第129話 スキンシップ

 129 スキンシップ


 昼の営業は忙しかった。土曜日って実は一番混むんじゃないかな。ホールを駆け回り、合間にひたすら厨房のサポートをする。

 外に並ぶお客さんのケアも忘れない。


 外に並ぶ人たちにメニューを配り、温かい麦茶を出す。これはさっきコーヒーを飲みながらサンドラ姉さんに相談して決めた。


「温かいお茶くらいいと思うのよ。是非やりましょう」


 サンドラ姉さんはずっと小熊亭の昼も飲み物を出したかったらしい。


「ありがとな。ウサギ。どのくらい待ちそうだ?」


 聞いてくるのは黒狼のブルーノさん。


「今日何人?3人か。たぶん20分は待たないと思うけど……」


「良いぜ。大丈夫だ。これ飲んで待ってっから仕事頑張れ」


「ありがとー。なるべく急ぐから」


 厨房に戻ってサポート。出来上がった料理をすぐ運ぶ。やばい。ちょっと楽しい。


 村の食堂はいつも閑散としていて、そして活気もなく暗かった。

 こんな賑やかな店で働くのは実は夢だったのだ。食材も豊富、醤油も見つかり、良い職場でも働けるようになった。王都に来て本当に良かった。


 給料がもらえたらじいちゃんに手紙を書こう。返事は店に届くようにして貰えば問題ないだろう。

 

 でも一番はフェルがいてくれていることだ。

 それが今頑張れてる大きな理由だと思う。


「ケイ。もう良い時間だ。表に並んでる奴に言っとけ。これ以上並んでも入れないってな」


「今並んでる人までは大丈夫ですか?」


「そうだ。メニューを渡して看板を変えてこい」


 表に並んでいる人にメニューを渡して、最後尾の人にこれ以上並んでも入れないことを伝えてもらうことにした。

 看板を準備中にして店に戻る。


「ケイ。美味かったぞ。また来るぜ」


 ブルーノさんたちが帰っていった。

 食器を下げてテーブルを拭く。

 事前に聞いてたオーダーを通して外に行きお客さんを迎える。

 お茶のコップはこの時に回収する。


 怒涛のような昼営業はやっと終わって、流石にみんな厨房で座り込んだ。


「面倒くせーからランチにするぜ。好きなものを言え」


 今日は師匠が賄いを作ってくれるらしい。僕は迷わずオークステーキをお願いした。


 荒れた厨房の片付けをして、足りない食材を補充する。

 サンドラ姉さんの指示で付け合わせなどロイと手分けして作っていく。


「ケイ。コロッケも仕込んでおきなさい。できるわよね」


 そう言われて出来ますと答える。

 レシピを見ながらタネを仕込む。サンドラ姉さんに味を見てもらって確認してもらい、どんどん整形する。


「早いわね。田舎でもコロッケ作ってたりしたの?」


「作ったこともありましたが、油は貴重品だったのでそこまで頻繁には作ってないと思います」


「その割にずいぶん慣れてるみたいだけど」


「よくわからないんですけど、なんか体が覚えてるような気がするんですよね。変なこと言ってますけど」


 最近気づいたが、ハンバーグやコロッケは作る工程を体が覚えているようなのだ。ロールキャベツもそうだった。最初に作った時に何故か懐かしい気持ちになった。あまり深くは考えないようにしてる。どうせ思い出せないのだから。


 コロッケを作りながら師匠が料理を作っている姿を見る。コロッケは師匠の仕事が見やすい位置で作っている。これはチャンスだと思って。

 サンドラ姉さんはそんな僕をニヤニヤしながら見ていた。


 オークステーキってあんなに弱火で焼くんだ。あと一度火から下ろしてた。あれはなんだったんだろ。

 給料が出たらステーキ肉を買おう。オークだったら僕でも買えるはず。

 

 師匠のオークステーキは絶品だった。

 味わって食べようと思っていたけど、そんなのできなかった。ソースもパンにつけて食べて、僕だけお皿がピカピカに綺麗だった。

 ロイにもサンドラ姉さんに呆れられたけど、「だって美味しいですもん」そう答えた。

 そして休憩中にサンドラ姉さんにオークステーキの肉の部位をこっそり教えてもらった。


 夜もお客さんがだいぶ入ったけどフェルがいたから全然平気だった。麦茶のサービスもフェルは嫌な顔一つせず「それは良いな。待たせてるお客さんにも心苦しくならずに済む」そう言って率先してやってくれた。


