第63話 ギルドマスター

 63 ギルドマスター


 楽しい昼食会を終え、明日の場所の下見をしてから宿に戻ると、食堂にひときわ体格の良い男が座っていた。


「おう、お疲れ。意外に早かったなぁ」


 声をかけられて振り向くとなんとギルドマスターだった。


 向かいの席にはサリーさんが座っている。用事があると昼食会を途中で抜けたのはギルドマスターに報告するためだったようだ。


「疲れているところ悪いが、ちょっと座ってくれ、少し話がしたい」


 緊張しながら席に着くとギルドマスターは笑って、僕たちに話しかける。


「そう固くなることはねぇぜ。俺のことは気軽にライアンとかギルマスとか呼んでくれ」


 そういえばギルドマスターの名前を聞いたのは初めてかも。いや、前にセシル姉さんに聞いてたか。


「あ、俺、名乗ってなかったか、それはすまなかった。だいたいの冒険者は俺の名前を知っているからな、滅多に自己紹介なんかしねぇんだ。改めて、王都南支部ギルドマスターのライアンだ。ゼランドからもいろいろ話は聞いてるぜ。将来有望な2人だってな」


「改めてよろしくお願いします。ギルマス」


 ゼランドさんもけっこう口が軽いな。たぶん僕たちのことを思って必要な人に話をしているんだろうけど。いろいろってどんな話をしてるんだろう。


「楽にしてくれ。なんか飲むか?ここのコーヒーはまあまあだぜ。サリー、こいつらに飲み物と俺にはコーヒーをケイもコーヒーでいいのか?フェルはどうする?紅茶でいいか?」


 フェルはその言葉に頷き、サリーさんは飲み物を注文しに行った。


「さて……今日はお前たちで300体以上のウサギを狩ってきたらしいな。ギルドでも新記録になるんじゃねーか?」


「僕らだけの力じゃなくって、いろんな人が協力してくれた結果です。ライツも途中から討伐を手伝ってくれたし」


 ライツはハンドアックスを振り回し、ホーンラビットを次々と倒していた。僕自身の討伐数よりもきっと遥かに多いだろう。


「まぁそれはともかく、結果的にこれだけの数を一気に討伐できたと言うことで、これで王城からも正式に予算が降りることだろう。お前たちにはこの先、ダメ押しでもう一度遠征にでてもらおうと思っている」


「遠征と言うと、また泊まりがけで討伐に出ると言うことですか?」


「そうだ。明日の狩りは俺も参加する。狩りのやり方を確立するためにも、お前たち2人は俺の指揮で動いてもらう。少しやりにくいかもしれないが、まぁ我慢してくれ」


「それは構わないのですが、ギルドマスター直々に指揮ですか?ホーンラビットですよ?」


「それほどのことをしたっていうことだ。実はな、昨日ロランからの報告を聞いて、俺としてはそのウサギ鍋とやらを食べたくて来ただけのつもりだったんだ。だがさっきサリーからの報告を聞いて、ちょっとこれはかなり大きな話に発展すると思ってな。ぶっちゃけて言うと、この狩りのやり方をそのまま報告すると王家から勲章が授与されると思うぜ。お前たちはあっという間に有名人だ。下手したら吟遊詩人が歌にするかもしれねえ。そうなったら困るだろ?お前たちも」


「困ります。僕たちはあくまで生活のためにやっていただけなので……勲章なんていらないです。あんまり悪目立ちしたくない」


 僕はともかく、フェルは隣国のお尋ね者なんだ。変に目立つと厄介だ。王都から出て行かなくちゃいけなくなる。


「そこでだ。おう、悪いなサリー」


 サリーさんが飲み物を持って戻ってきた。


「そこでなんだが、手柄を横取りするようで悪いが、お前たちの狩りの方法を俺が見て、さらに効率的に工夫したことにして王城には報告をあげる。お前たちは狩りの方法をギルドに公表したが、完成させたのは俺と言うことにさせてもらう。そうすればお前たちが矢面に立つことはない。こうなることを見越してライツに参加を打診してもいたんだ。ライツなら余計なことは話さんからな。今日手伝った農家の人にもお前たちのことは口外しないでくれとお願いをしている。おそらく大丈夫だろう」


 なるほど。それなら僕たちの名前が公表されることはない。吟遊詩人の歌になるなんて恥ずかしすぎて死んでしまう。

 それがいい。


「フェル。これはとてもいい話だと思うんだけどどうかな?」


「私もそれがいいと思う。理由は伏せさせてもらうが、とある事情で私もあまり目立つわけにはいかないのだ。ギルドに協力する代わりにできるだけそのあたりをご配慮いただきたい」


