第127話 なぽりたん

127 なぽりたん


 ガンツの工房に行くとお弟子さんがニコニコして作業場に案内してくれる。

 僕が仕上げ研ぎをしてからナイフの注文が増えたらしい。

 笑顔でお礼の言葉と一緒に、今日研ぐナイフを渡される。

 

 まぁ別にいいけど。

 

 あ、これ冒険者ギルドの紋章だ。お弟子さんに聞いたら解体係全員に支給されることになったらしい。

 小型のナイフはホーンラビットを解体するのにちょうど良さそうだった。


 ノルマをさっさと終わらせてオムライスを作る。途中まで仕上げておいてフェルを待とう。

 スープは小熊亭の鶏肉スープをホーンラビットの肉で作ってみた。

 少し臭みが出ちゃうな。生姜をもう少し足してみよう。

 お肉の下処理も甘かったかな?レシピ帳に書いておく。

 工房の方からドタドタと足音が近づいてくる。フェルが来たのかな?


「ケイ!合格したぞ!Dランクだ。相手はリックだった。あのリックから一本取ったぞ!」


 合格したことよりもリックさんから一本取れたことがフェルには嬉しかったらしい。

 あの硬い守りを崩したんだ。すごいなフェル。


 オムライスを仕上げながらフェルの話を聞く。ずっと右側に回り込むように攻めて、そういう癖があると思い込ませ、素早く反転して足技でリックさんを転ばしたらしい。


「……それで私の癖を逆に利用してな。足技は事前にどこかで仕掛けようと思っていたのだが、あんなに見事に決まるとは思わなかった。リックが悔しそうな顔をしていたぞ。そしてそのあと試験の結果が出るまで模擬戦の続きをリックとやったのだが、それは勝負がつかなかった。やはり奇襲だけではダメだな。もっと精進しようと思う」


 出来上がったオムライスに、


「フェル おめでとう」


 とケチャップで書いてあげた。

 

 フェルは僕に抱きついて喜んでくれた。

 一緒に食べられないのは残念だったけど、そのあとお弟子さんの分もオムライスを量産する。作り方も教えてあげた。


「ケイが来るようになってから工房の食事が美味しくなっての。感謝しておるぞ」


 ガンツが嬉しそうに僕にいう。

 ガンツもオムライスは好きな味みたいだ。


 研ぎの報酬として金型を作ってもらう。マドレーヌなどを作るような小さな金属の型だ。何かいろいろ他にも使い道があると思う。他には何かないのかと聞かれたので、金属製のダッチオーブンのようなものをお願いした。ガンツのところに来てオーブンを借りたらいい話かもしれないけど、少し興味があったのだ。フタはなるべく重い方がいいとお願いした。


 お茶を飲みながらもう一度今日の模擬戦の話を聞いて、そのあとはパスタを作る。

 フェルは裁縫をするそうだ。小熊亭の仕事で使える頭に巻くハンカチを作ってくれるらしい。色はお揃いにするそうだ。品の良い淡い水色の布を裁断している。


 さて、パスタを作ろう。

 

 小麦粉をボウルに入れて、塩を足す。

 別の器にタマゴを割り入れて泡立て器でしっかり溶く。そこにお水と油を足してしっかりと混ぜた。


 少しずつボウルに入れた小麦粉に卵液を足してこねていく。

 生地がまとまったら濡らした布巾で蓋をして寝かせておく。

 それの作業を繰り返して生地を3つ作った。

 

 生地を寝かせている間にケチャップを作る。買ってきた香草だとイマイチ感覚がわからないな。フェルに今度採取をお願いしよう。

 今日ナポリタンを作る分のケチャップは足りると思うけど、次にお弁当を作る時のために作り置きだ。


 2時間くらい生地を寝かせたら、麺棒で伸ばす。打ち粉をして折りたたんだ生地を少し太めに切っていく。ガンツの牛刀が使いやすい。あっという間に全部の生地を切り終えた。


 休憩中、ハンカチを作り終えたフェルが僕の頭に巻いてくれる。

 少し照れくさそうに「似合うぞ」とフェルが言った。

 あとでエリママに教えてもらって刺繍をするらしい。

 お茶を飲んで休憩していたらガンツが金型の試作品を持ってきた。いい感じで出来ていたので同じのを30個お願いした。


 休憩したらナポリタンの用意をする。それだけじゃ足りないと思うから、小熊亭のハンバーグを作る。ソースはオニオンソースだ。デミグラスソースの作り方はまだ教えてもらっていない。


