第62話 ピザ
62 ピザ
午後からはライツと一緒に柵を作る。
ライツは立派でしっかりとしたものを作りたがっていたけど、できるだけありあわせの物、付近の農家から廃材をもらったり、森で木を切ってきてそれを利用するなど、工夫して柵を作ってもらう。
ライツは少し文句を言っていたけど、さすがは職人で、誰でも作れる簡単なやり方など教えてくれて、柵の作り方も段々確立してきた。
サリーさんがあちこちの農家を回って協力を取り付けて、夕方には2ヶ所に狩り場を作ることができた。
残りの1ヶ所は明日狩りをしている間にライツが作っておいてくれるらしい。
夕食はロランさんのおすすめの店で食べることになり、みんなでそこに向かった。
なんでもパンの上にチーズがたっぷり乗った美味しい料理が食べられるらしい。
ついた先は小綺麗な一軒家の食堂で、中も綺麗に飾り付けられていた。なんとなく家庭的な内装の店で、名物はピザだった。
大きなサイズのピザをみんなで分け合って食べるのがこの店の楽しみ方なんだそうだ。だから1人ではなかなか来れないんだとロランさんが言う。
少し辛い味付けをしたオリーブオイルを少しかけて食べるピザはとてもおいしかった。
トマトソースがとにかく美味しくて、ダメ元で作り方を聞いてみたら店主が厨房に入れてくれて直接僕に作り方を教えてくれた。
僕の知らない香草もあって、とても勉強になった。
問題はこのソースを作るのにかかる費用だ。この店で使われている材料を全部市場で揃えるとけっこうお金がかかる。
素直に店の主人にそのことを伝えると、一番材料が少ない、基本のシンプルな作り方も教えてくれた。
店の主人も原価がかかりすぎるのは悩みだったらしくて、あえて王都で店を出さずに物価の安いこの街で店を出すことにしたんだそうだ。
もともとは王宮の厨房で副料理長をしていたというこの店の主人はピザが大好きで、王宮にあるさまざまな食材を試してこの味にたどり着いたんだそうだ。
王様もときどきこっそりお忍びで食べにくるんだと小声で教えてくれた。
店の主人にお礼を言って、店を出る。
僕以外の男性3人組はどこかでもう少し飲んでいくらしい。僕はあまりお酒が飲めないので誘いは丁重に断った。
宿に戻って部屋に戻る前に、フェルがまた髪を乾かして欲しいと言う。
だいたいの時間を決めて、また僕の部屋に来てもらうことにした。
もらったリンゴがあるから冷やしてデザートにしようかな。部屋には保冷庫がついていたからリンゴを2つ入れておいた。
ゆっくりお風呂に入って自分の髪を乾かしているとノックの音がした。
返事をするとフェルが部屋に入ってくる。
髪を乾かす前にリンゴを剥いてフェルに出してあげる。それを2人で食べながら今日あったこととか、僕はピザの店の主人の話とかを話す。
いつも通りの2人の時間が心地よかった。
狩りの連携の話もした。ほとんどがフェルが提案してくるのだが、いろんな場面を想定して、こう言う時はこうしたほうがいいとか、無理をしないで一度下がったほうがいいとか。
今のやり方は1人でホーンラビットを相手して、疲れた頃に交代しながらやっている。それは僕が横にいるとフェルの邪魔になるからいつもそうしているのだけど、2人で協力しながら戦えば1人1人の負担は少なくなる。
邪魔にならずに連携して戦うにはどうしたらいいか。けっこう夜遅くまで2人で話し込んだ。
そろそろいい時間になり、なんだか名残惜しかったが部屋に戻って寝ることにした。フェルも何か言いたそうだったけど、おやすみと言って自分の部屋に戻って行った。
フェルとたくさん話したせいか、その夜はぐっすり眠れた。真ん中に寝ると落ち着かなくてベッドの片方を少しだけ空けて寝た。
次の日も同じ時間に宿を出る。
馬車の中で朝ごはんを食べながら、今日のお昼はどうしようかなと考えていた。
昨日習ったトマトソースを試してみたいな。ちょうど最初の狩り場の近くでトマトが収穫されていたことを思い出した。
スープの準備はマルセルさんにお願いして近くのトマト農家のところに向かう。
お金を払ってトマトを分けてもらい、トマトソースに使う香草はないか聞いてみたら、家の裏に適当に生えているから持っていけと言われる。お礼を言って必要な分だけ香草を摘んで狩り場に戻った。
ロランさんとフェルと3人で餌を撒く範囲と狩りの方法について打ち合わせする。
今回は2人で並んで狩りをすることにして、ロランさんはウサギを運ぶ係、マルセルさんは変わらず解体担当。
方針を確認したら各自分担してエサを撒く。
エサを撒く場所は昨日の結果を踏まえて少し工夫してみることにした。昨日の感触でホーンラビットがたくさんいそうなあたりが少しわかってきたからだ。
15分ほど、エサを撒いて罠の入り口で待てば最初の1匹がやってくる。
その後次々に柵の切れ目からホーンラビットが出てきて、少し乱戦気味になる。
たまに動き方を間違えたりもしたけど、昨日フェルと話し合った通り、なんとか連携をとって狩りを続ける。
フェルは僕に絶えず声をかけて、僕の動きをリードしてくれる。
おかげで連携のやり方もだんだんと体に馴染んできた。
「油断するなよ。ケイ。慣れてきた時が危険だからな。慎重に対処するんだ」
