第56話 雑炊

 56 雑炊


「ケイも明日は訓練に付き合うのだ!」


 昨日あまりにしつこくフェルに炊き出しをやることを謝っていたせいだろうか。


「お互いのやりたいことに、お互いが付き合えばそれで貸し借りなしではないか。たまには良いと思うぞ」


 フェルが朝起きたらそう言い出した。

 気兼ねなく僕に炊き出しをして欲しいから無理やり口実を作ったのかもしれないけど、どうしよう。体力持つかなぁ。


 入念に準備運動をしてからまずは南の森まで走っていく。

 けっこうペースが早い。ついていくのがやっとだ、というか少しずつ遅れ始めてる。

 南の森に着く頃にはフェルからだいぶ距離を離されてしまっていた。


 僕が到着した頃にはフェルは剣の素振りを始めていた。素振りをしている横で息を整える。

 

 僕たちが王都に来て最初の狩り場にした南の森の横の荒れ地には、まだ雑草は生えておらずホーンラビットの姿は見えなかった。

 ホーンラビットは物陰に隠れる習性があるのでおそらく森の方にいるんだと思う。


 森との境界あたりに野菜くずを撒いて、好物だと思われるニンジンを適当に刻んで仕掛けてみる。

 すぐには姿を現さなかったけど、離れたところで隠れて30分くらい待つと数匹森の中から出てきた。


 フェルがさっそく切り込もうとしたけど、僕の力だけでやってみたいとお願いした。


「危なかったらすぐ飛び込むからな」


 フェルはそう言って僕に任せてくれた。


 ライツの弓を使うと矢が回収出来なくなりそうなので普通の弓で狙いをつける。

 連続で3射。命中したのは1体だけで矢に気付いた残りのホーンラビットが僕に向かってくる。

 なるべく毛皮にダメージを与えないように慎重に鉈を振るう。


 フェルみたいに首をスパッと切れないから、素材にならない頭を狙って鉈を振るう。

 ちょっと残酷な気もするけど、なるべくいい素材にして炊き出し分の足しにしたい。


 ホーンラビットの突進が緩んだ隙にまた距離を取って矢を放つ。

 連続でまた3射。今度は2匹命中。

 向かってきたホーンラビットを鉈でまた倒していく。


 なんかバタバタだったけど、10体のホーンラビットが狩れた。本当はもっと集まっていたのだけど、僕がモタモタしている間に逃げてしまった。


 川に行って血抜きをする。

 フェルが魔物の気配がすると言って森に入って行った。

 血抜きしながら待っていたらキラーウルフを2頭担いで戻ってきた。

 血の匂いに惹きつけられて寄ってきたんだろうか。僕1人では対処できなかっただろう。フェルがいてくれてよかった。


 血抜きをしたホーンラビットをマジックバッグに入れて、またギルドまでランニングして帰る。

 やっぱりすごいよな、フェルって。

 フェルはこれでは鍛錬にならないと言って、帰り道、倒したキラーウルフを1匹担ぎながら走っている。


 ギルドについたのはまだお昼にもなっていない時間だった。

 解体所で場所を借りて狩ってきた獲物を解体する。

 ホーンラビットのお肉は5体分残して残りは売ってしまうことにする。

 キラーウルフは1体銀貨1枚で引き取ってもらえた。

 討伐報酬と合わせると、キラーウルフで銀貨4枚。ホーンラビットは毛皮の状態が良かったので銀貨2枚の報酬になった。


 フェルは半分に分けようと言ったが、今日は休日だからそれぞれの獲物はそれぞれのお財布に入れるべきだと説得してしぶしぶ了解してもらった。


 ホーンラビットの骨を必要な分と肉を受け取ってギルドを出た。


 スラムの顔役のおじいさんのところに行き、いつも炊き出しをしてる場所を教えてもらう。

 そこに道具を運び込んで準備開始だ。


 フェルに頼んで大鍋に水を汲んできてもらう。

 野菜のヘタや、ネギの青いところなど、適当に切ってホーンラビットの骨と一緒に鍋に入れる。

 これでしばらく鍋を煮込んで出汁をとった。

 出汁をとっている間お米を炊いていく。

 魔道コンロは全部で6口。

 出汁をとるのに3口使っているから残りの魔道コンロでお米を炊く。

 2回に分けて炊いて、大体5升分くらいだろうか。大量のご飯が炊きあがった。

 炊けたご飯を入れる器が足りなくて、フェルにギルドの食堂に借りに行ってもらった。

 今度食堂のマスターにはきちんと話をして調理に必要な食器を貸してもらおうと思う。


 フェルにも皮剥きなど手伝ってもらって、大量の野菜を食べやすい大きさに切る。ちょっと甘く考えていたかもしれない。大人数の食事を作るってかなり大変なんだな。大体100人分くらいだろうか。