 できるだけ師匠と同じ焼き方を心がけてフライパンでハンバーグを焼いていく。

 それに合わせてナポリタンを作って行く。練習のつもりで何食かに分けて何度か作った。

 真っ先にフェルに出したかったけど、少し慣れて、美味しく作れる自信がつくまでフェルには待ってもらった。先に料理を出したお弟子さんには悪いけど、パスタとハンバーグのタイミングを合わせるのは少し難しかった。


 ロイがフライパンで家で作るのと鉄板で作るのはまるで違うと言っていた。確かにね。その気持ちよくわかる。ロイは小熊亭のハンバーグをパンに挟めて、店を継いだら自分の店で売りたいのだそうだ。ハンバーガーか。きっと美味しいだろうな。


「ケイ!美味しいぞ」


 背中越しにフェルの声を聞く。

 振り向くと口の周りいっぱいにケチャップをつけて夢中で食べるフェルの姿があった。今は目に焼き付けておいて、あとで口を拭いてあげよう。

 お弟子さんの分もナポリタンとハンバーグを作るのはけっこう大変だったけどとても勉強になった。

 段取りというのか、準備が中途半端だとあとで慌てて帳尻を合わせる羽目になる。

 内緒だけどガンツに出した分は少し失敗した。ちょっと焦ってしまったのだ。


 出来上がった金型を受け取って、ガンツの工房を出た。ダッチオーブンは出来上がったらもらえるらしい。お弟子さんたちにも見送ってもらって、公衆浴場に寄って帰った。


「フェル。実はプリンも作ったんだ。食べる?」


 家に戻って鍛錬を始めようとするフェルに声をかけた。


「今日は私の人生で最高の日かもしれない」


 そう言ってフェルはお茶を淹れ始めた。


 プリンを食べてお茶を飲みながら、フェルとのんびり過ごした。


「今日の料理はすごかった。ケチャップがやっぱり良いな。オムライスとはまた違う味付けのなぽりたんというのか?それも美味かった。また食べたいと思う」


「気に入ってくれて良かったよ。フェルのお祝いだからね。張り切って作ってよかった。また作るから楽しみにしていて。でもガンツのところで厨房を借りないとパスタが作れないんだよね。しょっちゅう厨房を借りるわけにもいかないから、ちょっと間を置かないといけないかも」


「……ガンツのところで厨房を借りると、また弟子たちにも食事を振る舞わなくてはいけないのであろう?その……それが嫌だというわけではないのだが……そうなるとケイと一緒に食べられないではないか。私はケイに少しでも早くこの感動を伝えたいのだが、ケイがそこで忙しそうに料理を作っていると……その……少し寂しい気持ちになってしまう。もちろんケイが食堂で働く練習したいというのもわかるのだ。だが……少し我慢してるのが辛かった……」

 

 少し驚いてフェルの顔を見る。ちょっともじもじとしながらフェルは話す。


「できれば……できれば食事は一緒に食べたい。楽しいことは2人で楽しもうと言っていたではないか。美味しい料理は2人で一緒に食べたい……」


 プリンの入った容器の底をスプーンで突きながら、下を向き恥ずかしそうにフェルが話す。

 

「じゃあ、部屋が決まったらまた作ることにしよう。その時はフェルのためだけに作るよ。どうしても外だと作りにくいから、ナポリタンは特別。今度は2人で食べよう。今日より美味しく作るから楽しみにしておいてね」


 どうやって美味しく作るかはこのあと考えるのだけど、そんなことはどうでもよかった。

 フェルが少し気持ちが沈んでいたのでできるだけ明るく話したつもりだったけど……上手く話せていたかな。自信はない。


 寝る前にフェルに、今日は手をつないで寝てもいいか聞いてみた。

 フェルは何も言わず僕の手を握り、体を絡ませてきた。

 

 フェルは僕の耳元で、「今日はありがとう」優しくそう言った。

 

 

 



 

 

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