第70話 才能        2023.12.30改訂

 70 才能

 

「それじゃあわからんだろ。ケイが混乱するから、リンはちょっと黙ってろ」


 リンさんの指導がヒートアップしてきたのを、もう1人の弓使い、黒狼の牙のオイゲンさんが間に入って止めてくれた。

 オイゲンさんは僕の弓の指導のためにこちらに回って来てくれている。


「ケイ、いいか?矢に殺気がこもってるんだよ。的にしっかりと当てようとするあまり、放った矢に殺意のようなものがこめられちまってる。動かない的ならそれでいいが、相手は的じゃない、生き物だ。魚釣りでもそうだろう?釣ろうと躍起になってると大概釣れない。釣ろうと言う気持ちを抑えて待つと釣れるようになる」


 オイゲンさんは的を用意してくれていた。藁で作った簡易的な的だ。


「そっからあの的を狙ってみろ」


 そう言われて的を狙って矢を放つ。

 距離が近いから難なく当たる。


「そうだ。その感じを覚えとけ。そしたらもっと距離を取るぞ。こっちだ」


 オイゲンさんと一緒に的から離れる。

けっこう遠いな。


「もう一度狙ってみろ」


 そう言われて弓を構える。少し時間をかけて狙いをつけて矢を放つ。当たった。


「さっきと何が違うかわかるか?今放った矢には殺気がこもってるんだ」


「でもしっかり狙いをつけないと的を外してしまいます」


「そうだ。だが、今矢を放ったとき、オマエ当てようって思っただろ?」


「はい。あの的に当てようと思って矢を放ちました」


「そう思えば思うほど矢に殺気がこもっちまうんだ。だから相手に気配を読まれて、かわされちまうんだよ」


 オイゲンさんは自分の弓を取り矢をつがえて僕な見本を見せてくれる。


「なんつーか、当てるって思わねーでこう狙いをつけるだろ?狙いをつけたら、当たるって思った瞬間にもう矢を放っちまうんだ。あのリンはあれでもBランクの一流のスカウトだ。狙いをつけてから撃つのがやたらと早いだけで実はちゃんと狙いをつけてる。決して狙ってないわけじゃないんだ。狙いをつけるのがすげえ早いだけでな。でもちょっとあの早さは異常だがな。俺でもあんな早くは撃てない。ああ見えて、あいつ天才なんだよ」


 話しながらさりげなく放った矢はすっと的に吸い込まれる。

 呼吸をするように自然な所作を見て、熟練した弓使いの技を見た気がした。


 当たるという感覚にはなんとなく覚えがある。

 

 ライツの弓で練習している時の感覚。


「もう一回やってみます」


「おう。やってみろ」


 弓を引き呼吸を整える。いつも朝に練習してる感じだ。できるだけきれいな射形。当てるんじゃなく。当たると思うこと。


 当たると思った時には矢を放っていた。

 放った矢は真っ直ぐ的に当たる。


「それだよ。分かったか?さっき言ったその当てようと思う感じをリンは狙いすぎって言ってるんだ。あいつの説明はかなりわかりにくいけどな」


「なんとなく……ですがちょっと分かってきました。もう少し離れて撃ってみてもいいですか?」


「おう、いいぜ、とにかくこの感覚を覚えることだ」


 普段当たるか当たらないか集中しなければいけないくらいの距離でやってみよう。しっかりと狙わないと当たらないと思える距離。


 けっこう的が小さく見える距離まで下がって狙いをつける。

 ……当てようと思わず、当たると思うこと。


 シュッと矢が飛んで的に当たる。

 いや、今のはなんか違う。

 もっと自然な感じに撃つんだ。


 ……集中する。


 的に当たるなと思った瞬間手の力を抜く。キンって弦の音がきれいに鳴る。

 あ、なんか分かってきたかも。

 ライツすごいな、こんなに力を入れて弦を引いても前より弓がブレない。まあライツが作ったあの弓には敵わないけど。


 よし、もっと遠くからやってみよう。


 さっきの位置から50歩くらい離れて弓を構える。そして集中していく。

 あまり余計なことを考えちゃダメだ。もう的はかなり小さくなっているけど、あの的には矢が当たる。

 ライツが手を加えてくれたこの弓と、いつもの練習で培って来たあの感覚を信じるんだ。


 そして、今、と思った瞬間に手を離す。

 うん。いい感じに撃てた。このまま何本かやってみよう。

 この感覚をとにかく体に入れるんだ。


 集中して矢を放つ。何本撃っただろうか?オイゲンさんがこっちに向かって叫ぶ。


「ケイー!いったんやめだ!的に矢が刺さりすぎて、このまま続けたら矢が痛む!いったん抜くからちょっと待て!」


 もう的に矢が当たったかわからないくらい離れてしまっているけど、僕の矢はちゃんと的に当たったんだろうか?

 

 走って的のところに戻るとみんなが驚いた表情で僕をみている。え?何?


