第52話 精米
52 精米
中央に向かう乗り合い馬車の中で、フェルからサンドイッチと防水布を受け取ってマジックバッグに入れた。
防水布は銅貨50枚で買えたらしい。お釣りも受け取って革袋に入れた。
サイモンさんの靴屋で呼び鈴を鳴らして、脛当てを受け取る。遅い時間にも関わらず、サイモンさんは僕たちの体に合わせて丁寧に調整してくれた。
僕の靴もそろそろ買い替えた方がいいと言われたけど、ちょうど今、成長期が来てることを伝えると、もう少し履けるように靴底をささっと補修してくれた。
サイズが合わなくなったらぜひうちで買ってくれと言って、サイモンさんは靴底の補修代を受け取ってくれなかった。
公衆浴場でいつものように風呂に入って帰宅。
夕飯はフェルのもらって来たサンドイッチを食べ、麦茶を飲みながら星空を眺めて過ごした。
星があんまり綺麗だったので、布団に入ってからもテントから頭を出し、寝転がりながら2人で星を眺めた。
フェルと一緒に生活しはじめてからひと月経つ。
毎日毎日、ささやかな思い出を積み重ねるような暮らしが幸せでたまらない。
フェルが小さく寝息を立て始めたので、優しく抱き上げて布団に寝かせた。
身体強化は……もちろん使った。
寝顔はずいぶんあどけない顔なんだな。
なんか少し幼く見えるっていうか、まあ年相応というか。
普段は少し張り詰めた感じがする。それでも出会った頃よりだいぶ柔らかくなったと思うのだけど。
朝、目が覚めた時もまだフェルは寝ていた。珍しいな。いつもは僕より先に起きていることが多いのに。
起こさないようにそーっと着替えて外に出て、弓の練習をする。
今日は頑張って10回引いたが、最後の矢は斜形が崩れて、的を外してしまった。
矢を回収したら矢尻が壊れてしまっていた。
まあ仕方がない。自分が未熟なのが悪いんだ。
今日はゴードンさんの家の周りでホーンラビットを狩る予定だ。しっかり集中してやろう。
少し気合を入れた。
フェルが起きて来て、なぜ起こしてくれなかったのだ、と膨れっ面で抗議する。
謝ったけど、そのあとフェルは口を聞いてくれず、そのままランニングに出かけた。
その後を僕も追いかけたけどあっという間にフェルと距離が開いて……今日も僕はギルド前で体力が尽きた。
少し休んでから市場で買い物をして家に戻る。
頑張って帰りも全力で走った。
ご飯を多めに炊いて、塩抜きした塩鮭を焼く。魚の焼けるいい匂いがする。
ほうれん草を茹でて、味噌汁に少し入れ、残りはおひたしにした。乾燥ワカメも味噌汁の鍋に入れ、懐かしいワカメの入った味噌汁を作る。
これで出汁が取れたら完璧なのに。
3男が紹介してくれたお店には昆布は置いていなかった。
牛乳屋のおじさんが、僕に言われて殺菌したら、牛乳が長持ちするようになったと言って牛乳を1本サービスしてくれた。
冷やしておけば1週間は持つというので保温箱にしまっておく。
市場で氷を買ってくればよかった。
フェルが戻って来たので牛乳を渡して2人でコップ2杯飲んだ。まだ冷たい牛乳は少し甘くてフェルも美味しそうに飲んでいた。
どうやら機嫌は治ったみたい。
でも、次は僕が着替える前に必ず私を起こせと言われる。
どうして着替える前なんだろう。
今日ゴードンさんは野菜を売りに来ないで、自分の家で待っててくれている。
朝食を食べ、2人でおにぎりを握りお弁当箱にそれを詰めていく。
お弁当箱におにぎりは3つ入った。隙間に卵焼きとほうれん草のおひたしを入れて、少し見た目の良いお弁当にできた。
おにぎりには海苔も巻いて、中身はシャケと梅干し、ようやくちゃんとしたおにぎりが完成した。
米は早くに見つけていたけど、ここまで来るのが本当に長かった。
とても質素なお弁当だが、出来上がったお弁当を見て僕は少し感動した。
片付けて時計を見ると7時45分。
ゴードンさんには午前中と約束したけど、あまり遅くなるとホーンラビットが狩れなくなる。
南門を出て西に向かって走る。
ゴードンさんに言われた通り、そのまま広めの農道を進むと集落が見えてくる。
南門から走って20分。
そこからは目印を見落とさないように歩いていく。
最初の家を通り過ぎて、次に見える赤い屋根の家も通り越せばそこからゴードンさんの家の敷地らしい。
小麦の畑は収穫がすでに終わっていて、ところどころ耕されていた。
大きな畑を区切るように、用水路に沿って梅の木が植えられている。
梅の木は畑の奥の方までずっと続いていた。
春には綺麗な花が咲くんだろうな。
春になったらお弁当持って遊びにこさせてもらおうかな?
