第61話 ウサギ鍋

 61 ウサギ鍋


 昨夜はなかなか寝付けなかったせいか、起きたらけっこう時間ギリギリだった。

 服を着て装備をつけていると部屋を誰かがノックする。

 

「ケイ?そろそろ時間だぞ?支度はできているか?」


「すぐ行くよ。下で待ってて」


 急いで支度をして宿の入り口に向かった。


 当然僕が一番最後で、遅れてしまって申し訳ないとみんなに謝った。

 ロランさんはまだ集合時間前だから気にする必要はないと笑って、ちょっと早いが出発することになった。

 馬車で宿の人が作ってくれたサンドイッチを受け取り馬車の中で食べながら今日の狩り場に向かった。


 穀倉地帯ということで小麦を育てている畑が多いが、もちろん野菜の畑も存在する。一番被害の多いという野菜の畑に案内された。

 街の東の外れにあるその畑では今は根菜を中心に育てているそう。

 実はこの畑はほとんど収穫を期待していないらしい。畑を農地の真ん中に作ってしまうとホーンラビットがどんどん農地の中に入ってくるのだそうだ。あえて外れに畑を作りそこを狙わせることで他の畑の被害を減らしているらしい。とはいえホーンラビットが増えすぎると安全に作業ができないので、ギルドに定期的に駆除の依頼が出ている場所なんだとロランさんが教えてくれた。


「ここの畑から北東、あちらの方向ですね。そこの林の方からホーンラビットが来ているのではないかというのが地元の人の話です。ところがその林で狩りをしてもそこまでホーンラビットが討伐されているわけではありません。もっと広い範囲に生息しているか、林以外の別の場所に巣があるのか、現状ではよくわかっておりません」


 ロランさんがここの場所の簡単な説明をしてくれた。

 まずは畑の周りを調査してみることする。


「ロランさん。この辺りはホーンラビットの他にどんな魔物が出るんですか?」


「特に危険な魔物の報告は今までにはありませんね。たまにはぐれたゴブリンが出る程度で、ゴブリンも集団ではこのあたりに出没することはありません」


 うーん。けっこう広範囲に広がって生息しているのかな。


 しばらく歩いているとホーンラビットに遭遇する。

 フェルが素早く処理してマジックバッグにしまった。

 その後もたびたびホーンラビットに遭遇したけれど、大規模な群れとは遭遇しなかった。


 とりあえず畑から100メートルほど離れたところに広めに柵を作ってエサをまいてみようということになり準備する。

 血抜きのための水場は近くを流れる川を利用することにして、解体係のマルセルさんには川の近くで準備をしてもらうことにした。僕は川の近くで料理の準備とクズ野菜を刻んで餌の準備をする。


「あー、フェル。その木材はここから向こうに同じくらいの間隔で置いて行ってくれ」


 狩り場に戻るとライツがフェルとロランさんに手伝ってもらって柵を作っているところだった。

 材料を並べてからが早かった。

 10分くらいで結構な範囲で柵が作られた。真ん中には隙間があって、そこを塞ぐ蓋も用意されている。


 緩やかなVの字を描いて広がった柵は僕たちが今まで作っていたような柵よりずっとしっかりしていて広かった。

 ライツにそのことを伝えると当たり前だとどやされた。


 今までの狩りより広範囲にエサを撒いてから、柵の切れ目にエサを多めに撒いた。


 今回は扇状にエサを撒いたけど、場所によってはその餌の撒き方も工夫してもいいかもしれないというと、サリーさんがそれをノートに書いて記録に残す。サリーさんは今回、記録係と、先々の連絡やエサの手配をやってくれる。

 僕たちは狩りだけやってればいいとのことだ。


 柵から少し離れてホーンラビットを待つ。

 その間、僕は狩りがしやすいように周りの雑草を抜いて足場を固めておく。


「来たぞ。ケイ」


 フェルが言うと柵の間からホーンラビットが出てくる。


 フェルが素早くそれを切り捨て死体を僕の方に投げてくる。

 それを麻の袋に入れて次を待つ。

 間を置かずに次々と現れるホーンラビットたち。血の匂いで逃げてしまわないように、倒した獲物は少し離れたところに投げることにしている。

 あっという間に麻の袋はいっぱいになり、ロランさんがそれを川の方に運んでくれる。

 しばらく続けてフェルと交代。

 同じようにホーンラビットを狩っていく。フェルには及ばないが一定のペースでホーンラビットを狩って行き、疲れたところでまたフェルと交代する。


 それを何度か繰り返して流れが切れるのを待つが、なかなか流れが途切れない。

 広範囲にかなりの数が生息しているのかもしれない。休憩中にサリーさんに思ったことを伝えて記録に残してもらった。


 ようやく昼近くになりホーンラビットが少なくなってくる。柵に蓋をして様子を見つつ休憩することにした。

 いつのまにかライツが狩り場の後ろに柵を作っていた。こうしておけば仕留め損じたホーンラビットが後ろに抜けることもないだろうとライツは言う。

 木材がいっぱいあればそう言った大掛かりな狩り場が作れるかもしれないけど、今までは廃材をかき集めて柵を作っていたから、全ての村でこういうしっかりとした罠を作るのは難しいかも。僕の意見は記録に残されて、そこにサリーさんが要検討と書いた。