「だよなあ。そのあたりの事情はあえて詮索したりしねえよ。安心しな。フェル。お前が信用できる人間だと言うことははじめからわかっている。でなきゃその剣を託したりしねえよ。オンボロだったがそれなりの名剣だろ。得したな」


 最後はサリーさんに聞こえないよう小声で言った。

 ギルマスはどうやらその剣のことを知っていたようだ。

 なんとなくは想像がつくけどとりあえず黙っておこう。


「それでこれからの話だが、明日の討伐を踏まえて、改めてギルドでこの新しい狩りのやり方を効率的に王都周辺で展開する。具体的には先行して調査、狩り場の設定を行う部隊と、実際に狩りを実行する部隊に分け王都周辺のホーンラビットを一掃する。そしてその後の魔物の生態の変化に関しては、また別の部隊を組み監視と調査をさせることにしている」


 ギルマスは出されたコーヒーを一口飲み話を続けた。


「その地域のホーンラビットがいなくなったことでホーンラビットを捕食していた魔物がどう動くのか、そのあたりもきちんと調べ、この狩りのやり方を確立しようと思っている。それでお前たちにはその狩りを実行する部隊に参加してもらいたい」


 特に僕としては異存はないけれど、どうかな?ちらっとフェルを見る。


「ギルマス。そう言った大規模な魔物の掃討は私もかつて経験がある。よく考えられていると思うが、問題はその後だ。その作戦がうまく行ったとして、しばらく私たちは今まで通りのホーンラビットの狩りはやりにくくなるだろう。そうなってくると我々は別の獲物を探さなくてはならないわけだが、そうなると当然リスクも上がってくる。ギルドとしてはそれに報いる充分な褒賞を出す気はあるのだろうか?」


「それに関しては心配はいらない。そもそも手柄を横取りするようなものだ。充分すぎるほどの褒賞を約束しよう」


「ならば私からは反対する理由はないな。あとはケイの判断に任せる」


 褒賞か、確かにお金を稼ぐ手段を売るようなものだから、その後のことも考えてお金はもらっておきたいよね。フェルありがとう。


「充分な報酬が出るなら僕の方としても異存はありません。この話で進めてください」


「わかった。今回のお前たちの功績には感謝している。今後の活動に関してもできるだけ支援していくつもりだ。改めて南支部に来てくれてありがとう」


 そう言ってギルマスが頭を下げた。


「さて、今日の報告を見るに、2番目の狩り場ではけっこう広範囲にエサをばら撒いたらしいな。その結果、より多くのホーンラビットが集まったと聞いている」


 あれ?フェルそんなことしてたの?


「ああ、エサをばら撒く前に近くの農家からお願いされてな。あのあたりはこの街で一番被害が多いところだったらしい。だがギルドに依頼する余裕がない、あまり裕福ではないものたちが集まっていた。なので、より広範囲でホーンラビットを駆除しようと思ったのだ。危険はあったが、私もきちんとした装備を用意してもらえたのでな。ケイとの連携もうまく行っていたから大丈夫だと思った」


「そうか。問題はその狩ったホーンラビットの処理だな。マルセル1人では追いつかない量だったと。狩り場から解体までの道筋を見直す必要があるな。食肉業者との連携か、なるほどな」


 ギルマスはサリーさんが書いていたノートを閉じてコーヒーを一気に飲み干した。


「よし。大体のことはわかった。俺とサリーはこれから街の代表たちと会議をしてくる。今日はご苦労だった。これで王都の食料事情が全く変わるはずだ。宿の者には言っておくから今日は目いっぱい贅沢な料理を楽しむといい。俺の奢りだ。その代わり明日はよろしく頼むぞ」


 そう言ってギルマスはサリーさんを連れて宿を出ていった。


 宿の女将さんが、食事の支度はできているがどうすると聞いてくる。とりあえず2人分お願いして、僕たちは装備を部屋に置き夕食をいただくことにした。


 王都の台所を支える穀倉地帯にあるこの街。実は流通の拠点でもあった。

 王都に入るこの街の市場に王国各地から集まってくる食料は一度集約される。

 それを業者や商会の人間が買い付けて王都に運び入れ、小売に出される。

 王都の市場とはまた別で、大量の物資がこの街で取引されて王都の街に運び込まれている。

 そのため色々な食材が安く買えるのだ。

 魚料理は流石にないが、全国各地の良いものがこの街の市場では手に入る。


 宿の料理人が腕を振るい、出てきたのはそんな各地から集まる食材を使ったフルコースだった。


 前菜として出てきたのはこの街で取れた季節の野菜のサラダ。シンプルに塩とレモンで味付けされたサラダはみずみずしくておいしかった。アクセントに使っていたあのピリッとした粒はなんだろう。知らない食材だった。

