第126話 貧乏とお米

 126 貧乏とお米


 今日もギルド前でフェルと別れて店に向かった。

 昨日ロイからもらったパンは朝食に食べた。

 レーズンパンと角切りにしたリンゴを練り込んだパンはとっても美味しかった。

 これからたまにロイの店でパンを買おう。

 ご馳走だと思えるほど、もらったパンは美味しかった。


 たまにはパンを食べよう。そう思ってはいるけれど、米の値段と比べてしまうとなかなか手が出ない。

 割引もしてもらっちゃってるし、とにかく貧乏とお米は相性がいい。

 塩むすびなんて10個握っても原価は銅貨1枚いかないのだ。


 小熊亭でも出せばいいのにと思う。だけど入ったばかりの新人がそんなことを提案するのは少しためらわれた。


 ロイの美味しいパンに絶妙にあう今日のオムレツを、フェルは絶賛していた。

 勝手に王宮のオムレツと名前をつけている。

 ギルド前で別れた時もなんだか機嫌が良かった。

 今朝のオムレツはお弁当にも入れたから楽しんでくれるといいな。


 店に着いて、淡々と開店の準備をする。

 こなれてきたわけではないけど、開店の準備なんて実家でやってきたこととそう変わらない。それに昔から割と仕込みの作業は好きなのだ。

 ロイも来て2人でどんどん作業を進める。


「ケイくんが来てものすごく仕事が楽になったっすよ。夜の分もこの時間でここまでできちゃうなんて考えられないっす。そのうちメニューも増えるんじゃないっすか?今までは仕込みが間に合わないからあきらめていたんで」


 食糧庫の在庫を調べながら、ロイとそんな風におしゃべりをした。ウスターソースを撹拌するのも忘れずにやる。


 ハンバーグはもう仕込みが終わった。

 今はロールキャベツをロイがやっている。

 サンドラ姉さんは今日は休みだ。できるだけ朝のうちに仕込みを進めておきたい。


 師匠が来てスープの味を見てもらう。今日も問題ないと一言だけしか言われなかった。


「ロールキャベツができてんなら先に煮込んでしまえ。ある程度煮込んだら火を止めて置いておけば味が染みて美味くなる」


 師匠がそう言ったので、ロールキャベツの鍋をを温めた。

 キャベツの巻き方はロイにも教えてある。


 昼の営業は順調に終わって、予想以上に出過ぎたオークステーキの下拵えをしていく。厚切りにしたオーク肉にお酒を振りかけて、少し置いたら水気を拭くのだ。


 賄いはロイがハンバーグを焼いた。

 師匠がそれを食べてロイにアドバイスをする。横でそれを横で聞いて必死に記憶する。


 昼休みにガンツの工房まで走って、明日厨房を貸して欲しいとお願いに行った。

 ガンツにはパスタを作りたいのだと説明した。


 店に戻るといつもは2階で作業してるはずの師匠が厨房に降りてきていた。


「ケイ。手を洗ってこい。今日からビーフシチューの仕込みを変える。教えてやるから次からお前がやれ」


 急いで手を洗って準備する。

 どうやら前の日に準備することにするようだ。確かにその方が美味しくなる。

 

 いつものように出汁をとり、炒めたタマネギと洗った内臓、すじ肉を煮込むのだけど、今日はスネ肉もそこに入れる。スネ肉は大きめに切り、表面を軽く焼いたら赤ワインをフライパンに入れ、アルコールを飛ばす。それを鍋に加えて弱火で煮込む。

 師匠が塩を少し入れて鍋をかき混ぜたら、味見用の皿にスープを入れて僕に渡してきた。


「このくらいの薄味でいい。煮込んでスープの量がこの半分になったら火を止めて置いておけ。残りは明日作業する」


 師匠はそう言って2階に上がって行った。


 ロイと2人でそのあと何度か味見して、その味を必死に覚えた。


 夜の営業は師匠のアドバイスを受けたロイが安定してハンバーグを焼き続け、気がつけばあっという間に営業時間が終わっていた。


 師匠の作った賄いを食べて、フェルと2人で洗い物を片付ける。

 食糧庫の在庫をノートに書き込んだら今日は終わりだ。


 お風呂に入りに行き、フェルの髪を乾かしながら明日の昇格試験のことを聞く。

 

 試験は模擬戦をするそうだ。Bランク以上の冒険者と模擬戦をして、勝敗ではなく内容で判断されるらしい。

 フェルも特に心配はしてないそうだ。

 実は僕もそんなに心配していない。フェルなら間違いなく合格するだろう。

 