フェルと一緒ならきっと楽しいと思う。
ゴードンさんの家は意外に大きかった。
平屋でところどころ増築した跡がある。
ゴードンさんは一家総出で僕たちを迎えてくれた。
ゴードンさん一家は大家族。
ゴードンさんのお父さんとお母さん
奥さんのヘレンさん
長男は18歳で、次男が15歳。
ゴードンさんが市場で野菜を売ってる時に主に畑のことをこの5人でやっているらしい。
もう1人、21歳になる長女がいるそうだが、街で勤め人として働いているらしく、実家には滅多に帰ってこないそうだ。
そして下に8歳の女の子と5歳になる男の子がいる。
2人ともヘレンさんの影に隠れてこちらを覗き見ている。
「よく来てくれたわー。あなたがケイくん。あなたがフェルさんよね。私の漬物を大好物だって言ってくれて嬉しいわー」
初対面でちょっと変な空気になりかけてた状況を、切り開いてくれたのはヘレンさんだった。
広いリビングに通されて、6人掛けのテーブルに座った。お爺さんとお婆さんは小さい子2人を連れてどこかに行った。
出されたお茶を飲むと、ほうじ茶の味がした。
お茶受けにとヘレンさんが持ってきたのは梅干しだった。もらった梅干しより少し甘みがある。この風味は蜂蜜かな?
「あらほんとにうちの漬け物気に入ってくださったのね。今年は張り切りすぎていっぱい作っちゃったのよ。実は主人にも怒られちゃって、少し反省してるの。よかったらたくさん持って帰って」
ヘレンさんに梅干しは僕たちの好物で今日は買って帰ろうかと思ってることを話す。
ヘレンさんはそれを固く断って、お金はいらないと言う。そしてホーンラビットばかり狩っている僕らをしきりに褒めまくった。
そんな人たちからお金なんて受け取れないと強く言われてしまった。
お茶のおかわりを飲みながらゴードンさんに集落の被害の状況を聞く。
ゴードンさんの家の西側は、広く農地が広がっていて、一部の家を除いて、集落の人の畑がだいたいそこに固まっているのだそうだ。
畑の場所により被害が異なるので、依頼を出そうにも依頼料を均等に割ることに不満を持つ人がいて、ちょうど今お金の話で揉めているところだったのだそうだ。
簡単にこの辺の地図を書いてもらって被害の出る辺りに印を書いてもらう。
ゴードンさんに案内されてその区域に行くと、そこは畑の端っこで、その先は草原になっている。
下の子がもう少し大きくなったら、ここを開墾して畑をもっと大きくするらしい。
僕は思いついたことをフェルに相談してみる。
「ねえ、フェル。ここに柵を作って真ん中を少し開けておいたらさ、ホーンラビットが、一気に押し寄せることがなくなると思わない?少しずつ出てくるやつを倒していけばかなり安全に狩りができるんじゃないかな?」
「それは……確かに、やってみる価値はあると思うが、しかし資材がないぞ。森に行けば手に入るとは思うが、今からではな。いい思いつきではあると思うが……」
それを聞いたゴードンさんが上の2人の子供と手分けして、近隣の家を回って資材を集めてくれた。
一番被害が多いという畑を中心に、くの字の、一辺10メートルほどの柵を作った。
ゴードンさんの家でもらったクズ野菜のみじん切りを広範囲に撒いて、くの字の真ん中で、餌を撒いてホーンラビットを待つ。
辺りに何かが集まってくる気配がする。
ゴードンさんたちには少し離れてもらった。
可愛らしく飛びはねながら、ホーンラビットが、次々と柵の切れ目から出てきた。
それをフェルが順番に処理していく。
だんだんと増えて来たので、僕も鉈を持って参加した。
ガンツの作った鉈はよく切れて使いやすかったけど、僕にはフェルのように一撃で首は落とせなくて、ホーンラビットは無駄な傷が多くなってしまった。
それでもできるだけ傷が少ない倒し方ができるように頑張って狩る。