フェルが慣れてきて少し動きが雑になってきた僕を注意する。
昨日以上に早いペースでホーンラビットが狩られて行き、ロランさんが大慌てで解体場と狩り場を往復する。
見物に来たトマト農家の主人も見るに見かねて一家総出で手伝ってくれた。
合間にお礼を言うと、こちらこそこんなに駆除してくれて助かると笑顔で返される。
150匹ほど狩るとホーンラビットの数も減ってきた。フェルと相談してここからは別行動にする。
フェルに次の狩り場に先行して行ってもらって、僕は残ったホーンラビットをここで狩る。
その後合流して狩りを続けるのだけど、問題はホーンラビットを解体しているところまでどう運ぶかだ。
これはトマト農家の主人が自分のうちと、隣の農家の馬車を借りてきてくれてピストン輸送することになった。
マルセルさんは解体にかかりきりで場所をすぐ移動できそうになかったからだ。
こうしてご近所さんまでも巻き込んでホーンラビットの狩りは続行された。
最初の狩り場を閉じて次の狩り場に向かうと、フェルと、ライツまでもが狩りに参加している。
ライツと交代して狩りを続けるが、この狩り場はホーンラビットの数が多いみたいだ。次から次と現れる。もうどれくらい狩ったかわからなくなるくらい続けていると、マルセルさんから助けて欲しいと連絡が入る。
ライツに後はお願いして狩り場を離れて解体場に駆けつけると、ホーンラビットの山に囲まれてマルセルさんがひたすら作業をしていた。
マルセルさんには悪いけど、少しだけ時間をもらってトマトソースの準備をする。
大鍋で2つ。もちろんホーンラビットの骨でとった出汁でトマトソースを煮込んでおく。
その後解体に参加しておびただしい量のホーンラビットを肉にしていく。
トマト農家の奥さんも解体を手伝ってくれてすぐにホーンラビットの山がなくなった。
運ばれるホーンラビットの数が減ってきたので僕は昼食の準備に取り掛かる。手伝ってくれた人全員に振る舞う予定だ。
トマトソースの味の調整をして少し煮詰めたら味見をする。教えてもらったお店のソースの味と比べたら今ひとつ深みが足りないが、美味しくできたと思う。
やがて最後のホーンラビットと一緒にみんな戻ってきて、皆で昼食にする。
今回はホーンラビットのトマト鍋だ。
お酒に少し漬け込んでおいたホーンラビットの肉と、昨日とほぼ同じ旬の野菜をたくさん入れて鍋で煮る。
コンソメとかあればいいけどそんな物はないから塩と胡椒で味付けした。
野菜にだいたい火が通った頃、別で茹でておいたじゃがいもとトマトソースを入れてさらに煮込めばウサギのトマト鍋の出来上がり。醤油と味噌を使わず、この辺りでとれた物でなんとか作ってみた。
じゃがいもを一緒に茹でなかったのは、あまりとろみがつかない方がいいかなと思ったからだ。
ホーンラビットの骨からいい出汁が取れるからしっかりした味になってとても美味しい。
この出汁を煮詰めて行ったらコンソメとかできないかな?コンソメってどうやって粉末にするんだろ。今度時間があったらやってみよう。
出来上がった鍋をみんなの待つテーブルに運んでいく。
テーブルなどはトマト農家の主人が提供してくれた。他にも採れたての野菜など提供してくれてにぎやかな食卓になった。
その中に昨日トマトソースの作り方を教えてくれたあの店主の姿もある。
実はロランさんに頼んで声をかけてもらった。ぜひにでも食べて欲しかったからである。
店主はマルコさんという名前で、急な誘いにも関わらず喜んで参加してくれた。
誘ってもらった礼だと、チーズをいただいた。シメはチーズリゾットにするつもりだ。
まだ工夫の余地はあるものの、トマトの旨みもよく出ていてトマト鍋はとてもおいしかった。
マルコさんはこれはこの街の名物にするべきだと言い出して、僕にレシピを登録することを勧めてきた。
もともとマルコさんのトマトソースの味があってこそこの鍋ができたのだと、その提案を固辞して、この料理を広めるのはマルコさんに全てお任せした。
マルコさんが言うには商業ギルドでレシピ登録することにより、より多くの人に料理の作り方が広まるのだそうだ。
レシピの料金を最低価格に設定すれば、誰でも安くそのレシピを買うことができる。昔王都で出会った料理人にそういうやり方を教えてもらい、マルコさんの店で使われているトマトソースのレシピも最低価格で商業ギルドに登録しているんだそうだ。
そうやって美味しい料理が多くの人に広まっていくことが何より嬉しいのだとマルコさんは言う。
なるほど。そういったやり方があるんだ。
でもこんな未完成な料理でお金なんてもらえないと僕が言うと、その未完成なところが良いのだと返される。
未完成なところから工夫が始まっていろいろな種類のトマト鍋がつくられるだろうとマルコさんは笑顔で僕に言った。
「未完成だとケイが思っていたとしても、この料理もいつもの料理に負けず美味しいぞ」
フェルがこっそり僕に言ってきた。
僕としてはその言葉が何より嬉しい。
この日狩れたホーンラビットは全部で382匹。
1日で倒したホーンラビットの数としてはこれまでの記録の大幅な更新である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます