第71話 遠慮

 71 遠慮


「フェル!アンタ遠慮してるね!心配しなくてもこちらのオイゲンさんはAランクだよ!アンタが全力でやったってちゃんと合わせてくれるさ」


「くっ、だ、か、ら、セシル!……余計なことは言うなって……。くそぅ。フェル!あの赤髪のちんちくりんが言ってる通りだ!満遍なく狩ろうとしなくていい。好きなようにやってみろ。ちょっとは感覚で動いてもこっちが合わせてやる!こう見えてオジサンやる時はやる男だからな」


 そう言われてフェルの動きが変わる。さっきまでの戦いも凄かったけど、フェルの動きがもう一段ギアがあがったみたいに早くなる。いや、鋭くなったって感じだろうか。目で追うのに必死で僕の魔力循環が解ける。


「ケイくん。魔力循環途切れさせちゃダメよ。息するみたいにできるようにならなきゃ一人前にはなれないわ。オイゲンはね、ちょっと事情があってずっと組んでたパーティが解散したの。けっこう有名なAランクパーティーだったんだけどね。その時ちょうど黒狼のスカウトが怪我で引退することになっちゃって、そこに代わりで入ってね。ちょっと年は行ってるけど、ああ見えて後輩の面倒をよくみてたりするの。うちのセシルやリンにスカウトの基本を教えてくれたのはあのオイゲンなのよ」


 そうだったのか。そんなすごい人に教えてもらっていたのか。なんか嬉しいな。

 ローザさんの目が怖いので僕は魔力循環を集中してやる。


 オイゲンさんが矢を2本つがえてる。

 フェルが横にさっとかわした瞬間2本の矢がフェルの影にいたホーンラビットに命中する。すごい。それが当たるんだ。


「見たか?ケイ。オジサンすごいだろ?」


「うるさいよ。オイゲン。オジサンそろそろ疲れたかい?もういい年だもんな」


 セシル姉さんがオイゲンさんを馬鹿にする。


「うるせーちんちくりん。奥の手までださせやがって。覚えてろ!昔は俺らにいじめられてよくぴーぴー泣いてた癖に、生意気なんだよ!」


「む、昔の話じゃねーか、せ、先輩の立場ってもんがあるんだから余計なこと言うんじゃねー」


 セシル姉さんが顔を真っ赤にして言う。


 そんな話をしている最中も、オイゲンさんはヘッドショットを連発させる。

 あれ?フェルが何か言いたそう。


「いいぜ、嬢ちゃん、やってみな。ケツは持ってやる」


 オイゲンさんが言うとフェルがホーンラビット8匹に回り込むように突っ込んでいく。

 目にも止まらない速さで5匹のホーンラビットを切り捨てた。返す刀でもう1匹切ると、残りの2匹にはオイゲンさんが放った矢が刺さっている。

 フェルが次の目標に移ると地面に転がっている2匹にオイゲンさんの矢が次々刺さった。

 あの距離で討ち漏らしているかも一瞬でわかるんだ。すごいな。Aランクって。


「多少粗くてもかまわねーからやっちまえ!腹が減ってきた!ついでにオジサンの筋肉ももう限界だ!」


 フェルがあたりのホーンラビットを虐殺していく。オイゲンさんはその切られたホーンラビットのまだ息がある個体に次々と矢を放って行く。


 あっという間だった。本当にあっという間にあたりからホーンラビットの気配が消えた。回収も間に合わない速度で、ホーンラビットの死体があたり一面に転がっている。


「ケイ。こういうのはアンタにはまだ早い。だけど、たとえば窮地に追い込まれた時に、逆転するってのはこういう感じさ。腕のいい前衛と信頼できる支援があれば、こんな状況に陥ったとしても、ここからさらに攻め込めるんだ。そうなると他の奴らの仕事の幅が広がる。これができるかどうかで作戦の成功率が格段に上がるのさ」


 なるほど。姉さんが言いたいことはよくわかった。一つの理想の形を見たような気がしたもの。

 

「すごいよ。フェル。最後は動きが見えなかったよ」

 

 僕はフェルに声をかけた。だけどフェルは冷静に呼吸を整えてから淡々と言った。


「私の力ではない。すべてオイゲン殿のおかげだ。私は今まで壁であろうとしていた。誰かを守るために。だがこうやって攻めていくこともできるのだな。背後が信頼できるとここまで動きやすいとは。パーティーを組むということはこういうことなのだな。セシルには本当に感謝だ。息はあがったが全く疲れていない。剣を振るのが楽だった」


「いや、それはお前さんの実力があってのことだぜ。よく鍛錬していると思う。なかなかここまでできるやつはいねーからな。たぶんフェル、うちの奴らより強いんじゃねーかな」


 オイゲンさんが肩をぐるぐる回しながら狙撃場所からこっちに歩いてくる。


「フェルも少し分かってきたみたいだね。アンタは充分強い。だけどケイと同じくらい背後を信頼して動くことはできてないとアタシは思っていたんだ。わかるかい?相手を信頼して活路を開いて行く感覚。そりゃアタシら冒険者はいろんなやつがいるが、相手が信じられる実力者かどうかは話をしたり、模擬戦したりしたらなんとなくわかるだろ?」


「だが、ちょっと正直すぎるな。フェル、お前、対人戦はあんま経験がないんじゃねーか?」


 オイゲンさんが汗を拭きながら言う。


「その通りなのだ。だからギルドで模擬戦の相手になってもらってるセシル達には本当に感謝している。私は人と戦うより魔物を相手にすることの方が多かった。対人戦の経験を積もうとしても、今まで相手に恵まれなかったのだ」