少し上達してきて、調子に乗った僕は、ホーンラビットの突進をお腹にくらってしまった。
それを見たフェルが、柵の切れ目を板で塞ぎ、僕のところに駆け寄る。フェルは僕を少し叱ってから、回復魔法をかけてくれた。
なんか母親みたいだ。
その後は油断せず淡々とホーンラビットを狩った。
午後1時を過ぎたころ、あたりにホーンラビットもいなくなり、ここで狩りを終了することにした。
今日の成果は72匹。
用水路でいつものように血抜きする。
血抜きしながら2人でお弁当を食べた。
ヘレンさんが冷たい牛乳を持ってきてくれて、飲んだらいつもの味がした。
聞いてみたら市場の牛乳屋さんもここの集落の人なんだそうだ。
殺菌することで牛乳が悪くなりにくくなったので、時々近所の人にあまったものを配っているらしい。
代わりにヘレンさんは梅干しをあげたりして、物々交換でうまくやってるみたいだった。
ヘレンさんは僕らの食べているおにぎりに興味を持ち、作り方が知りたいと言ってきた。
ゴードンさんのおうちでご飯を実際に炊いて作り方を教えてあげる。
梅干しによく合うのだと伝えるとヘレンさんに抱きしめられた。
梅干しの苦手なゴードンさんでもこれなら食べられると大喜び。
精米したお米を20キロ渡して、お返しに梅干しを大きめの壺で3つももらってしまった。
ゴードンさんのところでもお米を栽培しているので、市場で会った時精米してあげる約束をして僕らはギルドに戻った。
報酬は銀貨15枚と銅貨40枚。良い状態のものは2割増しで買取してくれたけど、僕の狩った分は一部減額されてしまった。
そのあと解体主任のダンさんとホーンラビットを解体する。
ダンさんが傷だらけのホーンラビットを見て、お前たちにしては珍しいなと言ったので、僕が初めの方に狩ったやつだと正直に白状した。
僕が解体している間にフェルはエリママのところに行った。
あとで合流する予定だ。
お店に入ったら3男がいた。エリママは本店にいた3男を連れてきて、店番を任せて奥でフェルに編み物を教えているらしい。
いい機会なのでフェルにプレゼントする財布を選んだ。
着物の生地で作られた和風柄の小さながま口と、同じ素材で作られた水色の巾着袋を選ぶ。がま口財布は桃色だ。
値引きを入れても銀貨3枚と少し。
ちょっと高いけどこれを買うことにした。
3男はその財布を銀貨2枚にしてくれて、「フェルちゃんの贈り物に僕も少し協力させて」と笑った。
銀貨1枚分は3男が出してくれるそうだ。
財布は年が明けた時にプレゼントすることに決めている。
3男とおしゃべりしながら時間を潰して、フェルを待った。
店の奥から出てきたフェルはなんだか楽しそうだった。
いつものように公衆浴場に行き、今日は洗濯もした。
フェルの髪を乾かしていると「今日はこっちの向きが良い」と言って、僕と向かい合う形になる。
フェルの顔が近い。目の前にある小さくて可愛らしい唇にドキドキしてしまう。
顔を赤らめてうろたえている僕を見て、フェルはニコニコ、というかどちらかというとニヤニヤしながら微笑んでいる。
周りで洗濯している冒険者風の男たちが僕らを恨めしそうに見ていた。
夕飯はホーンラビットの焼肉風。
お味噌汁はゴードンさんちでもらった野菜を入れた。ゴードンさんは野菜をいっぱいくれたので野菜炒めも作った。
焼肉のタレは醤油と味醂に唐辛子を入れ少し煮立てたらそれっぽいものができた。
なので今日は焼肉風だ。
今度材料を揃えてもっと美味しいタレを作ろう。にんにくと生姜、玉ねぎのすりおろし、あとは胡麻かな?たしかリンゴも入っていた気がする。
明日は今日より遠い集落に出かけるので、朝は今日より早めに出発する。
布団に入って灯りを消す。
そしていつものようにフェルとくっついて眠った。
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