第45話 ヒレカツ

 45 ヒレカツ 


 朝。フェルがいつものように走り込みに出かけた。

 僕も少し運動しようと思って、市場まで走って買い物に行った。少しずつやっていこう。

 フェルのお荷物にならないように。


 市場でタマゴと牛乳を買い、肉屋では腸詰とオーク肉を買った。大量のオークの脂を安く譲ってもらう。ガンツのところでは揚げ物を作ってみるつもりだ。

 ゴードンさんのところの野菜はやっぱり良い。トマトや葉野菜が特に新鮮で美味しそう。

 フェルのためにりんごも買った。


 市場からの帰りもまたランニングして帰る。


 フェルは先に戻っていて、素振りをしている。早いなぁ。

 僕が的を作って弓の練習をしたいというと、マジックバッグの中にあった雑草を使い器用に的を作ってくれた。なんか昔作ったことがあったらしい。


 その間に朝食を作り、フェルと食べた。

おかずは目玉焼きと腸詰、フェルは目玉焼きをご飯の上に乗せて嬉しそうに食べた。

 食後には牛乳を飲んだ。背が伸びますように。

 

 うっかりフェルに牛乳を飲むと胸が大きくなると言ってしまい。フェルは少し顔を赤くさせながら、牛乳をおかわりをした。

 僕ももう1杯飲んで買ってきた牛乳はなくなった。また今度買ってこよう。


 そのあと2人で協力して流し台を組み立て、下水道の隙間に排水の管を突っ込んだ。

 洗い物を2人で仲良く片付けたら、ホーンラビットの狩り場に向かう。


 身体強化をしながら走るとかなり楽に走れたが、フェルに鍛錬中は身体強化を使わない方が筋力がつくと言われて、それからは普通に走ることにした。

 フェルは文句も言わず、僕のペースに合わせて一緒に走ってくれている。


 草むしりをした荒れ地にはホーンラビットの姿は見えなかった。森の際のところに餌を撒き、出てきたホーンラビットを処理していくが、けっこう広範囲に巻いたのにも関わらず、そんなに成果はなかった。

 やっぱりしばらく狩り場を変える必要があるな。

 毎回そう上手くはいかないよね。これまでがちょっと出来すぎたんだ。


 この日はホーンラビットは27匹狩れた。

 フェルが綺麗に首を落として狩ってくれたので、買い取りの係の人がまた2割増しにしてくれた。今日の報酬は銀貨6枚と銅貨48枚になった。


 まだガンツのところに行くには時間があったので、スラムに戻って弓の練習をした。

 ライツの弓を構えて身体強化を使わずに型を意識しながらゆっくり5射。

 情けないけどこれだけで僕の筋肉が悲鳴を上げる。

 フェルはその姿を感心しながら見ていた。

 でもちょっと恥ずかしい。だって少しカッコ悪いもの。たった5回引いただけで限界だなんて。


 そのあとフェルが入れてくれた麦茶を、昨日買ったお揃いの黒ネコのマグカップで飲む。

 フェルがマグカップを眺めて顔を綻ばせる。

 マグカップではなくてそれを見ているフェルがとても可愛くてほっこりしてしまう。

 やっぱり買って良かった。

 だってフェルそのマグカップずっと気にしてたもの。


 ガンツのところに行くと何故かライツもいた。

 精米の魔道具は素晴らしかった。

 一升くらいのお米が5分ほどであっという間に精米される。

 糠や小さなゴミは精米器の下に溜まって、引き出しを開ければ捨てられるようになっている。

 糠は食器を洗うのに使えるので、麻の袋にそれを入れてしまった。


 ガンツが店の奥から僕らの装備を持ってくる。


 フェルは胸に鉄の板が仕込まれた革の胸当てと丈夫そうな革のスカート。

 ズボンの上から履くらしい。

 僕のは、いたって普通の皮の鎧だ。


 装備を身につけたフェルはよく似合っていた。

 装備の感触を確かめるように何度か素振りして、フェルが満足した表情になる。

 僕はなんだか服に着させられているようであまり似合わない。ガンツは少し背が伸びたんじゃないかと言う。昨日の今日でそんなに変わらないとは思うけど。なんだろう。牛乳効果だろうか。


 脛当てはガンツのところでは買わない方がいいみたい。それはフェルの戦い方や、僕の武器が弓だということを考えると、なるべく足に負担がかからない作りの装備がいいからだと言う。

 ガンツのところでそれはできないんだろうか。そう思ったけど、昔ガンツのところで修行してた靴職人の名前を教えてもらうと、前に王都に来た時フェルの靴を売ってもらった、サイモンさんのことだった。

 なんかよくわかった。


「あいつは昔から革の処理がうまくてな、こういう革装備はあいつに全部任せていたが、ある日あいつは靴屋になりたいと言い出してワシの紹介で靴職人に弟子入りしたんじゃ。3年ほどそこで修行して、その親方からお墨付きをもらっての。去年南区で工房を開いたのだ。足回りのことはそいつに任せると良い。この鎧に使ってる革もそいつから仕入れたのだぞ」


