第130話 マッサージ
130 マッサージ
ゼランドさんの商会に飛び込む。良かった。3男がいた。
「ケイくん!今日はどうしたの?たしか今日は炊き出しの日だよね。何か必要なものができたの?」
「実はお手伝いに来てくれる子がいるんだけど、その子達に包丁とか、いろいろ用意してあげたくて」
「子供用の包丁はないけど……小さいナイフってことでいいのかな?」
3男が包丁のコーナーをまず案内してくれる。
普通の包丁より一回り小さい万能包丁を2つ買う。
「危なくないかなーけっこう切れるよこの包丁」
「ある程度は研ぎ直して切れなくしてみるよ。僕でも出来たんだから大丈夫だよ。ちゃんと目を離さなければ」
念の為ポーションも渡しておこうと思った。
そのあとは次々に商品を探してもらう。
ノートと筆記用具。調味料など入れられる保存瓶、ピーラー、2人のためにお茶碗がわりのお椀も買った。
折りたたみの椅子も2脚買い足して、最後に買ったものを入れられるカバンを買う。
「けっこういっぱい買ってくれたねーありがとー。今計算するね」
会計を待っているとフェルがやって来た。フェルはエリママの店で2人のためにエプロンを探してくれていた。
子供用のエプロンは店には扱いがなくて、結局エリママが作ってくれることになったらしい。生地を選ぶのに時間がかかったそうだ。
3男にお金を払って商品をマジックバッグに入れた。全部で銀貨4枚。まあ大丈夫だろう。もらった金貨にはまだ手をつけてないし、炊き出しもなんだかんだと今まで少し黒字だったし。
「いいなー炊き出し行きたかったよー。あ、今度また領都に仕入れに行くんだ。2週間くらい帰って来ないから、何かあれば父さんに相談して。今度は醤油と味噌を多めに仕入れてくるよ。前に買った人たちの船がそろそろまた港に入るんだ。面白そうなものがあったら買ってくるね。楽しみにしてて」
3男と別れてお風呂に入りに行く。
洗濯物を洗いながらフェルの髪をいつものように乾かしてあげる。
「けっこうお金使っちゃった。ごめんね」
「気にすることはない。そもそもそんなに私たちは生活費があまりかかっておらんではないか。私も冒険者としてきちんと稼げるようになって来たしな、最初の頃のようにギリギリの生活をしてるわけではない。いつも節約してくれてすごいと私は思っている」
フェルは笑顔で僕にそう言ってくれる。
僕が節約上手か、貧乏性なのかは微妙なところだが。
「そういえばエリママが今度お茶会に誘ってくれたのだ。義理のお姉さんが遊びに来るそうだ。来週の水曜日だそうだ」
「そ、それは……楽し……そうだね……?なんかお茶菓子でも作ろうか?こないだプリンを作ったから何か別のもの」
オーブンは店のものを借りれば大丈夫だろう。いや、そういうことではない。
義理のお姉さんって、マリーさんか。
どうしよう。フェルに話しておくべき?
いや、やめとこう。
どういう話になっているかはよくわからないけど、マリーさんもフェルに気をつかわれたくないと思っているはずだ。親戚のおばさんくらいに思って欲しいはず。
展望台で会ったあの優しい笑顔のおばあさんのことを思い出す。
本当は王妃様なんだけど。
「本当か?ならば何か甘いものをお願いしたい。結局エプロンもエリママに頼ってしまった。私が作れたら良いのだが、まだ洋服は難しい。エリママは今度教えてくれるとは言っていたのだが」
しかしすごいお茶会だな。普通、参加できるなんて相当身分が高い人たちだよ。それこそ隣国の王族とか。
まあ悪くないご縁だし、いいってことにしよう。
「エリママにはいつもお世話になっているからね。頑張って何か作ってみるよ」
「頑張る必要はないのだ。いつも通り簡単に作れるもので良い。この間のクッキーもエリママは喜んで食べていたからな。無理しなくて良いのだ」
そんなこと言われても。
作るとしたら火曜日か、その日はサンドラ姉さんがいるな。味見してもらおう。
高級なお菓子を用意するつもりは全くなかったけど、出来るだけ美味しいものを用意したい。サンドラ姉さんが出勤してる日で良かった。