 そりゃあの腐った騎士たちが稽古を真面目にやってるはずないもんね。休みの日とかよく山に行ってたとか言ってたけど、訓練のためだったんだね。強くなりたいと思ったらそうなっちゃうよね。


「そのあたりの擦り合わせは模擬戦でなんとかやって行くしかねーかもな。セシル、体動かしてーんだったら、飯食ったらフェルの相手してやれよ」


「そうだね。午後はちょっと相手をしてやろうか。フェルならアタシもいい訓練になるしね」


「こちらこそぜひお願いしたい」


 そう言ってフェルが頭を下げる。


「いいって、もうそういうの。もうアンタもケイも、もう一人前だよ。そんなかしこまったり、敬語とかいらない。これからは依頼で一緒になるかもしれないし。そんなにいちいち気を使ってたら仕事になんないよ」


「そうだぜ。確かに俺はすごい先輩だが、ケイも俺になんて気を遣わなくっていいんだぜ。気を使うくらいなら金を使ってくれ。酒でも奢るとかな」


「後輩にたかってんじゃないよ。全く。そういうのがなけりゃアンタは……」


 オイゲンさんの実力を考えると、もっと評価されてもいいはずだ。Sランクのスカウトだって言われても信じてしまう。やっぱりすごい人たちなんだな。こういう機会を与えてくれたギルマスには感謝しかないな。


 ちょっと早いがお昼にしようと言うことになってリックさんが食事の支度をしているところに向かう。


「ちょっとセシル。早くない?まだ全然準備できてないよ」


「悪りいな。ちょっと盛りあがっちまってこっちは早くに終わっちまったんだ。気にせずゆっくりやってくれ」


「お茶は作ってあるから勝手に飲んでくれよ。あーケイ。悪いんだけどちょっと手伝ってくれない?セシルは腹が減るとすぐ機嫌が悪くなるから、あんまり待たせると恐いんだ」


「いいですよ。僕もさっきは見学してるだけだったから疲れてないし」


「悪いねー助かるよ。セシルにはさ、あんまりケイに飯を作らせるなよって言われてたんだけどね。そういえばさっきの援護良かったよ。やりやすかった」


「ありがとう!でも僕のためにわかりやすく戦ってくれてたんでしょ?リックさんってすごく器用なんですね」


「セシルにはバレて怒られちゃったけどね。普段はとにかく相手にぶつかるように向かって行くんだ。壁役としてね。とにかく固く。そして相手に脅威に思わせる。それで相手の注意を引いてとにかく止める。そんな覚悟で突っ込んでいくんだ。でもそれだと突っ込み過ぎたときにかなり辛くなるから、その辺はセシルとか、ローザの指示でいつも加減をするんだけどね」


「最初はなんか、横に広い分厚い壁って感じでした。その壁を超えないように弓で援護してる感じで。とにかく必死でしたから、でもそうなんですね。やりやすい形があって。なんかやっと今日の最後で援護の仕方が少し分かった気がします」


「最初にやったのは盾役の基本っていうのかな?騎士団とかでよくやるんだけど横並びに騎士が並んで、とにかく自分の手の届く範囲は抜かせないってやり方。でも冒険者で盾装備ってあまりいないからね。盾役は集団に対して1人、合同討伐でも多くても3人くらい。周りの敵対心をとにかく集めるって言うのかな?そうすることでローザとか、リンとかに攻撃の余裕を作るみたいな、そう言う動き方になるんだよ。他の人のために時間を作るのが盾役の仕事って感じなんだ」


「そうなんですね。僕は本当、今日初めてパーティーで戦うってことが少し分かった気がします」


「後半の感じはかなり良かったけど、もっと経験を積むことだね。人によっていろいろだから、でも僕がやったのは盾装備の基本だよ。だいたいみんなこんな感じだから。盾装備にはもう対応できてるって自信持っていいんじゃないかな。特に僕はみんなから基本に忠実だって言われてる方だから、自信持っていいと思うよ」


「本当に今回の遠征は貴重な経験をさせてもらってます」


「あ、さすがケイくん料理の手際がいいね。よし、もうちょっと煮込めば完成かな?」


 スープとパン。それからデザート。スープを煮込む間に果物を適当に切ってお皿に並べた。


「お疲れーっす」


 黒狼の牙の人たちもやってきた。新人の3人はだいぶボロボロになってる。


「オイゲン。お前がいねーからボスを探し回って時間がかかっちまったよ」


「たまには俺のありがたみってやつを痛いほど感じた方がいいんだよ。こっちもこっちでいろいろあったんだぜ。フェルもすごいが、ケイだな。こいつ俺より長距離の射撃の腕がいい。驚いたぜ」


「おい。オイゲンよりもか?南支部で一二を争う弓の腕前のあのオイゲン様よりもか?ケイ、お前すげえな」


「止まってる的だからできたんですよ。そんなにすごいことじゃないから」


「いやいや、これでもオイゲン様は狙撃に関しては一流の腕前なんだぜ。大人数で依頼をこなす時はいつも大事なところを任されてるんだからな」


「僕なんかは実戦でちゃんと当たるかどうか。さぁご飯もできたから食べましょう。リックさんの自信作ですよ」


「お前ら、様をつけるんじゃねえ。馬鹿にしてんだろ!」

 

 わいわいとみんなが話しながら食べるその日の昼食は楽しかった。


 パンが足りねーと言って、途中、黒狼のブルーノさんがお店に走って買いに行った。





 








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