 ガンツが僕らに教えてくれる。その表情は少し嬉しそうだ。


 それからお米の炊き方を、ガンツとライツ、そして食事係らしい工房の人に教えて、お米が炊き上がるまでの間に昼食の支度をする。

 オークの脂を煮込んで揚げ油を抽出する。

 フェルとライツがワクワクした顔で作業を見守る。

 ソースはないので大根おろしと醤油で食べるつもり。


 フェルにおろし金で固めのパンを細かくしてもらう。その横でとんかつの用意をする。

 オーク肉は脂の少ないフィレの方が安かったので今日はヒレカツだ。ギルドで改めて売ってもらったホーンラビットの肉は唐揚げにする。けっこう多めにあるから大丈夫だと思う。


 サラダは適当に作って大皿に盛る。

 4人分だから大皿2つに分けた。


 ヒレカツを揚げていくと3人が待ち切れなさそうな顔でこちらを見るので、ご飯も炊き上がったことだし、とりあえず唐揚げは後にしてみんなで食べ始めることにした。


 フェルが味噌汁をよそってくれて、ガンツの工房の敷地にあるテーブルを囲んでみんなで食べ始めた。


僕らが箸で食べようとしたら、ライツが何だそれはと言い出し、箸の使い方と、ご飯はこれを使った方が食べやすいんだと言うと、2人は走ってどこかに消えて、すぐに2膳の箸を握りしめながら戻ってきた。

 なんかトレントの枝でライツがあっと言う間に作ったらしい。僕らにもあとで作ってくれるそうだ。

 2人はとても器用で、すぐに箸の使い方をマスターした。


 ガンツとライツは米を口に入れ、冷静に味を評価していたけど、一度ヒレカツを口にして、また米を食べれば、その目をカッと見開いて夢中でご飯を食べ出した。

 久しぶりに食べるヒレカツは美味しかった。大根おろしがいい。やっぱりゴードンさんちの野菜は美味しいな。

 フェルも美味しそうに食べている。


 ヒレカツがなくなりそうなので、僕の分を1枚キープしておいて、唐揚げを作る。

 空いたヒレカツの大皿にそれを盛るとみんな取り合うように唐揚げを食べ始める。

フェルにレモンを渡して、それをかけても美味しいよと伝えると、ワシにもかけろとガンツが自分の皿を出す。

 2人もレモンを絞った方が美味いと言うので結局大皿にレモンをまとめて絞った。


 2つの大鍋で一升分のお米を炊いたけど、ご飯はあまることなく全部みんなで食べきってしまった。


 ガンツが米を炊いた大鍋を見て、もっと厚手で保温性の高いものの方が良いのではないかと言い出し、今度作ってやると言い出した。

 今日のお礼だと言う。


 保温性というならばと、ガンツに、マジックバッグに入れられる保存箱のようなものが作れないか聞いてみたら、保存箱となると、やっぱり時間停止の魔道具になってしまい、使う素材も値段が高くなってしまうのだそうだ。

 温度を保つだけの保温箱なら安く作れるらしく、市場で氷を買って冷やせば2日くらいは氷は溶けずに残っているそうで、その箱を2個、作ってもらうことにした。


精米器は原価で良いと言われて、装備の分と合わせて銀貨36枚支払った。


 フェルが弓以外の僕の武器も作った方がいいと言い出して、ガンツと相談する。

 食後の麦茶を飲みながら、腰鉈を長くしたようなものを絵に描いてガンツに説明する。


 僕は剣を使えないので、切るより殴りつけるようなものがいいと思う。

 それでもガンツはこれではすぐ刀身が歪んでくるぞと言い、脇差しと鉈の中間のような片手持ちの武器になった。


 「銀貨20枚だ」


 そうガンツが言う。


 普通の剣ではないから特別にガンツが作ってくれるそうだ。

 ガンツは人を殺せる武器はもう作らないと決めているということだったけど、僕の武器はいいみたいだ。


 そのあとライツが僕らに箸を作ってくれて、木目の美しいものが出来上がる。手に合わせて使いやすいように太さも細かく調整してくれた。


 ライツは仕事があると言って先に帰ったが、夕方まで3人でいろいろおしゃべりをして、ガンツの工房を出た。


 乗り合い馬車で中央に出て、公衆浴場に行く。

 夕方なので混んでいたけど、いつもよりゆっくり入って、体の疲れをとった。


 たまにはいいだろうと、湯上がりに果実水を買って髪を乾かしながらベンチで2人で飲む。

 喉が渇いていたので冷たい果実水はとてもおいしかった。

 収入が安定したら、毎回こうして2人で飲もうと、フェルと約束して家に帰った。


 まだ結構お腹がいっぱいだったので夕飯はリンゴを剥いて2人で食べた。王都に来る前に安売りのリンゴを買い込んで食べたことを思い出し、2人で笑いながら食べた。


 フェルと一緒に、些細なことで笑顔になったり、思い出し笑いをしたり。

 貧乏だけど、こんなささやかなフェルとの生活がとても楽しい。


 布団を敷いて今日は僕は外でパジャマに着替えた。少し寒いが仕方がない。

 中に入るとフェルはもう着替え終わっていた。震えながらテントに入る僕を見て、これからは一緒に着替えるように僕に言う。

 あまりじろじろ見なければ平気だとフェルは言い、風邪を引くよりマシであると、頑固に主張するので、しぶしぶそれを受け入れた。


 あかりを消して、また今日もフェルと寄り添って眠った。














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