「何本当たりました?遠すぎてよく見えなくて」


「……全部当たってたよ。お前、あの距離でも当てられんのか。あんな遠くからなんて俺でも無理な距離だぜ」


 オイゲンさんが驚いた表情で僕に言う。


「動かない的を狙うのは……上手い方だと思いますけど……でもそんな大したことはないですよ。実際の狩りで獲物を仕留められないんだから」


 そうなのだ。獲物に当たらなければどうということもない。


「だからってお前、あの距離なら殺気が多少こもってたってどんな獲物も狩れちまうだろ」


「実際、森ではあんなに距離は取れませんからね。木が邪魔で。だからどれだけ遠くから狙えたとしてもあんまり意味がないんです。狩りの才能?とにかく僕にはそれがないんですよね……」


「才能って……お前間違いなく弓の才能あると思うぜ」


「ケイ、オイゲンやリンが言ってる獲物の狙い方ってのがわかれば、もうあんたは森でもどこでも獲物を狩れるはずだよ。自信をもちな。たとえアンタに狩人の才能がなかったとしても、その時は一人前の狩人って言ってもいいはずさ」


 セシル姉さんが励ますように言ってくれる。


 これで狩りに行って鹿でも一発で仕留められたら、こんな僕でも弓の腕に自信が持てるようになるかもしれない。


「おっと、ちょっと休みすぎちまったね。ケイ、フェルが心配してるからちょっといいところ見せてみな。今度はまたうちのリックの援護だ。さっきの感覚を忘れないうちにとにかく数をこなしな。幸いアンタたちのおかげで獲物は狩り放題だ。いいねぇ。こういう感じで実戦経験を積めるってのは。ライアンの奴は好きだろうなこの狩りのやり方、あいつは特に教えたがりだからな」


 さっきみたいにリックさんのフォローをする。


 狙いすぎない。当てようと思わない。

 とにかく何度も矢を放つ。

 オイゲンさんとリンさんが倒したホーンラビットを片付けて、矢を補充してくれる。


 ホーンラビットに矢をかわされてしまった。


「ちょっと狙いに色気が出ちまってるぞ。冷静に狙え!」


 オイゲンさんが厳しい声で僕に言う。

 よく見てるな、この人。さすが一流のスカウトだ。


「リックだからダメなんじゃなーい?フェルちゃんの援護をしてるつもりでやってみなよー。必死にやらないとフェルちゃんのきれいな肌に傷がついちゃうよー」


 リンさん、余計なこと言わないで。

 集中が乱れて矢を外してしまう。


「リン!余計なことを言うんじゃないよ!ケイ、集中しな!いいかい?今の状況を冷静に考えてみな。リックは今魔物の群れに1人で立ち向かっている。今のリックの状況は最悪に近いよ。他の魔物でこういう状況になるってことは相当やばい時さ!冷静に、そして集中して処理していくんだ。焦っちゃダメだよ。援護の奴が冷静に処理してくれるだけで前衛は安心するんだ。リック!アンタもちょっと気を抜きすぎだよ!ケイのためにわかりやすく隙を作ってるだろう!それじゃケイの訓練にならない。甘やかすんじゃないよ!」


 リックさんが僕の方を見てバツの悪そうな顔をする。そうか。僕のために狙いをわかりやすくしてくれてたのか。

 でも姉さんの言っていることはよくわかる。ゴブリンや、それ以上に強い魔物の群れが迫って来て。ここで食い止めないと被害が広がる場合なら、今のリックさんはとにかく抜かれたらダメなはず。


 リックさんの動きが変わった。なんか前よりリスクを恐れず突っ込んでいく感じがする。でも、固い。危なげなくホーンラビットをどんどん処理していく。

 盾も上手く使って前より多くのホーンラビットを相手にして襲いかかる群れの中で剣を振るう。


 集中するんだ。リックさんが抜かれたらパーティは壊滅する。そういう覚悟でやるんだ。


 リックさんが獲物の意識を引きつけてくれているから、狙いをつけるのは難しくない。

 弾きとばされるホーンラビットをどんどん倒していく。


 矢を放つ速度が早くなった気がする。

 でも矢がなくならずに撃ててるってことはリンさんたちが僕のフォローをしてくれてるからだ。

 僕はそれを信じて前を向けばいい。

 

 リックさんがやろうとしていることがだんだんわかって来た。さっきから僕が狙いやすいペースで、自分が斜線の入らない位置にホーンラビットを弾き飛ばしてくれている。

 さっきから矢を打つ速度が上がっているのはリックさんが僕のペースを見極めて、戦場をコントロールしているからだ。


 あぁ、なんか分かってきた。これがパーティで戦うってことか。信頼するっていうのがなんか少し分かってきた。


「よし!いったんやめ!リック、フタしてきな。ケイ!なんかつかめてきたみたいだね。いったん休憩だ。リックは食事の準備を始めな。次は……フェルとオイゲンでやってみよう。ケイ。オイゲンの仕事をちゃんと見とくんだ。なかなか見れないよ。このレベルのスカウトの全力の仕事ってやつは」

 

「おい!セシル!そんなこと言ったら必死にやんなきゃいけなくなるじゃねーか。もういい年なんだぜ、俺も。でもまあ実際、ケイ後半は良かったぜ。あれで充分合格だ。そんで俺はあれ以上やらなきゃいけないってことかよ。セシル覚えてろ。そのうちお前にもやらせるからな」


「心配しなくてもアタシもそのうち参加するさ。ケイにはまだ早いからしばらくやらないつもりでいたけどね。だが、ケイも少しわかってきたみたいだから、明日にでもやってみようか。実はちょっとうずうずしてんだよね。アタシも体を動かしたい。もともと性に合わないのさ、こんな上から偉そうに指示したりするのは」


「確かにー。セシル似合わないもんねー、ふんぞり返って指揮したりするの」


「ケイくん。見学中も魔力循環忘れないでね」


 ローザさん。スパルタですね。はい。やります。魔力循環。















 

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