家に帰って今日森で採取した薬草で下級ポーションを作った。中級を作るにはちょっと素材が足りない。今日採取した中級用の薬草は乾燥させて保存瓶に入れた。
明日市場で買うものをノートに書き込む。お菓子の材料だ。朝はまだ売っているお店が空いてないからお昼に市場に走ることにする。
フェルがお茶を淹れてくれた。
「今日はいろいろあって面白かったな?疲れてないか?森を歩くのは久しぶりだっただろう」
「さすがに少し疲れたね。でも行って良かったよ。キノコたっぷりのスープ美味しかったよね。滋養があるものを食べると風邪を引かなくなるっていうから、フェルに案内してもらって行ってみて良かった」
先にパジャマに着替えたフェルはパジャマの上に外套を羽織っている。
「ケイが喜んでくれると私も嬉しい。今日は私がマッサージをしてやろう。父と兄には好評だったぞ。さあそれを飲んだら着替えて寝る支度をするのだ。もう良い時間だぞ」
何?この流れ。ちょっと断りにくい。
なぜか一緒にテントに入り、僕だけパジャマに着替えて布団の上にうつ伏せ横たわる。フェルが僕のお尻の上にまたがる。
「まずは腰だな。最初は軽く押していくが痛かったら言ってくれ」
フェルの細い指が僕の腰を優しく押していく。そのあと肩と首をほぐしてもらい、仰向けになれとフェルが言う。
もっとゴリゴリ痛くされると思っていた。気持ちいい。少し眠っちゃいそうだった。
フェルが言うには心臓から近い位置から少しづつ遠い方をほぐしていくと良いらしい。
太ももから脛の部分をほぐしていく。
あの。フェルさん。当たってます。
無心になるんだ。僕。
なんか汗が出て来た。
これは決して血行が良くなったからではない気が、いや、血行は確実に良くなっている。僕の一部が。腰に毛布をかけておいて良かった。
最後に腕をやってもらう。丁寧に手のひらを押してもらうのが気持ちいい。
フェルと目があって微笑んだ。
フェルが僕の額に手を置く。少し頭を優しく撫でられた。変な気は起こらなかった。フェルの優しさが感じられて、くすぐったいと言うか、なんと言うか。
暖かい気持ちになった。
そして布団の中に入るとすぐに眠ってしまった。眠りに落ちながらフェルに優しく抱きしめられたような。
フェルは石鹸のいい香りがした。
翌朝、フェルに抱きしめられたまま目を覚ます。
フェルのピンク色の唇がときどき動く。
昨日の夜、僕の額を優しく撫でてくれたフェルの顔を思い出す。
キスしたいな。
誘惑を必死に振り解き、布団を出て暖房のスイッチを入れた。
ダメだ。歯止めが効かなくなる。
少し頭を冷やそう。
フェルの額を優しく撫でてフェルのことを起こした。フェルは頭を撫でる僕を見て優しく笑った。
「たしか最初に出会った時もこんな感じだったな」
フェルが優しい声で言う。
僕はそのあと椅子から転がり落ちたのだが。
市場に走って今日もタマゴと牛乳を買う。ラウルさんが領都の商品を扱っている店から伝言だと僕に言う。いつも塩鮭など買うあの店だ。
ラウルさんはそこの店の人と友達らしい。前にそんな話をそこの店の人としたことがあった。
「魚がけっこう入荷したらしいから、そのうち来てくれって言ってたぞ。ケイは魚が好きなんだろ。種類が残ってるうちに買いにくるといいって言ってたな」
ラウルさんにお礼を言って店を出た。
これは昼休みに行くべきか。
時間あるかな。
王宮のオムレツをお弁当箱に詰めて、今日のお弁当は完成。
お弁当に入れた小芋で作った煮転がしは自信作だ。
しまっておいて明日の朝に出そう。1日おけば味が染みてもっと美味しくなってるはず。
ギルド前でフェルと別れて、出勤する。
掃除を手早く片付けて、スープの用意と、ロールキャベツや、ビーフシチュー、ハンバーグに使う野菜の下ごしらえをする。
仕込みの作業は嫌いじゃない。いや、むしろ好きな方だと思う。
じいちゃんが、味はこの仕込みで決まるってよく言ってたな。少しでも美味しく作りたくて一生懸命頑張ってた。
みじん切りの大きさで料理の味が変わることは小熊亭で初めて教えてもらった。
この前気付いたのだけど、師匠はハンバーグで使うタマネギのみじん切りの大きさと、ニンジンの大きさを微妙に変えている。タマネギは気持ち大きめに切っていた。