 今日もエリママが来て食事をして行った。ゼランドさんと2人で来て、カウンターに座りサンドラ姉さんと楽しそうに話していた。

 目が合うと僕に手を振ってくれた。

 エリママはそれから土曜日にたまに食べに来てくれるようになった。


 あとで理由を聞いたら「だってケイくんにこうでもしないと会えないじゃない」そう言ってエリママは笑っていた。

 楽しそうなので良いことにする。


 元王女に笑顔で手を振ってもらえる元村人。深く考えてしまうとなんかいろいろおかしい。


 ロイが作ってくれた賄いを食べながら、今日あったことを思い出せる限りノートに書いていく。書いてることを人に見られるのは少し恥ずかしいけど、フェルに見られるのは気にならない。


 フェルはすっかり機嫌が良くなっていた。エリママと一緒にいるのが楽しかったのか。ありがとうエリママ。今度またお菓子でも差し入れます。

 

 でも何故かエリママのところから戻ってきてからスキンシップが多い気がする。今日はやたらと体に触れてくるな。なんでだろう。


 お風呂に入りに行ってゆっくり湯船に浸かる。最近サウナができたのだ。風呂しか楽しみのない僕にとって最高の娯楽施設だ。サウナができたのを知ってからお風呂の時間が15分伸びた。


 洗濯をしながらフェルの髪を乾かす。もちろんフェルは正面を向いている。

 目を閉じて気持ちよさそうにしてるのはやめてほしいです。唇に目が引き寄せられてしまいます。

 

 ようやく後ろ向きになり、乾かした髪をとかしているとフェルが今日ギルドで聞いた話を教えてくれた。


「南の森の立ち入り禁止が解除されたのだ。明日行ってみるか?」


「ほんと?少し採取も出来るかな?香草とか少なくなってきたんだよね」


「あまり時間はないだろうが、前にリンと見つけたキノコなどが生えてる場所がある。2ヶ所くらいなら回れるのではないだろうか?」


「行ってみたい。案内してくれる?」


「ああ、構わないぞ。少し早めに朝は出発しよう」


「うん。フェル。ありがとう」


「こ、この程度どうということはない。ま、まぁケイには美味しい料理を作って欲しいからな。当然だ」


 嬉しくてフェルに抱きついてしまった。

 フェルから離れて顔を見るとフェルの顔が真っ赤だった。


 そのあと落ち着きを取り戻したフェルと一緒に家に帰り、僕は明日の炊き出しの準備をして、フェルはいつものように素振りを始めた。

 ゴードンさんとラウルさんのところには昼休みに行ってきた。ゴードンさんは育ちの悪かった小さなじゃがいもを山ほどくれた。

 明日はこれを揚げてスープに入れてみようと思ってる。

 よく洗って一応芽を取っておいた。


 終わったら片付けて、先に布団に入った。


 次の日、目を覚ますとまた押さえ込まれている。何だか最近多いな。寒いのかな。


 ゼランドさんの商会が作ってくれたエアマットのおかげでだいぶ寝床は暖かい。

 女の子は寒がりだというからそういうことなんだろうか?


 何とかフェルを起こして、朝ごはんを簡単に済ませて南の森に向かった。


 久しぶりに南の森に来た気がする。

 よく見ると僕たちが柵を作るのに枝を切り落とした跡がある。

 

 あの時も実は立ち入り禁止だったのか。


 どうかバレませんように。


 気配を探りつつ森の中に入って行き、フェルに最初のポイントに案内してもらった。けっこうキノコがたくさん生えている。何本かは残したけど、ここぞとばかりに採りまくった。