 Dランクになれば、ある程度行動が自由になり、単独での森での採取や討伐の依頼が受けられるそうだ。

 ランクにはフェルは興味があまりなかったけど、今までより自由に依頼が受けられると知って昇格試験を受けようと思ったのだそうだ。


 家に帰って、フェルは素振りを始めた。

 僕はレシピ帳の整理の続きをする。


 明日はガンツの工房で待ち合わせることにしている。昼ごはんを作って待ってると約束をした。


 次の日、朝、目覚めて時計を見ると6時25分。いつも起きている時間だ。

 レシピ帳を整理しながら寝てしまったのだろうか。起きると枕元にレシピ帳が置いてあり、僕はフェルに抱きしめられていた。抱き枕みたいにされている。

 

 暖房の魔道具のスイッチをつけてテントの中が暖まるのを待つ。

 

 フェルはすごいなぁ。もうDランクか。冒険者を始めてひと月と少し。普通は半年くらいかかるらしい。3か月で早い方。サリーさんからはそう聞いていた。

 

 そのフェルに今は押さえ込まれている。

 

 さっき逃げようとしたらガッチリ決められてしまった。仰向けで気をつけの体勢から動けないでいる。


 でも悪い気はしない。こんな僕でも頼られているんだ、そういう気にさせてくれるから毎朝救われている。


 抑え込みなら動けないから変なことも出来ないし。


「フェル。そろそろ起きて。遅刻しちゃうよ」


 そう言って呼びかけると少しフェルの力が抜ける。

 片手が自由になったのでフェルの頭を撫でて起こした。


 走り込みを終わらせてご飯を炊く。昨日もらってきた余ったオーク肉に衣をつけてとんかつを手早く揚げる。

 タマネギを切って軽く炒めて、少し透き通ってきたら水を入れて砂糖を入れた。

 

 タマネギが柔らかくなってきたらお醤油を砂糖と同じくらい入れて火を止める。

 冷ましながら少し味を馴染ませるのだ。

 その少しの時間で弓の練習をした。

 弓の練習はできるだけ毎日続けている。

 時間がなくて5分だけという日もあったりするけど、毎日10回、ライツの弓を引くようにしている。


 フライパンをもう一度温めて、お酒とみりんを入れる。味見して醤油をもう少しだけ足した。

 食べやすい大きさに切ったオークカツを入れてフライパンに蓋をする。

 タマゴを2回に分けて流し入れて火を止める。

 お味噌汁はネギとワカメで簡単に作った。

 素振りをしているフェルに声をかけてテーブルに朝ごはんを並べた。

 少なめに盛ったご飯に卵とじを丁寧にのせたらカツ丼の出来上がり。

 残ったカツ煮は大皿に入れる。


「大きなお椀がないからおかわりしてね。カツ丼っていうんだ。縁起がいいので作ってみたよ」


「縁起とはなんだ?」


「東の国言葉で、物事の良し悪しっていうのかな、幸運や不運の前兆?そんな意味の言葉だよ。縁起がいいといいことが起こるんだ。カツ丼は勝負に勝つとかけているんだよ」


「何か難しい話になってしまったな。すまない。つまりこれを食べると良いことが起こるということだな。ありがとう。ケイ」


 そのあとフェルはご飯を3杯おかわりして、「名残惜しいがこれ以上食べると動きづらくなる」そう言ってお茶を淹れはじめた。


 フェルが淹れてくれたお茶をゆっくり飲む。そのあと2人で後片付けをしてギルドに向かった。


 冷たい麦茶の入った水筒を渡して、フェルに頑張ってと伝えて別れた。

 

 市場に行って買い物をする。フェルの好きそうな果物とかを少し高かったけど奮発して買った。

 ゴードンさんの野菜売り場に行くと、とても感謝された。ゴードンさんは討伐されたゴブリンの死体を処理するのを手伝ったらしい。

 その数に驚いたそうだ。


「あんな高ランクの冒険者が来てくれるなんて思わなかった。ケイくんが心配してたから来たとか言ってたよ。おかげで集落は安全になった。ありがとう」


 がっちり握手をされてそう言われた。

 

 いったいどれだけ狩ったのか。

 全滅させてきたとか言ってたもんな。


 いろいろ野菜を仕入れて店を離れた。

 お肉屋さんで、ハンバーグの材料を買って、乾物屋でキノコを買う。

 実はここで売ってるキノコが美味しいことにこの前気づいた。フェルが王宮のオムレツと呼ぶそのオムレツはここのキノコのみじん切りを入れている。生のものでも乾燥したものでもそんなに味は変わらない。乾燥したものは一度水で戻さないといけないから少し手間がかかるのだけれど。


 割とお金を使っちゃったけど、仕方ない。

 でもお店で賄いをいただいてるし、食費ってけっこう抑えられているんだよな。

 勉強のために少し使う食材を増やそう。

 まずは小熊亭のレシピを研究かな。

 使ってる肉をホーンラビットに置き換えたらどうなるんだろう。少し興味がある。


 買ったものを全部マジックバッグにしまったらガンツの工房に向かった。

 








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