失敗したハンバーグをこっそりロイにもらって食べてみると、確かにこっちの方が食感はいいし、甘味が出る。
師匠にはすぐバレてすごく怒られたけど。
野菜の下処理を終わらせて、保冷庫の氷を補充していたらロイが来た。
お母さんの病気はもうすっかり良くなったみたい。またパンをもらった。
ロイのおうちのパンは美味しいからけっこう嬉しい。今度ちゃんと買いに行こう。
次の休みフェルとデートしても良いかもな。なんか最近休みの日は、ガンツのところに行って刃物を研いで1日が終わってしまっているような気がする。
これではダメだ。もっとフェルと仲良くなりたい。
娯楽が、無いんだよな。そりゃ貴族街まで行けば観劇とかいろいろあって、酒場に行けば吟遊詩人の弾き語りが聞けたりする。
だけど健全な遊び。そうだ。スポーツとかが無いんだ。
体を動かしたい2人の週末は森での薬草採取です。キノコも獲れるしデートには最適♡。たまにウルフも狩ってスリル満……。
ダメだな。もう少しちゃんとしよう。
これは山歩きではない。にじみ出る生活感がどうしようもない。
娯楽といえばお風呂以外にないのかも。僕たち。
ロイは僕のみじん切りの大きさが変わったことにすぐ気がついた。
そうした理由を説明すれば、ロイも次から自分もそうすると言う。ロイのいいところは素直なところだ。こだわりがないわけじゃない。むしろ芯が強い方だと思うけど、ロイは自分でそのやり方がいいと思えば、すぐそれを受け入れて自分のものにする。
器用だし、仕事も丁寧で真面目にこなす。
そんなフットワークの軽いロイを僕は密かに尊敬している。
「ねぇ、ロイ。ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんすか?ケイくん。僕にできることなら全然いいっすよ」
「ちょっとお昼に買い出しに出なくちゃ行けなくてさ。休憩時間に戻って来れるか微妙なんだよ。少し遅れちゃってもいいかな?そのうち何かで埋め合わせするからさ」
「別にそんなの構わないっすよ。だってケイくんいつも早めに来て掃除とか終わらせちゃってるじゃないっすか。いつも悪いなーって思ってたんす。そのくらい全然いいっすよ。ビーフシチューの仕込みがある程度できてれば、あとはこっちでやっとくっす。気にせず買い物してくるといいっすよ」
そうなのだ。師匠は僕になぜかビーフシチューの仕込みをやらせたがる。
「最初はひたすらスープを作ることになるからね」
ホランドさんもアントンさんもそう言っていた。料理の基本なのかな。
ハンバーグを仕込み終えてサンドラ姉さんが出勤して来た。コーヒーを入れてもらって少し休憩する。
「なんかあなた達2人が揃うと仕込みがずいぶん楽ね。あたしなんだかコーヒーを淹れに来ているだけな気がするわ」
「このコーヒー美味しいです。どこで売ってるんですか?」
「豆は市場の東側?ギルドから市場の方に入ってすぐのところ。あそこで買うんだけど、自分でその豆を炒っていろいろ組み合わせてるの。ライアンよりもアタシの方が美味しいと思うわ。ライアンも同じ店で買ってるの」
そうか、ギルマスもその店で。
「今度教えて欲しいです。ギルマスの淹れてくれるコーヒーも美味しいですよ。前にご馳走になりました」
「ライアンのコーヒーより私の方が美味しいと思わない?光風館ってお店よ。今度行った時話しておくから、店の人に教えてもらうといいわ」
ギルマスとサンドラ姉さんの間にはコーヒーについてお互いこだわりがあるのだろう。どっちも美味しいから別にいいと思うんだけど。
昼の営業が終わったら、市場に全力で走った。
砂糖と、アーモンド、そしてバターを買う。小麦粉は手持ちのもので足りるだろう。そして魚を扱うお店に走り込む。とにかく目についたものを買い足した。
お店の人は少し値引きをしてくれたけど、まあまあお金を使ってしまった。
急いで店に戻ってロイと仕込みをする。ロイとサンドラ姉さんがほとんど終わらせてくれたので実際あまりやることはなかった。
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