 また歩きながら途中で薬草や香草などを採取していたら、少し森が開けたところに出た。いろんな種類の香草が生えている。中級ポーションに使える薬草も生えていた。

 いい場所に連れてきてもらえた。

 採り過ぎないように注意してどんどん採取していく。

 これは絶対デートではない。ハイキングというより、もはや狩猟に近い。


 そのあとあの荒れ地の方に向かい、餌を撒いて森の際で獲物を待った。

 ホーンラビットを8匹狩って急いで王都に戻った。

 森の深くまで行かなければ1人でも採取に出かけられそうだった。でもフェルと2人で来た方が楽しいし、また2人でこよう。


 ただの狩猟だけど。


 南門で順番を待つ。拡張工事が始まり、前に僕たちが寝床にしていたあたりは綺麗に整地されていた。水場の近くに休憩のために作ったのか、大きめの小屋が建てられていた。

 フェルと2人でその様子を眺めて、「どれくらい広げるんだろうね」と、そんな話をしながら順番を待った。


 ギルドで急いで解体をして、報酬を受け取り炊き出しの会場に行く。

 炊き出しの会場にはセラちゃんと、もう1人、同じくらいの年の少年が待っていた。話を聞いたらその子も手伝いたいらしい。


「カインって言います。将来料理の仕事がやりたくて、セラから話を聞いて僕も手伝いたいって言ったんです。よろしくお願いします」


 カインはセラちゃんよりも一つ年上で、スラムで1人で暮らしているらしい。

 今は配達の仕事をして、何とか食いつないでいるらしい。孤児院には行きたくなかったそうだ。

 市場でリアカーに食材を積み、料理屋に届けるのが主な仕事で、そこで働いている料理人の姿を見て自分もやってみたいと思ったらしい。


「こちらこそよろしく。じゃあ、カインにセラ。まずは手を洗っておいで」


 手を洗って戻って来た2人にエプロンを着せる。少し布が長いので、お腹の紐のところで調節した。今度2人の分を買ってこよう。フェルも2人の分のハンカチを作るとやる気になっている。


 2人に衛生的な格好と、手洗いの大切さを教えた後、さっそく料理を作り始める。

 まずは野菜の皮を剥いてもらって、タマネギの切り方を教える。

 ガンツの包丁はよく切れるので2人にはまだ早い。僕のずっと使っていた包丁で交代でやってもらう。野菜の皮剥きはピーラーを使わせた。


 出汁をとり、大鍋に4つに分けた。

 フェルが2人にお米の炊き方を教えている。お米が炊けるならだいぶ食生活も充実するかもしれない。2人の家にはコンロはあるのかな。聞いてみたらそれぞれ1つは家にあるそうだ。

 お昼ご飯をみんな食べていないので、カインとセラにはおにぎりを作ってもらった。ほぐした塩鮭を具にしてもらい、2人は不恰好だが、丁寧におにぎりを握ってくれた。


 簡単に出汁について説明して、順番に野菜を入れていく。大抵はタマネギが先だ。そのあと火の通りにくい順に野菜を入れていく。

 今日は出来るだけ細かいことは教えずに、おおまかな流れだけ説明する。

 2人にノートも買ってあげたいな。いろいろ覚えて帰って欲しい。


 最後に揚げたじゃがいもを入れてスープは完成だ。

 野菜たっぷりのコンソメ風スープだ。

 じゃがいもは少し皮に切り込みを入れて揚げた。皮が嫌な人は剥いて食べればいいだろう。


 今日はリンさんとリックさんは来ていなかったが、カインとセラがスープを見てくれているので、作業はスムーズだった。


 今日も3人冒険者の人が手伝ってくれている。なんかくじ引きしてるってフェルが言ってたよな。定員は3人って決めているんだろうか?


 炊き出しを配り終えてみんなで食卓を囲む。2人を椅子に座らせてフェルと僕は立ったままで食べた。

 今日森で採取したキノコをふんだんに入れたスープはとても栄養があって美味しくできていた。セラが目を輝かせて食べている。カインも夢中でかきこんでいる。

 ふとフェルを見ると2人と表情で同じで夢中で食べている。


 子供か。かわいいけれども。


 3人におかわりをよそってあげて、冒険者たちにおつまみを作る。その横でクッキーを作った。すごく素朴で簡単なものだけど、包んで2人にあげるととても喜んでくれた。

 やっぱり子供にはお菓子が似合うよね。

 カインはその場で何枚か食べたが、セラは帰ってお兄さんと一緒に食べるらしい。

 

 お兄さんは拡張工事の仕事を始めた。

 だいぶ生活が楽になったと言っていた。

 スラムで拡張工事の仕事に就いている人は多い。そのため僕たちは炊き出しの時間を遅らせて少し遅くまでやることにした。


 カインとセラがきちんと仕事ができるようになったら、ちゃんと給金を出してあげたいな。いくらくらいが妥当なんだろう。今度ロイにでも聞いてみようかな。


 後片付けをして2人と別れる。

 セラはお兄さんと手を繋ぎ、今日のことを楽しそうに話しながら帰った。


 そのあと急いでギルドの食堂に鍋を返してゼランド商会に駆け込む。

 

 買いたいものがいろいろ出来てしまったのだ。

 

 


 

 

 







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