 次にスープ。どこか懐かしい感じがするカボチャのポタージュ。

 コース料理だと次は魚料理になるんだけどこの辺りで魚は手に入らないから、なんだろうと思っていたら、ローストビーフのようなものが出てきた。

 鹿肉だそうだ。

 鹿肉をオーブンでじっくり焼いたその肉に、少し酸味のあるソースがかけられていてバランスが取れたその味に、僕とフェルは一瞬顔を見合わせて、そのあと夢中で食べた。


 口直しに梨のような果物を薄切りにしたもの。食べるとそんなに甘味はないが、みずみずしくて美味しい。

 聞いたらあまり甘味のない品種の梨を塩で浅漬けにしたものらしい。

 料理人の故郷の食べ物なんだそうだ。

 その梨は山で取れるもので、料理人の故郷では水代わりに食べているんだそうだ。

 

 僕の知らない料理はまだまだいっぱいあるんだなと実感した。これから先、お金に余裕ができたら、いろんな店でいろんなものを食べてみたいと思った。

 

 贅沢はするつもりはないけれど、僕が育ったあの村にはとにかく何もなかった。

 もっといろいろな経験を積みたい。

 そしてフェルにもっといろんな美味しい料理を作ってあげたいなと思う。


 いつもありあわせのものでなんとなく強引に味付けをしているような、そんな気はしていたんだ。

 じいちゃんにはある程度食材の扱い方を教えてもらったから、基本的なことはできる。前世の知識もあって、知っている食材ならそれらしい味付けをして美味しく仕上げることもできる。

 でもそれだけじゃ……なんかダメな気がする。


 そんなことを考えながら、ふとフェルの顔を見る。

 僕と同じように、頷きながら梨の浅漬けを噛み締めるフェルは、やっぱりかわいい。フェルの食べている姿が好きだ。


 普段はあまり表情に変化はなくて、なんとなくクールな印象があるけれど、食べている時は全く違う。

 コロコロと表情を変え、満面の笑みで微笑んだかと思えば、真剣な表情で悩んだりもする。少し悲しい表情をする時もあれば、そんなことなかったように華やいだ表情をする。

 フェルはよく話すようなタイプではないけれど、食事の時はいろいろな表情を見せてくれる。

 そんな一喜一憂するフェルの顔を見て、救われた気持ちになったこともあった。


 この人を幸せにしたいな。


 出会って、そして共に旅をして。

 いつのまにか想いはじめた気持ち。


 何ひとつできているような気はしないけど、僕と一緒にいてフェルが幸せな気持ちになる瞬間をできるだけ多くしようと、いつも思ってはいる。


 視線に気づいたフェルがどうした?と聞いてくる。僕は「なんでもないよ」と答える。

 フェルは不思議そうな顔をしながらも、食事を続ける。


 メインはステーキ。

 なんとミノタウロスの肉なんだそうだ。

 ギルマスのオーダーを受けた料理人が市場に走って、見つけた肉を即買いしてきたと言う。


 冷めないうちにどうぞと言われて、驚きもそのまま、ひとくち口にする。

 牛肉よりも少し歯応えがあるけれど、噛むたびに味が滲み出てくる。


 カルビとロースの中間だろうか?

 上質な油の味が口の中に広がるが、肉自体はしっかりと噛みごたえがある。今まで、と言うか、前世の記憶も含めてだけど、初めて食べた上質な肉の味。

 フェルも驚いたようで、こんな良い肉は今まで食べたことがないと言った。


 あっという間にステーキを平らげて、食後のデザートとして果実水をいただいた。

 桃とリンゴと少しのレモン。そこまでわかったけど、絶妙にブレンドされたフルーツジュースを飲んで、僕たち2人は完全に満足してしまっていた。


 美味しかったね、とフェルに言うと、ああ、そうだな。私もこんな料理は初めて食べたと言う。

 フェルが喜んでくれたみたいでよかった。ギルマスに感謝だね。きっとものすごい高い値段のコース料理だよ。僕らの稼ぎじゃきっと食べられない。


 「ギルマスのおかげだね」と、フェルに言うと、「このくらい当然だ」とフェルが言う。

 討伐依頼で来ているはずなのにこんなに緩やかな時間を過ごせるとは思わなかった。


 部屋に戻ってのんびりとする。時間は7時過ぎ。そろそろ風呂にでも入ろうかと思うとノックの音が聞こえる。フェルかな?

 そう思ってドアを開けると、ギルド職員のロランさんだった。

 明日の予定と、明日は見学者がいることを告げてロランさんは部屋に戻って行った。


 見学者か。なんだか大事になってきたな。


 














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