第112話 新年
112 新年
王城からの帰り道、フェルと手を繋いで帰った。いろいろあったけど楽しかったな。
こういうのデートっていうことでいいのかな。
王様と知らずにお弁当をあげちゃったのは驚いたけど、あのまま僕たちだけ食べてても気まずいしね。味も気に入ってくれたみたいだし、まあ良かったかな。
「今日会ったあの老夫婦はとても素敵だったな。庭師をしていると言っていたが、王城で働いているからにはさぞしっかりとした身分の人たちであろう。平民が王城で働けることなどほとんどないからな」
少し悩んだけどフェルにはあの2人が王様と女王様だとは言わないでおくことにした。その方が次に会った時も話しやすいと思ったからだ。
「私もああいう風に歳をとっていきたいと思う。本当に素敵な夫婦だった」
「そうだね。あんな風に歳を重ねていけたらいいね。でもあの人達だってすごく苦労を重ねてきてると思うよ」
「それはそうであろう。だがそれを乗り越えた先があのような幸せであるならば、その苦労も苦労だと思わず乗り切れる気がする」
「そうだね。今日は楽しかったな。フェルありがとう」
「別にお礼を言われるほど何かしたわけではないが」
「フェルが一緒にいてくれてありがとうってことだよ」
「それならば私も同じ気持ちだ。ケイ、私も楽しかった。今日はありがとう」
フェルは笑顔で僕にそう言う。その表情が魅力的すぎてまともにフェルの顔を見ることができない。
乗り合い馬車を中央で乗り換えて西門に着いた。
ガンツの工房に行くと、いつもいるお弟子さん達の姿はなかった。今日から年明け3日まで工房は休みになるらしい。
それはライツも同じらしくて2人とも、もうお酒を飲んでいた。
ガンツに買って来たお酒を渡す。
喜んでもらえたところを見ると好みのお酒だったみたいだ。
「なんじゃ貴族街までわざわざいって買って来てくれたのか?そこまでせんでも良いのに」
「今日王城の展望台に行ったんだ。夕陽がとても綺麗だったよ。お酒はそのついでというか、新年の贈り物を用意していなかったから、これは僕たちからガンツとライツへの新年の贈り物だよ。いつもありがとう」
お酒を買う時に、フェルはどうしても半額出すと言って聞かなかった。
贈り物だから私もお金を払いたいと言って結局フェルと僕とで半額ずつ出し合ってお酒を買った。
「ありがとうケイ。ならばこれは年が明けたら飲むとしよう。ライツもそれで良いな」
「ケイ。ありがとな。この酒結構手に入りにくいんだぜ。俺たちドワーフには人気だからな。こないだの差し入れも美味かったぜ。若いやつが喜んで食ってたぞ」
「そうなんだ。お店の人のオススメってだけで買ったんだけど良かった。僕はお酒のことはよくわからないからね」
その後ツマミになりそうなものをちょこちょこ作って、お昼の残りのおにぎりを焼きおにぎりにして出した。
そして僕は年越しそばの準備をする。
ガンツのところの厨房は広いので、普段作れない料理に挑戦できる。
みんなでいろいろな話をしながら、蕎麦を打つ。初めてにしてはまあまあよくできたと思う。
珍しくフェルもお酒を飲んでいた。上気してほんのり頬が赤くなったフェルはとても綺麗だ。フェルの子供の頃の話が面白かった。
散々話して少し小腹が空いた頃、年越しそばを出す。
「不思議な料理じゃの」
「こんなの食べたこと無いぜ。麺なら西の街で有名な料理があるけどな。確かパスタって言ったか」
「へーパスタか。今度作ってみてもいいなー。ガンツまた今度厨房貸してよ。外だとこういう料理作りにくいんだ。粉が風で飛んじゃうし」
「ケイ、パスタも作れんのか?お前けっこうなんでも作れるんだな」
そう言ってライツがどんぶりに口をつけ、蕎麦の汁を啜った。なんか蕎麦が似合うなライツ。
フェルもすっかり慣れたお箸で器用に蕎麦をすすっている。目があって微笑んだ。気に入ってくれたみたい。