 出汁を取り終わったスープを丁寧に漉して、大鍋4つに分けて入れる。

 野菜を火の通りが悪い順に入れていき、大鍋で煮込んだ。

 気付いたらもう3時過ぎだ。

 お昼ご飯食べるの忘れてた。

 けれど休憩している時間もないのでひたすら作業に集中する。

 やってみないといろいろわからないことが多いな。

 スープのアクを丁寧に取りながら、反省点をノートに箇条書きしていく。


 午後4時を過ぎると炊き出しがあると聞きつけたスラムの住人たちがちらほらと集まってくる。


 塩と胡椒でスープの味を整えて、隠し味には醤油を少し入れる。

 ホーンラビットの討伐報酬もあるから味噌味にしても良かったな。市場の人たちの協力もあって、今日の材料費は銅貨50枚以内で収まった。調味料として味噌を使ったとしても銀貨1枚を超えることはないだろう。

 毎回ホーンラビットを7、8匹狩れば材料費も賄えるはずだ。あとは僕1人でも安全に狩る方法だけど……今はフェルを頼りにさせてもらおう。そのうち狩りのやり方をリンさんに教えてもらうのもいいかもな。


 スープの寸胴鍋にご飯を投入して優しくかき混ぜる。

 もう一度煮立ってきたところで溶き卵を細くゆっくりと入れていく。


 野菜たっぷりの雑炊が完成した。


「今から炊き出しをはじめまーす!ご自分の食器がある方はそちらを持って並んでください。ない方はこちらで貸し出しますので遠慮なく声をかけてください」


 しっかりと煮込まれた野菜たっぷりのスープをお米が吸って出来上がった雑炊はとても美味しそうだ。最後に刻んだネギをふりかけて並んだ人たちに配っていく。


「僕の故郷の料理です。滋養があってとても美味しいですよ」


 お粥や雑炊に馴染みがないスラムの人たちは最初戸惑っていたが、食欲をそそる美味しそうな匂いにそそられておそるおそるだが雑炊を口にする。


「なにこれ美味しい!」


 そう叫んだのは小さな女の子だった。


「にいちゃん、これ美味しいよ。にいちゃんも食べてみて」


 歳の離れた兄なのだろうか、20歳くらいの青年がおそるおそる雑炊を口にする。


「熱いので気をつけてくださいね。熱いのが苦手な方は少しかき混ぜながら冷ますといいですよ」


 そう声をかけながらもだんだんと列が伸びていく行列の対処に追われた。


 フェルも配膳を手伝ってくれて大忙しだ。

 お盆の上に食器をいくつか乗せて取りにくる人がいた。ケガをして動けない人たちのために配って回るそうだ。


 あちこちから美味しいと声が聞こえる。

 みんなが笑顔になって僕も嬉しくなる。

 大変だけどやって良かったな。


 用意した雑炊は量が足りなくなるということもなく、集まった人たちに充分に行き渡った。けれど今日ここにこなかった人たちはまだいるらしい。来週からはもう少し多めにした方がいいかもしれない。


 魔道コンロも6口あったけどギリギリだ。炊飯器のようなものがあればいいんだけどな。ガンツ作ってくれるかな。


「ケイ、今日は大成功だったな」


 夕飯は炊き出しで用意した雑炊ですませて、公衆浴場に向かった。

 風呂から上がって今はフェルの髪を乾かしている。

 最近また少し寒くなってきたな。


「昼ごはん食べ損ねちゃったね。ごめんね。来週はもっとうまくやれるように頑張るから」


「そんなこと気にしなくていい。私は今日の出来事が忘れられない。ケイの作った料理が皆を笑顔にさせた」


 そう話すフェルは嬉しそうな顔だ。


「あの初めにおいしいと言ってくれた兄妹を見たか?兄の方は疲れた顔をしていたが、ケイの料理でみるみる元気になっていった。妹の方はこっそりおかわりをもらいに来てな、兄と2人で食べるよう2杯こっそり渡したのだ」


 フェルが興奮気味に今日の炊き出しでの出来事を教えてくれる。


「私は騎士になる道を選んだ時、人々の笑顔を守れるような立派な騎士になろうと思っていた」


 そしてフェルがさっきとは打って変わって少し思いつめたような表情になる。


「私は……ただ守ろうとするだけで、誰かを笑顔にさせるというようなことを今までやってこなかったような気がする……。こういう生き方もあるのだなと、私は今日、いろいろ考えさせられたのだ」


 髪を乾かしながら僕はフェルの話を静かに聞いていた。


「ケイの料理を食べて次々に笑顔になっていく人たちをみて、私はなぜか誇らしかった。ケイのことをもっと自慢したかった。他にももっと美味しい料理を作れるんだぞ、いつもの食事はもっと素晴らしいのだぞ」


 フェルはそう言ってくれるけど、僕なんてまだまだだ。たまたま醤油や味噌が手に入ったから、そしてそれを使ったレシピを知っていたから、それだけのことなんだ。

 特別僕が料理が上手なわけじゃない。


「けれど少し寂しくもあったのだ。ケイがみんなに認められて、どこか遠くに行ってしまう気になって、少し複雑な気持ちになってしまった。この気持ちは……なんだかうまく説明できない」


 そう言ってそのあとフェルは話すのをやめてしまった。


 僕にしてみたらフェルの方が羨ましい。僕には誰かを守れるくらいの力はないし。好きな人が悩んでいるのに、かけてあげる言葉さえ見つけられない。


 けっこう疲れていたんだろうか。

 家に戻って布団に入るとすぐに意識を失って、目覚めたら朝だった。

 

 

 

 

 

 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る