砂糖はかなり高価らしい。かなり手間をかけないとここまでにはならないのだそうだ。
「魔法で乾燥させた?そんな風に魔法を使う子なんていないわよ」
「前にスープの素を作ってたことがあったじゃないですか。今は仕込みの量が増えたから忙しくてなかなか作れないけど、その時にちょっと練習して」
最近小熊亭のお客さんは少し増え始めている。
「いろいろアンタっておかしな子ね。乾燥の魔法なんて結構高度な魔術式になると思うのだけど」
「単なる生活魔法ですよ。水の魔法の応用です。鍋の中身の水分だけをコップに集めれば良いんですよ」
「あなた……それ論文書けるわよ」
「僕には無理ですよ」
出来上がった新しいマドレーヌのタネをサンドラ姉さんにも味を見てもらった。
姉さんは親指と人差し指で丸を作り、そのあと高そうなお酒の瓶を持ってきた。
「クライブのとっておきよ」
サンドラ姉さんは少し悪そうな顔をして、スプーン一杯タネに入れてかき混ぜた。
いい香りがする。
出来上がった生地は冷やして少し寝かせる。食糧庫に置かせてもらった。
サンドラ姉さんはお菓子をいつか自分の店で出したいと思っていたみたいで、上質な砂糖の値段に頭を悩ませていたそうだ。
今日はお昼は少しお客さんが少なかったので、夜の仕込みもほとんど終わっていた。
賄いを食べて、サンドラ姉さんと砂糖を作る。
サンドラ姉さんはものすごい力で薬研で砂糖をすり潰していたけど、だんだんその作業が嫌になってきたようだ。
「ケイ。あなた次の休みにガンツのところに行って、この精糖の魔道具を頼んできなさい。あたしがお金を出すわ。出来上がった魔道具の権利はガンツに押し付けてくればいいから。多分悪いようにはならないと思うわ」
師匠が来て、出来上がった砂糖を少し舐めた。
「ガンツにうちにも卸すように言っておけ」
そう言って師匠は2階に上がって行った。
夜、賄いを食べ終えたフェルに、最初に作った方のマドレーヌを出してあげた。
「これは……」
そう言ったきりフェルが無言になった。
目を閉じて真剣に味わっている。
食べ終えたフェルは充実した顔をしていた。気に入ってくれたみたい。
次の日フェルが嬉しそうにマドレーヌをカバンに入れてエリママの店に向かって行った。良かった。なんとかなりそうだ。
その日の営業はサンドラ姉さんが休みのうえに、お客さんが結構入ったので大変だった。
だけどロイもハンバーグを焼くのにもだいぶ慣れてきて、夜もお店はかなり混んだけどなんとか順調に終えることができた。お茶会帰りのフェルはなんだか機嫌が良かった。楽しんで来たのかな?
賄いを食べながらフェルが今日のことを楽しそうに話す。
「偶然とはすごいものだな。あの展望台で出会ったマリーさんがまさかエリママの義理の姉だったとは」
フェルはお茶会の後マリーさんに刺繍を教えてもらったらしい。優しく丁寧でとてもわかりやすかったとフェルが言う。
髪を乾かしている時もずっとマリーさんの話だった。マリーさんに僕のことを褒められたのがとにかくすごく嬉しかったらしい。
「今度機会があればケイもお茶会に来ると良い。マリーさんも会いたがっていたぞ」
フェルは貴族だったから良いけど、僕はただの田舎の村人だ。そんなお茶会怖くて参加できない。
そういうのは女の人達だけで集まるから楽しいんだよと言って、やんわりとお断りした。
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