 他にも様々な意見が飛び交う中、僕は席を外して昼食の準備を始める。

 マルセルさんに頼んで、解体したホーンラビットの骨を煮込んでもらっていた。

 アク取りはできる範囲でいいと言っておいたけど、見ると丁寧にアク取りされていて綺麗なスープができていた。


 マルセルさんにお礼を言って早速調理に取り掛かる。マルセルさんは手際良くホーンラビットを解体して食肉にして小分けにしている。出張して現場で解体するのもいいですねとマルセルさんが言う。

 なかなか効率がいいそうだ。将来的には肉屋など解体できる人を巻き込んで、新鮮な状態の食肉を安定して供給できるようにするのが解体係の目標なんだそうだ。


 ウサギの肉は少し寝かせたほうが柔らかくなるけど、今日は取れたてを使う。

 鍋に白菜や大根など旬の野菜を入れて煮込む。その間にウサギ肉を炒めて、臭みをとるためにお酒で少し煮込んだ。

 大量に出てくるアクを取ったら鍋に入れてさらに煮込む。

 こんにゃくとかあればいいのにな。

 まあないものねだりをしてもしょうがない。今あるもので丁寧に美味しいものを作っていけばいいんだ。けっこう難しいことだけど。


 鍋は味噌と少しの醤油で味付けした。

 ご飯が炊き上がったら狩り場に持って行きみんなで昼食にする。

 野菜たっぷりで美味しそう。ゴードンさんのところの野菜はハズレがないもんな。


 器に丁寧に具材を装ってみんなに渡していく。ライツ以外は味噌に慣れていないからはじめはおそるおそる口をつけるけど、すぐに笑顔になって食べ始めた。


「うまいぞ。ケイ。この料理も最高に美味い」


 ライツが上機嫌で感想を口にする。


「この料理はお酒が飲みたくなりますね。それに今の季節、この少し肌寒い外で食べるのがまたいい。体があったまります」


 そう言うのはロランさん。


「みんなで食べるのにいいなこれは。解体所でも余った部位で交代で料理を作るのだが、これは簡単だし良いかもしれない。特に骨は良く余ったりするんだ。貴重な魔物の骨でなければ廃棄処分になることが多い。あとで作り方を教えてくれ」


 マルセルさんは真剣な顔で鍋を味わっている。


「マルセルさんが丁寧にスープのアクを取ってくれたからですよ。臭みがなくていい味が出せました」


「なに、そんなに手間ではないよ。たまに覗いてスープの上澄を掬うだけではないか、これくらいなら仕事をしながらでも料理できる」


「ケイくん。この味噌っていう調味料は簡単に手に入るものなの?」


「これは東の国の調味料で、まだ王都には出回ってないんです。ゼランド商会で買えるんですけど、少し値段が高いです」


「何か簡単に手に入る調味料でこういう料理は作れないかしら、レシピを商業ギルドで登録すればけっこう稼げると思うわ」


 そう言ってくれるのはありがたいけど、レシピでお金を儲けるのはなんかズルをしているようで気が進まない。

 とりあえず何か考えてみますと言ってとりあえずその場はごまかした。


 二巡目からは各自好きな具を鍋から取って自由にしてもらった。


「ケイ。これだけでは少し足りないぞ。まだ何かあるのであろう?ご飯はないのか?この料理は米に合う気がするのだが」


 フェルの食べるペースが遅いと思ったら、次の料理のためにお腹いっぱい食べないようにしていたらしい。ワクワクと目を輝かせて聞いてくるフェルはとても可愛らしかった。


「そうなんだ、具材を食べ終わったあとこのスープで雑炊を作るんだ。この鍋っていう料理はそうやって最後にスープまで残さず食べるんだよ」


 そろそろ具もなくなってきていたので、雑炊の用意をする。


 用意していたご飯を鍋に入れて、刻んだネギを入れる。溶いた卵を入れてしばらく蓋をして待つ。

 雑炊もみんなに好評で、天気も良かったせいか楽しい昼食会になった。


 昼食の後は今後の打ち合わせだ。

 ギルドが提供してくれたこの辺りの地図を見ながら、明日の狩りの場所を決める。

 これにはロランさんの知識がかなり役に立った。

 魔物の性質と今までの討伐依頼の傾向から3ヶ所新たに狩り場を作ることになった。


 明日は2ヶ所で狩りをして、明後日の午前中に残りの1ヶ所で狩りをすることにした。今日の場所ももう一度狩りをしてみたほうがいいという意見もあったけど、そこは後から続く調査部隊に任せることにして、とにかくいろいろな場所でやってみてなるべく多くの情報を持ち帰ろうということになった。


 

 









 

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