年越し蕎麦を食べていたら教会の鐘の音が聞こえる。年が明けた合図だ。
「今頃大通りの方は騒がしくなっておるじゃろうな。こっちは静かで良かった」
普段夜遅くまでやっていないお店も、この日だけは深夜まで営業してそして次の日は休むらしい。
そういえば明けて明日は炊き出しの日だ。ホーンラビットを狩るついでにゴードンさんちに新年の挨拶に行こう。
蕎麦を食べ終わってガンツが工房に何かを取りに行った。
後片付けをフェルと一緒にやっていると、ガンツが僕を呼ぶ。
「ケイ。これはフェルとライツとワシからの新年の贈り物じゃ。もともとはフェルが言い出したのだが、ワシとライツもそれに乗らせてもらった」
丈夫そうな革の包みには包丁が4本入っていた。
「ガンツ……」
嬉しくてそれ以上言葉が出なかった。
「感謝するならフェルに言うといい。この間フェルから多少値が張ってもいいからケイがずっと使える包丁を作って欲しいと頼まれてな。お前の就職祝いだそうだ。ワシもライツの弓のように、ケイにずっと使ってもらえるものを作りたいと思っていたからの。半額出してやると言ったのだ。ところが握りの部分をライツに発注しに行ったらライツが俺も混ぜろと言い出してな。ワシとフェルだけの贈り物にするつもりであったがコイツは後から無理やり乗っかって来たんじゃ」
「その言い方はないぜ、ガンツ。お前達だけずりーじゃねーか。ケイ。お前の手に馴染むようしっかり調節してあるからな。大事に使ってくれると嬉しいぜ」
「ライツ!それはワシが先に言いたかったのに。全く……。ケイよ。それを使ってこれからも美味しいものを作っておくれ。その入れ物には今まで使っていた包丁も入るようにしてある。その包丁を大切に使っているお主ならきっとこの贈り物も大切に使ってくれると信じておるぞ」
いつのまにか僕は泣いていた。どうしよう。すごく嬉しい。
「フェル……。ガンツ……。ライツ……どうしよう。なんで言ったらいいかわからないよ。すごく嬉しい。大切に使うよ。約束する」
フェルが僕を抱きしめる。僕もフェルのことを優しく抱きしめた。
「フェル。本当にありがとう。マフラーだけでもすごく嬉しかったのに。こんなものまで用意してくれて」
「ここまで喜んでくれると私も嬉しいぞ。今までケイには世話になりっぱなしだった。こんなことでしか私はその恩を返せないし、これからもケイには世話になるつもりだ。その分もまとめて私達からケイへの感謝の気持ちとして送らせてもらう」
ようやく僕の涙も止まって、包丁を取り出して見る。一目で技ものだとわかる見事な包丁は僕の手に吸い付くように馴染んだ。一体いくらするんだろう?
包丁は長めの牛刀、そして少し細身の柳葉のようなもの、果物を切る時にちょうど良さそうな小型のぺティナイフ。そして少しギザギザのパンを切るナイフが入っていた。洗って水気を切った僕の包丁もそこに入れた。
「本当にありがとう。みんな。これを使って仕事をがんばります。この包丁に相応しい料理人を目指します」
そう言ってみんなに頭を下げた。ダメだ。また泣きそう。
その日は明け方近くまでみんなでおしゃべりをして過ごした。ライツの若い頃の話でけっこう盛り上がった。子供の頃はかなり怖がりで泣き虫だったらしい。いつもガンツの後ろに隠れていたそうだ。
工房の応接間に布団を引かせてもらってすっかり酔い潰れた2人を残して僕らは先に休むことにした。
明日、というか、もう今日だが、今日は昼まで寝てそのあとお風呂に寄って帰るつもりだ。
田舎を出た時は王都でこんな風に温かい気持ちで新年を迎えることになるなんて思いもしなかった。
幸せな気持ちでその日は眠った。
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